中立から内側へ 健全版 作:シオリスキー
「エレナ様とサラ様の仰る通りです。私が御二人の命を奪おうとしています」
誤魔化したところで、どちらが信用されるかなんて考えるまでもない。
そう判断したシオリは包み隠さず、自分が一方的な襲撃者であり、エレナ達が被害者なのだと告げた。
(申し訳ありません、お嬢様……)
今度こそ、もう駄目だとシオリは半ば諦め掛けていた。
この三人が協力すれば、自分を殺さず取り押さえる事だって容易い。
それこそ穏便に済ませる為に自分は捕まって、その結果レイナは殺される。
そんな絶望的な未来をシオリは確信し、それならば誤魔化す事もせず倒されてしまった方がいいのではないか。
それが理由も告げず命を狙っても、それでも最後まで自分を殺そうとしなかったエレナ達に報いる事ではないかという迷いからだった。
しかし――
「アキラ?」
エレナに呼び掛けられてもアキラは動かない。
今にも泣き出しそうな表情で、ただ立ち尽くす。
(どういう事、です?)
その事態に一番驚いたのはシオリだった。
何故ならシオリは知っている。
コロンを交渉に使われても、迷いなく殺すくらいアキラにとってエレナとサラは大切な存在なのだと。
それに比べて。
いや、比べるまでもなく自分がアキラに大事に扱われる理由なんてない。
二人か自分。
どちらかを選ぶなら迷うまでもなく、エレナ達二人の筈だ。
(罠か何か? 隙を伺っているのでしょうか?)
そんな事を考えたシオリだがすぐに打ち消した。
そもそもアキラ一人で自分と互角。
油断を誘うまでもなく、この三人が協力すれば自分を殺す事無く取り押さえる事なんて容易いのだから。
(まさか、私が似たような状況で中立の立場を貫いたから、自分の感情を押し殺してでも、同じように応対して下さろうとしているのですか?)
そんな訳がない。
自分に都合が良過ぎる希望的観測にも程があるとシオリは否定しようとしたが――
(本当に、そうなのですか?)
逆にそうでないなら、どうしてアキラがすぐにでもエレナ達に味方しないのか。
説明出来る要素が、まるで見当たらなかった。
(いえ、思い返せばアキラ様は依頼などを抜きにしてもずっと誠実でした)
最初に殺し合いになり掛けた時は、依頼中だったからこそ相手に不快感を覚えられようとも馬鹿正直に答えてくれたものだと思っていた。
けれど何の制限もない強力な装備を付けない者に、どうすれば装備を付けてもらえるかという軽い雑談をした時でさえ。
アキラは真剣に考え、その上で自分には出来ないと答えてくれていた。
(私が一方的に危険人物だと思い込んでいただけではないですか……)
そもそも最初に殺し合いになりそうだった時、誤魔化す事もなく質問に答えてくれただけの相手に勝手に激怒したのは自分の方だ。
どうして自分から喧嘩を売ったのに、受けただけの相手をそこまで自分は危険に思っていたのか。
今更ながら、シオリは自分の態度を恥じた。
(アキラ様ならレイナ様を見付け出して救出する事も出来るのでは?)
過去を思い出していたシオリは気付いてしまう。
出会った頃。
自分達が指摘されても気付けなかったヤラタサソリの群れに、アキラは一早く気付いていた。
戦闘能力だけでなく優れた索敵能力も持ち合わせていた事を。
(厚かましい願いだとは解っています……)
信じるどころか危険視していた人間に、窮地になったからって縋る。
それがどれだけ恥知らずなのか解っていながら、それでもシオリは叫んだ。
「アキラ様! 助けてください! 何でも致しますから!」
どこでレイナを攫った相手が見ているか解らない。
だから、状況説明どころか誰をどうという具体的な言葉さえ言えない。
エレナ達二人を仕留める手伝いをしてくれと聞こえるように誤魔化した、シオリに出来た精一杯の嘆願。
(伝わるかどうかさえ難しく、伝わったところで請けてくれる可能性は極めて低いですが――)
それでも、その僅かな可能性に賭けるしかシオリにはなかった。
果たして――
「自分の命が最優先だ!」
返ってきたのは、決して了承してくれたとは捉え難い言葉であり、この場から走り去るという行為だった。
(駄目、でしたか……)
前回自分達が中立を貫いた事に恩義を感じてくれているだけなら、手も出さずに引いてくれただけで相殺。
親しいハンター仲間を見捨ててまで、自分に味方してくれる理由なんて一切ない。
(恨みはしません)
ここでアキラが二人に加勢していたなら、その時点で終わり。
引いてくれただけでも感謝しかなかった。
(ですが、どうすれば――)
今度こそ本当に手詰まりだ。
僅かとはいえ希望が見えた分だけ、掴めなかった絶望も深い。
シオリの顔が悲痛で歪む。
◆伝わる言葉
(誰にもバレないように二人で時間を稼いでほしい?)
情報端末にアキラからの連絡が届いたエレナは思考する。
(シオリさんじゃなく誰にもって事は、シオリさんを無理やり戦わせている相手が今も見ていて、アキラはそいつを倒しに行ったってトコかしら? そしてシオリさんが戦えなくなった時点で多分レイナ辺りが危険?)
そして即座に推測を終えると、情報端末機をサラに解るようにだけ軽く叩いた。
(時間さえ稼げばアキラが何とかしてくれるのね?)
それだけで長い付き合いのサラには、エレナの意図が伝わった。
それだけで伝わるくらい、アキラが自分達を見捨てて逃げたなんて考えは微塵もなかった。
(ええ。でもバレたら多分お仕舞い。いける?)
(いけるも何もアキラが頑張ってくれてるんだし、やるしかないでしょ!)
僅かに目線を向け合うだけで神懸かった意思疎通を終えた二人は、アキラという乱入者のお陰で止まっていた戦いを再開する。
「知らなかったわ。シオリさんがそんなにアキラに大事に思われてたなんてね……」
不意討ち気味に足を狙った狙撃を避けてくれた事に内心で、ほっとしつつ。
時間稼ぎも兼ねて、サラは軽口を叩く。
「……ええ。私も知りませんでした。私の事なんて気にせず、お二人を助けるものとばかり思っていました」
それはシオリの嘘偽りのない本心を告げただけでしかなかったのだが――
「言ってくれるじゃない!」
サラには何故か。
自分達二人よりも、シオリの方が大事なのだと煽られたような気分になった。
「何か理由があるんだろうって思って取り押さえて話を聞こうって思ってたけど、やめよ! そういう気ならこっちだって手加減しないわ!」
その言葉と共にサラの重火器が火を吹く。
それは本当に今までの攻撃は手加減していただけと言わんばかりの厚みをもって、シオリを追い詰めていく。
「まだ、これ程の余力を残して!」
さすがのシオリも近付く事も出来ずに回避に専念するしかない。
お互いに距離を取り合い隙を伺うしかない持久戦、という時間稼ぎには理想的な構図が生まれつつあった。
けれど――
(さ、サラ? これってバレない為の演技よね? 本気で仕留めようとしてるんじゃないわよね!? アキラの言葉伝わってる!? ここに居る全員の命が最優先よ!)
それが本当に演技の果てに生まれたものなのか。
付き合いの長いエレナにさえ解らなかった。