中立から内側へ 健全版 作:シオリスキー
ボスは新しく発生した別の問題の対応に追われてて、入口に向かったからそっちに行け。
そんな言葉に従い入口に向かった義体男を待っていたのは――
「随分好き勝手やってくれたわね、工作員さん」
徒党のボスであるシェリル。
そして、シェリルを守るように立つ、徒党に所属する古参の武力要員達だった。
(馬鹿な! どうして、こんなに早くバレた!)
まだ疑っている段階だなんて楽観視する余地はない。
何せ武力要員達は全員が銃で武装しているだけでなく、その銃を義体男に向け、いつでも撃てる態勢を整えているからだ。
「こ、工作員? その、何の話ですか?」
この状態から、しらばっくれたところで誤魔化されてなんかくれないだろう。
そんな事は義体男としても百も承知であったが、それでも気弱な少年を演じてシェリルへと会話を試みる。
「油断しちゃ駄目よ。油断して人質にされるようなら見捨てるし、今から庇う奴は仲間と見なして撃ち殺すわ」
義体男の弱々しい少年の演技があまりに堂に入っていたからだろう。
一瞬、戦闘員達の間に疑いが過り何人かの銃口が下ろされそうになるが――
「ボスの指示は聞こえたな?」
シェリルの言葉にエリオが確認の声を重ねると、銃口を下ろそうとしていた者達が慌てて構え直した。
「犯人がアナタなのは、調べ始めればすぐに解ったわ。疑われないようにしたつもりなのでしょうけど、戦えないフリをしたのはマズかったわね。戦えない筈の人間が、まだ日も浅いのに問題を起こした新入りの武闘派全員と顔見知り。怪しいなんてもんじゃなかったわよ?」
部下達の気の緩みが消えたところで、シェリルが推理ではなく確信を持って、その言葉を口にする。
お前以外に犯人は居ない、と。
(だから、その調べ始めるのが早えってんだよ!)
確かにシェリルの言うように、戦えないフリをする事で逆に疑われる危険性は、あるにはあったのだ。
だが、工作を仕掛けられていると気付いて調べ始める頃には事件の山。
容疑者が多過ぎて下手に調べ出そうものなら疑心暗鬼に陥り、それが切欠で潰し合いに発展した挙句の果てに自滅。
あるいは、そうなる事を恐れて動けずに犯人に好き放題引っ掻き回され、とても遺物販売店なんて経営している余裕がない程の大打撃を受ける筈だった。
「道楽や趣味で食事や読み書きに力を入れているとでも思ってたようね? こういう時、真っ先に狙ってくると思ってたわよ」
義体男の疑問を読み取ったかのように、シェリルは食事の件に付いて触れる。
実際はアキラ直々の頼み事であったから力を入れ注意していたのだが、こういう理由を付けておけば、どうしてこんな事に力を入れていたんだという部下の不満を抑える事も出来るし――
この話が外部に伝われば、手を出される可能性は大きく減少すると踏んでの事だった。
(つまり俺は撒き餌にあっさり釣られちまったって訳か。やるじゃねえか……)
裏の事情を知らない義体男は完全に騙され、納得する。
シェリルの言う通り、ただの道楽か何かで力なんて入れてないから問題が起きても重要視されないだろうと思っていたし、食事に工作した時から調べられたなら、この対応の早さも頷けたからだ。
(この様子だと単独犯って事までバレてるな?)
そこで思考を止めず、義体男はシェリルとの会話で手に入れた情報を整理していく。
短いやり取りであったが、それでも判断材料は豊富に手に入っていた。
(俺と会話をするより先に周囲の統率を図った。その時点で疑う段階は終わってると見て間違いないし、さっきの言葉がそれを証明してる)
自分から情報を引き出すよりも交戦の準備を優先した。
おまけに伏兵等へ備える様子も見せず、義体男一人を警戒しているように見える。
(解らないのは、この布陣だ? どういう意図がある?)
武力要員達は義体男を取り囲むのではなく、シェリルを守るように配置されている。
(相討ちを避ける為だろうってのまでは解る)
何よりボスの身柄を最優先していると考えれば、疑問に思うような部分はない。
(どうして入口付近に誰も配置しない?)
問題は、入口に一番近い場所に居るのが義体男であるという部分だった。
しかも入口とシェリル達に挟まれる形で義体男は立っており、遮るような物は何もない。
逃げ出そうと思えば、いつでも逃げ出せる。
あまりに奇妙な配置であった。
「あ、あの。ボス? 何がなんだか……」
疑問を抱えたまま迂闊に動く事も出来ず。
義体男は新たな情報を求め、会話をしつつ軽く周囲を見渡す。
(解っちゃいたがこれが有力候補の徒党の装備かよ? 貧相にも程があるだろ……)
はっきり言って義体男から見た武力要員の戦闘力は、脅しにすらならない粗末なものであった。
戦闘服を着ている者も居なければ、銃は全て対人用の小銃しかない。
これでは義体化された身体には、傷一つ付けられないだろうし――
その気になれば、この場に居る自分以外の人間全員を皆殺しにするなんて、義体男には容易い事だ。
だが――
(落ち着け。それは最後の手段だ……)
あまりにも圧倒的な戦力差。
それに任せて手っ取り早い方法に走りそうになる心を必死に抑え、義体男は考える。
(ここで一人でも殺せば本当に取り返しが付かねえ……)
情報工作に最も大事な事。
それは事前の下調べだ。
シェリルの徒党に関しては、あまりに規模が小さ過ぎるせいか大した情報が集まらなかった上に、子どもしか居ないと侮って下調べが入念でなかったものの――
アキラに関しては徹底的に義体男は調べ上げていた。
(誰も殺してない今なら見逃される可能性はある)
義体男はアキラの事を調べていく中で、殺されても仕方ない事をしでかしたにも関わらず生き残った例をいくつか知っている。
その最たる例といえば、アキラに殴り掛かったエリオ、アキラから財布を盗んだルシアだ。
――他にはアキラに銃を向けようとしたカドル辺りも生きては居るが、こちらに関しては見掛けたら殺すと言われているので義体男は除外している。
(生かされた人間とそうでない人間の差は殺意にあったんじゃないか?)
古参達はシェリルに手を出したかどうかが鍵と思っていたようだが、義体男の考えは違う。
殺された人間は、アキラ本人かアキラの関係者を殺そうとした。
あるいは殺した人間だと推測している。
(ヤザンの徒党の件がそうだ)
世間的には反乱を唆して皆殺しになったとされているが、アキラのあまりの恐ろしさに戦う意志も絞り出せず、無抵抗で逃げ出した者は見逃された事を義体男は知っていた。
(今のところ、俺が与えた被害なんて煽って殴り合いになって痣を作った奴が数名、それと下剤入りの食事を食べた連中が腹を壊したくらいだ……)
幸か不幸か。
まだ死者は出ていない。
これ以上余計な被害を出さずに街を出て行けば、見掛ければ殺されるくらいの扱いになる覚悟は必要だろう。
けれど、探し出してまで殺しに来る可能性は薄いんじゃないか、と義体男は考えていた。
(とにかく早くバックレねえと……)
要するに。
義体男は出来るだけ穏便に逃げ出そうと模索し始めていたのである。
戦いどころか、これ以上危害を加える気さえ全くなかった。
「……なるほどね。アキラの居ない私達なんて敵じゃないって事」
今後の事を思案しつつ――
それでもシェリルへの注意を怠らなかった義体男は、突然シェリルが自分の強さを推し量り出した事に僅かに驚く。
「ぼ、ボス? 一体何を言って……」
それでも動揺を隠しつつ、か弱い少年の演技を続ける義体男だったが――
「アンタの言葉は銃を向けられた人間の言葉とは思えないくらい解かり易過ぎるのよ。普通の人間なら、もっと意味不明な言葉で何でもいいから命乞いするものよ」
言われてみて己の失策に気付いてしまう。
疑われたなら、そもそもどうして疑われているのか解らないという態度を取るべきだと思っていたが――
それは銃を向けられる程度の危険になんて慣れ切ってしまった、ハンターのような荒くれ者の視点だ。
疑われた事を誤魔化すよりも、銃に対する怯えこそが何よりも必要な演技だったのだ。
「そもそもこれだけの数の銃を向けられてるのに、アンタの目は私ばかり見てる。周りを警戒しようとしない時点で、アンタに取ってこんな対人用の銃じゃ何の脅威にもならないと言っているようなものよ」
おまけに演技の粗を指摘するだけに留まらず、態度だけで戦力を推し量られてしまった。
「こいつは参った。まだ子どもと言っていい年齢で話題の徒党のボスなんて、やってるだけの事はある」
義体男は本心から感心し、もはや演技なんて何の意味もないだろうと、か弱い少年の演技を止める。
「それで? お察しの通り、そんな貧相な装備じゃ俺には何の意味もない。アンタ等なんて簡単に皆殺しに出来る訳だが、それがお望みかい?」
そして、威勢よく軽口なんぞ叩いてみるが、内心は勿論違う。
(ほら。俺と戦っても死ぬだけで無駄だろ? 逃がそうぜ)
シェリル達の戦力では自分をどうする事も出来ない。
それを理解して悔しげにシェリルが自分を見逃すと口にしてくれれば、何の罠もないと信じて逃げ出す予定であった。
「あら、いいの? 直接、私達に手を出せばアキラが出てくる。だから、わざわざ回りくどい事をしてたんでしょう?」
けれど、シェリルは強気な姿勢を崩さない。
「はっ、バレない為にこそこそやってたんだろうが。バレちまった時点で何の意味もねえだろ」
仕方なく義体男も相手をするものの、内心では困り果てていた。
(解らねえ。どう逃げるのが一番安全だ?)
義体男には、シェリル達を容易に皆殺しに出来るだけの力が本当にある。
そして、シェリルもそれに気付いている筈。
(この態度の裏にどんな罠がある?)
それでも強気で居られる理由は何か。
シェリルの後ろにアキラが隠れているんじゃないか?
あるいは、逃げ出してくれと言わんばかりの入口の向こうで、既にアキラが待ち構えているのでは?
(いっそ壁でも壊して逃げるか?)
義体男がそんな事を考え始めた時。
状況が大きく動く。
「ボス! アキラさん、すぐ来てくれるって!」
ルシアが情報端末片手に、シェリルの背後から現れたのだ。
「馬鹿!」
短くシェリルの叱責の声が響くが、もはや後の祭り。
「ちくしょう、全部時間稼ぎか!」
騙されていたとばかりに悪態混じりに義体男は吐き捨てると、一目散に走り出す。
(よしよし! 最高だ、ルシアちゃん! こんな状況でないなら菓子の一つでも、くれてやりたいとこだぜ)
けれど、あくまで怒ってみせたのは表面上だけの話。
安全な逃げ道を探していた義体男にとって、先程の情報は救いの声でしかなく――
小躍りでもしそうな気持ちで、シェリルの徒党を後にしたのだった。