中立から内側へ 健全版   作:シオリスキー

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徒党という名の財産

 義体男が走り去って約一分後。

 

「えーと、これでよかったの、ボス?」

 

 どことも通信していない情報端末を片手に、ルシアはシェリルに問い掛ける。

 

「ええ、完璧よ、ルシア。よくやってくれたわ」

 

 すると先程の叱責の言葉とは打って変わった優しい声で、労いの言葉をシェリルは返した。

 

 このやり取りから解ると思うが――

 

 先程のルシアの失態は全て、義体男を逃がす為にシェリルが仕込んだ芝居であった。

 

(全然逃げないから少し焦ったわ……)

 

 何とか犠牲者の一人も出さずに追い払えた事に内心ほっとしつつ、それでも部下達が居る手前、余裕で撃退したという態度を保ち指示を飛ばしていく。

 

「エリオ。部下のしつけは、もっとしっかりしなさい。今回は相手に戦う気がなかったからいいけど、前のハンターみたいにやる気だったら犠牲者が出てたわよ」

 

「すまない、ボス。今度はもっと強く言い聞かせておく」

 

 最初に告げたのは、義体男の演技に油断して警戒を解こうとした事への注意。

 

 アキラを相手にするつもりで挑んでと事前に伝えていたにも関わらず、最初から最後まで油断しなかったのはエリオだけであった。

 

「とりあえず脅威は去ったわ。工作員はアイツ一人。他の新入りを疑って変な揉め事起こさないで。起こしたら処罰の対象よ。解ったら各自、持ち場に戻って」

 

 エリオの返事を皮切りに、次々とシェリルは指示を飛ばしていく。

 

「わ、解りました!」

 

 慌てた様子で古参の戦闘員達が本来の持ち場へと散っていく。

 

 エリオ以外は駄目だった、と直接的に言われた上に全員自覚があるので気まずかったのである。

 

「その、実際にアキラさんを呼んじゃ駄目だったの?」

 

 唯一残ったのが今は手持無沙汰で、シェリルの補助を頼まれていたルシアだ。

 

 出来れば来てほしくないという様子を隠しきれず。

 それでも、今回の件はアキラの力が必要な荒事だったんじゃないかという疑問を抑えられなかったようでシェリルに尋ねた。

 

「駄目に決まってるでしょ。相手が力に訴え掛けてきた訳でもないのに、こんな事で呼び出していい訳ないわ」

 

 確かにアキラを呼んで万全の準備を整えてから、義体男を呼び出していれば追い払うどころか捕まえる事も殺す事も出来ただろう。

 

 だが、アキラは徒党を快適に回す為の都合の良い使い走りや駒ではない。

 

 むしろ、運営しているのがシェリルなだけで所持者自体はアキラであり――

 ボスである自分を含めて、徒党の全てがアキラの財産のようなものだとシェリルは思っている。

 

「あくまで私達は力を貸してもらっている立場。自分達で解決出来る些細な事は自分達で解決するのが当然よ」

 

 だからこそ、頼るのは最後の手段。

 

 ただでさえ今の徒党の価値は、財産なんて呼ぶのも烏滸がましいお荷物のような存在でしかない。

 

 それがお荷物どころか、持っている事さえ煩わしい不良債権になる事だけは、絶対に避けたい事であった。

 

(そりゃあ、本音を言えば頼れるのが一番いいわ……)

 

 気楽に頼れるくらい自分達がアキラに利益を渡せている相互関係だったら、シェリルは迷う事無くアキラを頼っていただろう。

 

 それが一番安全で手っ取り早く解決出来るのもあるが一番の理由は、そこではない。

 

 この手の工作で徒党の邪魔をする分には、アキラは出張って来ない。

 

 他の徒党がそんな事を考え、この手の工作員を次々に送り込んでくる可能性は決して低くはないからだ。

 

(せめて、食事と勉強の件だけでもしっかり出来てたら、そういう選択肢もあったのかもしれないけれど……)

 

 それでもシェリルがアキラを頼らなかった理由の一つが、これだ。

 

 自分達は頼ってばかりで碌に何も返せない挙句の果てに、折角アキラから頼んでくれていた件も、今回の工作員のせいで失敗してしまった。

 

 どの面を下げて力を貸してほしいなんて言えるのか。

 

「珍しいわね。ルシアがそんな事を言ってくるなんて」

 

 そこで、ふとシェリルは疑問を覚えた。

 

 ルシアは過去にアキラと揉め事を起こしており、出来るだけアキラと関わり合いたくないと思っている筈だ。

 

 実際、先程も出来ればアキラに会いたくないという雰囲気を隠し切れていなかった。

 

「物凄いやる気だったみたいに見えたから、あっさり逃がしたのは不思議だなーって……」

 

 少しはアキラに慣れてきてくれたのだろうか。

 次の幹部候補として期待を込めて尋ねるシェリルだが、どうやら違ったらしい。

 

「出来れば捕まえて色々吐かせたかったし、可能なら処分だってしたかったけど――」

 

 工作員だし戦闘力自体は大した事はない。

 

 そう確信出来たならシェリルは迷う事無くエリオ達に指示して、義体男を捕まえさせていただろう。

 

 だが、相手は銃を全く恐れていなかった。

 

「アレは私達の手に負える相手じゃないわよ」

 

 シェリルはハンターに攫われた事がある。

 

 その際、救出してもらった時にアキラは車同士を衝突させ、シェリル諸共車外にハンター達を吹き飛ばした。

 

 アキラが受け止めてくれなければ自分は確実に死んでいた。

 

 同じ状況に陥ったハンターも死ぬか。

 

 相当に運が良くてもギリギリ大怪我で生き残れるくらいだろう、とシェリルは思っていたのだが――

 アキラ曰く、誰も掠り傷一つ負わずに対処したそうだ。

 

(さっきの工作員も同類ね……)

 

 ハンターか、ハンター崩れなのか。

 それとも別の何かで戦闘経験を積んできたのかまでは解らない。

 

 けれど態度から予測は出来る。

 アレは自分達とは違う常識に住む生き物なのだと。

 

「戦う気がないのは解ってたし、余計な事して気が変わってほしくなかっただけよ」

 

 シェリル個人の感情だけで言えば、今でも捕まえられるなら捕まえ、怒りをぶつけてしまいたい。

 

 けれど徒党を預かるボスとしての意識、そして何よりアキラに対する想いは、シェリル自身の個人的な私怨なんて簡単に抑え付ける。

 

 先程も告げたが、シェリルに取って徒党はアキラの所有財産のようなものだ。

 

 その財産の一部である構成員をシェリルの私情で勝手に消耗する訳には、いかないからだ。

 

「ああ。だから入口に誰も配置してなかったんだ」

 

 逃げ道を塞いでしまえば、相手も戦う以外に道がなくなってしまう。

 

 手に負えるなら相手なら捕まえる。

 そうでないなら、出来るだけ速やかに退場願う。

 

 最初からシェリルの目的は決まっていたのだ。

 

「ええ。でも、さすがにあからさま過ぎたわね。逆に罠かと疑われてたみたいで、中々逃げ出してくれなくて困ったわ」

 

「でも、それも予測して私に準備させてたの本当に凄いと思う」

「これくらい考えられないと徒党のボスなんて、やってられないわよ」

 

 そもそも、本気で何が何でも捕まえる気ならば新入りの武力要員達も総出で立ち向かう。

 

 そうしなかったのは、新入り達ではシェリルの言う事を聞かずに義体男を見た目で侮って暴発し兼ねない。

 

 その結果、死人が出れば面倒な事になるからだ。

 

(馬鹿が勝手をして勝手に死んだだけ、それで終わりといかないのが大変なトコよね……)

 

 新入りとはいえ、れっきとした徒党の構成員である。

 おまけにシェリル側が工作を一方的に受けており、落ち度なんて何一つない。

 

 その状態で身内を殺されて黙って済ませたなんて事が知れれば、面子に関わりスラム内での立場に大きく影響する。

 

 かといって、工作員と直接戦う事も、裏を洗って黒幕を探し出す事もシェリルの力だけでは難しい。

 

 何としても死者を出す訳には、いかなかったのだ。

 

(思っていたよりずっと武力要員達は良い感じだったわね……)

 

 頭を悩ませる事ばかり多かった今回の事件だが、その中で一つだけシェリルに取って嬉しい誤算があった。

 

(油断はしてたけど侮って襲い掛かる人は居なかったし、エリオなんて目を見張るくらい戦いの意識がしっかりしてた)

 

 倉庫の警備の際にエリオは生死を彷徨う程の重傷を負っていた。

 

 その壮絶な結果と過去にアキラに殴り掛かったという意識から、大分エリオの事を過少評価していたと認識を改める。

 

(アリシアも同じように成長しているのかしら? だとしたら助かるんだけど……)

 

 遺物販売店の経営等を含め、これからシェリルは徒党を空ける事が多くなるだろう。

 

 その事を理解しているからこそ、幹部の成長を望んでいたシェリルとしては、今回エリオの成長を確認出来たのは非常に喜ばしい事であった。

 

「そうそう、ルシア。幹部の地位に興味はあるかしら?」

 

 その喜びに任せて勢いのままにルシアに尋ねてみたシェリルであったが――

 

「む、無理! 出来ない!」

 

 ルシアは一瞬の迷いも見せずに拒否する。

 

「解ったわ。でも考えていて頂戴」

 

 けれど、シェリルは気にも留めない様子で、それだけを口にした。

 

「…………」

 

 ルシアは言葉の裏の意味に気付いて、表情を絶望に染めていく。

 

 シェリルの言葉は、近い内に幹部を任せる事になるから心の準備をしておけという予告でしかなく――

 

 ルシアに選択権なんてものは、最初からなかったのだ。

 

(察しがいいわね。ますます幹部向きだわ……)

 

 ますますルシアの評価を高め、近い内に正式に幹部としてお披露目する機会を作ろうとシェリルは決めると――

 

(その前にアキラに報告しないといけないわね……)

 

 事件の処理に頭を働かせていく。

 

 といっても、アキラに今回の事件を告げる気はない。

 何せ、アキラが出るまでもなく事件は穏便に終わったのだ。

 

 アキラに報告しなければならないのは、スラムの子ども達に出来るだけ良い食事と勉強をという頼み事を失敗してしまったという部分だけ。

 

 そうして、今回の出来事はアキラが知る事もない事件と呼べない事件。

 それこそ徒党内で揉め事が起きた程度のものと同列に処理されて終わる。

 

 ――筈だった。

この中で二章に何か言いたい事があれば

  • 解像度が高い
  • 展開が上手い
  • 納得が多かった
  • 面白かった
  • シェリル頑張ってるな
  • この義体男の結末が気になる
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