中立から内側へ 健全版 作:シオリスキー
(まさかと思いましたが、本当にアキラ様が関わっていましたか……)
銃声を街中で聞いたシオリは、最初は巻き込まれる前にレイナ達を連れて離れようと考えていた。
だが、今までレイナを命の危険に晒した構図は全て、状況を把握し切れず後手に回った事が原因の大部分を占めており、何も知らずに離れた方が危険だと思った事。
状況さえ把握していれば、今の自分達ならば対処出来るという自信。
そして――
「何か懐かしくなるっす。前に街中で銃声聞いた時、アキラ少年と初めて会ったんっすよねえ」
カナエが何の気なしに言ったその言葉が、シオリの意志を決定付けた。
そして、銃声の聞こえた方向へ向かったシオリ一行は、アキラ達を見付けたのである。
(まるであの時の再現ですね……)
聞くまでもなく、おおよその事情をシオリは察していた。
アキラが追っている相手をカツヤが庇って揉めている。
そのくらいの事まではアキラとカツヤを多少知っている者ならば、見れば解るからだ。
「俺が後ろ盾になっている徒党に工作員が入り込んだ。それがそこのやつで、他の構成員を唆して内部分裂を図った上、食事に毒を盛った。死者は出なかったが見逃す理由はない」
アキラも突然のシオリ達の登場に驚きつつも――
見れば解る部分を今更説明するまでもないだろうと思い、見ただけでは解らない細かい部分をシオリへと説明していく。
「工作員、ですか……」
話の中でシオリが一番気になった部分は、そこのようだった。
無理もないだろう。
義体男は、どう見ても年端もいかない少年だ。
それもどちらかと言わなくても貧相で、荒事どころか喧嘩とすら縁がなさそうだ。
アキラみたいに戦える子どもの存在を知っていても、疑いたくなるのは理解出来た。
「全身義体ってヤツだと思う。工作員だってバレた時には、対人用の銃を向けられても平然としていたらしいぞ。だから見た目は何の当てにもならない」
シオリの疑問を正確に理解し、アキラが補足説明を付け加えるが――
「おい! そんな話聞いてないぞ!」
それに反応したのはシオリでなくカツヤであった。
義体の話も聞いてなければ、アキラの口ぶりでは現場に居合わせてすら居なかった。
騙されていた、とばかりにカツヤがアキラを睨み付ける。
「言ったところで信じないだろうからな」
「お前――」
都合が悪いと解っていたからこそ、わざと説明していなかった。
悪びれもしないアキラの姿に、カツヤがもう信用出来るかとばかりに動き出そうとするが――
「カツヤ、動かないで!」
ユミナがそれを察して、カツヤは自分達の方で抑えるから動かないでとアキラに目線を送る。
同時にアイリが抱き着くようにして、カツヤを必死で抑えた。
(この馬鹿野郎が! いきなり動こうとするんじゃねえよ!)
これに一番焦ったのは義体男だ。
会話をしながらもアキラは全く義体男から目を離さないし、引き金から指を外そうともしない。
もしカツヤが一歩でも義体男に近寄っていれば、アキラは迷わず引き金を引いて、義体男を撃ち殺していただろう。
カツヤが動こうとした瞬間、一瞬だけ鋭くなったアキラの目だけで察した義体男は、状況は何も好転していない事に気付かされていた。
「……ごめんなさい。私も今回はカツヤと同意見」
ユミナもそれを察しつつ。
けれど、アキラの言い分が本当ならアキラの行動は尤もであり――
出来得る限りは話し合いで解決しようとしている時点で、かなり自分達へ配慮してくれている事を理解して自分の立ち位置を示していく。
「アキラの事を疑いたい訳じゃないんだけど、信じるのは難しいわ」
アキラが自分達を騙しているとは、ユミナは全く考えていない。
先程の言葉は間違いなくアキラの本心だと思っている。
(この子が工作員……)
けれど、アキラ自身が誤解なり騙されるなりしていて、事実とは異なる認識をしている可能性までは否定出来ない。
何よりアキラを肯定すれば、それは即、一人の人間が死ぬ事になる。
ユミナ自身が直接手を下す訳ではないにしろ、それは人殺しの片棒を担ぐに近い感覚だ。
迂闊に頷く事なんてユミナに出来る訳もなかった。
「解ってる。俺だって関係者じゃなきゃ疑う。だから最初から関わらなかったって事で、引いてくれると嬉しい」
だからこそ最初から見なかった事にして、全て忘れてどこかへ行ってほしいというアキラの言葉にユミナは頷きたかった。
ユミナは、そこまで自分を善人とは思っていない。
明らかな被害者だとか確実に助けられる人間を見殺しにしたいとは思わないが、白か黒かも解らない人間の生き死にに、好き好んで関わり合いたくなんてない。
けれど、カツヤはそうではない。
助けられそうな相手は誰でも彼でも助けようとする。
そして、カツヤが引いてくれない以上、ユミナも引く事が出来なかった。
「なるほど。状況は理解出来ました」
各々の理由で身動きが取れず緊張感だけが高まっていく中――
まるで平時のような落ち着いた声が響く。
「アキラ様。ここは私を信じて任せては頂けませんか?」
シオリだ。
僅かに質問をしただけで後は黙って様子を窺っていたシオリが、全て丸く収まる方法があるとばかりに動き始めた。
「どうする気だ?」
正直、アキラとしては手詰まりであり、シオリが何とかしてくれるというなら全て丸投げしたくはあった。
けれど内容を聞かない限りは頷く事も出来ずに詳細を求める。
「実は執事やメイドといった従者業界は、なり手が乏しく常に人材不足の状態なのです。アキラ様の仰るように、それ程の強さがあるならば預からせて頂けないかと思いまして」
(従者業界とかあるのか……)
初めて聞く謎の言葉に返事すら忘れて考え込んでしまうアキラであったが――
「え、そうなの?」
「そりゃあそうっす。なりたいと、なれる、は別問題っすからね。姐さんみたいな人がゴロゴロ居ると思うっすか?」
「ああ、なるほど。そういう事ね」
レイナもカナエも、従者業界自体は当たり前のように存在するといった態度だ。
レイナ達みたいな人間の中では常識的な世界なのかもしれない。
「待ってくれ。アキラの言葉が間違ってたらどうする気だ?」
従者業界なのに強さ優先なのかよ、という動揺。
そしてカツヤと義体男を警戒する事で手一杯になり、返事が出来ていなかったアキラの代わりに、カツヤが疑問を口にする。
「カツヤ様達の様子を見るに、それでもこの方が何かしら罪を犯したのは事実なのでしょう? 力がないなら死ぬ気で訓練して頂き、お嬢様の役に立つ事で罪を償ってもらいます」
全身義体でなく、普通の子どもなら子どもで構わないのだとシオリは告げる。
どちらにせよ、自分達が預かれば義体男に自由などないのだと。
「要するにシオリやカナエみたいになれるような凄い訓練を無理やりさせて、耐えられないようならそっちで始末するって事か?」
「ええ。その認識で問題ないかと」
シオリはアキラの言葉を否定しない。
むしろ肯定するように頷いて、どうしますかとアキラに目だけで尋ねてくる。
「俺はいいぞ。別に、どうしても俺の手で殺したいって訳じゃないからな」
アキラは提案を受け入れた。
本当に、どうしても殺したかった訳ではない。
色々な事情が重なって引くに引けなくなっていただけだ。
「まあ、シオリさんがそう言うなら……」
カツヤも提案を受け入れる。
これで丸く収まったと判断し、もうアキラと争う気はないという事を表すように射線から外れて、戦闘態勢を解いた。
「それで、どう致しますか?」
そこでシオリは義体男に尋ねるが、答えなんて決まっていた。
(どうするも何も、実質一択だろうが……)
もう邪魔する相手も居なくなったアキラに撃ち殺されるか?
それとも自分達と一緒に来るか?
どちらかを選べと、シオリは最後の確認をしただけだ。
「お、お姉さん達に付いていきます……」
従者業界って何なんだよと義体男は思いつつも、それでも死ぬよりはマシだろうし――
(金持ちのボンボン共か。こっちの方が隙はありそうだ……)
上手くいけば、レイナを人質に取って逃げ出す事も出来るかもしれないという可能性に賭け、シオリの下へと歩き出す。
(何とか終わったか。これならアルファも文句ないよな……)
シオリ達の方に銃を向ける訳にもいかず。
とりあえず義体男が反転して襲ってきた時の警戒だけはして、シオリ達の方へと歩き出した義体男を見送る。
とてとてと自分は何の力もない少年だと言わんばかりに無防備に歩く姿に、僅かに苛々させられたが、これでこの件は終わり。
後はシオリ達の問題だと僅かにアキラが気を緩めた瞬間――
それは起こった。