中立から内側へ 健全版 作:シオリスキー
「えっ……」
義体男がシオリの傍まで来るや否や――
刀を抜いたと認識する暇もない速さで、閃光が瞬いた。
義体男の腕と脚に線が浮かぶ。
それが音さえも置き去りにしそうな速さで斬撃が走った跡だと気付いた時には、義体男の四肢はシオリの刀によって切断されていた。
「て、てめえ! 騙しやがっ――」
ようやく義体男が状況を把握したものの、既に何かが出来る状態ではなくなっており。
「いいえ。ここでお嬢様の役に立つから助けてとでも言えるようなら、治療して訓練もする予定でしたよ」
怒りに任せて怒鳴り付けようとした瞬間に、命運は決まった。
シオリは情け容赦なく刀を振るい、義体男の頭から身体に掛けて縦に一刀両断したかと思うと――
即座に後ろに飛び退いて、バラバラになった義体男の身体を油断無く睨み付ける。
「……全身義体と聞いてましたし、爆弾でも仕込んでいる可能性もあるのかと警戒しましたが、どうやらそこまではないようですね」
何事も起きないと判断すると――
そこで初めて刀を納め、警戒を解いた。
「みたいっすね。お嬢も用心して距離を取ったのに、これじゃあ無駄にビビって逃げたみたいっす」
「に、逃げたって何よ!」
「いや、判断自体はすこぶる正しかったっすよ。もし棒立ちでもしてようものなら私が抱えて運んでたトコっすから」
シオリの凶行ともいえる突然の事態に、レイナもカナエも驚いた様子を見せない。
まるで全て予想の内でしかないというように普段通りの態度を保っており、シオリを咎めようとする気さえないようであった。
「…………」
沈黙はアキラとカツヤ達のもの。
あまりにも突然行われた義体男の処刑に、シオリ一行以外は呆気に取られて言葉を発する事さえ出来なかったのだ。
「アキラ様。騙すような形になってしまい、大変申し訳ありません。ですが確実に対応する為には、私では他の方法を思い付けませんでした」
「ま、あれっすよ。敵を騙すには味方からってヤツっすね」
呆然としたまま動けないアキラに、メイド二人が近寄って話し掛けて来る。
どこか申し訳なさそうにシオリは話しているし、逆にカナエは馴れ馴れしいと思うくらい親しげだ。
その声も姿もアキラは確かに認識していた。
(……えーと、なんだっけ)
けれど、二人の話し声がアキラには妙に遠くの出来事のように感じて。
自分に話し掛けてきているという認識を持てず、言葉を返す事が出来ずにいた。
「その、卑怯な言い方になってしまいますが、本当に騙すつもりはなかったのです。もしあの男がレイナお嬢様への忠誠の素養を少しでも見せていれば連れ帰るつもりはありましたし、訓練前の面接試験で落としたようなものと言いますか……」
アキラの態度を騙された怒りから来るものだと感じたシオリが、必死で言い訳染みた言葉を重ねるが、それでもアキラは何も言い返せない。
本当に何が起きているのか理解出来なかったのだ。
「シオリさん、何で――」
呆然と立ち尽くすだけのアキラに代わって、最初にシオリに話し掛けたのはカツヤであった。
信じられないと言葉でも表情でも告げながら、それでも何かの間違いであると縋るようにシオリへと問い掛ける。
「最初に腕を斬った感触で義体かどうかは解りましたからね。それでアキラ様が騙されている訳ではないと確信出来たので、始末する事にしました」
それをどうして殺したのかという質問だと判断したシオリは理由を説明する。
だが、それは言い換えるならば――
「腕を斬るまでは確証はなかったって事だろ! それなのに、どうしてあんな事したんだよ!」
確証もなく襲い掛かったと認めたのと同じだ。
それがカツヤには信じられなかった。
「その時はアキラ様を信じた私が間違っていたというだけの話ですし、そうなってもアキラ様を恨むつもりはありません」
「ど、どうして……」
「その場合はアキラ様も騙される程、相手が上手だっただけ。その時は私も大した罪もない子どもの腕を斬り飛ばしたとして、罪を背負いましょう」
シオリは迷う事も誤魔化す事もせず、自分の考えを告げていく。
「いや、でも、そんな……」
けれど、カツヤは納得するどころか困惑を深めていくばかり。
内心ではシオリの言葉の意味は解っていた。
それでも認める事が出来なかったのだ。
「アキラ様が私を騙す筈がないと信じていたので斬りました。これ以上の言葉が必要でしょうか?」
どうすれば伝わるのかと僅かにシオリは思案して、はっきりと告げる。
自分はカツヤではなく、アキラを信じたのだ。
それが義体男の身の安全を願っていたカツヤへの裏切り行為であると解っていて、それでも尚、アキラの助けになる事を選んだのだと。
(信じて?)
そこまで言われて。
ようやくアキラは自分が何に戸惑っているか理解出来た。
シオリが自分を信じた。
言葉にすればそれだけの事に、混乱するほど驚いていたのだ。
(ああ、そうだよな。俺の言葉を信じてなきゃ、あんな事しない、んだよな?)
驚きの原因をようやく把握したにも関わらず――
それでも全く受け入れる事が出来ず、アキラの混乱は深まっていく。
「逆にカツヤ様にお尋ねしますが……」
そんなアキラを置き去りにして、シオリはカツヤとの会話を続ける。
「アキラ様を信じず、あの男を庇った結果、ユミナ様やアイリ様を人質に取られていればどう思いましたか?」
「それは――」
反射で答えようとせず、僅かに考えたカツヤの答えは――
こんな事に巻き込んだアキラが悪い、という言葉が真っ先に出てきそうになったが自分で首を突っ込んでおいて、それはどうなんだという思いから口を閉ざす。
「そんな事態にならないように、アキラ様は全力で警戒していましたよ。その上で誰が悪いと思いますか?」
カツヤは答えない。
答えられる訳がない。
アキラが義体男に手を出さないかだけに集中していて、義体男が仲間を人質にするなんて発想にさえなかった。
これでアキラが悪いと言える程には、カツヤも恥知らずではない。
「自分が犠牲になろうとも誰かを助けたいというカツヤ様の精神を私は否定しません。むしろ尊重されるべきものであるとさえ思います」
黙り込んだカツヤにシオリは再度、言葉をぶつけていく。
「ですが、その行動が仲間を巻き込み、危険に晒す可能性もあるという自覚をお持ち下さい。そして、良かれと思ってという言葉が何の責任逃れにもならないという事も、です」
別にシオリとしては、カツヤを責めたい訳でも詰りたい訳でもない。
実際に取り返しが付かなくなる一歩手前まで、やらかしてしまった情けない先輩として。
挙句の果てにアキラが悪いなんて思い込んでいた、恥知らず仲間として。
自戒を含めて、本心からカツヤに忠告しているだけだ。
「ま、そっすね。信じるのも本人の責任なら疑うのも本人の責任っす。成功した時だけ自分の手柄。失敗した時は誰かのせいなんてのは通らないっすからね」
カナエだってカツヤを責める気もなければ、カツヤの善性を否定する気もない。
やりたきゃどんな結果になっても、自分で責任を負う覚悟を持て、と。
当たり前の事を言っただけだ。
「…………」
けれど、人は正義を盾に好き勝手出来ると思い込むものだ。
特に、カツヤはその傾向が強い人種である。
自分は良い事をしようとしただけなのに、どうしてこんなに責められないといけないのか。
カツヤが僅かに不満を覚えた時だった。
「おい」
今まで黙り込んでカツヤとシオリの会話を聞いていたアキラが、突然カツヤに声を掛けた。
「な、なんだよ……」
シオリ達の言い分が正しいと頭で解っていながら。
それでも人を助けようとした自分のどこが悪いなんて、自分を正当化しようとしていたカツヤは不躾な態度を取ってしまう。
「この――」
事実が明らかになり、全てアキラが正しかったと解った今。
カツヤ達は事情も解らず邪魔して悪かったと頭を下げた上で、それでも人質に取られないように注意してくれた事に感謝しなければならない立場だ。
それを理解しているユミナは拳を振り被り、カツヤを殴り飛ばそうとするが――
「悪かったな、巻き込んで。手を出さないでくれて助かった」
それより早く、アキラは軽く頭を下げたかと思うとカツヤに謝罪と労いの言葉を送る。
俺が悪かっただけだ。
シオリは何も悪くないから、恨みたきゃ俺を恨めとでも言いたげに。
「…………」
カツヤは驚きで声も出なかった。
ユミナでさえ、そうだ。
アキラに謝る部分なんて何一つなく、黙ってこの謝罪を受け入れるだけでも失礼過ぎて怒らせても仕方ない事だと解っている。
それでも、あまりにも意外過ぎるアキラの態度に口すら開けなかった。
「悪い。俺はこれから、さっきの奴を寄越した徒党の所に行く。急がないと駄目だから、文句とか何かあるなら次の機会にしてくれ」
呆気に取られて動けないカツヤ達を尻目に――
言葉とは裏腹に急いだ様子も見せずに、この場からアキラは立ち去ろうとする。
「殴り込みっすね! 一度やってみたかったっすよ!」
「カナエ。相手の規模も解らないのに迂闊な事は言わないで。アキラ様、私もお手伝いしたいところではあるのですが――」
そこにカナエがすかさず援軍を申し出るが、即座にシオリが遮った。
本当に手伝いたいと思っているようだが、レイナの安全を確保出来る場所かどうか解らないと動けないらしかった。
「大した相手じゃないから俺一人で大丈夫だ」
アキラはそれだけ返して、今度こそ振り返りもせず立ち去る。
そして、本当に急いでいると言わんばかりに少し早足で歩き出した。
『…………』
逃げるように離れていくアキラを、アルファが無言で見ている。
途中から一度もシオリの顔を見ようとしなかったアキラを、どこか鋭い眼で見ている。