中立から内側へ 健全版 作:シオリスキー
時間は少し前に遡る。
アキラの予想通り、ボスは万全の準備を整え、アキラを待ち構えていた。
部下達を並べ、入口に向けて銃口をピタリと向けさせている。
(強いハンターってのは、何故か知らんがヘルメットを付けないからな)
ボスの狙いは一つだ。
アキラが入ってきた瞬間、隙間なく入口を銃弾で埋め尽くす。
伏せようが飛ぼうが避けられない密度で撃てば頭に当たって殺せる。
単純にして、最も強力な戦術であった。
「嫌よ! 人殺しの片棒を担ぐなんてごめんだわ!」
戦いへの緊張が高まる中、一人の少女の叫びが響き渡る。
アキラと近い年齢の少女だ。
何の伝手もなければ身寄りもなく、けれど誰かを傷付けてまで生き残りたいと思えなかった少女は、己の身体を売って生きていく道を選んだ。
騙される事もあった。
一方的に踏み躙られる事だってあった。
それでも快楽を相手に与える代わりに、糧を貰う。
そうやってお互い納得した上で生きていく仕事に、少女なりの誇りと自尊心を持っていた。
「別にお前に殺せとは言ってないだろ。お前は単に、ここで仕事をしてくれればいい」
聞き分けのない少女の態度に、徒党のボスは人選を間違えたと思っていた。
ボスが少女に求めているのは別に性行為が主な目的ではない。
自分と年の近い女との性行為を見て、隙の一つでも生まれてくれればいいなんていう、保険とも言えない何かだった。
初撃が交わされた時点で確実に負けなのが解っていたからこそ――
そうなってしまった時の為に、少しでも生存確率を上げておきたかったのである。
「それでアキラって人が動揺して死んだら私が協力したのと同じじゃない!」
少女は何も知らされず拠点に呼ばれていた。
義体男からの定期報告が途絶えた時に、いつアキラが攻めてくるかも解らないとボスが少女に仕事の話を持ち掛けたのだ。
(こんなに面倒臭いガキだとは思ってなかった)
前々から少女の噂は聞いていた。
金を踏み倒されても、それでも仕事を続けているという話だから、てっきり扱いやすい便利な女なのだろうとボスは思っていた。
けれど殺し合いに巻き込まれると解れば逃げるかもしれない。
だから直前まで事情を話さなかったのだが、完全に裏目に出たようだ。
「別に少しでも動揺する可能性があるなら死体だっていいんだぞ? 成果があるにせよ、なかったにせよ、報酬は弾んでやる。売女が変な見栄張ってんじゃねえよ」
ただの脅しだ。
もはや戦場と化した拠点で死体が一つ転がっていたところで驚きなんて薄いだろうし、完全に予想外の光景があって初めて隙が生まれる可能性がある。
それなら出来れば無理やり犯っている姿より、女も気分を出して盛り上がってくれている方が衝撃的だろう。
ボスとしては頷いてほしかった。
「…………」
断れば殺される。
そう思って尚、少女は頑なに首を縦に振らない。
ちっぽけな誇りだ。
今ここでボスに屈すれば、今までの人生全てを否定する事になる。
何より――
少女は生きてきて一度も幸せなんて感じた事がなかった。
ここで死ぬなら死ぬで構わない。
それならせめて、自分が守ってきた意地だけは守り抜きたかったのだ。
「……口に何か詰めて黙らせろ。服も剥け。こいつの身体が目立つように犯れ」
ボスは諦めたように溜息を吐いて、部下に指示を飛ばす。
ボスに幼児趣味はない。
若い女が好きなのは確かだが、それは若くてスタイルの良い女であって、少女は若いというには幼過ぎる。
何より、この徒党で一番銃の扱いに長けているのがボス本人だ。
もし隙が生まれた場合、ボス以外に即座に頭を狙って、確実に当てられるような腕を持つ人間は居らず、ボス自身が相手をするという選択肢は最初からなかった。
「……殺されろ、この人殺し共」
もはや自分に出来る抵抗はないと悟ったのだろう。
少女が怨嗟の声を吐き出した瞬間――
轟音と共に建物が揺れた。
(こんな時に地震かよ!)
僅かに態勢を崩したボスだが、即座に立て直して周囲の様子を確認する。
「はあっ!?」
少女が居た筈の場所に穴が開いていた。
そして、少女を捕まえていた部下と楽しもうとしていた部下が死体になって転がっており――
肝心の少女の姿は、どこにもなかった。
(何が起きて――)
突然の事態に戸惑いつつ、更に注意深く辺りを見渡したボスは、天井にも穴が開いている事に気が付いた。
(人が通れそうな穴――)
それが床と天井をブチ抜いた何者かが、少女を攫い部下を殺していった跡だと気付いた瞬間――
「上だ! アキラの襲撃だ!」
入口に向かって銃を構えている部下達に、慌てて指示を飛ばす。
けれど、いきなり上だと言われてすぐに状況を把握して対応出来る部下は居なかった。
「壁をブチ抜きやがったんだよ! そこの穴がアキラが通った跡だ!」
部下達を叱責している時間も惜しい。
何より自分の言葉足らずだったと瞬時に判断したボスは、短く状況を説明する。
慌てて部下達が天井に向けて銃を構えて、警戒を強める。
(冗談じゃねえぞ……)
ボスがアキラと戦うと決めた理由。
それはアキラが攻めてきた以上、戦うしかないという面も確かにある。
けれど、それだけが全てではない。
報復してきた後ろ盾の強者を先程の待ち伏せ戦法で何人か倒した事がある、という実績があったのも大きかったのだが――
もはやその前提は完全に崩れ去った。
(今から土下座して詫びを入れれば――)
そして、徒党のボスとして君臨してきた才覚が解らせる。
どう足掻いても勝ち目がない。
三十分もしない内に、自分達は皆殺し。
一番生き残れる可能性があるのは、戦う事ではなく降伏する事なのだと。
(……無理だな。俺達はここで死ぬ)
だが、今更それを聞き届けてくれる相手かと考えれば、その答えは否だ。
それならば万が一の奇跡に賭けて、最後まで全力で抗うしかないとアキラが居るであろう天井へ顔を向ける。
再び轟音と共に建物が揺れた。
(下からだと!)
そして、天井を見ていたボスは、天井をブチ抜いて上に何かが抜けていくのを、かろうじて視界の隅に映す。
そして、周囲を見渡せば部下の死体が増えていた。
(ああ、そうか。あのガキを安全な場所に移す為、一回降りたのか……)
つまり少女を抱えて屋上から飛び降りるなんてアキラには造作もない事で、上からだろうが下からだろうが好きに攻められる。
それを理解した瞬間、ボスの抵抗する意欲は消え失せた。
正確には、どう抵抗すればいいか解らなかった。
(こんなのどうしようもねえ……)
どこから来るのかも解らない。
おまけに姿形を把握出来ない程の速度で移動する。
極め付けが――
その速さで移動しながら正確に部下達を射殺していっているのだ。
(無茶苦茶な奴だとは聞いてた……)
乗り込んできた相手を殺して拠点まで引き摺っていった。
勝てもしないのに二大徒党に喧嘩を売った。
考えなしの頭のおかしい奴か。
あるいは逆に、それ等が生む威嚇効果を理解した強かな奴なのだろうと勝手に思っていた。
(俺なんかが下手に推し量って喧嘩を売っていい相手じゃなかった……)
そんなのは化物なんてものを知らない凡人の安い想像でしかなかったのだと、ボスはようやく思い知る。
「あっ?」
その時、ボスの胸に痛みが走った。
それが心臓を撃ち抜かれたという事にも気付けないまま、ボスは仰向けに倒れる。
自分が倒れた事に一瞬遅れで気付いたボスは、目に映った光景に笑いを浮かべるしかなかった。
(おいおい。拠点諸共かよ……)
天井が崩れ始めていた。
ボスは気付いていなかったが床も崩れ始めており、数分もしない内に建物は倒壊するだろう。
(こんな無茶苦茶やる癖して、自分に味方した女だけは当たり前のように助けてやがるんだよな……)
もう自分は絶対に助からない。
それを理解しているのにボスの心に絶望はなく、いっそ清々しいくらいであった。
(なるほど。これがアキラか)
行動も出鱈目なら強さだって出鱈目。
色々小細工していた自分が馬鹿に思えてくる、常識外れの化物。
それなのに、殺すのは敵だけときた。
格が違うという言葉の意味を、ボスは初めて本当の意味で理解すると同時に――
そんな相手に手を出そうとした時点で、自分の命運は尽きていたのだと否応もなく解らされた。
(冥土の土産に良いもの見せてもらったな……)
自分の上に瓦礫が落ちてくるのを眺めつつ――
どこか満足気な気持ちでボスは生涯を終えたのだった。