中立から内側へ 健全版 作:シオリスキー
「ったく、無駄に時間稼ぎしてるのかと思ってイライラさせてくれたじゃねえか」
サラの迫真の演技の甲斐はあった。
ダラダラと戦いを引き伸ばしても自分には何も出来ないと舐められてる。
そう思った男が衝動に任せ、レイナを殺そうとする直前だったのだ。
「それにしても強えな。あいつ等が殺される訳だぜ……」
男はかつて、エレナ達を襲おうとしてアキラに殺された集団の仲間であり、偶然にもその日、体調を崩して留守番していた為に難を逃れていた。
「まあ当然か。人から奪った装備を売って稼いだ金がたんまりあったんだからな」
男がアキラでなくエレナ達を狙った理由。
それは仲間達の装備をエレナが売り払う場面を目撃しており、エレナ達が仲間を殺した相手だと誤認していたからだ。
「大人しく俺達のおもちゃになってればいいってのによ……」
男に敵討ちなんて考えはない。
狙ったのはエレナ達が初めてではなく、好き放題やってきた。
それを邪魔されたのが不愉快で無茶苦茶にしてやりたい。
ただ、それだけの事だった。
「あー、クソ。早まったな……」
けれど、男は後悔していた。
戦いを見る限り、シオリの方が押されているように見えたからだ。
「これならこのガキを盾にして、先にあのメイドの方で楽しんでおけばよかったぜ」
はっきり言って、男自身の力は大した事はない。
アキラやシオリはおろか、十分に訓練を積んだ今のレイナなら素手であっても男を制圧する事が出来るだろう。
それを理解している男は憎々しげに、檻の中で眠るレイナに目を向ける。
「それにしてもこの車、何なんだ?」
男が今居るのは旧世界の車と思われる物の中だった。
凄まじい迷彩能力と索敵能力。
そして何かを捕まえる為の装置と檻が搭載されており、その力を利用してどさくさ紛れにレイナを攫ったのである。
「旧世界に人攫いでも居たのか?」
まさか男も想像出来まい。
モンスターを捕らえてペットにする為の車であり、今エレナ達の戦いを映す画面もペットを探す為の機能の一つでしかないのだと。
「ったく、それならそれでもっと融通利かせろよな」
男が不満だったのは、檻で捕まえられるのはいいが、檻の中には麻酔薬でも随時撒かれているのか。
生物を入れた瞬間、すぐに眠る。
そして、それは自分も例外ではなさそうという事だった。
「その癖、檻から出せばすぐ起きやがる。何がしたいんだよ……」
そのせいで人を捕まえたって見るだけで碌に楽しむ事も出来ない。
かといってモンスターなんて捕まえても仕方ない。
「良い拾い物だと思ったんだけどなあ」
そんな時に見付けたのがレイナ達だった。
メイドを二人も連れた、どう見ても裕福そうなガキ。
コイツさえ攫えばメイドの方は抵抗出来ないだろう、と迷彩機能を信じて攫える機会を男は待ち続けた。
そして男にとっては運の良い事に、モンスターの群れに襲われて命からがら撃退したという現場に居合わせる事が出来た。
もう一人居たメイドの方が重傷を負い、その場から居なくなったのも男には神が自分に微笑んでいるとしか思えなかった。
男の思惑通り、レイナは捕まった。
しかも男が笑い出すくらいシオリは狼狽え、何でもするからレイナだけは殺さないでくれと自分から懇願してきた。
久しぶりの上等な女だ、早速楽しもう。
そう男が思った矢先、仲間達の仇と思っているエレナを見付けた。
それが今回の事件の始まりだった。
「まあいいか。十分楽しめてるし」
男は苦戦するシオリの姿を見てほくそ笑む。
自分なんかが到底太刀打ちも出来ない人間が、自分の掌の上で踊る。
それは男にとって十分以上の娯楽であったし――
「またすぐに面白い獲物でも見付かるだろ」
男は気楽に考えていた。
というのも、男は自身が非常に運が良い人間だと確信していたからだ。
事実、男はそれなりには幸運に恵まれた人生を送ってきた。
大した力はなかったが、荷物運びとして色んな意味で楽しめる仲間に出会ったし、その仲間達が皆殺しにされる時だけ体調を崩して助かった。
荷物持ちしか出来ない自分じゃどうせ死ぬだけだと思いつつ、かといって好き放題やってた生活を忘れられないまま一攫千金を目指して遺跡に向かえば、こんな高性能の車を見付けて、今まで自分に不釣り合いだと思うくらいには稼いでこれた。
「あのメイド死んだらこのガキ捨てて、あの女二人のどっちか捕まえるのとか面白そうだな」
今回は早まった事をして勿体なかったが、人質作戦は中々便利だと男が自分に都合の良い未来を想像した時だった。
因果は巡る。
銃声が響いた。
男は自分が死んだ事に気付く事もないまま、アキラに撃ち殺される。
もし男がシオリを使ってエレナ達以外の相手を狙っていれば、この迷惑で幸運な男はもっと長生きしていたのかもしれない。
あるいはシオリを弄べるだけで満足していても生き長らえたかもしれない。
けれど、無数にある選択肢の中、男はそれを選んだ。
奇しくも死んでいった仲間達と同じように。
エレナ達を狙うという道を選んだ時、男の運は尽きたのだった。