中立から内側へ 健全版 作:シオリスキー
「嘘でしょ……」
アキラに外へと運び出された少女は、自分の目を疑うしかない。
先程まで自分が居た筈の建物が音を立てて崩れ去っていくのを目にしたからだ。
(えっと……)
あまりの驚きに状況を整理しようとした少女だったが、逆に混乱は深まっていく。
そもそもの始まりが少女の日常から逸脱していた。
前金で十万オーラム、後払いで更に倍払うから拠点で仕事をしてくれと頼まれる。
どれだけの人数の相手をしなければならないのか。
あるいは、どんな乱暴な扱いを受けるのか。
怯えつつも、それでも仕事の申し出を断った事がない少女は拠点に赴き――
人殺しの手伝いをさせられそうになった。
(それで――)
断ったら無理やり襲われそうになって、気付いたら自分に近い年頃の男に抱えられ外に連れ出された。
と思ったら、さっきまで居た建物が目の前で壊されたのだ。
それも爆薬か何かを使った訳ではない。
さっき自分を助けてくれた男、おそらくボスの話しから察するにアキラが文字通り殴り倒してしまったのだ。
(最初から全部夢だった? それとも薬か何か打たれて今見ているのが幻覚?)
混乱する頭で必死で考えた結果、少女が導き出した答えは現実ではないというもの。
一から十まで、どこにも現実味がない。
何より都合が良過ぎる。
(だって私は無事だし、前金の十万オーラムだって残ってる……)
これを現実だと認めて幸運だなんて納得出来る程、幸せな人生を少女は送ってきていない。
きっと薬を打たれ自分の身体が弄ばれているのか。
あるいは、とっくに死んで今見ているのは死後の夢みたいなものなのだろうと諦め始めた時だ。
「なんだ、まだ居たのか」
あまりにぶっきらぼうな声が響いて、少女が視線を向けると――
自分を助け、建物を殴り倒した非現実の塊のような存在が、まるで興味なさそうな目で自分を見ている。
これは少女に都合良くはなかった。
(どうせ助けてくれたんなら、そのまま優しく声でも掛けてくれた方が――)
妄想なら全部都合良くてもいいのに。
そんな事を考えた瞬間――
(え、待って! じゃあ今って現実!?)
呆けていた頭が働き始め、忘れていた感覚が急速に取り戻された。
建物が崩れた土埃の臭い。
自分を襲おうとした男達が乱暴に掴んだ時に出来た痣の痛み。
それ等が一気に押し寄せて、これは夢や妄想の類ではないと少女に認識させていく。
「もしかしたらこの徒党の協力組織とかが報復に来るかもしれない。巻き込まれたくないなら、さっさとどっか行った方がいいぞ」
ようやく現実だと認められた瞬間、再びアキラの声が響いた。
助けた感謝を求める訳でもなければ、御礼の催促をする訳でもない。
その態度は少女からすれば、自分には何の興味も価値もないと言われているようにしか思えなかった。
「……感謝なんてしないわよ」
助けてくれた事に感謝すべきだと少女の理性は告げている。
ここで機嫌を損ねて、何の得があるのかと頭では理解していた。
「そっちの都合で巻き込まれたんだもの。それで殺されて恨むならともかく、助けられたからって感謝する理由なんてないからね」
何の得にならないと理解していて尚、見向きもされてないという悔しさが少女に意地を張らせていた。
別に助けられずに死んでもよかった。
自分にはその覚悟があった。
その覚悟を踏み躙られた気分だった。
「ん? ああ、大丈夫だ。こっちが勝手に助けただからな。金を払えとか言う気はないぞ」
アキラは怒るでもなく、むしろ納得したように頷く。
少女がこの場に留まっていたのは、助けられたのに何もしなければアキラの恨みを買うかもしれないと思っていたからだと解釈したのだ。
「馬鹿にしないでよ!」
ここでアキラが怒って撃ち殺しでもしてくれれば、逆に少女は満足して死んでいっただろう。
けれど失礼な態度を向けても何の興味もなさそうなアキラの態度に、今度こそ少女は我慢出来なくなった。
「私はアンタ達強い奴等のおもちゃなんかじゃない! 殺される覚悟だって出来てる! アンタ等の気紛れで私の命を決めるな!」
悔しくて悔しくて堪らなかった。
自分がどれだけ覚悟を決めたって、強い者の前ではどうにもならないのかと。
自分には自分の命の使い方を選ぶ自由もないのかと。
「……」
助けた相手に怒鳴り付けられたからだろうか。
アキラが戸惑うような目で少女を見るが――
少女にはそれが、死にたいなら何で死なないんだという目にしか見えなかった。
(解ってるわよ。本気で嫌がらせをしたいなら、目の前で舌でも噛みきればいいなんて事くらい私だって……)
自分が死んでもいいと思っている理由なんて、生きていく喜びがないだけ。
だから殺される事は受け入れられても、自分自身を殺す覚悟なんて出来やしない。
所詮、その程度の覚悟。
その程度の軽い命だという自覚と自嘲が少女にはある。
(けど、それしかないんだからそれくらい守らせてよ……)
だからこそ。
その意地だけは貫いてきたのに。
それを打ち砕かれて、少女は自分というものが解らなくなり始めていた。
(その大きな銃で私を撃ち殺してよ)
早く楽にしてほしい。
そんな事を少女が願い始めた時だった。
「……悪い。怒るのも当たり前だよな」
少女の願いとは裏腹に、アキラの口から謝罪の言葉が飛び出した。
「……」
助けられて失礼な態度を取っている自覚が少女にはある。
だから撃ち殺されるものだと思っていたところに、謝罪の言葉が来て驚いた部分も僅かながらにあったのだが――
それ以上に自分とは全く違う別次元の世界の人間が自分に謝ったという事実が理解出来なくて。
少女は何も言えずにアキラを見る。
「人殺しの片棒を担ぐのはごめんだ、だったか? 別に俺だって気紛れで助けた訳じゃないんだ」
そして次に飛び出した言葉が更に信じられないもので、驚きでまたしても声すら出なかった。
「待ち伏せや奇襲に備えて、辺りの様子を窺う手段って色々あるんだよ」
それでも疑問が伝わるくらいに表情は変化していていたらしく――
アキラは集音機能でもあるかのように情報端末を見せ付けてくる。
「これって貸しみたいなもんじゃないか。アイツ等じゃなくて俺側に付いたようなものだろ? それなら貸しっぱなしのまま死なれるのは何か違うんじゃないかって思って――」
どう説明すれば伝わるのか。
そんな事を考えながら、ちゃんと自分に向けて放たれる言葉。
信じられない驚きに聞き飛ばしてしまいそうになりながら。
それでも必死で集中し、一言たりとも聞き洩らして堪るものかと少女は耳を傾ける。
「ほら、殺されるかもしれないのにあいつ等の言う事聞かなかったじゃないか。そっちが命を懸けてくれたんだし、ならこっちも命を守って平等っていうか――」
アキラは少女の言い分や不満を正しく理解していた。
何故なら、自分も遺物販売店が襲われた時、同じような気持ちを味わったからだ。
そして自分自身がその気持ちを味わわせる立場になってしまったと気付いたからこそ、必死で言葉を紡いでいく。
敵でもなければ味方でもない。
ただそこに居る弱者を自分の都合で当たり前のように好き放題していいと思う人種。
そんなモノになってしまうのが心底嫌だったからだ。
「対等な契約って事?」
少女は要領を得ないアキラの言葉を必死で噛み砕き、アキラの言いたい事を推測する。
「そう! そういう感じだ! 契約も約束もしてなかったけど、別に上から助けてやるなんて気はなかったんだ」
我が意を得たり、とばかりにアキラが頷く。
ちゃんと伝わった、と嬉しそうに笑う姿に嘘なんて見当たらなかった。
(何よそれ……)
少女は更に戸惑いを強くした。
夢か何かとしか思えないくらい物凄い人が、自分なんかに誤解されないように必死で言葉を探して伝えようと頑張って。
その事に一喜一憂している。
それだけでも信じられなかったし。
(ちゃんと私を見て、その上で助けてくれた?)
自分の行動を評価してくれて。
その対価に自分を助けてくれた。
そんなの――
(それこそ都合が良過ぎる……)
今度こそ夢だと思った。
自分は本当に死ぬ間際で、妄想の中に逃げ込んでいるんだとしか思えなかった。
「それじゃあ私がアイツ等の誘いを受けてたらどうしてたの?」
それならそれで構わない。
どうせ妄想なら聞きたい事を聞いてしまえ、なんて。
普段の少女なら絶対にしない質問が口から飛び出した。
「その時は積極的に殺しはしないけど、巻き込まれて死んだりしたら仕方ないんじゃないか?」
返ってきた答えは冷酷で。
けれど、少女が一番望んでいた答え。
自分が意地を張り続けたからこそ助けてもらえて。
恐怖に負けていたなら死んでいただろう、なんていう何よりも嬉しい言葉だった。
「納得したなら、さっさと行った方がいいぞ? 今度は貸しも借りもないんだ。敵が来たら、お望みどおり自分の力でどうにかしてくれ。守ってなんてやらないからな」
自分がどんな顔をしているのか、少女には解らない。
けれど、アキラには納得した顔に見えたのだろう。
先程までとは打って変わって。
興味なさげな様子でアキラは告げる。
「あ、その――」
それで再び少女は、これが現実なんだと思い至る。
自分を認めて、幸せな場所へ連れて行ってくれるなんて都合の良い展開ではなかったから。
「なんだ?」
何か他に用でもあるのか、と問い掛ける視線は面倒事ならごめんだぞ、という意図が見え隠れしていて。
「また会える?」
何も考えずに呼び止めてしまった少女は、そんな言葉しか返せない。
「別にそういう仕事を否定する気はないけど、そういうのは金とか貸し借りではしない事にしてるんだ。悪いが他を当たってくれ」
けれど、アキラは自分の強さや態度から金を持っていると思われ、仕事の営業を掛けられたのだと判断したらしい。
予想もしてない見当外れな答えが返ってきて。
それが少女には、逆に嬉しかった。
(ああ、本当にこの人は。私の身体に興味があった訳でも、人助けをして良い気分になりたかった訳でもない。私が敵にならなかったから、それを評価して助けてくれただけなんだ……)
少女は納得すると同時に――
「うん、解った。他ね」
アキラに背を向けると、迷う事無く歩き始める。
(確か、あっちの方って話だったわよね……)
噂で聞いた事がある。
読み書きも教えてくれて食事も平等に良い物が与えられる。
その上で新入りの扱いも良い、しかも後ろ盾を含めて子どもしか居ない。
そんな夢みたいな徒党があるという話を。
(その徒党の後ろ盾の名前が、確かアキラ……)
偶然な訳がない。
夢みたいな徒党には、やはり夢みたいな人が付いているのだとむしろ少女には納得感しかなかった。
(そんな場所なんて、行ったところで騙されるだけなんだって思ってた……)
けど、今の少女はその場所は確かにあって。
きっと噂ほど快適ではなく、頑張った人間だけ認められ。
頑張れなかった人間は弾かれる場所なのだろうと確信していた。
(他、他、他……。身体を売る以外に、私に何が出来るのかしら……)
それなら、あの人に認められるもので頑張れば幸せになれる。
(都合が良いなんて諦めていた夢は、現実にだってなる)
そんな思いを胸に秘め、少女は歩く。
そこに惰性で今を生きていた少女の姿は既になく――
明日への希望を抱え、自分に出来る事を模索する前向きな少女しか、そこには居なかった。
健全版でのこの少女の扱いについて
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健全版だし設定変えてほしかった
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健全版だし出番削ってほしかった
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気にし過ぎ。このままでいいよ
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むしろ変えないで