中立から内側へ 健全版 作:シオリスキー
メイドだらけの温泉旅館
「申し訳ありません。もう少し良い場所を押さえたかったのですが……」
言葉以上に申し訳なさそうなシオリの態度に、アキラは何と答えればいいか解らなかった。
(いや、十分高そうなんだけど……)
アキラは現在、レイナを救出した際の報酬として約束していた温泉へと招待されたところであり、旅館に入ったところであった。
見た目からしてアキラが遠出した時に泊まる宿とは比べ物にならないし、入り口だけで完全に別格だと解る程に高級感がある。
だが、アキラが言葉も返せない程に驚いている部分は、そこではない。
「他人の目があってはアキラ様は寛げないのではないかと思い、こちらの判断で申し訳ありませんが貸し切れる宿を優先させて選ばせて頂きました。想定より格落ちの場所となってしまい、大変恐縮ではあるのですが――」
シオリの説明が途中から耳に入らなくなる程の、異様な光景がアキラの目の前に広がっていたからだ。
「……」
受付にシオリとカナエとは別の、見慣れないメイドが佇んでいるのだ。
より正確に言うならば――
(これ全部シオリの関係者って事だよな……)
掃除をしている人間も、布団を運んでいる人間も、全部メイドだ。
アキラとレイナを省けば現在この場には、メイドしか居ないのである。
もはや絶句するしかない。
「アキラ少年は、新しいメイドさんに興味津々なんっすか? 死線を共に潜り抜た私達じゃなく、初対面の子達にそんな熱い視線向けるなんて妬けてしまうっすよ」
「そういう事じゃなくてだな……」
カナエの軽口に対しても、いつものように言葉が上手く返せない。
それ程までに、アキラは目の前の光景に戸惑いを覚えていた。
「申し訳ありません。出来れば人は少ない方がアキラ様も落ち着いて楽しんで頂けるだろうとは思っていたのですが、どうしても旅館の清掃や温泉の準備等を考えますと、これくらいの人数は必要でして……」
アキラの態度を、貸し切りなのに大勢人が居るじゃないかという批難めいたものだと判断したのだろう。
シオリが更に申し訳なさそうに顔を歪めて説明を続ける。
「ああ、いや。その配慮は本当に有難いし、そこに文句はないんだ。本当に」
何か凄い風呂と聞いて思わず飛び付いてしまったものの、信用出来ない人間が大勢居る場所では落ち着けないのも事実。
だからシオリの配慮に、アキラは心の底から感謝の気持ちしかなかったのだが――
(メイド……)
右を向いても左を向いても、前も向いてもメイドが居る。
あまりに見慣れない光景に、どうしても違和感を覚えずには居られない。
「この者達の身元は私が保証します。アキラ様の事は大事な恩人である事は告げていますが、見知らぬ相手に世話をされても落ち着けないのも理解しています。ですから出来るだけ関わり合いにならないよう申し付けていますし、もし何かあれば全て私が責任を負う所存です。信用して頂けないのも無理なき事とは思いますが……」
未だ落ち着いた様子を見せないアキラに、シオリが更に頭を下げる。
(やはりアキラ様に寛いで頂くのは、難しいですか……)
その場の雰囲気で温泉を報酬に決めた時は気付けなかったのだが、そもそもアキラに旅行を楽しんでもらうという事自体が非常に難しいとシオリは思っている。
しかも装備も何もなく裸になる事を強いられる温泉だ。
シオリが思い付く限りの配慮はしたつもりであったが、それでも駄目だったかと肩を落としそうになるが――
「ああ、そこも大丈夫だ。シオリが連れてきたみたいだし、心配してない」
シオリの心配とは裏腹に、その部分に関してはアキラは全く気にしていなかった。
そもそもアキラはシオリが思う程、誰彼構わず警戒心を向ける訳ではない。
上手い話は疑うが、特にそうでもない上に専門外の相手。
例えば服屋の店員等には、そこまで警戒心を向けたりもしないので――
温泉宿の従業員まで入れ替えたのは、シオリの心配し過ぎというか。
下手すれば藪蛇行為でさえあった。
「誤解させたみたいで悪いな。こんなにメイドが居る光景なんて見慣れないから、戸惑ってただけだ」
「まあ、うん。そうなるわよね……」
アキラの言葉に妙に実感を込めて頷くレイナだが、これには理由がある。
というのも、レイナの場合は逆の経験があるのだ。
元々レイナはメイドを見慣れており、むしろドランカムで活動を始めた当初はメイドがシオリ以外に見当たらなくて、暫く違和感が拭えず戸惑いを覚えた。
全く逆の経験をしているからこそ、気持ちは強く解るのである。
それはそれとして――
「……」
シオリは言葉を失う程に驚いて固まっていた。
自分が連れて来たから大丈夫。
何気なくあっさりとアキラは口にしたが、それがどれだけの信頼の果てに放たれた言葉なのか解らないシオリではない。
だからこそ、何かの聞き間違いか何かを疑うようにカナエの方に目を向けるが――
「……」
カナエは僅かに意外だという表情をしていたものの、シオリの視線に気付くと軽く笑って頷く。
(姐さんの耳は正常っすよ)
カナエの態度に込められた言葉を正確に読み取ったシオリは、折角信頼して頂いているのに何を呆けてしまっているのか、と気合を入れ直す。
「アキラ様。失礼ながら、この間の言動から思うに、このような施設は初めてだとお見受けしますが――」
「ああ。初めてだ」
「でしたら一人では利用方法等が解らず不便があるかもしれません。ですので、私が案内や説明をさせてもらってよろしいでしょうか?」
「それは有難い、けど――」
そこでアキラは、レイナの方に視線を向ける。
シオリがレイナの世話に本気で命を懸けている事を知っている。
それなのにレイナを差し置いて、自分の案内をさせるのは気が引けた。
「ご配慮頂きありがとうございます。ですが、他のメイドはレイナお嬢様のお世話も兼ねておりますので、そちらの心配は大丈夫です」
カナエはメイドではあるが荒事専門の戦闘要員であり、レイナの世話を任せるには心許ない。
けれど、今回は他のメイド達が居る。
シオリの同僚である以上、彼女達もある程度の戦闘能力はあるものの。
それはシオリやカナエ程ではなく、最低限必須の戦闘技能を修めているというだけであり、どちらかと言えば家事等に秀でている者達で――
アキラの世話をする為に、シオリはレイナから離れる。
その為の備えとして連れてきた意味合いが一番強いのだ、という事がアキラにも伝わった。
「そうか。なら頼むよ」
そこまでされたなら断る方が悪いだろう。
実際、こういう場所は初めてで正しい利用方法なんて解らない。
しかもアルファに聞いてみたところ――
『施設の正しい使い方とか常識を私に求められてもね……。私が勝手に制御して、一番快適に使える設定で利用したいっていうなら、完璧にやれるけど?』
『……言われてみれば、情報端末も強化服も正しい使い方とか常識なんて完全に無視して使ってるな』
そのとおりとしか思えない言葉が返ってきており。
シオリの申し出は有難いものだったからだ。
「それでは早速案内をと申し上げたいのですが、まずは他の者達へレイナ様を託してきてもよろしいでしょうか?」
正直、色々と準備こそしたもののアキラが自分の提案を受け入れるとはシオリは思っていなかった。
その為、どのような事態にでも対応出来るように同僚達に指示していたのだが、この様子なら配置換えをした方がいいだろうと考え――
レイナを任せつつ、他の者達へ新しい指示を伝えに行く為に、この場を離れる許可を求める。
「ああ、大丈夫だ」
アキラとしては特に気にするような提案ではない。
迷う事無く頷いて、シオリの言葉を受け入れた。
「ありがとうございます。それではレイナお嬢様、カナエ」
アキラが提案を快く全て受け入れてくれるとは思っておらず、色々な準備こそしていたものの、一応はシオリがアキラの世話をする前提で動いており――
「それじゃあ、またね、アキラ」
「姐さんと二人っきりだからって襲わないようにっすね」
そこまで心配していたのはシオリだけで、レイナ達は予定通りといった態度でシオリの言葉に頷く。
「敵対もしてないのに襲う訳ないだろ」
軽い冗談なのはアキラも解っていたが、それでも疑うような言葉は不快だとばかりに不機嫌そうに返すが――
「……」
レイナとカナエは一瞬、驚いたように顔を見合わせたかと思うと、それぞれ表情を変える。
レイナは何とも言えない戸惑いを顔に浮かべ。
カナエは笑いを必死で堪えつつ、それでも押し殺しきれずに吹き出しそうになる声を漏らしていた。
「あの、アキラ。今のはそういう意味じゃなくて――」
「いや、失礼したっす。そうっすよね。うら若きアキラ少年からしたら、むしろ襲われる方が心配っすよね」
レイナの言葉を遮り、カナエは自らの非を詫び謝罪を口にするが――
どう見ても謝罪している態度にはアキラには思えなかった。
「襲われると思ってるくらいなら来ないぞ?」
カナエの態度の意味を推し量れず。
それでもアキラは真面目に答えたのだが――
「くっ、いや、その、申し訳ないっす。ちょっとだけ待ってほしいっす……」
いよいよカナエは堪えきれないとばかりに吹き出すと、呼吸を整える。
その姿にレイナは気持ちは解ると共感を。
シオリは本当に表現し難い、複雑そうな表情を浮かべていた。
「姐さん。しっかり信用に応えるんっすよ」
そして呼吸を整えたかと思うと、短くシオリにそれだけ告げる。
まだ笑いを抑え切れてないが、これでカナエを責めるのは酷というものだろう。
「……当たり前でしょう。それよりレイナお嬢様、早く行きましょう」
ここに留まっても色々不利なだけとシオリは悟ると――
これ以上の会話は必要ないとばかりに二人に移動を促す。
「それでは、すぐに戻って参りますので」
シオリは慌てた様子は感じさせず上品に。
それでいながら素早い動きで移動を始める。
後ろに続くレイナも、どこか気品を感じさせる動きであった。
(何か凄いけど……)
場所が場所だからか。
それとも他のメイドの目があるからか。
どこかいつもと違う雰囲気を漂わせる二人に、戦闘時とは違った技術をそこに感じて。
シオリ達が去っていく姿を、アキラは感心しながら眺めていたのだが――
(カナエだけ、いつもと同じだ……)
一人だけ荒野や遺跡で会った時と何一つ変わらないカナエの雰囲気に、何とも言えない感覚を覚えるのだった。