中立から内側へ 健全版 作:シオリスキー
(シオリさんが脅すからどんな危ない方なのかと思っていたけど、素直そうな感じのいい子じゃないですか……)
シオリ達が居なくなるや否や。
所在なさげに辺りを見渡し始めたアキラの様子に、受付メイドは微笑ましさを感じていた。
(本当にこの手の施設は初めてなのね。可愛いなあ……)
物珍しそうに旅館を見渡す様子は、強化服を着ていても年相応の子どもにしか見えなかったし。
自分を含めたメイドに向ける視線には本当に戸惑いの色しかなく、自分が招待された恩人だという上から目線も見受けられない。
おまけに先程の会話からも解っていたが性的な好奇や期待も一切ないみたいで――
(そこは、ちょっと女としては寂しい感じですけど――)
むしろそこ等に居る普通の男に比べても、よっぽどお世話し易そうな相手にしか思えなかった。
(全く。レイナお嬢様が絡むとなると、一々、大袈裟過ぎるんですよね……)
こんな子と揉めたからって、自分が死んだ後の手配までしてたなんて心配性にも程がある。
受付メイドは過去のシオリの行動を呆れと共に一笑し、同時にシオリからの助言というには物騒な、脅しとも言えるアキラへの対処も必要ないと切り捨てた。
(こんな素直そうな子のお世話なら、喜んでするのに……)
そもそも受付メイドは、メイドになるだけあって相当な世話好きだ。
そんな彼女の目の前に、お世話し甲斐のありそうな子どもが一人、所在なさげに佇んでいるのだ。
ご馳走を前に、お預けを食らっているようなもの。
お世話したい気持ちは加速度的にその強さを増していき、膨れ上がった欲求が仕事と娯楽の境目を曖昧にさせていく。
(シオリさん、お世話代わってくれないかなあ。非常時に備えて待っているだけなんて退屈――)
そんな事を受付メイドが考えた時だ。
何かが刺さるような感覚を覚えて、導かれるように違和感の方向へと意識を向ける。
「……」
アキラが自分の事を見詰めていた。
それも先程までの戸惑う子どものような目ではない。
(目が合ってるのに目が合ってない……)
間違いなく視線自体は噛み合っている筈なのに、アキラの目は自分を人間として見ていない。
まるで物でも見るような酷く冷たい目が、品定めでもするように自分の何かを探っていた。
(これは――)
受付は一番、アキラと遭遇する機会が多い。
そこに配置されただけあって受付メイドの対人能力は高く、その経験と勘がアキラの視線の意味を朧気ながら把握させる。
(シオリさんの顔に泥を塗る相手なのかどうか見定められてる?)
気付いた瞬間、受付メイドは必死で表情が変わらないように努めた。
背筋を冷たい汗が流れて、心臓が早鐘のように鼓動を速めていく。
(嘘でしょう! 確かにお世話も出来なくて暇だなんて少し気を緩めたけど、さすがに表に出してなんてないわ!)
昔、シカラべというハンターがアキラの気の緩みを勘だけで見破った事がある。
数々の死線を潜り抜けてきたアキラにも似たような能力が高い次元で備わりつつあり、それが無意識に受付メイドの気の緩みを察知したのだ。
(そうよ! シオリさん言ってたじゃない! 億越えのハンターで自分より強いって!)
受付メイドも気付いた。
偶然ではなく、間違いなく気の緩みを察して自分を見ている。
目の前の子どもには、それが出来るだけの、あるいはそれ以上の力があるという事を。
(し、シオリさん! これ本当に何か問題起こしたら責任取ってくれる!? シオリさんに報告する前に殺されたりしない!?)
そして高過ぎる受付メイドの対人能力が不要な部分まで悟らせる。
確かにアキラは、シオリ達は信用している。
だからこそ粗相をした場合――
責任者であるシオリではなく、シオリの信頼を裏切って粗相をした本人達が悪いと考えるだろう、という事まで解ってしまったのだ。
「……」
変わらず、アキラは受付メイドを見詰めている。
アキラ自身に咎める気は一切ないのだろう。
ただ無意識だからこそ、受付メイドの気の緩みが消えない限りは視線を外す事もなかった。
(大丈夫です反省しました! 私はシオリさんの顔に泥を塗る気なんてありません! 余計な事はせず、誠心誠意、シオリさんの指示に従って行動します!)
その事に気付けた受付メイドは、即座に意識を切り替える。
――下手に話し掛けたり笑い掛ける必要もないし、頼まれなければ何もしなくていい。不快にならないようにだけ細心の注意を払って。
シオリの事前の忠告を思い出し、必死で家具か調度品のような存在を目指すと受付メイドは気合を入れた。
すると――
「……」
突然、興味を失ったようにアキラの視線が外れたかと思うと、辺りを物珍しそうに見渡し始める。
どこか挙動不審気味に旅館やメイド達を眺める、年相応の子どもの姿へと戻っていた。
(つ、疲れた……)
時間にすれば三分にも満たなかっただろう。
だが、まるで一日休まずに働いたかのような疲労に襲われた受付メイドは、内心だけで息を吐くが――
それでも全てが終わったと気を緩める事だけは決してしない。
(ごめんなさい、シオリさん。全部アナタが正しかったです……)
確かに、これはシオリが身銭を切ってまで同僚達を派遣するに相応しい、非常に困難な仕事だ。
心の中だけでシオリへの謝罪を告げる受付メイドだったが――
もし、シオリが今回の件を知れば、感心して褒めた事だろう。
受付メイドはアキラと一度も言葉を交わす事もせず、それでもアキラの危険性に気付き、地雷を回避したのだ。
それもシオリ達に気を許しているせいで、威力はそのままに迷彩能力だけが普段より格段に上昇している地雷を、だ。
(と、こうしちゃ居られないです!)
それがどれだけの偉業か気付く事もなく、更に受付メイドの活躍は続く。
(早く皆さんに知らせないと!)
レイナに対しては過保護なまでに心配性なシオリの言う事。
レイナの命の恩人だから大袈裟に伝えたに違いない、と他に油断している人間が居ないとは限らない。
「お待たせしました。それでは案内の方、務めさせて頂きます」
戻ってきたシオリに連れられ、アキラが受付メイドの前から姿を消す。
約三十秒。
アキラが戻って来ない事を確信すると、すぐさま受付メイドは情報端末を操作して仲間の一人一人に念を押していく。
『各自、見た目で判断して絶対に気を緩めないように! あの年齢で億超えのハンターという事を意識して! 粗相をすれば本当に殺されるかもしれないです!』
受付メイドはアキラを侮りこそしたものの――
間違いなく、シオリが受付を頼むだけの力を持ち合わせていた。
彼女の根回しにより全てのメイドの意識は統一され、アキラを見た目で軽んじたせいで起きていたかもしれない問題は、事前に回避されたのである。