中立から内側へ 健全版 作:シオリスキー
「アキラ様。このような施設では入浴の前に身体を洗うのが礼儀となっております」
アキラの強い希望により、早速露天風呂へと向かった二人だったが――
裸になるなり、迷う事無くアキラは湯舟へ入ろうとしていた。
勿論と言っていいのか、視線は風呂に集中しており、シオリの裸なんてまるで気にしていなかった。
「そうなのか……」
今すぐにでも湯の中に浸かりたい。
アキラはそんな様子を隠せず、それでもシオリの言葉を無視する事なく、どうしようかと立ち止まる。
「今回は貸し切りですし気にしなくてもよいとは思うのですが、もし今回の件で温泉を気に入り一人で訪れた際に困らないよう、これを機に正しい使い方を学んでおく事を提案します」
「すぐに入るのは駄目か?」
目の前には見た事もない程に大きな風呂がある。
お湯には何か色が付いているし、嗅ぎ慣れない匂いもする。
普段のアキラならば、その不確定要素に対して何かしらの危険ではないかと不安や不信を覚えていただろう。
けれど、ここは高い風呂だという意識がその未知を好奇や期待に変えさせる。
一体、高い風呂とは普段とどう違うのか。
アキラは今すぐにでも試したくて堪らなかった。
「いえ、提案ですので大丈夫です。ですが――」
見ているだけでアキラが入浴したい気持ちは伝わってきたし、シオリとしてはアキラが楽しんでくれるなら、そこまで止める理由はない。
けれど、正しい施設の使用方法を教える案内役として自分はアキラに付いているのも事実。
そこでシオリはどうすればアキラに施設での礼儀の大切さが伝わるか僅かに考えた後、思い付いた言葉を口にする。
「それでは少しお考え下さい。アキラ様が入浴しようとしたところ、ルールや礼儀の解らない別のハンターが不要な事をしてしまい、アキラ様が入浴出来なくなってしまえば、どう感じますか?」
別にシオリとしては、それでも俺は入るとアキラが言うなら止める気なんてなかった。
今回は貸し切りなんだし、御礼なんだろ。
俺の好きにさせてくれてもいいじゃないか。
なんて我儘を言ってくれる事を、むしろ期待してさえ居た。
――そんな事を願ってしまう程に、想定外に順調過ぎて逆にシオリは不安になっていたのだ。
「それは――」
シオリの不安を加速させるように、アキラは素直にシオリの言葉に従って想像を始める。
他のハンターが余計な事をしたせいで、自分だけが風呂に入れなかった瞬間――
想像上の自分は、そのハンターを迷う事無く撃ち殺していた。
それも再生力の高いモンスターでも相手してるかと思うくらい念入りに。
『私もシオリに同感よ。教えてくれる相手が居るんだし、少し常識を学んでおきましょう』
その想像はアルファにも伝わったらしく、風呂くらいで不要な問題を起こされては堪らないといった様子でアルファもシオリの提案を肯定する。
「そうだな。確かに俺も他人に風呂の邪魔をされたら怒る。知らなかったで済ませていい問題じゃないな」
自分は邪魔されたくないのに、相手にだけそれを強いるというのはアキラとしては気に入らない。
納得したアキラは早速身体を洗って、入浴しようと試みるが――
「その、アキラ様。申し上げ難いのですが、その洗い方では大分不十分です……」
一刻も早く湯に浸かりたいという思いが先走り、アキラの作業を相当に雑にしていた。
「……」
アキラ自身、自覚はあるのだろう。
もどかしそうに再度身体を洗い始めるが、急げば急ぐ程に同じ場所ばかり洗ってしまい、洗い残した箇所はそのままだ。
「……よろしければ私が洗いましょうか?」
不憫に思いそんな提案をしたシオリだが、受け入れられるとは思っていない。
そもそも装備を預け、戦闘服を脱いで裸になる。
その過程のどこかで嫌がると思っていたし、嫌がらなくても自分との入浴は避ける。
そして、シオリはアキラの荷物の番をしながら入浴が終わるのを待つ事になるだろうというのが、当初の予想だったからだ。
(この状態で私が傍に居る事を許容してくれる事自体が、望外というものでしょう)
シオリ目線で現在の立場を考えるに。
アキラは二度もレイナの命を助けてくれた大恩人であるが――
逆にアキラからすれば自分は今まで一方的に恩を受け続けた側でしかない上に、今まで避けていたのに突然掌を返して信用していると言い出した調子の良い相手でしかない。
だからシオリがアキラを信用するのは当然だが、アキラからシオリを信用する理由なんてない筈なのだ。
「……悪い、頼む」
それなのに、シオリの予想をまたまた覆し。
申し訳なさそうにアキラは身体を預ける。
「……失礼致します」
内心の動揺を必死で押し殺し、シオリはアキラの身体を洗い始めた。
一刻も早く入浴したいというアキラの気持ちを優先し、出来るだけ手早く、それでも細心の注意を払い丁寧に作業を進めていく。
「前と後ろも失礼させて頂いて、よろしいでしょうか? 汚れやすい箇所ですので……」
けれど、さすがに下半身を洗うに当たっては躊躇し、許可もなしに続ける訳にはいかない。
それこそ下卑た趣味を持つ人間なら、嬉々として洗わせるだろうが――
(そういう趣味があるならば、とっくの昔に私の身体で楽しまれているでしょうからね)
報酬として自分の身体を差し出してもいいと自ら申し出たし、その機会は十分以上にあった。
それでも手を出そうとしてきた事はないし――
今だって裸体を晒しているというのに反応するどころか、バレないように見ようとする気配すらない。
「シオリが嫌じゃないなら任せるよ」
今度こそ嫌がるに違いないというシオリの予想を再び覆し――
全幅の信頼を寄せているとでも言いそうな無防備にすら思える様子で、シオリの提案を受け入れる。
「……畏まりました」
アキラの身体を洗う事に嫌な気持ちなどある筈がない。
レイナを助けてもらった恩も、今までの非礼に対する詫びも。
返せるなら何だってする覚悟をしてきたし、そんな義務的な気持ち以上に。
本当に心の底から感謝していて、喜んでもらいたいという気持ちに嘘はないからだ。
だからこそ――
何の我儘も言われないのも。
ちょっとした事でも自分を気遣うような態度を見せるのも。
逆にシオリを不安にしていくのだ。
(信用して頂けるのは本当に嬉しい事ですし、文句などあろう筈もないですが……)
変な話、もっとぞんざいに扱ってほしかった。
これでは恩返しをしているという気持ちが起きない、なんて。
おかしな不安に駆られながら――
誠心誠意、感謝と敬意を込めてシオリはアキラの身体を洗い続ける。