中立から内側へ 健全版 作:シオリスキー
「もしも、です。アキラ様が苦労の果てに敵を打ち倒したにも関わらず、そこに何も知らない第三者が現れ、あろう事か人質にされたとします。そのせいで、その第三者の勢力と殺し合いになったとしましょう」
例え話にも何にもなっていない事は、シオリ自身が一番理解していた。
それこそ、もっとボカす事くらい出来たが――
下手にボカし過ぎてしまうと、駆け引きや推察なんてものが苦手なアキラには伝わらない可能性がある。
だからこそ、アキラを怒らせる可能性を理解しながら、それでもシオリはこの言葉を選ぶしかなかった。
「……あー、なるほど」
そして、アキラもシオリが話し難そうにしていた訳を理解した。
守秘義務に関わる事を掘り返したせいで自分の不興を買うのではないか、とシオリが考えたくらいなら、アキラにだって予測出来る。
「あくまで例え話、だったな。続けてくれ」
ここでアキラが守秘義務がある事は知っているだろ、と言ってくれればシオリは止まれた。
けれど、これでもう止まれなくなった。
「最終的にアキラ様の機転のお陰で、敵は再び打ち倒され、第三勢力も被害を出す事無く戦いは終わりました。ですが第三勢力のせいで要らない苦労を強いられた事には変わりません。アキラ様は、どう思いますか?」
「どう、か……」
この例え話が例え話なんて言葉を建前にしただけの実際の話であるのは明白。
そして遮らなかった以上、アキラとしても本音で返したくはあったのだが――
レイナを見殺しにしようとしたから、シオリ達に恨まれているだろうし今後は関わり合わないようにする、というのがアキラの答えなのだ。
この例え話だけでは、アキラが第三陣営の人質を見殺しにしようとした部分がない。
これでは答えられなかった。
「その第三勢力のせいで酷い目に遭ったのです。折角助けた事ですし、後から殺すなんて二度手間になる事は、わざわざしないかもしれません。ですが無駄に苦労させられた分だけ恨みは、するでしょう?」
少しはアキラを理解してきたシオリとしては、わざわざ殺したいとは思ってなかっただろうとは本当に思っている。
自分達に殺意がなかったと理解してくれている以上、それを尊重してくれる人だと信用してる。
「何かしたいとは思わないのですか?」
だからといって何もなしで終わらせたかったとは思えない。
何かしらの報復処置くらいはしたかったけれど、都市からなかった事にされてしまった為、やむなく我慢しただけ。
それなら我慢した事を聞きだして、それを叶える事で少しでも恩の返済にしたかった。
「ああ、それなら別に特に何かしたいとかは、ないな」
「な、何もですか!?」
しかし、シオリの予想を裏切って。
アキラは軽い調子で、そんな事を言い出した。
「さすがに使った弾薬と回復薬、戦闘服の整備費用くらいは出せよって思うだろうけど、そのくらいだろうな。余計な手間取らせやがってとは思うけど、何かしたいとまでは思わないかなあ」
「ど、どうしてです?」
一瞬、当事者である自分の手前、気遣ってそんな事を言ってくれていると考えようとしたシオリだったが――
そんな気遣いが出来る人間なら、初めて会った時にレイナを雇わないなんて言って殺し合い一歩手前になんてならない。
間違いなく、これはアキラの本心の筈だ。
「それ程の迷惑を掛けられたのです。何かしたいと思う方が普通でしょう!?」
それが解ってしまうからこそ、シオリは言葉を荒げずには居られない。
逆の立場だったら、それこそ自分なら殺しているとさえ思うのに、どうして何もせずに居られるのか解らなくて。
けれど――
「いや、だって別に人質にされた方は悪くないだろ」
アキラに普通や常識的な考えを求める方が間違っているのである。
それは善悪に関わらず、だ。
「は?」
シオリは呆気に取られ、相当に間抜けな顔をした。
当たり前のような顔をして。
あまりにも理解出来ない事をアキラが言い出したからだ。
「あー、えっと、その例え話だと俺が倒してた筈の敵に人質にされたんだろ? それなら負傷してた敵を助け起こそうとして、それで捕まったとか、その辺りだよな?」
「あ、はい。そのような形が自然かと思われます」
お互いに、これが例え話でも何でもない事は理解している。
それでも例え話であるという体裁を守ろうとするアキラに合わせて、シオリも頷く。
「それなら助け起こそうとしてくれたヤツを人質にした敵が悪いんであって、人質にされたヤツは確かに甘いとは思うけど、悪くはないだろ」
アキラとしては別に、その事だけなら恨む理由になんてならないのだ。
何故なら――
「そのせいで、そいつが死ぬのは自業自得だとは思うけどな。わざわざこっちが危険を冒してまで助けてやる理由はないし」
それならそれで、本気で邪魔なら人質諸共撃ち殺せばいいだけだからだ。
別に積極的に殺す気はないが、死んだら死んだで構わない。
勝手に巻き込まれた人間の為に、自分の命を捨ててやる義理や人情なんてアキラにはない。
「で、ですが。アキラ様は助けて下さいましたよ!?」
その理屈でいけばレイナは見殺しにされていなければ、おかしい筈だ。
だが、実際はレイナは無事だった。
例え話という建前さえ忘れて、シオリは大きな声を上げてしまう。
「そりゃあ敵でもない相手なんて無駄に殺したくないだろ」
そもそもアキラの他人に対する価値観は、原則としては敵か、それ以外であり――
確かにレイナに非はあるものの、それがアキラの中で敵対認定になるかと言えば答えは否だ。
その事を証明出来る案件に、ヤラタサソリの群れからハンター達を救出した事件が挙げられる。
ハンター達が本部に雑な報告で救援要請をしたせいで、アキラは無駄足を踏むだけでなく赤字覚悟の戦いを強いられており――
赤字になってまで助けてやるなんて馬鹿らしい。
正確な情報で救援要請しなかったお前等の自業自得、むしろお前等のせいで俺まで危険な目に遭ったと怒って全員を見捨てていたとしても、咎められる筋合いどころか正当な反応と言えるだろう。
それでも救援対象を限界まで見捨てず、アキラが辿り着いた時点で生きていた人員を全員生還させている。
そこからも推測出来る事だが。
アキラを陥れようとしたとか騙そうとした訳でなく、敵意も殺意もそこにないのであれば。
ただの失敗で迷惑を掛けたところで、敵認定なんてされないのだ。
そして、敵でもない相手を撃ち殺す趣味なんてアキラにない以上――
油断して人質に取られた相手への対応は一つ。
「助けられるなら助けようとして、何かおかしいか?」
シオリの中で俺は快楽殺人鬼か何かなのか?
とでも言いたげにシオリの方をアキラは見詰める。
心外というよりは、そこに悲しそうな色が浮かんでいて――
「い、いえ。そのような事は決して……」
本心からシオリは全力で否定する。
そして一度落ち着いて、アキラの言葉を整理していく。
(理屈は通っている、のですか?)
勢いに流されるまま納得し掛けたシオリだが、アキラの話が完全に矛盾している事に気付く。
「それでは少し条件を変えさせて頂きます」
「え? ああ、そうそう。例え話だったな」
アキラも例え話という体裁を忘れ掛けており――
事実の確認でしかないのに条件が変わる事に驚きつつ、続きを促す。
「第三勢力の力が強く、人質を助ける余裕がなければどうでしょうか? それこそアキラ様が生き残る事さえ困難。運が傾いてくれてようやく、生き残れるかどうかくらいの戦力差だった場合は?」
「それなら人質なんて見殺しにするに決まって――」
アキラも矛盾に気付いた。
進んでまで殺したいとは思えないけど、自分が危険を冒してまで助ける義理はないと言ったし、アキラ自身もそう思っていた。
それならどうして、レイナもシオリも生きているのだろうか?