中立から内側へ 健全版 作:シオリスキー
シオリの幸せな結婚計画
「…………」
アキラは言葉もなく、シオリの方を見る事しか出来なかった。
(生涯って事は恋人じゃなくて結婚を視野にって事だよな?)
冗談だろ。
からかっているのか。
そんな言葉はアキラの口からは出て来ない。
シオリが冗談でそんな事を口にしないと解るくらいには、アキラはシオリの事を知っているつもりだし、信用だってしている。
(え、いや、さっきまでそんな話してなかっただろ! 何でこんな事になってんだよ!?)
かといって、じゃあ自分はシオリと夫婦になりたいのか。
なんて即座に考えられる訳もない。
頭は混乱一色。
もはやシオリの姿も視界の端に見えているだけで、真面に認識していない。
「突然の申し出、驚きとは思いますが返事を頂きたく――」
アキラの混乱を理解しているからこそ、シオリは催促する。
放っておけば、いつまで経っても返事なんて来ないだろうし――
うやむやのまま、この話そのものが終わってしまう可能性の方が高いと感じていたからだ。
「へ、返事って……」
考えてほしいでもなく、いきなり答えを求められアキラは困る。
本当に戸惑いと驚き以外の感情が生まれず、何を言えばいいか解らなかったからだ。
「私と共に、お嬢様を守っていく。そんな人生は、お嫌ですか?」
シオリはアキラの態度を、穏便に断る言葉を探しているだけと判断した。
脈は微塵もなく、女として自分はアキラに何も思われてない。
その思いがシオリの表情を悲しげに歪めていく。
「あ、ああ、なんだ。レイナの護衛として終身雇用したいって話だったか……」
その姿に何かを言わなければならないと思ったアキラは、咄嗟にそんな事を口にしていた。
そんな訳はない、と呟いたアキラ自身、解っていながらだ。
(いくら俺でも解る。それなら男とか女とか、前置きする意味がない……)
間違いなくシオリの言葉は結婚の申し込みだと思いながら、それでも何かの勘違いである事を祈ってシオリの言葉をアキラは待つ。
「いいえ。アキラ様と家庭を持ちたいという意味で合っています。私もこのような申し出は初めてで、誤解されるような説明をしてしまい申し訳ありません」
(だろうなあ……)
想定通り、淡い期待が砕かれた事を受け入れつつ、アキラは再び次の言葉を待った。
「私と共に生きていくという事は、お嬢様と共に生きていく事と同義と言っても過言ではありません。ですので、私の夫になるという事は、先程も申したように私と共にお嬢様を守っていくという事になる訳です」
(夫……)
自分に向けられるとは想像もしてなかった単語に内心だけで驚きつつ、アキラは引き続き黙ってシオリの話に耳を傾ける。
「結婚生活についてですが、出来るだけ早く子を産み育てたく思っており、最低でも子どもは男女一人ずつ。お嬢様といずれ生まれるであろうお子様のお世話係として教育したいですね」
(……子どもの話まで出てきたんだけど)
最早、驚きや戸惑いなんて通り越して呆れに似た感情をアキラは抱く。
それ程までに、自分に縁のない話のようにしか思えなかった。
「勿論、子どもの教育方針に関しましてはアキラ様の意見も取り入れる所存です。後はカナエの事を見て頂ければ解ると思いますが、礼儀作法等も気になさらなくて大丈夫です。私の夫になる事以外は、ハンター稼業の護衛とそれほど違いはないと思って頂ければ――」
慌てたように心配する事なんて何もない、と話すシオリの声がアキラには酷く遠い。
それは決して驚きや戸惑いが強くなり過ぎて、話が耳に入らなくなった訳ではなく――
(なんだ、そういう事か)
急速に心が冷えていくのをアキラは感じていた。
シオリの口から出てきたのは、アキラがレイナの護衛としてどれだけ都合がいいかという話と未来予定図だけ。
アキラのどこを好きか、何に惹かれたかなんて言葉は少しも出て来ない。
「この前の救出とかで俺がレイナの護衛に向いているって思われるのは解るよ。信用して貰っているのだって悪くないと思ってる」
これ以上、話を聞きたくないとばかりにシオリの話を遮るようにアキラは口を開いた。
レイナが人質にされた時の事には触れつつ、それでも都市との守秘義務に触れる話は曖昧にぼかして話す。
それを意識せずとも出来るくらいアキラは落ち着いていた。
「けどさ、優秀な護衛をずっと手元に起きたいからって結婚してでも留めたいとかいう気持ちは解らないし、そういうのに俺を巻き込まないでくれ」
未だ温泉の中に身体は浸かったまま。
それなのに妙にアキラには冷たく感じられた。
(ま、そうだよな。俺の役割なんて武力要員が妥当だろ)
アキラは気付いてなかったが、期待していたのだ。
物心付いた時には、何故か自分は悪だった。
何もしてなくても自分が悪いと罵られ、騙され、好き放題踏み躙られてきた。
そんな世界で生き、育まれてきたアキラの感性は真面じゃない。
普通なら脈絡もない結婚の申し込みなんて、気になっている相手からだって驚きから来る戸惑いしか覚えないものだが――
アキラが戸惑っていたのは、驚きだけではない。
自分と結婚して家庭を持ちたいと思ってくれる人間が居る。
それも他人の為に自分の命を投げ出せるような人が、そんな事を言ってくれるなんて嘘じゃないかという――
話が上手過ぎて信じられない気持ちも大きくあったのだ。
「ご、誤解なさらないで下さい! 言葉足らずで傷付けてしまい大変申し訳ありません!」
即座にアキラの態度の意味に気付いたシオリは、叫ぶように謝罪する。
(焦っていたとはいえ、私は何という残酷な事をしてしまったのです……。結婚したいなんて言葉だけで気持ちが伝わる訳がないでしょうに!)
突き放したようなアキラの態度の意味は拒絶。
それもシオリ自身を拒絶したのではない。
これ以上、傷付くのが辛いから逃げ出そうとしたのだ。
「確かに私はお嬢様が大事です。お嬢様の命を守る為ならば、この身を差し出す事に躊躇いなどありません。そのように思われるのも解ります」
悲痛なアキラの姿に、自分の軽率な言葉を後悔しながら。
シオリは必死でアキラの誤解を解こうと言葉を絞り出していく。
「ですが、お嬢様がハンター稼業に精を出しているのは一時的な事なのです。目的さえ果たせば荒野に出る必要もなくなりますので、それ程の戦闘能力は必要ありません。私がアキラ様を夫として求めたのは、あくまでアキラ様の人柄に惹かれたからです」
本当に、戦闘能力は重要ではないのだ。
確かにレイナの従者達には最低限の戦闘訓練が課されており、アキラに殺されるんじゃないかと怯えていた受付メイドでさえ、ある程度なら戦える。
逆を言えばレイナの従者に必要なのは、ある程度の強さでしかないのだ。
シオリやカナエが飛び抜けているだけで、戦闘能力が何よりも重視されている訳ではなく――
だからこそ、アキラを選んだ理由に戦闘能力を占める割合は少ないとシオリは説明する。
「それなら尚の事、俺が選ばれる理由なんてないだろ」
今更どれだけ言葉を並べ立てられたところで、ご機嫌取りの誤魔化しにしかアキラには聞こえない。
これ以上、話したくなんてないとばかりに会話を終えようとするが――
「それはアキラ様が気付いておられないだけです。私はアキラ様以上に素敵な男性に出会った事はありませんし、今後も出会う事はないだろうと確信しています」
ただアキラを傷付けただけで終わりになんてしたくないと、シオリは本心をぶつけていく。
そもそも焦った理由が、アキラの魅力に本人だけじゃなく他の女性も気付いてないだけだと思ったからなのだ。
(アキラ様の本当の魅力に気付いてない今ですら、エレナ様達が少なからずアキラ様の事を思っているのは解ります。もしアキラ様の魅力に気付いてしまえば――)
知ってしまえば、求めずには居られない。
少なくともシオリは、そうであったし――
だからこそ他の人間も同じようになるだろうと考え、他の誰かに取られてしまう前にと焦って行動してしまったのだ。
「結婚は急ぎ過ぎました。そこは忘れて下さって大丈夫です」
自分の身勝手で傷付けておいて結婚など、どの口で言えるというのか。
シオリは提案を取り下げ、頭を下げる。
「ですが、戦闘能力を抜きに、アキラ様という人間が魅力的だと思ったのは本心です。そこに嘘偽りは御座いません。その事を疑ってご自身を傷付けになるのだけは、どうかお止め下さい」
それでもアキラ自身が魅力的だという発言は決して取り下げない。
それは本心であったし――
傷付けた本人が何を言うのかと思われようとも。
本当にアキラに惹かれていた。
好きな相手が傷付いているのに、放っておきたくなんてなかった。
『……アルファ』
自分に人間としての魅力があるなんて、アキラには突拍子も無さ過ぎて信じられない。
それでもシオリがここまで言うのでばれ、もしかしたら。
そんな気持ちと共に、アルファに真偽の確認を求める。
『ハンター稼業と何の関係もないし命が掛かっている訳でもないわよね? これは私のサポート対象外じゃないかしら?』
『頼む』
『……今までの話には嘘や誤魔化しが含まれていたわ』
『そう、か……』
アルファとの契約があるし、シオリの気持ちには応えられない。
だから断る理由が出来た事に安堵しつつ――
それでもアキラの心は傷付き、沈んでいく。