中立から内側へ 健全版 作:シオリスキー
「間に合ったー!」
エレナに連絡を入れたアキラは、何とか全員無事だという返答が来て息を吐く。
もう少し遅ければ、誰かは犠牲になっていただろう。
『アルファ。これどうすればいいんだ?』
男は殺したもののレイナは檻の中。
しかも眠らされているのか、ピクリとも動かない。
これでは助けたとは言えないだろうと、アキラはアルファに確認する。
『私が何とかするから、それっぽい動きで誤魔化して』
『誤魔化す?』
それがどういう意味なのか尋ねる前に状況が動いた。
「ここはっ!」
目覚めたと見るや即座にレイナが警戒態勢に入り、威嚇するように構えたが――
「アキラ?」
アキラの姿を確認するなり、僅かに警戒を緩め周囲を見渡し始める。
『ああ。何の操作もしてなかったら怪しまれるから、何かそれっぽく端末を調べてるフリをしろって事か』
『そういう事』
アルファの言葉を理解し、とりあえずアキラは適当に端末を調べてるフリをしつつ――
「状況は解るか?」
深く様子を探られないようにレイナに話し掛ける事にした。
会話に集中してくれれば、手元をしっかり見る事もないだろうという期待を込めて。
「索敵にも引っ掛からない迷彩能力が高いモンスターの群れに襲われて、それでカナエが負傷して。その後は――」
そこでレイナは言葉を止めて考え込む。
どうやら、そこで男に攫われて眠らされたようだった。
「シオリとカナエは無事!?」
そこで、はっとしたようにレイナは叫ぶ。
「あー、ちょっと待ってくれ」
その叫びにアキラはすぐに答える事が出来なかった。
(そういえば今回見てないな)
言われて初めてカナエの存在を思い出して、エレナ伝いにシオリに連絡を取る。
「無事らしいぞ。負傷が酷かったらしくて、先に安全な場所で治療してるそうだ」
「そう。無事ならよかった……」
負傷が酷い時点で無事でも何でもない訳なのだが、アキラやレイナにとって後遺症が残るでもない負傷程度はもう気にする事でもなくなっていた。
「それで私達はどうなったの? アキラが助けてくれたんだろうとは思うけれど――」
「俺も途中から巻き込まれたから詳しくは難しいけど――」
そう前置きをした上で。
アキラはレイナに大まかな状況を伝えていく。
「私が攫われて、そのせいでエレナさん達がシオリと戦った……」
アキラから状況を聞かされたレイナの顔に絶望が色濃く浮かぶ。
「安心しろ。どっちも無事で大きい怪我もしてないそうだぞ」
それを誰かが取り返しの付かない事になったかもしれないという心配だと解釈したアキラは、そんな事を伝えるが――
「…………」
レイナはまるで聞こえていないとばかりに呆然として返事もしない。
『アルファ』
『薬の影響とかはない筈よ。負傷とかも見当たらないし、精神的なショックが大きいだけだと思うわ』
『ならいいか』
アルファの言葉に、とりあえず助ける事には成功してるだろうとアキラは一人納得する。
「何が悪かったのよ……」
その時、レイナの口からボソリと声が漏れた。
「装備だって整えた。訓練だって頑張った。事前準備も下調べだって入念にした」
かと思えば、それは堰を切ったように溢れていく。
「シオリだけじゃなくて、カナエだってこれなら足手纏いにはならないって言ってくれたし、カナエが大怪我したって混乱する頭を必死で抑えて頑張って、私が居なかったら自分も危なかったなんてシオリも言ってくれたのよ……」
言葉通り、本当に今回レイナは自分でも頑張ったと思っていたし、見返しても油断だってしてなかった。
それなのにまたも人質にされ、シオリやエレナ達に迷惑を掛けてしまった。
その事で完全に心が折れてしまっていた。
「もうどうすればいいの! 私の何が悪かったのよ!」
一見すると独り言の癇癪のようではあるが、これは現実的で容赦のない価値観を見せ続けてくれたアキラへの問い掛けだ。
弱音を吐いている暇があるなら、もっと鍛えたらどうだ。
それに類した厳しい言葉が返ってくるとレイナは無意識に期待し、その叱責を最後にハンターとしての自分に見切りを付けようとしていた。
「運が悪かったな」
けれど、アキラの口から出てきたのは完全に予想外の言葉。
予想していた叱責でもなければ、慰めの言葉でさえなかった。
「う、運って。何よそれ……」
雑にあしらわれたと思ったレイナが不満げにアキラに問い掛けるが――
「今出来る最大の装備を整えて、事前準備も下調べも最大限にして。不測の事態にも全力を尽くして。それでもどうにもならなかったんだろう? それなら、足りなかったのは運だけだ」
至極真面目な様子でアキラは答える。
話を雑に聞き流している雰囲気なんて一切ない。
本気だという事がレイナにだって伝わった。
「そんなのどうしようもないじゃない……」
だからって、そんな言葉で納得なんて出来る訳もない。
「ああ。どうしようもない」
けれど、アキラはそういうものだから諦めろとでも言わんばかりに、短く告げる。
「そこまで運が良くないとハンターなんてやるなって言いたいの?」
それはレイナからすれば、お前なんてどれだけ努力したところでハンターとして大成出来ないと言われているようにしか思えなかった。
「本当に運が良いなら、そもそもハンターになんてならないだろ」
「ならないって……」
もはやアキラが何を言っているのかレイナには解からない。
混乱し過ぎた頭が余計な事すら考える事も許さず、アキラの言葉尻をただ繰り返した。
「誰が好き好んでモンスターなんて倒しに行きたいんだよ」
「カナエ、とか?」
そして余計な被害妄想さえ考えられなくなった頭が、反射で会話を続けさせる。
「……少なくとも俺はごめんだ。もし飯の心配もなく安全で風呂付の家に生まれていたなら、一生モンスターとなんて戦ってなかっただろうな」
「お風呂好きなの?」
レイナは意外そうに言葉を返す。
レイナが抱くアキラの印象からは、あまりにも遠く掛け離れていたからだ。
「嫌いなヤツが居るのか?」
「探せば居るんじゃない、かしら? 私は好きだけど……」
「……そうか。世界は広いな」
モンスターと好き好んで戦う人間よりも、風呂嫌いの人間の方が信じられない。
そんなアキラの姿に、レイナは初めてアキラをハンターとしてしか見ていなかった事に気付いた。
(私ってアキラの事、何にも知らなかったのね……)
勝手に好きなものは銃とか戦闘みたいに考えていた事に気付いたレイナは――
どうせアキラが檻から出してくれるまでは出来る事はないんだし、今の内に何か話してみようと思案する。
「アキラも運がないなって思う失敗したりするの?」
だからってどんな話題を振ればいいのかなんて解らない。
結局、振れるのはハンター稼業の話だけだった。
「そりゃあするだろ。むしろそんな事だらけだ」
「私と同じくらい惨めな感じの失敗とかも?」
「そう言われても解らない。具体的にどの程度の失敗なのか、教えてくれ」
「どのくらいって……」
人質に取られて仲間に迷惑を掛けた事はあるのか、なんて訊くのはあまりにピンポイント過ぎるし、そもそもアキラは基本的に単独でハンターをしている。
「装備全部失った上に全財産失くして挙句の果てに借金までする羽目になった、とか?」
(いや、そこまでいったら立ち直れないわよね……)
いくら自分の惨めさに打ちひしがれているからって、これはないだろうと返答を間違えたと思ったレイナであったが――
「あー。守秘義務に関わるから答えられない」
アキラは肯定も否定もしなかった。
まさに。
その状況に陥った事があったものの、話せば本当に守秘義務に関わるからだ。
「そ、そう。なら訊かないわ」
(アキラでもこんな下手な誤魔化し方するくらい恥ずかしくなる失敗をしてきたのね)
けれどレイナは、それを恥ずかしさからだと判断した。
それと同時に自分なんか比べ物にならないくらい遠い相手だと思っていたアキラが、何だか身近に感じ始めた。
(そっか。アキラでも何の失敗もなく完璧にハンター稼業を続けて来れた訳じゃないんだ……)
同年代なのに物凄く強くて。
それなのに実力に見合わないくらい用心深くて、自分みたいに甘えたり驕った考えも持たない、隙なんて見当たらない人なのだとレイナは勝手に思っていた。
いや、その評価自体は今も変わっていない。
そんな人でも運が悪ければ失敗して惨めな目に遭う。
それはどうしようもない事なのだと気付かされた。
「私にハンターとしての運はあると思う?」
それならアキラの目から見て、自分にはハンターを続けるだけの器があるのかとレイナは訊かずには居られなかった。
もしこれで運がないと言われれば、レイナは間違いなく自分のハンターとしての未来を信じられなくなっただろう。
「あるんじゃないか? 死んでないし」
けれど、あっさりとアキラはレイナに運があると言い切った。
「こんなに酷い目に遭ってるのに?」
呆気に取られつつレイナが尋ね返す。
自分の甘さのせいで人質に取られたり足手纏いになって周囲に迷惑を掛けた。
反省して万全の準備をしていたにも関わらず、またしても人質に取られてしまった。
何をしたって疫病神にしかなれない。
そんな自分のどこに運があるのかとしか思えなかったから。
「そんな目に遭ったのに生きてるんだぞ。運が尽きてるなら、もう死んでるだろ」
けれど、アキラはむしろ感心したように呟くのだ。
それだけの状況に陥って、死なずに生きてる時点で運に恵まれている方なのだ、と。
「ふふっ、何よそれ……」
慰めようという気なんて一欠片も感じない。
むしろ、その運を分けてほしいとでも言いたげなアキラの様子にレイナは力が抜けていく。
(そうよね。運がなかったら甘えた我儘言ってた頃に死んでるし、とっくの昔に取り返しの付かない迷惑を周りに掛けてるわよね……)
何度も何度も失敗したのに、それでも生きてやり直せている。
シオリもカナエも、巻き込んだアキラやエレナ達だって無事。
その時点で自分はトンデモなく運には恵まれているのだ、とレイナは信じる事が出来た。
(ハンターをやっていけるだけの運はある。それなら後は頑張ればいいだけね)
「ありがとう」
もう自分の才能に迷う事も怯える事もないだろう。
虚勢を張って自分を大きく見せる必要もなく、必要以上に焦る事だってない。
(失敗なんかせず、完璧に生きていくって事がそもそも無理な話なのよね)
そして、失敗しても落ち込んで引き摺り続ける事だってもうないだろう。
今度こそ肩ひじ張らず素直に生きていける。
レイナは言葉や意識としてそれを認識していなかったが、無意識下の感覚でそれを理解した。
「助けた事なら礼は要らない。報酬はシオリから貰う」
アキラは今回の件は正式に請けてこそいないが、助けてというシオリからの依頼を請け負ったものだと判断している。
依頼だから助けただけで、わざわざ礼を言われるような事ではないと断るが――
「それだけじゃないわ。本当にありがとう」
その返答を受けて尚、レイナは改めて口にする。
命を助けてくれた事だけじゃない。
心を助けてくれた事への礼を。
そして――
(アキラに会えた事が幸運そのものだったわ)
自分と出会ってくれた事に感謝の想いを込めて。
(他に何か礼を言われるような事したか?)
アキラは作業を続けるフリをしながら、訝し気に首を傾げたのだった。