中立から内側へ 健全版 作:シオリスキー
「いいよ、下手に慰めなくても。嘘とか誤魔化しの言葉を言われる方がきつい」
「嘘や誤魔化し等とは決して――」
「そういうの解るんだよ。信じられないとは思うけど、モニカの時も解ったからこそ、他に根拠もないのに敵だって決められたんだ」
これ以上、シオリの口からご機嫌取りの言葉なんてアキラは聞きたくなかった。
義体男の件では、自分の言葉を信じて迷う事無く手を汚してくれた相手。
見ず知らずの相手に嘘を吐かれているより、遥かに堪えて辛い。
「いいえ、信じます。それなら私が気付かない内に嘘を吐いてしまったのでしょう」
自分を嫌いになり、言葉を信じられなくなったのなら仕方ない。
それだけの事をした自覚がシオリにはある。
けれど、嘘を吐いているとアキラが断言するならば、シオリはそれを疑わない。
例え自分自身に心当たりがなかったとしても、正しいのはアキラの方だと信じて今までの自分の言葉を洗い直していく。
「申し訳ありません。確かにアキラ様が気分を害されるのではないかと思い、咄嗟に嘘を吐いてしまった部分がありました」
結果、信じたとおり正しかったのはアキラの方だった。
確かに自分はアキラに気に入られようと、いくつかの嘘を吐いてしまっていた事に気付く。
「だろうな……」
シオリの言葉にアキラは変な話、安心した。
想像通り、自分の人柄を好きになんてなる筈がない。
後は嘘と誤魔化しの言葉に対する謝罪を受け取って、話は終わりにして。
今までの関係を続けていきたかったからだ。
けれど――
「やはり最初の子達を従者へと教育する事は譲れそうにありません。後は子どもは男女で一人ずつと申し上げましたが、お嬢様本人に一人ずつ。お子様達に一人ずつ世話役をと考えれば最低でも四人は欲しい気がします」
シオリの口から飛び出したのは、アキラが全く想定してなかった内容であった。
「は?」
思わず間抜けな声がアキラの口から漏れる。
自分は一体、何を聞かされているのかと顔が戸惑いで固まる。
「勿論、子ども達本人の意志を無視して無理やり従者にすべきだとは思っていません。本人自身に忠誠心がなければ従者というのは務まりませんからね。主に仕える事の素晴らしさを教えると共に、親である私自身が手本となり、子ども達に憧れて頂けるよう誇れる背中を見せていきたく思います」
「いや、そこじゃなくて……」
「後は礼儀作法は必要ないと申しましたが、気にして頂けるに越した事はありませんし、身に着ける努力をして頂けるのであれば、私の為にそのような努力をして頂けるのかと感無量でしょうね」
「そこでもなくて、だな……」
「戦闘能力の件も重視こそしませんが、私は二度も御嬢様の命を危険に晒してしまいました。私の力の及ばない部分では、やはり助力を期待したいとは思います」
「そこはまあ、そうだろうとは思った」
「後はその、身勝手で傷付けておいて資格はないと思っていますが、結婚してほしいというのは本気でした。出来れば忘れてほしくなどなく、結婚自体は無理でも女として意識して頂きたいと願っています」
それで話は終わりだとばかりにシオリは黙り込む。
「えーと、その、なんだ」
完全に想定外の内容だった。
そもそもアキラとしては、結婚生活の内容自体はそれ程疑ってなかったというか。
実にシオリらしい話だと思っていたし。
だからこそ、シオリが本当に好きだと思う相手と話し合い、望む結婚生活を送れればいいとさえ思っていた。
「本当に人柄で判断して俺でいいのか?」
「そこに嘘や誤魔化しは一つもございません。アキラ様に私を好きになって頂き、家庭を持つ事が出来れば至上の幸福を得られると信じております」
あくまで疑っていたのは、その相手として自分が選ばれたという部分。
だというのに、シオリはそこには嘘がないという。
本音を全て語ってしまえばアキラが引くのではないかと思い、結婚相手として気に入られたいから誤魔化してしまったのだと。
『……その、アルファ』
信じられない話であった。
そこまでして自分と結婚したいなんて、それこそ何かの間違いにしかアキラには思えない。
『嘘も誤魔化しも一切なくなったわね』
『ないのか? 本当に? 一つも?』
『私にご機嫌取りの為の嘘を言えって、アキラが命令するなら言うけど?』
『いや、そういう訳じゃないけど……』
間違いにしか思えないが――
相手が義体でもなければ騙されない、アルファのお墨付きさえ出てしまった。
「悪い、疑ってた。体の良い戦闘要員としか思われてないんだと思って、その……」
それでもう、アキラは信じるしかなくなり頭を下げる。
シオリは本当に自分の人柄を評価してくれていて、本当に自分と結婚する事を望んでくれていたのに信じなくて悪かった、と。
「いいえ、アキラ様は何も悪くありません。突然こんな話をした上に、言葉足らずだった私が悪いだけ。それでもお許し頂けただけでなく、謝罪までして下さった事を考えれば寛大過ぎる程です」
答えたシオリの顔には、先程までと違い強い安堵が浮かんでいた。
それは自分の言葉をようやく信じてもらえたからではなく――
アキラが元気を取り戻し始めた事に気付いた事から来る、喜びである事がアキラにも解った。
「その、さっきの話だけどさ。今から返事って、しても大丈夫か?」
それでアキラは覚悟を決める。
向こうが真剣に言葉を発してくれたと解った以上、それを無視したいとはアキラは思わない。
どんな結果であれ答えるのが筋だと思ったし――
「いえ、アキラ様の負担になってまで無理にお答えして頂こうとは……」
「こういう話するのって凄い覚悟が要るんだろ? それくらい俺だって解るよ」
シオリは自身の気持ちを押し殺してでも、アキラの事を本気で気遣おうとしてくれる。
そんな相手の覚悟を込めた言葉をなかった事になんて、したくなかった。
「ありがとうございます。それでは、その、お願いします」
シオリが不安を隠せない目でアキラを見る。
そこに期待の色はなく、今にも泣き出しそうに瞳は潤み揺れている。
けれど決して目を逸らす事無く、アキラを見詰めて言葉を待つ。
(成功する訳ないと思っているのに、全く逃げようとしないんだな)
凄い人だと思った。
そんな人に、不安通りの言葉をこれから言おうとしていると自覚してアキラの言葉が痛む。
「悪いけど、シオリの気持ちには応えられない」
けれど――
それで躊躇して言葉を濁すような人間では、アキラはなかった。