中立から内側へ 健全版 作:シオリスキー
「そう、ですか。お答えし難い事でしょうに、ありがとうございます」
アキラの言葉をシオリは静かに受け入れた。
僅かに目を伏せただけで、一切取り乱さない姿は「予想通りでしかないから気にしないで下さい」と告げているようであったが――
それでも悲しみを堪えて僅かに身体が震えている。
「誤解しないでほしいんだけど、シオリが嫌いだから無理とかそういう話じゃない。それ以前に俺側に問題があって受けるどころじゃないんだ」
それに気付いたからという訳でなく――
アキラは予定通り、自分が誘いを断った理由を告げていく。
「先約っていうか、凄く大きな借りがあるんだよ」
「借り、ですか?」
「ああ。そいつが居なかったら俺はハンターとして活躍するどころか、とっくの昔に死んでる。だから、そいつに借りを返し終えるまでは他の誰かと一緒に生きる道を選んだり、他の誰かの為に生きるなんて事は出来ない」
アキラは大分ぼかしながらアルファとの契約の事を告げる。
細かく話す訳にはいかなかったし、何より――
『何ニヤニヤしてるんだよ……』
『ニヤニヤとは失礼ね。アキラの言葉が嬉しくて笑顔を浮かべているだけよ?』
さっきまで見えない場所に居た癖に、ここぞとばかりにアルファが視界に入り込んできているせいで真剣に感謝の気持ちを話すのは癪だった。
「左様、ですか」
シオリは納得したように頷いて。
それ以上、説明を求めようとはしない。
「驚かないんだな」
「予想はしていましたので」
一瞬、アルファの事に気付かれているのかとアキラが目に見えて動揺するが。
シオリの口から飛び出したのは、完全にアキラの想定していない答えであった。
「シェリル様と言いましたか。あの方と出会った辺りから、アキラ様のハンター稼業は上向きになっているようにお見受けしました……」
シオリはアキラの事を調べた際、どうしても違和感を覚えずには居られなかった部分がある。
それがアキラの戦歴と装備の充実性の不一致だ。
「その、誠に勝手な話で恐縮ではあるのですがアキラ様の事を調べさせて頂きました。そこで戦歴を確認させて頂いた限り、あの戦歴で今の装備を整えるのは不可能な筈です。ですから何かしらの援助を受けているのだろうとは推測していましたので」
戦歴を買い取られる程の事態には遭う可能性もなくはないだろうと思うし、事実、なかった事になった件で遭遇しているのも知っている。
だからって一度あれば二度も三度もあるという軽い話ではない。
都市と取引しなければならない程の大掛かりな事件が、一介のハンター程度に何度も起きる筈がないのだ。
それこそ呪われてでもいない限りは、有り得ないとシオリは思う。
(ですが、アキラ様の装備から考えるに何度も遭遇していなければ到底、計算が合わないのも事実……)
そんな低い可能性を想定するよりは、シェリルもレイナと同じ何かしらの事情を持ってスラムで活動している訳有り令嬢であり――
そのシェリルがアキラの援助をしていると考えた方が可能性としては、まだ高いとシオリは踏んでいた。
「悪い、色々あって話せないんだ」
アキラは肯定も否定もしない。
下手に説明して藪蛇になっても困るし。
必要以上にシオリを騙したくなんて、なかったからだ。
「いえ、申し訳ありません。浅慮な発言でした。忘れて下さい」
そもそも調べても、シェリルはスラムの住人で徒党のボスをしているという情報しか出て来なかった上――
アキラが後ろ盾になっているという、シオリの予想とは逆の上下関係であった。
(……失態です。そこまでして、ひた隠しにしている情報になんて触れられたい訳ないでしょうに……)
それこそが何か特殊な事情を隠す為の情報工作だと思っているシオリとしては。
その事に触れるつもりなんてなかったし、むしろ触れないように意識して気を付けていたのだが――
そんな事さえ忘れてしまう程に。
アキラに振られた衝撃が大きかった事に、失言して初めて気付いた。
「シオリには悪いとは思うけど、借りの話がなくても断ってたよ」
失恋の痛みを自覚したシオリに追い打ちを掛けるように。
アキラの口から無慈悲な言葉が放たれる。
(アキラ様の正直さは好ましく思っていますが、お許し下さい。今この時だけは、その正直さは恨めしく思ってしまいます……)
必要以上に傷付けずに断る理由が既にあるのだし、納得した態度を見せたのだ。
わざわざ止めを刺しに来なくてもいいではないですか、と泣きそうになるのをシオリは必死で堪える。
「私に魅力が足りないのは解ります。その内容に興味がない訳でもありません。ですが、少しだけお時間を頂きたく――」
こう言う部分が苦手だと言われれば、直せる部分なら努力をしたいとは思う。
けれど今は泣くのを我慢してアキラの負担にならないようにするだけで精一杯。
だから時間を下さいとシオリは告げたのだが――
「え?」
アキラは何を言われたのか解からないとばかりに、間の抜けた表情をする。
「その、シェリル様に比べて私は年齢だって離れていますし、アキラ様に女として意識してもらえるような魅力的な容姿でもありません。堅苦しい態度も印象は良くないでしょう。心当たりはありますので、どうか今は――」
シオリはアキラの態度に気付く事も出来ず、それ以上は本当に口にしないでほしいと必死で言葉を並べ立てていく。
(借りがある相手にも関わらず、『そいつ』などという呼び方……)
シオリの洞察力を奪っているのは、アキラが恩人と呼ぶ相手に見せた無礼な態度。
アキラを半端にしか知らない者ならば、アキラらしいと逆に納得したかもしれない。
だが、むしろアキラは恩や借りというものを人一倍どころか、何十倍も大事にする人間だとシオリは知っている。
役職や権力といったものへ払う敬意がないだけで、むしろ恩人に対してぞんざいな態度を取るような人間ではないのは、命の恩人と慕うエレナ達への態度から見ても明らかだ。
(私でも解ります。そこに秘められた想いくらい……)
甘えているのだ。
そんな態度を取ったって自分を嫌いにならない。
見捨てられたりなんかしないという絶対の信頼を、そこに感じていた。
(そう、解っております……)
羨ましかった。
そんな言葉一つからでも感じられる、アキラに甘えてもらえる存在が。
羨ましくて仕方なく――
自分では到底及ばないのだと、はっきり解らされた。
(だから比べるような言葉だけは聞かせないで下さい……)
貸し借りなんてなくても、その相手を選ぶ。
だから最初から自分にはアキラに想ってもらえる可能性なんてなかった。
そんな言葉を好きな相手の口からなんて聞きたくなくて、アキラの言葉を遮ったシオリだったが――
「シオリじゃない。さっきも言ったけど、問題があるのは俺の方だ」
アキラの口から飛び出したのは、全く想像もしていなかった言葉だった。
「あ、アキラ様に問題など――」
予想外の言葉に驚きつつ。
それでも気を取り直して即座に否定しようとするシオリだったが――
「あるよ。俺じゃあシオリの期待に、どうしたって応えられない」
はっきりとアキラは断言する。
自分側にどうしようもない問題があるのだ、と。