中立から内側へ 健全版 作:シオリスキー
「シオリが俺の事をレイナみたいに大事にしてくれるなら、俺だってシオリの為に色々頑張れるかもしれない。俺の命くらいでいいなら賭けられるんじゃないかって思うよ」
アルファへの借りもなく、シオリがレイナと同じくらい自分の事を大事にしてくれるなら。
その上でシオリを守る事に全力を尽くしてくれと願われれば。
アキラは多分、ハンター稼業と同じくらいでいいなら命懸けで守れるだろうとは思う。
「けど、それはシオリの為ならだ。もしシオリとレイナ、どっちかしか助けられない状況が来れば俺はシオリを取るだろうし、レイナを殺せばシオリを助けられるって状況になったら、多分シオリに恨まれたって俺はレイナを殺すと思う」
けれど、それはあくまで自分の事を大事にしてくれる相手への恩返しのようなもの。
自分を大事にしてくれる相手は、自分だって大事にしたいというだけ。
(どう想像してみたって、シオリ以上にレイナを優先するって形に俺が納得出来ない)
シオリが喜ぶと解っていても、レイナを優先して守るという図式をアキラの心が認めない。
あくまで守りたいのは自分を大事にしてくれる相手であって――
そこにレイナを含める事すら出来ないし、優先なんて出来よう筈もない。
「それってシオリが期待している事とは違うだろ? 俺じゃあ、どう考えたってシオリの期待には応えられないんだよ」
ただでさえシオリのレイナへの忠誠心は何度も見せ付けられている。
その上で今回の旅行での貸し切り等を含めたやり過ぎとも思える気遣いで、相手がレイナでなくてもシオリの献身ぶりが変わらず発揮される事まで証明された。
そして、シオリの描いた結婚生活は、レイナを護衛するという立場だけを見れば対等かもしれないが――
シオリが夫側に尽くしたいという印象が強く、その献身は生涯惜しみなく注がれ続けるだろうとアキラは思う。
(それだけ尽くしてくれる相手の期待に、応えられないって時点で無理だ)
そうなった時、貰った献身に対する対価を返せないというのは、アキラには耐えられない。
自分が与える恩に対しては無頓着な癖に。
与えられた恩は決して無視出来ない。
アキラは、そういう人間なのだ。
「恩人の方に好意を抱いているから無理だ、という話ではないのですか?」
話自体はシオリとしては非常に納得の出来るものだったし、アキラが真剣に考えてくれた事が伝わって嬉しくもあり――
シオリの沈んでいた気持ちは、ほぼ完全と言っていい程に回復していた。
「私はてっきり、既に恩人の方と恋仲だから無理だと、そのような言葉が返ってくるかと思っていたのですが……」
シオリが調べた情報の中には、アキラはシェリルの後ろ盾というだけでなく、恋人だという情報もあった。
アキラの方を上の立場にした場合、シェリルの徒党に力添えする意味が解らないから、これも情報工作の一つだとシオリは最初は考えていたのだが――
恩人への無意識への甘えを見せ付けられた事で、実はこの部分だけは工作ではなく真実なのだろうとシオリは納得してしまっていた。
「え?」
けれど、アキラは再び何を言われているのか解からないと言いたげな間抜け面を見せる。
それは先程のものよりも遥かに深く――
下手すれば今までアキラが生きてきた人生の中で、一番濃い間抜け面だったかもしれない。
(俺がアルファと恋人?)
それは一度だって考えた事がないほどに、虚を突かれた質問であった。
『恩人をシェリルと勘違いしているみたいだし否定したら後で面倒な事になるわ。適当に誤魔化すのね』
『……何か怒ってる?』
『いいえ? 怒ってなんかないわよ?』
『いや、でも――』
『私とアキラは契約上の関係でしょう? 何を怒る理由があるのかしら?』
適当に誤魔化した方がいいでしょうね、と普段のアルファなら言っているような気がする。
今回は妙に突き放したような言い方のような気がしたものの――
「あー、その、なんだ。黙秘させてくれ」
今のアルファにその辺の突っ込みを入れるのは何か恐ろしくて。
アキラは話せないというように雑に誤魔化した。
(本当に何もなさそうですね……)
そこに照れ等の恋愛に繋がる要素は一つも見当たらず、それでシオリは本当に恩人に対しては恩か仕事の関係で誰よりも信頼しているが――
それは相棒のようなものでしかなく、少なくともアキラには恋人になりたいという気持ちなどは一切ない事が伝わった。
「それではアキラ様の方に問題があるから私の想いに応える事は出来ない、私の方に特に不満はない、という事でしょうか?」
それならその問題が無ければ、自分と結婚は無理でも恋人くらいになら、なってもよかったのだろうか?
期待を滲ませシオリは尋ねるが――
「自分の方に問題があり過ぎて想像出来ないって感じだ。何度も想像しようとはしたんだけど、それ以前の話だなって思ったら、どうしてもそれ以上考えられなくて……」
想像出来ないから解らない。
それが真剣に考えた果てにアキラが出せた答えであった。
「ズルい方、ですね」
アキラの言葉にシオリは短く、それだけ答えると軽く笑う。
どこか嬉しそうに。
それでいて困ったような顔で。
「ズ、ズルい?」
誤魔化す事無くアキラはアキラなりに真剣に考えて答えたつもりだった。
それなのに予想外の言葉を言われて、慌てた表情を浮かべる。
「嫌いな訳じゃない。先約があるから応えられないだけ。私の為に命を賭けるだけなら迷わない――」
結婚したいだなんて本当に文字通り告白しただけで想いの一つも語れなかった自分の言葉に比べれば、アキラの言葉の方が余程それらしい。
断られた後でなければ、それこそ口説かれていると思う程に心地良くなる言葉ばかり。
シオリはその甘さに心を委ねたく気持ちを抑えつつ、言葉を紡ぐ。
「一言だって嫌いと言葉にしないどころか、私には問題ないとしか仰って下さらない。そんな言われ方をしてしまったら、私の事を少なからず思ってくれているように感じてしまいますよ? 恩や借りさえ返し終えてしまえば、振り向いてもらえるのではないかと期待してしまうではありませんか……」
正直である事と誠実である事は別物だ。
欲望のままに好き勝手生きる人間は、決して誠実とは思われない。
自分の身を傷付ける事になろうとも耐え忍び、他者を慮れて初めて誠実だと言われるのだ。
それが欲望でなく真実を告げるだけであったとしても。
本人が傷付かない言葉だけを並べ、明確な返答をしないのは決して誠実とは言えないだろう。
「あ、いや、そういうつもりじゃなくて――」
これでは都合の良い女としてシオリを保持しようとしていると思われても仕方ない。
ただ無責任に自分の都合で振り回し、挙句の果てに全てが終わった後でも気持ちに応えるかさえ解らない。
それは酷く卑怯な物言いだとアキラも気付いた。
「シオ――」
「それ以上、何も仰らないで下さい」
シオリは言葉だけでなく、アキラの唇に指を添えて、それ以上の発言を封じる。
確約も出来ずに待たせるくらいなら、期待なんて持たせないように完璧に振った方がいい。
そんなアキラの考えが解ったからだ。
「出来れば、で構いません。その借りとやらを返し終えた時、私の事を思い出して、お嫌でなければ傍に置いて下されば嬉しいです。レイナ様の事に関しては、その時が来てくれたなら二人で話し合いましょう」
それなら都合良く保持される女で構わない。
それでアキラが振り向いてくれるなら、その期待を胸にいつまでも待とうとシオリは覚悟を決めた。
「駄目だろ、そんなの。シオリが辛いだけじゃないか……」
当てもなく待つだけ。
それが辛く苦しいものな事くらいアキラにも解る。
「アキラ様は恩人なのです。私に対する扱いは、本来そのくらいが丁度良いのですよ」
シオリも辛い事は否定しない。
けれど、アキラは恩人でありシオリの片思いでしかないのだ。
多少の理不尽や我慢を強いられる方が今の対等染みた関係を求められるより自然だという認識もあり、そんな言葉を口にさせる。
「こういう事に恩とか貸し借りとか持ち込むのは止めてくれ。それは、何か違う……」
「それは恩人としての命令、でしょうか?」
卑怯な言い方をしているな、とシオリ自身思った。
こう言えばアキラなら、どう答えるか予想出来ていたのに。
アキラからの許しが欲しくて、その言葉をわざと選んだ自分に軽く自己嫌悪する。
「……ああ。それで我慢とかしないでくれるなら、そういう事にしてくれ。文句があるのに黙っていられるより、その方がよっぽど気が楽だ」
「恩人からの頼みとあらば仕方ありませんね。それではズルいアキラ様に、ズルいお返しをさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
大体予想通りの言葉がアキラの口から飛び出して。
それでシオリは覚悟を決めた。
「ああ、何かあるなら頼む」
「では、少しだけで構いません。立ち上がり目を瞑って、これからする事を許して頂けますか?」
「解った」
シオリの言葉にアキラは即座に従った。
無防備に殴られるかもしれない状況だというのに、歯を食い縛る事もせず――
静かにシオリの行動を待つ。
それは殴られないと事態を甘く見ているのではなく。
殴られるならそれだけ自分がシオリを傷付けたのだから仕方ない、と思っている事がシオリには解った。
(いつの間に、そこまで信用してもらえるようになったのでしょう?)
不思議だとシオリは思う。
自分達と関わり合う事すら避けていた筈なのに。
助けてもらうばかりで自分は恩の一つだって、返せなんていないのに。
(アキラ様。女には、それでは不安なのです)
理由の解らない優しさでは、それが自分にだけ向いてくれるなんて思えない。
証が欲しかった。
自分だけが持っているアキラとの絆が欲しかった。
――姐さん。しっかり信用に応えるんっすよ。
不意に。
戦闘狂な上に冗談ばかり言うせいで誤魔化されがちだが、実は広い視野を持ち、さり気ない気遣いが上手い同僚の言葉を思い出す。
「恩人だなんて鼻に掛けず、対等以上に扱おうとして下さる。そういう自分でも気付いてない優しさを持っている貴方だから愛しいのです」
いくら自分が口下手だからって、これからする行為の前に惹かれた理由の一つも告げていないのは、信用を裏切る行為な気がして。
自然と、そんな言葉がシオリの口から零れ出す。
「しお――」
シオリの言葉の意味を確認しようとアキラの口が動いたが、それ以上言葉を続ける事は出来なかった。
何も言わせないとばかりに、アキラの口をシオリの口が塞いでしまう。
言葉だけでは伝え切れないシオリの想いを届けるようと、口付けと言うには情熱的な行為が始まろうとしていた。
次回は三千文字くらいの、ただキスするだけのシーンが本来あります。
ですが健全版ですので該当シーンはカットとなりました。
何かこの中で言いたい事があれば
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キスシーンだけで三千字?
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不健全なキスシーンって何さ……
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キスシーン書けなかっただけでは?
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アレは確かに健全版だとキツイよね
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気にし過ぎ