中立から内側へ 健全版 作:シオリスキー
「それじゃあその、また何かあったらよろしく頼む」
あれからは特に目ぼしい事件もなく、旅行の終わりがやってきた。
「はい。どうかお元気で」
どこか気まずそうなアキラと違い、シオリは特に気にした様子も見せずに別れの言葉を口にする。
「あの、なんかシオリがごめんね?」
アキラの様子に、やっぱり嫌がるアキラを無理やり手込めにしたんじゃないか、という疑念を拭いきれなかったレイナが思わず謝罪の言葉を漏らしてしまうが――
「……別に。謝られるような事は、されてない」
アキラは僅かに不機嫌さを滲ませ、はっきり謝罪を拒否した。
「お嬢。姐さんとアキラ少年、二人の問題っすよ。姐さんの主として交際に何か言いたい事があるならともかく、そうじゃないなら口を出すべきじゃないっす」
(……姐さんの独り相撲かと思ってたっすが、結構脈有りっぽい感じっすね)
そこに込められたシオリへの好意や戸惑いを察して、変に拗れる前にカナエが釘を刺す。
「あ、そうよね。余計な口出しだったわ。ごめんなさい」
暗に自分は二人が交際するなら反対する気はないと言外に認めつつ、再びレイナは謝罪の言葉を口にして――
「それじゃあまた何かあったらよろしくね、アキラ」
これからも仲良くしていきたいと願いを込めた別れの言葉を口にする。
「ああ。またな」
アキラもそれを何の疑問もなく受け入れ頷いた。
「次は格闘の模擬試合よろしくっす」
「それは断る」
「……なんか私にだけ釣れなくないっすか?」
「一人だけおかしい事言ってるからだろ」
「じゃあ気が向いたらでいいっす」
「向かないから諦めろ」
「やっぱり私だけ扱い悪いっす!」
そうして。
取り留めのない会話を僅かに交わしてアキラはシオリ達と別れる。
『ねえ、シオリの事、本当によかったの?』
アキラが一人になってすぐに。
アルファから声が掛かる。
『のめり込んで私の依頼を反故にしないなら、別に付き合う事に反対なんてしないわよ?』
実際のところ、もしアキラが流されてシオリを抱いていたなら。
アルファは近い内に、どうにかしてでもシオリを始末するべく動いていただろう。
けれど、アキラは流される事無く自分との契約を優先すると宣言してくれていたし。
アルファが居るせいでシオリと恋人になれなかった、なんて恨まれても困る。
表面上はシオリとの仲を肯定するような言葉で、アルファはどうしてシオリの誘いを断ったのか問い掛ける。
『……だからだよ』
アキラは言葉少なくアルファの問いに答える。
まるで先程のアルファの言葉の中に答えがあると言うように。
『だから?』
『のめり込んだら駄目なんだろ? のめり込まない自信がなかったんだよ』
そして、本当にアルファの言葉の中に答えがあった。
(あんなに心地いいなんて想像もしてなかった……)
口付けか。
それとも誰かに愛されていると実感する事か。
どちらに自分が気持ちよさを感じていたのかは、アキラ自身にだって解らない。
それでも我を忘れ身を委ねたくなる程に心地良かったのだけは確かだ。
『その、今まで悪かった』
『……急に何の話?』
『いや、ほら。誘惑対策だっけ? 今まで馬鹿にしてたけど、アルファが心配してた理由、よく解った』
別に腹が膨れる訳でもなければ、生死にだって関わらない。
そんなものに自分は惑わされないと本気でアキラは思っていた。
けれど――
(ただ知らなかっただけだな……)
実際に体験してみて解った。
アレはそんな簡単に抗えるようなモノではない、と。
(わざわざ高い金出したりしてでも女を買う人間が絶えない訳だ……)
自分でも我慢出来ないんだから、他の人間も我慢出来なくて当然だなんてアキラは納得するが――
そもそもの話、アキラ本人を含めて誤解している人間が多いのだが。
実のところ、アキラはそこまで娯楽や快楽に対して我慢強いタイプではない。
一見、アキラは依頼以外に目もくれず我慢強く任務を遂行出来る人間に見えるものの――
それは生きる事に精一杯で、脇目を振りたくなるような娯楽や快楽を知らなかっただけ。
その証拠に他に優先しなければならない事があっても風呂を優先しようとしたり、惑わされた事なんて多くある。
『ありがとう。誘惑対策受けてなかったら多分流されてたと思う』
『ど、どういたしまして?』
何故ここで文句でなく礼を言われるのかが解からず、アルファは本心から戸惑いながら、かろうじて言葉を返す。
アキラの思考の動きは大体把握してきたつもりであったが――
今回の反応は全く理解出来なかった。
『アキラとしてはシオリに手を出したくなかったという事?』
さすがに何も解からないまま看過していい内容には思えない。
不興を買う可能性を考慮しつつ、それ以上に放置する方がマズイと判断してアルファは問い掛ける。
『そりゃそうだろ』
アキラは当然のように頷いて、説明を始めていく。
『俺なんかのどこに惹かれる部分があったのかは解からないけど、それでも俺の性格とか何かを見て好きになってくれたんだ。それなのに俺が汚い欲望だけでシオリに手を出すなんて間違ってるからな……』
もしシオリに手を出すのなら、それは肉欲に負けたからではなく――
シオリを心から好きになった結果として、手を出すべきだ。
そんな事を本気で考えてしまうくらい、アキラの恋愛感情は幼く純粋である。
『それに内面を好きになったって言ってくれても、戦闘力や索敵能力を当てにしてない訳じゃないんだ。今の俺じゃシオリを騙しているのと変わらないじゃないか』
だからこそ、当然のように恋愛を綺麗で対等な関係の上に成立すべきものとして扱おうとする。
手を出して少しでも情を持ってくれれば、なんて相手に思惑があるなんて考えもせず。
自分を好きになってくれた相手を騙して手を出す訳にはいかない、なんて事を大真面目にアキラは告げる。