中立から内側へ 健全版 作:シオリスキー
「……事情は解ったわ」
応接室で待たせていた、自分と同年代くらいの少女の話を聞いたシェリルは言葉少なく頷いた。
(十中八九、この女の話は真実と考えて間違いないわね……)
少女の話の内容は大まかに言えば、少し前にアキラが拠点の建物諸共潰した徒党の戦いに巻き込まれ死に掛けたところを助けられたというものだった。
(話を聞いた感じ、アキラの服装も拠点が潰れた日時も合ってる。それに建物を殴り倒したって言葉も、アキラが言ってた殴ってたら壊れたって言葉に近い――)
もしこの少女がアキラが拠点を潰した噂を聞き付けて、それを利用しようとしたと考えるには、あまりに情報が精緻過ぎる。
アキラの姿自体は街中で見ていたとしても、それだけなら殴り倒したではなく、あの大きい銃で建物を壊したとか爆薬か何かを使ったと考える可能性が高いとシェリルは思う。
何より――
(折角助けておいて、後は自分でどうにかしろっていう訳の解らなさが一番アキラらしいわ……)
恩を着せる訳でも保護する訳でもなく、どうでもよくなったとばかりに放置。
徒党の場所はおろか、アキラは自分の名前すら少女に伝えなかったようだ。
(というか、この女も大概ね。そこ等辺を少しでもぼかせば徒党入りさせざるを得ないっていうのに、馬鹿正直に全部話す?)
少女の話を聞いてシェリルは確信していた。
エリオを再び徒党入りさせた時やルシアから金を取り戻した時と同じだ。
もう少女に対する興味はアキラには微塵もない。
下手すれば、もはや顔すら覚えていないだろうとさえ感じるが――
それをシェリルに解るように伝えて少女に何の得があるというのか。
「確認するわね。この十万オーラムは、その時に潰された徒党から渡された物。あなたが自分の能力を駆使して手に入れた物じゃない上に、あなた自身に徒党に役立てる能力は一切ないって事でいいかしら?」
何よりこの少女の変な部分が、自分には身体を売る事以外に出来る事がない。
だけど、それを徒党の為に使う事は出来ないと言い出した事だ。
(その癖、役には立ちたいから使い道をこっちで見付けてほしいなんて、本気で徒党に入る気あるの、この女?)
徒党入りを考えているなら、その辺は上手く誤魔化すべきだろう。
どんな馬鹿でも、そのくらいの駆け引きくらい出来るだろうとシェリルは思うのだが――
「ええ。運を私の能力だっていうなら話は別だけど、その十万オーラムを稼いできた事を期待して徒党に入れてくれても無理ね。ずっと身体を売って生きてきたから、他のやり方での稼ぎ方なんて一オーラムだって解らないわ」
少女は馬鹿正直に自分の無能っぷりを伝えてくる。
これじゃあ折角十万オーラムを差し出すと言われても、評価に加える事だって出来やしない。
(アキラ直々に面倒を見てくれって頼まれたならともかく、わざわざ徒党入りさせる理由はないわね……)
普段のシェリルならば、それでも念の為、少女を徒党入りさせていただろう。
確かに現状、少女を徒党に入れる利点は一切ない。
だが逆に徒党に入れて不利益が生じるかとなったら、そんな事もない。
役に立たないが不穏分子でもない人員が一人増えるだけだ。
それなら万が一、アキラが気に掛けていた時の為に身柄を確保しておき、アキラが気にしてないと解った時点で放り出すのが一番確実なのだが――
(なんでアキラは、こんな馬鹿を助けたんだか……)
自分は苦労に苦労を重ね、その末にようやくアキラに助けてもらえた。
ハンター崩れに攫われ指をへし折られ、死に掛けたが――
助けられた時のアキラとの密着感、抱き抱えられた時の頼もしさ。
それは色褪せるどころか、むしろ思い出す度に美化され夢に見る程であり。
その記憶はシェリルにとって最高級の思い出の一つだ。
それなのに。
目の前の女は出会いから、それを享受した。
苦労の果てに自分だけが手に入れた特別な思い出を、何の苦労もせず手に入れた。
そんなシェリル自身さえ気付けない嫉妬心。
そして、思ったより面倒な事にならなくてよかったという安心感が抑え込んでいた眠気を復活させつつあり――
それ等が思考を僅かに妨げ、シェリルの判断を普段のものから狂わせていた。
「いくら十万オーラム差し出すって言われても、何にも出来ない役立たずを置いておく意味はない、解るわね?」
「ええ、解るわ」
「だから役立つように使ってくれって言い分は多少は評価するけど、こっちも部下一人一人の適性を一々探している程、暇じゃない。それも解るわね?」
「解る、けど――」
それは困ると言いたげに少女は顔を歪める。
どうしても徒党に入りたいらしい。
「だからテストをさせてもらうわ。合格すれば徒党に入ってもらうけど、不合格なら諦めなさい」
それなら身体を差し出してでも嘘を吐いてでも必死になるべきだ。
そんな苛立ちがシェリルの頭を過り、どこか意地悪な気分にさせる。
「ただテストを受ける気なら十万オーラムは試験代として、こちらで頂くわよ。勿論試験の費用だから合格でも不合格でも十万オーラムは返さない。それでも受ける気はあるかしら?」
そして嫉妬や眠気で普段と違う判断をしつつも――
それでも聡明なシェリルの頭が一応の保険を掛けさせる。
(テストを断れば、徒党入りを希望して来たけど徒党の実情を知って自分に合わないと思って本人の意志で辞めた事になるわ……)
これで少女の方から、それは無理だと断ってくる筈。
無能を入れている暇はない。
十万オーラム奪い取られたくなかったら、さっさと帰れという意味だと話の流れから思うだろうし。
そうでなくても、これじゃあ無駄にお金だけ騙し取られると思って諦める筈だ。
「ええ! それでいいわ! 試験は今すぐ初めてもらえるの!」
だが、シェリルの予想に反して迷いなく少女は頷く。
それも心底嬉しそうな笑顔を浮かべた上に――
一刻も早く試験を受けたいと催促するように自ら十万オーラムを差し出してくるという、まるでこの提案を心待ちにしていたとでも言いたげな様子で。
「……こっちの言ってる事、解ってる? 合格したって十万オーラムは返ってこないし、不合格でも返さないのよ?」
十万オーラム寄越せば入れてやる、と言ったようにでも聞こえたのだろうか。
シェリルは訝しんで確認するが――
「え、うん。試験を受けるなら十万オーラムはそっちのものって話よね? 何か間違ってた?」
少女は問題なく理解しているらしく、むしろどうして確認してくるのか不思議そうにシェリルを見詰め返す。
「……いえ、解ってるならいいわ。それじゃあ十万オーラム受け取らせてもらうわね」
この態度にシェリルは心底困った。
というのも、シェリルとしてはアキラに助けられたからって甘えて好き勝手出来ると思ってるなら現実を見せて諦めさせてやろうと思っていたし、そうなるだろうと予測していたものの――
迷いながらも試験を受けると言ってお金を差し出してくるのなら、それなら身の程くらいは弁えてるし、損得勘定も多少は出来る頭がある。
全く見込みがない訳じゃないと判断して徒党入りさせる予定であり――
十万オーラムを差し出せるか自体が試験のつもりだったのだ。
(……この女、どっか変じゃない?)
だが、少女は迷うどころか喜んでお金を差し出してきた。
しかも無駄に奪われるだけの可能性があると理解していながら、だ。
(本気でどういう考え方してるのか、確かめた方がいいわね……)
何を考えているか解らない人間を徒党に入れる訳には、いかない。
それは何もしない役立たずを入れるより遥かに危険だという事を、シェリルは今までの経験から強く理解しており――
気合で眠気を吹き飛ばし、真剣に少女を推し量ると決めたのだった。