中立から内側へ 健全版 作:シオリスキー
(あー、よかった。あまりに都合良い事ばかりだから、どっかで死んでるんじゃないかと思ってたわ……)
少女は明らかに自分に取って不利なテストの提案に。
だからこそ、自分は死んでもなければ薬を打たれて夢を見ている訳でもないと確信し、笑顔を浮かべていた。
(大体この付近の連中おかし過ぎるのよ。変に親切過ぎるっていうか……)
少女は、アキラが後ろ盾をしている徒党の詳細な場所なんて知らなかった。
ただ大まかな方向を噂で聞いた事があっただけであり、おまけに一人で生きてきた少女には詳細な情報を尋ねられる相手も居なかった。
――そしてアキラと出会って以降、客を取っていない。
(アキラさんの居る徒党の場所を聞いたら皆、アキラさんがどんな格好してたとか、いつ助けられたとか聞いてきたけど、ああいう質問が今の流行りなのかしら?)
そこで少女は目に付いた人間に片っ端から場所を尋ねていく事で、拠点の場所を知ろうとしたのだが――
スラムで夜中に女が一人、ブラブラうろついているっていうのに誰も自分を襲おうとも攫おうともしない。
それどころか目的の徒党に所属しているとかいう人に至っては、護衛させてくれと頼み込んでくる上に断っても付き纏ってくる始末。
てっきり誘拐でもされるものだと少女は思っていた。
(それなのに、すぐにボスに取り次ぐから待っててくれなんて言われるし……)
しかも待っている間、何度もお菓子やコーヒーを勧められる始末。
なるほど、このお菓子とコーヒーに薬が入っているのか。
つまりここはアキラとは無関係の徒党で、私を売り飛ばす為の指示をボスに仰ぎに行ったんだろうと少女は考え、逃げる隙を窺っていたのだが――
荒くれ者が何人も来るに違いないという予想に反して、何だか凄く可愛い女の子が一人やってきただけだった。
その女の子はアキラの恋人であると同時に徒党のボスであると名乗り、凄く丁寧な態度で自分に説明を求めてきたものだから――
あまりにも都合が良過ぎると少女は絶望して、諦めの境地に陥ったりもした。
(あっ、これ随分前に薬打たれてるわって思ってたんだけどなあ)
一人目か二人目辺りに道を尋ねた時に自分は攫われていて、薬を打たれて夢を見ているんだなと確信し。
やっぱ希望なんて持つものじゃないなあ、なんて内心悲観にくれていたのだが――
(無事みたいね。あんな凄い人が統治している場所は、部下だけじゃなくて周辺の教育まで行き届いてるのかしら?)
シェリルから自分に一方的に不利な提案を持ち掛けられた事で、どうやら心配し過ぎだったと少女は思い直す。
今までの少女の回想から推測出来ると思うが――
そもそも少女は夜中に押し掛ける気なんて一切なく。
単に道を尋ねていたら、気付いたらここまで連れて来られていただけなのである。
だが、少女とシェリル、お互いにとって不幸な事に。
アキラに助けられた女という非常に扱いの難しい存在に、下の者達が焦って色々先走ったりした結果、シェリルの元まで正しく情報が伝わらなかったのだ。
(試験かあ。やっぱ厳しいんだろうなあ……)
その辺りの伝達さえ完璧に行われていたら、そもそも試験なんて行われなかっただろう。
少女は常識も知らず教養もない。
アキラに命を助けられたなんて言ったからこそ、誰も少女を襲う事もせず、協力的にならざるを得なかったと気付いてもいないくらい察しもよくないが――
(でも噂になるくらい凄いんだもの。厳しくて当たり前だし、このくらい試験料取らないと希望者が多過ぎて大変になるんでしょうね)
喚けば何かが手に入ると思えるような、甘えた生き方なんてしていない。
いや、そんな生き方なんて許されなかった。
何かを手に入れる為には、自分も何かを差し出すのが当たり前。
むしろ何も差し出さずに与えようとしてくるなら、それは全て自分を騙そうとしている者でしかなく、差し出された手を取れば傷付けられるだけ。
それが少女が信じ、生きていると実感出来る世界の法則なのである。
そして今の自分は意図していなかったとはいえ、夜中に押し掛けた無礼者であり、金以外に何も差し出す者がない無能だと少女は正しく理解していた。
(これで駄目なら私の力が足りなかったって話よね。気合入れないと……)
それなのに問答無用で追い返しもせずボス直々に試験をしてくれるのだ。
お金を差し出す事に迷いなんてある訳もなく、さすがアキラが後ろ盾をしている徒党だけあって応対も丁寧だと思っているからこそ――
その丁寧な応対に応え、力を示せる機会を得た事に笑みを浮かべるのだ。
「それじゃあいくつか問題を出させてもらうわ。返答次第であなたが徒党に入る資格があるか判断させてもらうけど、いいわね?」
けれど、そんな少女の事情や胸の内を知らない者。
シェリルから見れば、礼儀知らずにも夜中に押し掛けてきた挙句、少女からすれば相当な大金を巻き上げられそうになっているのに笑顔を浮かべ始めた不気味な人間でしかない。
「ええ、大丈夫。どんな問題でも恨みはしないわ」
訝しむシェリルの視線を自分への値踏みだと判断した少女は、それだけ告げて問題を聞き逃してはならないと耳を澄ます。
「それじゃあ問題よ――」
そうしてシェリルの口から試験内容が少女に告げられた。
それは過去に起きた事件の話だった。
アキラが徒党の後ろ盾になった際、アキラの力を信用出来ずに背後から殴り掛かった者。
街中でアキラを見掛け、駆け出しのハンターだと思い財布を掏り取った者。
徒党が大きくなり始め、アキラの力では徒党を守り切れないと判断し、アキラを殺して後ろ盾を変えようと目論んだ者。
この三人にアキラがどんな対応をしたか。
その考えに至った理由も答えろというものだった。
「寸分違わず当てろなんて無理な事は言わない。ただ、その答えであなたがアキラを後ろ盾としている徒党に入るに相応しい人間かどうか。判断させてもらうわ」
シェリルの裁量でどうとでも判断出来る問題。
それこそ寸分違わず当てたとしても、採用かどうかは気分次第で判断しても何も問題のない内容だ。
だが――
「えっと、そんな簡単な問題でいいの?」
学のない少女からすれば、下手に計算問題を出されるより遥かに答えやすい。
酷く拍子抜けしたように少女は目を瞬かせた。