中立から内側へ 健全版   作:シオリスキー

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どこか見知った異常性

「簡単、ね。それじゃあ答えを聞かせて頂こうかしら?」

 

(これで自分を助けてくれた優しい人だし、三者とも笑って許したなんてお花畑の返答してくるようなら、とても徒党に入れられないわ)

 

 気分次第でどうとでも出来る問題を突き付けたにも拘らず、変わらず能天気にしか見えない少女の姿にシェリルは心の内だけで溜息を吐く。

 

(全員殺したくらい言ってくれれば、見込みはあるんだけど……)

 

 気合を入れ直し、正常に回り始めたシェリルの頭に少女を放逐するという選択肢は既にない。

 

 アキラに確認を取るまで一時預かりにするか。

 

 それとも徒党に入れるかの二択だ。

 

 そして、出来ればシェリルとしては徒党に入れたかった。

 

 というのも、既にエリオを含め何人かの人間が少女の存在を知っている。

 

 そんな中、ボスである自分が直々に面会した上でアキラに助けられた女を入れなかったとなれば、非常に体裁が悪い。

 

(嫉妬で徒党入りを拒んだように思われるでしょうね……)

 

 実際、嫉妬も手伝って徒党入りを拒もうとしていた自覚があり。

 

 ボスという立場を忘れ私情を優先し掛けていた自分を反省しつつあったシェリルだが――

 

「その中ならアキラさんを一番怒らせたのは財布を掏った人。多分その人はその場で殺されたと思う」

 

 少女の答えを聞いた瞬間、一瞬で雑念が全て吹き飛ぶ。

 

 どうせお花畑な答えが返ってくると油断していた思考が、少女に全て注がれていく。

 

「……残りの二人は、どうなったと思うの?」

 

 常識的に考えれば一番怒らせたのはアキラの力を疑い、殺そうとした者の筈だ。

 

 けれど少女は自分を殺そうとした相手より財布を掏った事の方が重罪だと断言した。

 

 それは見逃せない発言であった。

 

「殴り掛かった人は多分、殴り返されたと思うし、後ろ盾をするだけの力はあるって見せ付けられただけで済んだんじゃないかな? 力を見せ付ける為に殺す必要性があったなら殺したと思うけど、なかったら殺されなかったと思う」

 

「殺されなかった? 許したじゃなくて?」

 

 何より少女の答えは、まるでその現場を見ていたかのように事実を大体言い当てている。

 

 少女の印象を塗り替えるには十分過ぎる内容である。

 

「いきなり徒党の後ろ盾になったって話だったよね? それなら力があるか気になるのは徒党に居る人間なら当然の疑問でしょ? 怒るような話じゃないわ」

 

(後ろから殴り掛かったら普通は怒るでしょうが!)

 

 シェリルは叫びたくなるのを必死で堪えて、表情に出さないように努めた。

 

 ここで怒鳴ってしまえば――

 

 自分は酷い敗北感を覚える事になる、と女としての本能が警鐘を鳴らしていた。

 

(この女、変! 間違いなく頭がおかしい、けど――)

 

 それに似た異常性をシェリルは知っている。

 

 このどこかズレた価値観を――

 

 全く理解出来ないなんて認める訳には、いかなかった。

 

「それじゃあアキラじゃ徒党を守れないって考えて殺そうとした者は? そいつも殺されなかったって判断でいいのかしら?」

 

 少女の言葉はシェリルの常識からは遥かに遠い。

 

 けれど、だからこそシェリルは真剣に少女の言葉を吟味し、疑問を尋ねる事に躊躇いなんてなかった。

 

(この子の考えを理解出来れば、アキラの考えが今より解るようになる……)

 

 少女に、どこかアキラに似たものを感じていた。

 

 認めたくはない。

 

 決して認めたくはないが、そのせいでアキラを理解する機会を逃す事の方が我慢出来ない。

 

「んー、殺そうとしたんだから殺し返されたとは思う。ただ理由次第かなあ。アキラさんの方に問題があったなら、殺されなかった可能性もあるんじゃない?」

 

「理由次第?」

 

 殺そうとしたのに許される。

 

 そんな考え方があるのかと、シェリルは尋ね返す。

 

「うん。ほら、財布を掏った人はアキラさんじゃないと駄目な理由ってないよね? お金持ってて財布盗めそうな人だったら誰でもよかったんでしょ?」

 

 それとも、アキラさんに何かされて復讐とか嫌がらせの為だった?

 

 と少女は疑問を付け加える。

 

「いいえ。あなたの言うとおり、誰でもよかったわ」

 

 実際、ルシアはアキラに恨みも何もなかった。

 

 ただ手頃そうな獲物だと思ったら、特大地雷だっただけだ。

 

「だったら病気とかモンスターと変わらないじゃない。それなら生きてたらまた狙ってくるかもしれないし、怖いから居なくなってほしくなるもの」

 

「怖い?」

 

「え、怖いよね? 何の理由もないのに自分を狙ってくるのよ? そんなの避けようがないじゃない」

 

 自分を恨んでいるから襲ってくる相手なら、恨まれないようにしていれば避けられた可能性がある。

 

 けれど、何もしてないのに自分を狙ってくる相手なんてどうしようもない。

 

 それなら、もう相手に退場してもらうしかないだろうと少女は告げる。

 

(……そうよ。アキラも似たような事言ってたわ)

 

 シジマの徒党の使者を殺して、拠点まで引き摺って行った時だ。

 

 アキラは自分を臆病者だと言っていた。

 

 殺すと脅してきたから、殺される前に殺した、と。

 

 臆病者が相手の拠点に死体を引っ張っていくもんか、なんてシェリルは気にも留めていなかったが、アレはシジマに自分に手を出すなという脅しの為の虚言ではなく――

 

 間違いなくアキラの本心だったのだと、少女の言葉でシェリルは気付かされた。

 

「だから殺そうとしてきた人も、納得出来る理由があったなら殺されなかったとは思う。少なくともアキラさんの力を疑ったのが理由なら、怒るような事じゃないかなあ」

 

「どうして? 力を疑われるのは怒る理由としては十分じゃない?」

 

 二度目の掏りの件で、アキラは自分の力を軽んじられる事を気にしているように見えたし、それはアキラの逆鱗の一つなのだとシェリルは思っている。

 

 実際、その後に起きた二大組織との抗争で自分なんて眼中になかったとヴィオラに知らされた途端、アキラは怒るなんて通り越して完全に切れていた。

 

 その印象があまりに強過ぎて失念していたが――

 

(そうよ。確かにゼブラの時は怒っていたようには見えなかったわ……)

 

 ルシアの掏りと二大徒党の抗争。

 ゼブラ達による裏切り。

 

 どれも力が弱いと考えられた事が原因だ。

 

 けれど、アキラが我を忘れる程に怒ったのは前者の二つだけ。

 

「今まで守ってきた相手に裏切られ、殺され掛かったのよ? どうしたら、それが見ず知らずの相手から財布を盗まれる事より軽くなるの?」

 

 自分とは何の関係もない相手から損害を与えられる。

 

 それがアキラの真の逆鱗なのだと、少女の話で何となくだがシェリルは察するが――

 

 そんなのはスラムでは、よくある事だろうとしか思えない。

 

 その思考の流れを。

 優先順位の付け方を。

 

 シェリルは知りたくて仕方がなかった。

 

「自分達を守れる力があるか疑問に思ったら悪いの?」

 

「それは裏切りよ。悪いに決まっているわ」

 

 守ってきてもらったという恩を忘れ、仇で返したのだ。

 

 どこが悪くないのか、それこそシェリルの方が解からない。

 

「そうかなあ? 信じられなくなったから試すってそんなに悪い事? 殺そうとしたって事は殺される覚悟だってあったんでしょ?」

 

「…………」

 

 

 あまりに自然に告げられた言葉にシェリルは絶句する。

 自分の命を預ける相手なのだから、力を知っておきたいのは当然。

 

 殴り掛かったなら殴り返されるのが当たり前だし、それが殺しになっても変わらない。

 

 そこに良いも悪いもなく――

 

 そうしなければ生き残れないだろう、と平然と告げたのだ。

 

(そう、よね。確かにアキラも自分じゃ駄目だったのかってゼブラに尋ねてたわ……)

 

 少女の言葉を改めて噛み砕いて、シェリルは思い出す。

 

 アキラとシェリルしか知らない事だが――

 

 そもそもアキラはゼブラを殺してなんていない。

 

 ゼブラの死は自殺であり、アキラは殴り飛ばしこそしたがゼブラに怒るでもなく、静かな様子で話に耳を傾けていた。

 

(……失敗した)

 

 あの時、裏切り者が出た事でどれだけアキラを怒らせてしまったのか。

 

 それだけしか、当時のシェリルには考えられなかった。

 

 だが、今の話とアキラの当時の反応から推測して理解した。

 

(怒ってたんじゃない。傷付いてたんだわ……)

 

 自分の力不足のせいで徒党内に死者を出した上に、裏切り者を作ってしまった。

 

 アキラに喧嘩を売った大元だからヤザンの徒党は潰されたと思っていたが――

 

 あれは自分のせいで死なせてしまったゼブラ達に対する、アキラなりの贖罪や手向けのようなものだったのと、今になってシェリルは気付く。

 

(何が誰の事ですか、よ。鈍いにも程がある……)

 

 あいつは運が悪かったというアキラの言葉。

 

 俺に喧嘩を売るなんて、こいつらは運が悪いな。

 

 そういう風に言われたと思ったから、裏切ったゼブラか。

 

 あるいは唆したヤザンに対する言葉だと思って、どちらの事ですかという意味で誰の事かシェリルは尋ねたのだが――

 

 根本的に違ったのだ。

 

(あの言葉はアキラなりの甘えだったのね……)

 

 ゼブラの言い訳にもならない言葉を真摯に受け止め、自分の力不足こそが原因だと認識し、唆したヤザン達を皆殺しにして尚、アキラは責任を感じて苦しみ――

 

 悪かったのはゼブラ達の運であって、アキラは何も悪くない。

 

 そんな慰めの言葉を求めていたのだと、ようやく理解する。

 

(こんな事にも気付いてあげられないなんて……)

 

 シェリルは悔やむが、気付けという方が難しい話だろう。

 

 アキラは徒党の後ろ盾であるにも関わらず、無償どころか一方的に施している形でシェリル達を庇護しているのだ。

 

 それなのに感謝すら忘れ裏切ったゼブラ達なんて死んで当然だとしか思わないのが、真面な反応である。

 

 逆を言えば――

 

 アキラと、そして少女が。

 

 真面という言葉から酷く遠い存在なのだ。

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