中立から内側へ 健全版   作:シオリスキー

52 / 138
七章 誤魔化しの代償
関係変更の通達


 アキラがシオリ達と温泉旅行に出掛けてから僅かに時は流れ――

 

 場所は拠点の浴室。

 

「うふふ……」

 

 シェリルは一人、緩みきっただらしない顔を浮かべながら身体を洗っていた。

 

 見るからに浮かれた様子であるが、もし部下達がこのシェリルのこの表情を見ていたなら、いよいよ壊れてしまったかと徒党の未来を心配した事だろう。

 

 というのも、だ。

 

 今のシェリルは、あらゆる業務に追われている状況なのだ。

 

 徒党の運営だけでも目まぐるしくなる程忙しいというのに、少し前から遺物販売店も動き出しており――

 

 おまけに営業自体も順調なんて言葉では言い表せない程の売り上げを叩き出している。

 

 そうなると今度は遺物販売店の売り上げを、遺物販売店の仕入れや警備だけでなく、徒党の強化など色々な事に運用していかなければならない。

 

 そうした努力を怠れば他の徒党どころか、スラムとは関係ないハンター等の勢力にさえ狙われ兼ねない程に、シェリルの徒党は強く大きくなっているからだ。

 

 ――尤も、単純な武力としてアキラが後ろ盾に居る上に、情報戦に長けたヴィオラが居る今のシェリルの徒党に本気で何かをしようという者は滅多に居らず。

 

 どちらかと言えば、おこぼれに預かろうと擦り寄ってくる勢力に、自分達だけで大丈夫だと追い払える為に徒党を強化している面が強いのだが、それはさておいて。

 

 要するに――

 

 本当に倒れてもおかしくない程に忙しいというか、むしろ倒れずに働き続けている事がおかしいと思う程に多忙なのである。

 

「むふふ……」

 

 にも関わらず、この緩み切った笑顔だ。

 

(来たわ。ついに来たわ……)

 

 別に忙しさのあまり、壊れてしまった訳ではない。

 

 その疲れを吹き飛ばして尚、喜びを抑えられない事件がシェリルに舞い降りたのだ。

 

(アキラから今後の付き合い方について話し合いたい、なんて連絡が来るなんて……)

 

 連絡なしで突然やってくるか、こちらから呼ばない限り基本的にアキラは拠点に来ない。

 

 それなのに今日は、わざわざ事前に連絡を寄越して約束を取り付けた上で会いに来るのである。

 

 普段のシェリルなら何かアキラの機嫌を損ねてしまったのではないだろうか、と戦々恐々していただろう。

 

 だが、今回は違う。

 

 前述したとおり遺物販売店が想像を超える売り上げを叩き出しており、遺物販売店の経営や徒党の運営と強化にお金を使っても、アキラにお金を差し出せる余裕があった。

 

 そして、数億オーラムもの大金をアキラに渡してすぐに、関係の変更を求める連絡が来たのだ。

 

 これでアキラに悪い印象を抱かれたなんて思う程、捻くれた思考をシェリルはしていない。

 

 ようやく今までの苦労が実を結び、アキラに認めてもらえたんだと狂喜乱舞するのも当然というものだ。

 

(長かったわ……)

 

 出会いは考え得る限り、最悪と言えるものだった。

 

 集団で殺そうとした挙句の果てに返り討ち。

 

 そんな状態から頼ったというのに、徒党のボスにしてもらっただけでなく、一方的に守られ施され続けてきた。

 

 だからこそ、いつ捨てられてもおかしくないと怯えてきたシェリルであったが――

 

(ようやくアキラの役に立てたのね……)

 

 ついに自分はアキラに認めてもらえるだけの利益をもたらす存在になれた。

 

 その確信がシェリルに幸福な未来を想起させていく。

 

(今後の付き合い方を変えたいって事は、繋がりをもっと強固にしたいって事よね。それなら建前上の恋人じゃなくて本当の恋人にしたいって事だって――)

 

 アキラに限って、それはない。

 

 精々が、これからは対等な仲間として仲良くしていこう、なんて言われる。

 

 その程度だろうと頭の片隅ではシェリルだって思ってる。

 

 それでも今回ばかりは、夢を見たっていいだろうという気持ちを抑えられず――

 

(裸見ても興味なさそうだったし、変に色っぽい下着よりは清楚な方がいいわよね?)

 

 シェリルはアキラとそういう事になる可能性を本気で期待し、念入りに準備を整えていく。

 

 服は少し迷ったものの服を買いに行った時、アキラが選んでくれた店売りの服にした。

 

 価格や品質でいえば遺物を仕立てて作った服の方が比べる事も出来ない程に上等だろう。

 

 それでも、シェリルはその服を選んだ。

 

(品質とか価値を気にするタイプだとは思えないし、それなら本人が選んだ方が好みよね)

 

 誰に言い訳するでもなく理由を頭で思い浮かべるが、本当は違う。

 

 アキラ自ら選んでくれた上に着こなしまで手伝ってくれ、似合うと言ってくれた。

 

 この服装を見てアキラもその時の事を思い出してくれたら嬉しいし。

 

 そこで思い出話が出来れば本当に恋人になろうなんて話にも誘導しやすいという、乙女心と計算が生んだ選択であった。

 

 色々考え事をしながらの支度だった事もあり、時間は掛かったが準備は万端。

 

(まだ約束の時間まで少しあるわね……)

 

 今から迎えの為に表に向かえば、暫く待つ事になるだろう。

 

 それは少しは対等の立場に近付けたかもしれない今の状況では相応しい対応とは言えないし、ボス自らすべき仕事かというと難しい。

 

 けれど――

 

(最近忙しそうだったし、今日は少しでも長く話せるといいんだけど……)

 

 シェリルは迷う事無くアキラを出迎える為に歩き出す。

 

 ここ暫く、アキラは遺物販売店用の商品を補充しに来るだけで碌に話せていない。

 

 少しでも早く、アキラに会いたかった。

 

(話し合いが終わったら、今までお預けされた分、いっぱい抱き締めさせてもらおう)

 

 そして、いっぱい頭を撫でてもらう。

 

 それくらいは普段も許してくれてたし、今回も頼めばしてくれるだろう、なんて。

 

 何の疑いもなくアキラに甘える未来を想像し、シェリルは幸せそうに微笑んだ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。