中立から内側へ 健全版 作:シオリスキー
「――という感じです。なので無理をしている訳ではないので安心してください」
アキラからの話は、まずは自分にあんな大金を渡して徒党や遺物販売店の運営は大丈夫なのかという確認から始まった。
(今までの事を考えたら当然の反応よね……)
何せ真面に対価と言える程の何かを返せたのは今回が初めてであり、それが数億オーラムに及ぶ程の大金なのだ。
相当に無理をしている。
あるいは危ない橋を渡っていると思われるのも仕方ない事だろう。
だからシェリルは丁寧に、それでいて簡潔にアキラに今の状況を伝えた。
「へー、そんなに儲かってるのか」
細かい運営の話は解からないアキラにも要点だけを掻い摘まんだシェリルの話は、非常に理解しやすかった。
本当に運営の方は何も心配ないと信用し、それだけの売り上げを叩き出しているシェリルの手腕にアキラは感心したように声を漏らす。
「はい。これも全てアキラの助力のお陰です。アキラが手配してくれる遺物がなければ、とてもこれだけの売り上げは出せませんでした」
だからといって、これが私の手柄だなんて誇るような事をシェリルはしない。
ここでアピールしても相手が良い気分になってくれる可能性は低いし――
「いや、俺だと買取所に持って行くしか出来ないしな。これだけ稼げるのはシェリルが凄いからだよ」
わざわざ自分から誇示しなくても、アキラは頑張りに対して認め褒めてくれる。
シェリルは、その事をよく知っていたからだ。
「ありがとうございます。あの、それで今後の付き合い方について相談があるという話でしたけど……」
そして、話の流れからシェリルは今までの話が既に本題だった可能性を考慮し、期待値を大きく下げていた。
(この感じだと、いきなり大金を渡したせいで危ない橋を渡っていると誤解されてて、悪事の片棒を担ぐならごめんだ。それなら今後の付き合いは考えさせてもらうって釘を刺しに来たのかもしれないわね……)
アキラが駆け引きなんて出来ない人間である事はシェリルも重々理解している。
それなら先の話が既に本題に関わるものであると判断したが――
「ああ、そうそう。今回はその件で来たんだった」
どうやら、それは考え過ぎだったらしい。
先の会話は本当に無理をしていないか心配だっただけらしく、本題は別にあるようだった。
「えーと、シェリルが遺物を売ってくれたお陰で俺は大きい利益を得れた。それでシェリルも俺が後ろ盾をしたり商品を仕入れる事で利益を得られてるんだよな?」
「勿論です! アキラには感謝しても、し切れません!」
話の流れ的に、これはアキラから正式に認めてもらえる流れだ。
それを察したシェリルは、萎んでいた期待値を大きく上げ喜びを隠せない様子でアキラの言葉を肯定する。
「感謝はいいよ。俺もシェリルも得してるんだし、一方的に感謝される立場じゃないっていうか、対等な状態だと思うしな」
果たして。
シェリルの期待通りの言葉がアキラの口から告げられた。
「……」
ずっと期待していた言葉であり、どんな状況、どんな流れで言われても完璧な返答が出来るよう、予行練習は何度も重ねてきている。
それなのに、シェリルは驚きと感動で言葉も出なかった。
「だからさ。俺とシェリルが恋人同士だって話あるじゃないか」
返事も出来ない程感動しているシェリルに気付いた様子もなく――
間髪入れずにアキラは言葉を続けていく。
「は、はい!」
かろうじてシェリルは声を上げる事に成功するが、先程より頭は混乱しつつあった。
(え、まさかこれって本当に……)
シェリルから振った訳でもないのに、アキラの方から恋人関係の話がするなんて初めての事。
それも対等だと認められた瞬間にだ。
否応なく期待は高まり、シェリルの心臓が早鐘のように鼓動を速めていく。
「アレ、もう終わりにしてもいいんじゃないかって思ってさ」
そうして待ちに待って放たれたアキラからの言葉は。
シェリルの期待とは正反対の言葉だった。
「えっと……」
(あれ? 私、今何言われたの?)
人はあまりに痛みや衝撃が強過ぎると壊れてしまわないよう、その痛みを快楽に置き換えたり、刺激を受け過ぎないように遮断してしまう事がある。
今、シェリルにはその防衛機能が働いていた。
先程のアキラの言葉は今のシェリルにはあまりに衝撃が強過ぎた為、脳が記憶から削除してしまったようで――
本当に何を言われたか解らないシェリルは呆けた顔をするしかない。
「アレって俺が何の理由もなく後ろ盾になってたら周りに疑われるからってのが理由なんだろ?」
そんなシェリルの態度を、アキラは理由を説明してほしいという催促だと認識した。
「もう俺が後ろ盾していてもおかしくない対価を出せるんだからさ、無理して恋人のフリなんてする必要ないと思うんだよ」
「えっ……」
期待してた状態からどん底に叩き落されるよりは、呆けた状態で聞かされた方が衝撃もマシだったのだろう。
何を言われたのか、今回はシェリルも理解する事が出来た。
「……」
だが理解出来るのと受け入れられるかは別問題であるし。
どうしたって納得出来ない事がある。
(徒党の運営さえなければ関わり合いたくもないくらい嫌だったの?)
偽りとはいえ恋人関係が終わりそうなのに、何の未練もなさそうどころか――
むしろ嬉しそうにさえ見えるのだ。
確かに抱き着いたりした時、億劫そうにしている事はあった。
それでも本当に嫌なら抱き着かせたりなんてしないだろうと思っていたし、振り払われない程度には心を許してくれていると思っていただけに。
徒党のボスと後ろ盾という立場さえ忘れて、衝撃に打ちひしがれ黙り込む事しかシェリルには出来ない。
「ほら、建前とはいえ俺の恋人って事になってたら、お互い気になる相手が出来た時、困るじゃないか。それならこれを機に解消したらどうかなって思ったんだけど――」
ただ、アキラがシェリルを疎ましく思っているというのは勘違いだ。
実際アキラは警戒している相手に抱き着かせたりなんてしない。
シェリルには一定以上気を許しているどころか、アキラにしては珍しく相当に友好的な相手として見ているだろう。
(俺が恋人だってままだと、シェリルに気になる相手が出来た時困るだろうしな)
アキラがどこか嬉しそうに見えたのは、単にこれが完全に善意からの提案だったからだ。
この偽りの恋人関係のせいで自分はシオリに誤解され、話が少し拗れてしまった。
それならシェリルも似たような目に遭う前に対処しておいた方がいいだろう、というアキラなりの気遣いであり。
俺なんかの恋人のフリから解放されるしシェリルも喜ぶだろうなんて、自分にしては珍しく気の利いた事が出来ているという気持ちから機嫌良さげに話していただけなのだが――
「シェリル?」
そこで相槌の一つも返ってこない事に違和感を覚えてシェリルの顔を見たアキラは、あまりに予想外の光景を目にして驚きを隠せない。
「……」
シェリルの顔が恐怖と怯えで引き攣っていた。
銃やナイフを突き付けられたって、ここまでの表情はしないんじゃないかという程の凄まじい形相である。