中立から内側へ 健全版 作:シオリスキー
――私達の目があると、意地張って素直に謝れないと思うから。
そんな言葉を告げたかと思うと、アキラとカツヤの戸惑いなんてお構いなしに、ユミナとアイリは部屋を出て行ってしまった。
(コイツと二人で何話せって言うんだよ……)
実際には本当に二人っきりにして殴り合いでも始めたら困ると、部屋を出てすぐの所でユミナとアイリは聞き耳を立てており、アキラもアルファに二人が覗いている事を知らされていたのだが――
部屋で二人だけにされたのは変わらない。
「……おい。失礼な事ってユミナに何したんだよ」
最初に口火を切ったのはカツヤだった。
とはいえ謝罪とは全く関係ない内容であり、咎めるような物言いは完全にどういう話し合いの場であるのか忘れているだろう。
「ハンターランク調整依頼にユミナを同行させないかと言われたけど断っただけだ」
だが、これに関してはアキラも怒る気にはなれなかった。
知り合いが何か失礼な扱いを受けたのなら気になるのも当然だし、多少態度が悪くなるのも納得出来るからだ。
「それは、その、ユミナじゃあ足手纏いになるからか?」
アキラの言葉に縋るような声がカツヤの口から絞り出される。
ユミナは能力不足と判断され、カツヤの部隊から現在は外されている。
それは単に今の装備との相性の悪さが要因であり、ユミナ自身の能力的な問題ではないとカツヤは思いたかったが――
アキラの目から見ても力不足だと言われれば、それは装備なんて関係ないユミナの力量の問題という事になる。
それでは装備の調整などが進んでもユミナが自分の部隊に戻って来れないのではないかと不安だった。
「能力不足が理由で断ったなら失礼じゃなくて正当な判断だろ。完全に俺の私情だ」
けれど、カツヤの不安を余所にアキラは完全に否定する。
ユミナの能力に問題などなかった、と。
「私情って。お前、一緒に依頼を請けたくないくらいユミナの事嫌いだったのか?」
「……んな訳ないだろ。凄く良い人だと思ってるよ」
「だったら何で……」
アキラとユミナが自分と関係なく、二人で依頼を請ける。
そうなったらそうなったで、カツヤとしては不満ではあるものの――
(気丈に振る舞ってるけど部隊から外されてユミナも気落ちしてた筈。何でそんな追い打ち掛けるような事するんだよ……)
時期が時期だ。
正当な理由もなく依頼から外されたなんて聞かされると、どうして依頼に連れてってやらなかったんだと憤りが生まれるのをカツヤは抑えられない。
「……俺なんかの事を好きだって言ってくれた人が居るんだよ。それなのに他の女と二人で遠征になんて出られるかよ」
そんなカツヤの怒りを受けても邪険にする事無く、真剣にアキラは理由を告げる。
いつものように無駄に突っ掛かってきているならともかく、今回はユミナの事を心配しているからこその物言いだ。
それが解るからこそ、たとえ相手がカツヤであっても、その想いを無視して誤魔化す事はアキラには出来ない。
「……お前。そういう事気にする奴だったか?」
だが、この返答は二重の意味でカツヤを驚かせる。
まずアキラが女という単語を依頼に持ち込んで来るのが信じられない。
そしてそれ以上に、そんな話を自分にするのが有り得ないとしか思えない。
けれど――
「……悪いか?」
だからお前になんて言いたくなかった。
そんな言葉が聞こえてきそうな程、どこか不貞腐れたように告げるアキラの姿。
それが謝らないといけないと頭で解っているのに納得出来ずにいる自分の態度に、どこか重なって――
「い、いや。意外だっただけだ。俺は良いと思う……」
それでカツヤは、アキラが嫌々ながらも本心を語ってくれたのだと信じるしかなくなった。
(そうか。シェリルさん、アキラに想いを伝えたのか……)
僅かに遅れてアキラの言葉の意味を理解したカツヤの脳裏を過るのはシェリルの事。
――カツヤも当然のようにアキラの相手はシェリルだと誤解した。
(好きだって言ってくれた人って変な言い方は、まだ立場的に付き合えないけどアキラも満更じゃないって感じか……)
冷静にそんな事を考えている自分にカツヤ自身が驚く。
アキラなんてシェリルに相応しくない、何かの間違いだなんて取り乱し受け入れられないか。
あるいは、まだ恋人じゃないなら自分にも機会があるなんて普段なら思った筈だ。
けれど、依頼より何よりも、たった一人の想い人を優先する誠実なんだか色呆けなんだか解らないアキラの態度。
(ああ、そうか。俺が本当に傍に居てほしいのはシェリルさんじゃなくて――)
そして、今回アキラに謝ろうと思ったユミナとのある出来事が、普段のカツヤとは違う思考を生み出していた。
そもそも、カツヤという人間はユミナに怒られたくらいでアキラに自分から謝りに来るような殊勝な人間では断じてない。
それでも謝ろうという考えに至ったのは、ユミナが平手打ちをした時の態度にあった。
(アレは効いたな……)
吹っ飛ばされるくらいの強さで殴られる事に比べれば、それこそ単に叩いただけの平手打ちの衝撃なんて大したものではない。
――これ以上見損なわせないで。カツヤ、あなた、アキラの事になると変よ。
けれど、いつものように怒鳴り付けるだけでなく。
本当に悲しげな様子で自分を見るユミナの目に、本気でカツヤは怯えた。
このままだとユミナに見捨てられてしまう。
そんな恐怖からではあったが、ようやくカツヤは自分自身のアキラへの態度を真剣に省みる事が出来たのだ。
「……お前の目にどう見えてるか解らないけど、これでも俺は結構努力してきたんだよ。訓練だって怠った事はないし、危険な任務に志願だって続けてきた」
「いきなり何の話――」
突然のカツヤの身の上話に戸惑うアキラだったが――
「いいから聞いてくれ。その甲斐もあって同年代の相手には負けた事がなかった」
アキラの疑問の声を無理やり封じてカツヤは話を続けていく。
ただ謝っただけでは、お互い納得なんて出来ない。
その事を理解しているからこそ、カツヤは己の恥を含めて本心の全てを話すべきだと思ったのだ。
「けど、初めて同年代で敵わないって感じた相手が居た。偶然だったけど凄い射撃精度を見せ付けられてな。おまけに俺じゃあ周りに止められて逃げ出すしかなかった緊急依頼を、そいつは見事に達成したんだよ」
そもそもカツヤも最初からアキラに刺々しかった訳ではない。
初めて会った時は、今と違って優しく気遣う言葉を掛けられていたのだ。
「でもさ。どうしたって目の前の現実ってヤツを認められなかった。俺は誰にも負けないくらい努力してる筈だ。だから負ける訳がない、なんて思ってさ」
それが狂い始めたのは、アキラの力を見せ付けられてからだ。
カツヤという人間は本人自身は気付いていないが、戦闘能力という方面で言えば才能に恵まれ過ぎている程に突出した人間である。
その上で本人も誇れる程の訓練をこなし、実戦経験も積んでいるのだ。
比例するように結果が生まれ成功体験も重なり、それが努力は報われるものであり――
逆を言えば失敗は自分の頑張りが足りないだけだなんていう、独善的で傲慢な狭い価値観を作り続けていった。
――努力を重視する姿勢が悪い訳ではない。
ただ、それだけではどうにもならない事というのは確かにある事を理解出来ず他人に押し付けたり、身の丈というものを考えず周りを巻き込む事が悪いのだ。
「努力で負けてると思わない。それなら向こうが何か卑怯な事をしている筈だ。じゃなきゃおかしいだろ、なんて風にしか俺には考えられなかったんだ」
これがシカラべのように年上が相手なら、年齢も経験だって違うんだ。
だから負けるのも仕方ない、とカツヤは自分を納得させられた。
けれど、自分が才能がある事にさえ気付けないまま進んできてしまったカツヤでは、初めて同年代に負けた事に対して納得出来る理由を見付けられない。
アキラとは才能ってものが違う。
あるいは根本的に力の使い方や種類が違うだけ。
そんな風にカツヤが割り切れなかったのが、お互いに取って不幸の始まりだった。
「悪い。失礼な事を言っているのは解ってる。けど今でも認められないんだよ。俺は出来る事はしてきたつもりだ。それでも俺の努力はアキラに劣ってるのか? まだまだ俺には出来る事がたくさんあって、そのせいで仲間を死なせてしまったのか? そう思ったら、どうしてもな……」
だからこそカツヤはアキラに突っ掛かり続け。
今までの行いを省みてアキラに全く非が無いどころか、むしろ恩しかない。
一方的に自分が悪かったと自覚して尚、素直に謝れずにいたのだ。
けれど――
(負けたよ。好きな女の為だけにそこまで迷わず生きるなんて、俺には無理だ)
初めて、心の底から敵わないと認める事が出来た。
都市を敵に回し、これからのハンターとしての未来に影響があったとしても。
他の誰かを傷付け、嫌われる事になろうとも。
それでも、自分を好きだと言ってくれた唯一人の相手を優先する。
不器用で愚かで、馬鹿としか言いようがない対応にしか思えなかったが。
その一途さが、カツヤには何よりも眩しい事のように思えた。
「けどさ。それはそれっていうかさ。助けられた事とか誤解してた事とかとは別問題だって気付いたっていうか、その、だな……」
だから今度こそ、ちゃんと誠意をもって謝ろう。
気恥ずかしさでアキラの顔を中々見れないが、それでも今度こそ真っ直ぐ謝ろうとカツヤが苦心し――
後ほんの少しの時間があれば、誠心誠意、本心から謝罪の言葉をカツヤは口に出来ていただろう。
「俺はさ、ずっと落ちてる財布みたいな人間だった」
それを邪魔するように。
カツヤの話に静かに耳を傾けていたアキラが、突然口を開いたのだった。