中立から内側へ 健全版 作:シオリスキー
「急になん――」
「お前の話は聞いてやったんだ。次は俺の番だろ」
折角謝れそうだったのに話を遮られ文句を言おうとしたカツヤだったが、こう言われてしまっては何も言えない。
(落ちてる財布? どういう事だ?)
それにカツヤ自身、アキラの話に興味があった。
目線だけで話の続きをするように促す。
「後ろ盾も何もないガキじゃあ、スラムで稼ぐ手段なんて限られてる。屑鉄や町で買取手がなくて捨てられた遺物。そんなゴミを掻き集めて売るくらいしか出来る事がない」
あるいは身体を売るくらいだろうが――
カツヤにその辺の話をすると面倒な事になりそうな気がして、それには触れずアキラは話を続けていく。
「丸一日必死で集めて、それでも食事代にもなりゃしない。だから食事は無料で配給されてる怪しい物食うくらいだ」
そして、集めた金は最低限の服を買ったり身体を小綺麗にする為に使うようになる。
あまりに不潔だと病気になる可能性が増えるし、買取所が嫌がれば収入も完全に断たれたりと即座に死活問題に繋がるからだ。
「それなら、そうやって稼いでる奴から奪った方が何倍も手っ取り早いって考える連中も少なくない」
その結果、誰が狙われたか。
解るだろ、と言わんばかりにアキラが視線を向ける。
「お前相手にか? 無謀な連中も居たもんだな」
その視線の意図を正確に察し。
心の底から相手に同情するようにカツヤが答えるが――
「銃も強化服もなければ、訓練さえ真面に出来なかったガキが一人。武器持った大人や集団相手に戦いになんてなるかよ……」
そんな都合良くいく訳ないだろと言わんばかりに、アキラは自嘲する。
実際、当時は逃げるだけで精一杯。
「何の苦労も痛手もなく、ただ持ち主の事なんて気にせず手を伸ばせる程度に面の皮が厚ければ、誰でも簡単に金を手に入れられる。俺なんてその程度の存在だった」
そして、逃げきれずに袋叩きに遭った事は数知れず。
それこそ多過ぎてアキラ自身覚えてない程だ。
「だから落ちてる財布みたいな人間、か……」
何か恨まれるような事でもしてたんじゃないか、なんて野暮な事を今更カツヤは突っ込まない。
アキラの強さに嫉妬していただけだと自覚してしまった今となっては、アキラが意味もなく相手の恨みを買って回るような事はしないだろうと無意識に理解していたからだ。
「それでも何度も襲われてる内に少しくらいは抵抗出来るようには、なったんだけどな……」
どれだけ警戒していようとも襲われるものは襲われる。
それならいつ襲われてもいいように懐には常に石を忍ばせ、手元には寝る時でも棒切れなんかの武器を手に届く場所に置くようになった。
疲れ果て眠った後でも近くに人が来れば、注意してなくても目が覚めるようになっていく。
「そうして少しは金を貯められるようになったら、今度は騙して金を奪いに来るんだ」
ガキ一人だし楽勝だと油断している相手からなら逃げ出したり、返り討ち出来るようになり始めた頃――
一緒に金を出し合って美味い物でも食べに行こうだとか、今なら数百オーラムの支度金を用意するだけで大きい徒党の庇護下に入れるから一緒に行かないかだとか。
いきなり襲い掛かってくる訳でなく、そうやって甘言で誘い出し逃げ場を封じてから袋叩きにされる事件が起こり始めた。
「今思えば鼻で笑うような話ばっかりだったけど、どれもこれも見事に引っ掛かってたな」
そんな言葉に騙されたりなんかしないだろうと、普通なら思うかもしれない。
しかし、理由もなく襲われ奪われ続けてきたアキラからすれば――
襲われないくらいに力が付いてきた。
それを周りも認めてくれたからこそ、そういう取引を自分に持ち掛けてくれるようになった。
やっと自分も仲間に入れてもらえる。
そんな想いがあったからこそ、信じてしまったのだろう。
けれど――
アキラの努力と苦労は誰にも認められる事無く踏み躙られ続け、それがアキラという人間の根幹を大きく決定付けていく。
俺はこいつらみたいに誰かを踏み躙るような人間になんてならない。
こいつらみたいに約束や契約を破るような人間になんて、なって堪るか。
そんな不器用なまでに義理堅い、怨念ともいえる信念が根付いていったのだ。
――そこで、こいつらだって騙してるんだから俺だって同じように誰かを騙して何が悪いと言い出さない辺り、不器用な程に純粋で真っ直ぐで。
何かが違ってさえいれば底抜けのお人好しになっていたのかもしれない。
「だからハンターの癖に盗まれる方が悪いってお前に言われた時は、はっとしたよ。ああ、なんだ。ハンターになったところでスラムに居た時と同じか。周りは全部敵で、油断して騙された俺が悪かっただけ。いつも通り、少し力が付いたと思ったからって調子に乗ってた俺が悪かったんだってな」
自分はスラムに居た頃から変わってない、騙され蹂躙されるだけのガキ。
お前の力は全部アルファのものなのに、変われたと勘違いでもしてたのか?
ルシアにもカツヤにも、そんな風に言われた気がして。
それなら力を見せ付けて黙らせてやるとしか思えなくなったのだ。
「……あの時は本当に悪かった」
このアキラの言葉にはカツヤも素直に謝らざるを得ない。
あんなに強い癖に何やってんだよ、なんていう嫉妬に塗れた憎まれ口であって本当に盗まれる方が悪いなんて思ってなかった。
その程度の軽口が完璧なまでに傷口を抉り抜くような言葉だったと知って。
さすがに知らなかったから俺は悪くないとか、悪気はなかったんだなんていう事はカツヤにも出来ない。