中立から内側へ 健全版 作:シオリスキー
「いやー、それにしても今回は死ぬかと思ったっす。あの手の敵は勘弁してほしいっすねー」
カナエの挑戦が実ったのは、アキラが食事を終えた時だった。
「モンスターと戦うの好きなんじゃないのか?」
さすがにアキラだって料理さえなくなってしまえば、話し掛けられている事にだって気付くし、無視もしない。
もしカナエが敵意を向けていれば、いくらアキラが料理に夢中になっていても即座に気付いただろう。
だがカナエにとっては幸か不幸か。
殺し合ったら楽しそうだから戦いたい、というアキラを認めているからこその気持ちをぶつけるだけでは、アキラの心はカナエを敵とは判断してくれない。
憎悪や悪意が全くないからこそ、アキラと本気で戦いたいというカナエの願いは良くも悪くも叶いそうになかった。
「それは違うっすよ、アキラ少年。モンスターと戦うのが好きなんじゃなくて、血沸き肉踊る戦いが好きなんっす」
「今回はそうじゃなかったのか?」
「索敵にも一切引っ掛からなくて、敵だって気付いた時にはドバーって腹に空いてたんっすよ? さすがにこれじゃあ楽しめないっす」
「見付けるか見付けられなかったの戦いとは思わないのか?」
「あー、そういうのもありっちゃあ、ありとは思うっす。けど私的にはこう、もっとぶつかり合って暴れ合える、そういうのがいいんっす」
「あー、要するにアレか? 正面から力と技をぶつけ合って、敵意とかだけじゃなくて相手も凄いなみたいに感じて。それでも、どっちが生き残るか譲れないみたいな……」
アキラはスラムで戦ったロゲルトの事を思い出していた。
あの時、カナエの言っているような状態になり、殺し合ったというのに相手にどこか親しみと尊敬のようなものを覚えた記憶がある。
「お、中々よく解ってるっすね。アキラ少年もイケるクチっすか?」
「イケるクチかどうかは知らないけど、そういう感覚は知ってる」
「いやー、嬉しいっす。こういう話しても大体は、楽に勝てる戦い選ぶならそっち選ぶみたいな感じで枯れた人多いんっすよね」
「そりゃそうだろ。俺もそうだし」
「えー、ここまで来てハシゴ外すとかないっすよー」
「そりゃあそういう状況になって面白いみたいな感じになった事もあったけど、死にたくないから二度とごめんだって思うし、楽に勝てるなら楽に勝てるに越した事はない。避けられるなら危険は避けるだろ」
「かぁー。若いっていうのに枯れ過ぎっすよ。男なら強さを求め戦いを求め、生きるか死ぬかにワクワクしてナンボじゃないっすか?」
「男とか女は関係ないんじゃないか? 言ってるカナエが女だろ」
「言われてみればそうっすねー!」
からからとカナエは笑う。
それをアキラは、特に気にした感じも見せずに眺めていた。
「この二人って結構、話合うのかしら?」
その様子を意外そうにレイナがシオリに意見を求めるが――
「いえ、多分アキラ様があしらいもせず、一々真面目に返答するから話が続いているだけではないかと……」
シオリはバッサリと、それ以前の状態だと切り捨てた。
「ああ、そうね。よく聞いてたらアキラって返事してるだけで、カナエに話なんて一回も振ってないわ……」
そこで同意を示すレイナだったが――
(そういえば私もアキラから話し掛けてもらった事ってないわ……)
傍から見れば自分もあんな感じだったのか、と。
無駄に精神ダメージを受けていた。
「アキラ様。依頼の報酬について、相談させて頂いてよろしいでしょうか?」
レイナが傷付いている。
その事には気付いたものの詳しい原因が解らなかったシオリは、とりあえずアキラとカナエが話し続けるとマズイのだろうという事だけは理解し――
二人の会話に割り込むように、そんな言葉を口にする。
「ああ、そうか。この食事が報酬全部って訳じゃなかったな」
「左様で御座います」
今回シオリがアキラを食事に招待した件は、あの状況で依頼を請け負ってくれた事自体の報酬として処理していた。
次は依頼を達成してくれた報酬の話をしましょう、とシオリは提案したのだ。
「ですが、その前に身勝手ながら謝罪の機会を頂ければと思います」
「謝罪?」
「私は何もなかったにも関わらず、アキラ様がこちらを憎んでいるのではないかと、ずっと疑っておりました。そして近寄れば害があるのではないかと避けてさえいたのです。恩も何も忘れた無礼の数々、深くお詫び申し上げます」
守秘義務に僅かに触れそうな物言いをしている、その事にシオリは気付いていた。
それでもあえて、その言葉を選んだ。
内容そのものに触れなければ怒るような人ではない、と信用していたからだ。
「アキラ様は私とレイナ様の命の恩人です。私が心から信頼出来る数少ない御方であり、アキラ様さえよろしければ今後は仲良くして頂ければ嬉しく思います」
そうして、シオリはアキラへ頭を下げるだけで終わらせず、微笑み掛けた。
感謝と親愛に満ちた表情はアルファに確認するまでもなく嘘偽りないとアキラが信じられるものであり――
それは友好や親しみだけでなく、どこか愛情深ささえ感じさせるものであった。
「あ、ああ……」
自分も同じように疑ってたからお互い様だ。
そんな感じの言葉を口にしようとした筈なのに、アキラの口は何故か自分の意志に反してマトモに動いてくれない。
「勿論、これは報酬とは何も関係ありませんし、依頼でもありません。私個人のただの願いですので、アキラ様がお嫌でしたら――」
「大丈夫だ! 俺も信用してもらって嬉しい。今後は仲よくしよう」
挙句の果てにはシオリが悲しそうな顔を見せただけで、そんな言葉が口から出た事にアキラ自身が一番驚いた。
(エレナさん達とは違うのに……)
その気持ちがどこかエレナ達に向けるものに似ている事に、アキラは戸惑う自分を感じらずには居られない。
(エレナさん達みたいに命を助けてくれた訳でもない。シズカさんみたいに何もないのに俺を心配してくれた訳じゃない。依頼とはいえ、こっちが助けたんだから感謝されたって何も思う必要なんてない筈だろ……)
単に今までは利用価値を見出されてなかっただけ。
今回の件で関わった方が得かもしれないと、利用価値を見出されただけなのだと理性は告げている。
けれど、それを受け入れたくない自分にアキラは酷く混乱していた。
「勿論、これは私個人の気持ちの話です。依頼の報酬は別に用意致します」
戸惑うアキラの様子を、シオリはこの感謝を依頼報酬として受け取れと勘違いされたのかもしれないと思ったようだった。
「お好きな額とお望みの物をお伝え下さい。私が可能な限りになりますが、全身全霊で要望に応えてみせます」
そこまで勘違いさせる程に、今までの自分は無礼だったのかと内心だけで嘆きつつ、シオリが話を依頼の報酬へと戻す。
「そう言われても今回は俺の索敵に引っ掛かってくれたから苦労もしてないし、弾だって一発しか撃ってないからなあ。そっちで決めてもらう事って出来ないのか?」
すると、さっきまでの落ち着かない気分はなんだったのか。
今度はアキラは普段通りに返答する事が出来た。
「私の方で決めていいのでしたら、私の全財産と私の身体と命でしょうか? レイナ様の命を助けて頂いた恩と考えればそれでも足りないくらいですが、それ以上私に差し上げられるものはありませんし……」
「お、アキラ少年。そっちは枯れてないっすか? それなら私も付けるっすよ。護衛失業するトコだったっすからね」
死ぬのは嫌なんで身体までっすけどね。
なんてカナエは冗談とも本気とも判断付かない言葉と共にアキラに笑う。
「……やっぱりこっちで決めさせてくれ」
シオリ達に決めさせたら本当に全財産押し付けられるだけでは済まない。
それを確信したアキラは、どうするべきかと思案に耽る。
「温泉、とかどうかしら?」
そこでレイナがボソリと呟く。
「温泉、ですか?」
突拍子のない主の言葉にシオリがオウム返しに尋ねる。
「助けてもらった時にアキラと少し話したんだけど、お風呂好きだって言ってたから、どうかなって思って――」
話している途中で、命を助けてもらってそのくらいで済ませようとか安過ぎないかと不安になるレイナであったが――
「それは食事と同じように、高ければ高い程満足感も増えるのか?」
その不安が杞憂だとばかりに乗り気なアキラに、逆にたじろぐ。
「え、ええ。絶対とは言えないけど普通のお風呂よりは確実に楽しめると思うわ」
予想以上の食い付きを見せるアキラに戸惑いつつ。
それでも自分の提案でアキラが喜んでくれそうだという事に気分を良くして、レイナは説明を続けた。
「広いのか?」
「広い物もあるわ。けど、足湯とかあんまり広くない物とかもあるわね」
「足湯? 種類もあるのか」
「ええ。変わったところだと電気風呂とかいっぱいあるわよ」
「電気……」
アキラの中で湯ではなく電気で満たされた浴槽が想像される。
「お湯もないのに汚れが落ちて身体が温まるのか?」
「いや、電気風呂ってのはそういうのじゃなくて……」
どう説明すればいいかと頭を悩ますレイナだったが――
「これといった好みがないのでしたら色々試せる場所が良さそうですね。ではアキラ様と私共の予定が合い次第、そのような形式の温泉に招待させて頂きます」
この様子を見る限り、実際に体験してもらうのが一番喜んでもらえるだろうとシオリは判断すると――
助け船も兼ね、とりあえず温泉への招待を報酬として決めるのだった。