中立から内側へ 健全版 作:シオリスキー
終わりの始まり
(どうしてこのような事に――)
その日。
シオリはレイナとカナエを連れ、遺跡の攻略へ向かっていた。
訓練や遺物収集でなく攻略というどこか攻撃的な方向性なのは、その遺跡が前回カナエが負傷し、レイナを人質に取られエレナ達と戦う事になった曰く付きの場所であり。
雪辱を果たすという意味合いが強いからだ。
――レイナが人質に取られた件は遺跡とは関係ない偶然の事件でしかないが、因縁の場所である事には変わりない。
(備えは十分過ぎる程にしていた筈です……)
元々レイナの訓練の為に使用する予定だった遺跡であり、本来それほどの危険性はない筈だった。
前回、カナエが真っ先に離脱してしまった事は完全に予定外であったが、それでもシオリとレイナの二人だけでモンスターの群れの撃退には成功しているし――
遺跡の入り口を切り崩して倒壊させる事で、新たなモンスターの出現を防いで難を凌ぐ事も出来ていた。
――エレナ達が遺跡に辿り着いた時、敵影もなければ遺跡の入り口が壊れていたのは、全てシオリ達の仕業であった。
無事に窮地を乗り切ったと思った隙を衝かれ、レイナを攫われてしまっただけ。
遺跡のモンスターを相手取るだけなら十分な戦力がある筈。
(それでもカナエが反応すら出来ない相手が居たのも事実……)
一見するとお気楽で周囲の警戒なんてしてないように見えるカナエだが、索敵能力は非常に高く。
アキラとキャロルがビルを駆け下りながら戦っている事に、それなりの距離がありながら気配だけで察した事もある。
そんなカナエですら反応出来ない、迷彩特化の敵が居る。
それも踏まえ、装備を一新した上で。
自分達にも油断があったのではないかと反省し、シオリ達も激しい訓練に励み力を上昇させる事が出来たと確信してからの挑戦。
多少のトラブルが起きても、今の自分達なら何とでもなる。
そんな確信と共に挑んだにも拘わらず――
シオリは現在進行形で、死の予感に駆られていた。
○ ○
「カナエ! お嬢様を!」
自分を取り囲むモンスターの群れを切り伏せながら、必死でシオリが声を張り上げる。
その顔には余裕の欠片も見出せないどころか、むしろ追い詰めれた者特有の鬼気迫る焦りだけがあった。
「確保してるっす!」
シオリに言われるまでもなくカナエはレイナを担ぎ、この場から脱出すべく動き始めている。
普段のカナエならシオリが死んだ訳でもないのに、早々に脱出の支度など始めないだろう。
命のやり取りになる死地こそ、カナエが望み求める場所なのだから。
(前回早々に退場しておいて今回も役目を果たせないまま終わる訳には、いかないっすからね)
だが、それも前回の失態がなければの話だ。
不意討ちが原因だったとはいえ、いざという時はレイナを逃がすという己の役目を果たす事どころか最低限の護衛も出来ず、自分が真っ先に離脱してしまったのだ。
職務に対して不真面目に見える事の多いカナエだが、彼女は彼女なりに確かな忠誠心を持っており、二度も同じ失態を繰り返す事を良しとしない。
慎重に慎重を期した対応をするのも無理からぬ事だろう。
「待って! まだシオリが!」
モンスターに取り囲まれ、もはや姿すら確認出来なくなったシオリを心配して、担がれたままレイナが声を張り上げるが――
「これ以上留まれば、私達も逃げ場がなくなるっす」
カナエはレイナの言葉を否定する。
何せシオリ一人モンスターに取り囲まれ、完全に分断されてしまっているだけでも危機的な状況と言えるのに。
モンスターの増援は留まる事を知らないように続いており、カナエ達まで取り囲もうとしているのだ。
(美味しい状況っすが、ここは逃げの一手っすね)
おまけに一体一体が手強く、カナエ的には非常に勿体なく名残惜しい状況ではあったのだが――
先にも述べた通り、同じ失態を繰り返す訳にはいかない。
「第一、私達が救出に向かえばこっちのモンスターも姐さんの方へ行くっす。そうなれば完全に姐さんは脱出不能っすよ」
それに打算もあった。
逃げる自分達の方にモンスターが何割か向かってきてくれれば、シオリなら何とか離脱するくらいは出来る筈。
(取り囲まれさえしなければ、お嬢を担いで逃げるくらいなら出来るっす)
カナエはそんな打算と、いっぱいモンスターが自分を追い掛けて来てくれれば面白いなという彼女独自の利益に基づいて。
退路を塞ぐ位置に居たモンスターの一体に飛び蹴りを食らわせると――
蹴ったモンスターを足場に飛び上がり、出来るだけ派手に離脱しようと試みる。
だが、これが誰も望まぬ結果を生む。
「なんでそっちに全部行くんっすか!?」
離れていくレイナとカナエには目もくれず、全てのモンスターがシオリの元へと殺到したのだ。
これにはカナエも慌てて、色んな意味で自分を無視するなと一番近くにいたモンスターに背後から攻撃を仕掛けたのだが――
まるで眼中にないとばかりにモンスター達はシオリへと向かっていく。
(こいつ等、私だけを狙って!?)
理由は解らないが、モンスターの狙いはシオリらしい。
それを理解した瞬間、シオリに選択肢はなくなった。
「カナエ、頼んだわよ!」
自分がレイナ達と合流しようとすれば、多くのモンスター達がレイナの身を危険に晒してしまうだろう。
そうなるくらいなら自分自身を囮にする事に、シオリは微塵の躊躇いもないからだ。
無理やり包囲を突破する事を諦め、モンスター達と交戦しつつレイナ達とは真逆の方向――
逃げ場のなくなる遺跡の奥へと歩みを進めていく。
「任されたっす!」
シオリの言葉がレイナを無事にこの場から生還させろという意味だけでなく。
死後の引き継ぎも含め、全て頼むという意味の言葉である事をカナエは即座に察すると――
既にシオリは死んだものとして扱い、レイナを無事ここから脱出させる事だけに意識を集中していく。
「すぐに助けを呼んでくるから! だから最後まで諦めないで!」
先程までなら、まだシオリと共に脱出出来る可能性が僅かながらにあった。
だが、もはやそれは叶わない。
ここで我儘を言っても状況が悪くなるだけだと理解したレイナは、それだけ叫ぶと足手纏いにだけはならないよう――
少しでもカナエが動き易くなる為の、荷物になる事に徹する。
(成長しましたね、お嬢様……)
モンスターに囲まれている上に、レイナ達に背を向ける形になっているシオリにレイナの姿を確認する事は出来ない。
だが、この状況で先程の言葉がすぐに出てきただけで、シオリには手に取るようにレイナの状態を予測出来た。
(今のお嬢様なら何も心配する事はありません。後は経験を重ねれば、立派に上に立つ者として完成されていくでしょう)
直情的な上に、甘いと言ってしまえる程に優し過ぎる事だけが心配だった。
けれど今のレイナは状況を冷静に把握し、このままではシオリが確実に死ぬと予測しながら、自分には何も出来る事がないと理解していた。
だからこそ奇跡が起きる可能性に賭け、死ぬ直前まで足掻いてほしいとだけ告げて、この場を去ったのだ。
(上に立つ御姿を拝見出来ない事だけが心残りですが――)
自分は生きて帰る事は出来ないだろう。
死が迫っている事を自覚しながら、シオリの心は穏やかだった。
(お嬢様のお役に立って死ねるなら私は本望です。どうか私の死を引き摺らず、今後の糧に変えられる事を祈っております)
今回はレイナの身の安全は、ほぼ確保出来ている。
その上で何も出来ず人質に取られた今までと違い、少なくとも囮の役目は果たせたいう自負があるのも心を乱さずに居られた理由だった。
(それにしてもすぐに助けを連れてくるから最後まで諦めるな、ですか。お嬢様も酷な事を仰りますね……)
色々なトラブルが起きた前回の反省を踏まえ、今回は万全どころか過剰な程の準備をしていたのに、この状況なのである。
遺跡内で何かが起きている事は間違いなく。
遺跡の危険度は急激に跳ね上がっており――
この近辺に居るハンターでは対応する事が出来ない次元にまで達しているだろう。
仮にドランカムが救出部隊を派遣してくれる事になったとしても、ほとんど一から状況確認をしてから戦力を整えねばならず、それなりの時間を有する筈。
助けが来るまで耐え続ける自信は、シオリにはなかったが――
(ですが他ならぬ、お嬢様の言葉。この命尽きるまで戦い抜いてみせましょう)
死を予感していようと、それがレイナの命令に対して手を抜いていい理由には、ならない。
(尤も、お嬢様の願いを叶える為には東部の最前線で活躍しているようなハンターが偶然通り掛かって、緊急依頼を請けてくれるなんて幸運でもない限りは果たせそうに――)
そこまで考えて。
レイナが頼れる可能性があり、凄腕で。
組織等にも属さず、すぐに動ける人材が一人居る事に気付いてしまった。
(お嬢様……。それだけは、お止め下さい……)
アキラは強い。
自分よりも強いと本気でシオリは思っている。
だが、レイナとカナエを含めた自分達三人より強いかとなれば答えは否であり――
ここはシオリを置いて、レイナ達が逃げ出すだけで精一杯だった死地なのだ。
一人でやってきたところで自分の救出なんて出来る訳もなく、アキラが犠牲者に加わるだけにしかシオリには思えない。
(私はお嬢様が生きて下さるだけで満足です。ですから――)
真面なハンターなら、その事を理解して助けになんて来ない。
どれだけ相手が大事であっても泣く泣く見捨てるだろうし、ましてや告白こそされたものの恋人でもない相手なら見捨てる事に何の躊躇いもない筈だ。
けれど――
(アキラ様に私の事を知らせる事だけは、どうか、お止め下さい……)
ほとんど敵と言っていいレイナを人質に取られたのに、結局は自分が死に掛ける事になってでも救い出してくれた。
恩人であるエレナ達を贔屓せず、恩とも言えない些細な出来事を大切にし義理を果たしてくれた。
そんな不器用で誠実で、自分でも気付いてない優しさを持つアキラなら――
間違いなく自分を助けに来てしまう。
シオリは疑う事無く、そんな未来を想像する。
(こんな時に助けを乞いたいから、私はあの人を好きになった訳ではありません)
だから、アキラにだけは知らせないでほしい。
そんな祈りを捧げつつ、シオリはモンスターと戦い続けるのであった。