中立から内側へ 健全版   作:シオリスキー

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従者と主

シオリの祈りが届いたという訳でもないのだろうが――

 

 レイナはアキラに頼るという事は思い付かず。

 

 けれど、どうにかシオリを救出出来ないものかと画策していた。

 

 というのも、だ。

 

 シオリの予想通り。

 

 ドランカムの方で部隊を出すという話自体は出ているのだが――

 

 それは遺跡の脅威度がどのくらい変化したかを確かめる為の斥候部隊の話だ。

 

 まずは救出より何よりも情報収集。

 

 シオリやカナエはドランカム内でも相当な実力者であり、今のレイナだって二人には劣るものの十分実力者と呼んでいいくらいには強い。

 

 その三人が一人を囮にして逃げ帰らねばならない危険地帯なのだ。

 

 下手に部隊を送っても死体を増やすだけでしかなく、慎重に動かざるを得ないのは当然の事である。

 

(そんな悠長にしていたらシオリは助からない……)

 

 だが、そんなものを待っている時間はないとレイナは焦っていた。

 

 逃げ帰るしかなかったレイナだからこそ解る。

 

 いつ死んでもおかしくない状態にシオリはあり、それこそ今この瞬間でさえ、生きているという保障もないのだ。

 

 だからこそメイド達を連れ、自分達で助けに行くべきだとカナエに提案していたのだが――

 

「お勧め出来ないってどういう事よ!」

 

「そのまんまの意味っす。私達だけで姐さんの救出に向かうのは勧められないっす」

 

 交渉の余地などないとばかりに。

 カナエはレイナの提案に取り合おうとしない。

 

「こんな時にふざけるのは止めて! 事態は一刻を争うのよ!」

 

 それをいつもの軽口だと判断し、声を張り上げるレイナだったが――

 

「ふざけているのは、お嬢の方っす」

 

 普段のからかうような笑みはカナエの顔にはない。

 

 戦いの最中ですら楽しげな普段とは打って変わり、真面目な表情で告げる姿にレイナは二の句が継げなくなる。

 

「従者が主の為に命を差し出すのは当然の事っす。理想は主の身も己の身も守れる事っすが、自分の身を犠牲にして主を守れたのなら、それでも誉れっすね」

 

 黙り込んだ主にカナエは言葉を続けていく。

 

「けど、その逆。従者の為に主が命を捨てるなんて事は、あってはならないっす。そんな事に協力してくれって言われて喜んで手伝う従者なんて居ないっすよ」

 

 それは主従として当たり前の理。

 

 主人あっての従者であり、従者の為に主人が散るなんて本末転倒にも程があるという諫言だ。

 

「そりゃあ私達二人で行けば同じ事の繰り返しにしかならないし、無駄死にになるっていうのも解るわよ。だから戦力を増やして行けばって思ったのに……」

 

 準備万端で挑んで、それでも逃げ帰るしか出来なかったのだ。

 

 再び挑んだところで死にに行くのと変わらないという言葉はレイナにも解るが、それはあくまで同じ人間だけで挑めばの話。

 

 自分が頼み込んで相応の報酬を用意したところで誰も助けてくれないかと項垂れる。

 

「喜んで手助けしてくれる従者は居ないっすが、力を貸してくれるメイド自体が居ないとは言わないっす。むしろ、お嬢が願えば多くのメイドが力を貸してくれるのは間違いないっすね」

 

 シオリ達を含むメイドの正式な雇い主はレイナではなく、御祖父だが――

 

 少なくとも温泉旅行の時、手伝ってくれた面々は手を貸してくれるだろうとカナエは考えている。

 

 総勢で三十人近くにはなるだろう。

 

「けど、彼女達じゃ戦力にならないっす。協力してくれるメイド全員引き連れていったところで、姐さんの救出どころか死体を増やしに行くだけにしかならないっすよ」

 

 だが、数以前に質が足りてない。

 

 遺跡のモンスターは手強く、シオリやカナエですら苦戦を強いられる程だった。

 

(陽動くらいなら出来そうっすが、救出となると敵を打ち倒して遺跡の奥へと入り込んでいかないと駄目っすからねえ)

 

 シオリ達よりも戦闘力の低いメイド達では、却って足手纏いにしかならない。

 

 せめて遺跡の外で迎え撃つ形が取れるのならば、戦い方次第では十分戦力になるのだが――

 

 救出部隊として連れていくには力不足過ぎた。

 

「そんな……」

 

 普段からシオリやカナエが傍に居るせいで、その二人を基準に考えてしまっていた部分がレイナにはあったのだろう。

 

 そこまで力量差が大きいとは思わず、他のメイド達の協力さえあればシオリの救出は可能なのだと本気で思ってしまっていたのだ。

 

「カナエ……。どうしてもシオリの救助は無理?」

 

 それは死ぬ気でシオリを救出してくれという意味ではなかった。

 

 レイナでは思い付かない何か画期的な腹案を持っていないか、という一抹の希望に縋るだけの言葉。

 

「私達全員の命を並べても姐さん一人分に遠く及ばない。だから死んでも姐さんを救出して来いと、お嬢が上に立つ者として命令するんなら行くっす」

 

 レイナの言葉の意味を正しく理解しつつ。

 

 けれど、現状では他に何の手も打てないカナエは、その言葉で出来る行動と結果予測を示していく。

 

「その時はお嬢の命に従い、全員死ぬ覚悟で姐さんの救出に向かう事に何の躊躇いもないっすが――」

 

 レイナが望めば、救出部隊を出す事は出来る。

 

 そして、死力を尽くして役目を果たす努力はする。

 

「お嬢は留守番っす。さっきも言ったっすが従者の為に主が死ぬなんて事は、あってはならないっすからね」

 

 けれど、シオリはおろか誰一人として帰っては来れないだろう。

 

 そんな場所にレイナを連れて行く事は出来ないが、それでもレイナは大丈夫かなんて。

 

 希望的観測を交えず。

 

 状況と戦力だけを比較した、未来予想を告げた。

 

「……ごめんなさい、無理言ったわ」

 

 それでレイナも完全に理解した。

 

 場の状態も把握出来ず、ふざけた事を言ってたのは確かに自分の方だったのだと。

 

「ハンターオフィスに行くわよ。救助要請の受注状態の確認と、場合によっては報酬の釣り上げを行うわ」

 

 だからと言って絶望して簡単に諦めてやる程、成長してない訳ではない。

 

 ここに居ても貴重な時間を浪費してしまうだけだと見切りを付け。

 

 既に出しているシオリの救助要請の確認等を含め、考え得る全ての手を打つべく動き出す。

 

「カナエも気付いた事があったらすぐに言って」

 

 シオリを救出する為には、何か他の方法を模索していくしかない。

 

 立ち止まってなんていられるか、と言わんばかりに。

 

「了解っす」

 

 もう言い含める必要はないだろうと確信し、カナエが真面目な顔を崩して普段に近い態度に戻るが――

 

 そこには普段のふざけた姿とは違うものが僅かに混ざりつつあった。

 

(お嬢も大分、様になってきたっすね)

 

 それは上に立つ者への敬意。

 

 最初こそ感情に任せ何も把握しようとせずに希望任せの無茶を言っていたが、それでもしっかり自分の話を聞いた上で。

 

 間違えを即座に認め、最善の手を尽くそうとする。

 

 それも腹心と言って差し支えない最大の従者である、シオリを半ば失いつつある中で。

 

 以前のレイナからは考えられない度量の広さだ。

 

(急速に伸び始めたんっすよね)

 

 ハンターオフィスへと向かうレイナの後ろに控えつつ、カナエは考える。

 

 最近のレイナの成長は目覚ましい。

 

 それはハンターとしての技術面だけでなく、人間としての精神面の部分においても。

 

 前者は訓練次第で十分有り得る話だが、後者は訓練だけではどうにもならない。

 

(あの日、私が居ない間に何があったんすかね?)

 

 切欠はレイナが人質に取られ、アキラに助けられた日。

 

 さすがに今度ばかりは、レイナも折れてしまうだろうと想像していたカナエだったが――

 

(あの日から妙に余裕が出てきたというか、幅が生まれた感じなんっすよねえ……)

 

 それまでのレイナは強くなろうという意識が強過ぎるあまり。

 

 訓練を必死に励むのはいいのだが、成果を感じられない時には焦り。

 失敗を必要以上に気にし過ぎて、小さくまとまり過ぎる傾向が強かった。

 

(補助してくれる人が居る時なら失敗したって取り返しが付くなんて言い始めて、言われた事を必死にこなすだけじゃなく、色々な事を試したりするようになったんっすよね)

 

 だが、あの日以降。

 

 その考え方の変化はカナエを驚かすだけでなく、シオリを非常に喜ばせた。

 

 いくらシオリが教育係のようなものとはいえ、従者の言いなりになって何も考えられないようでは上に立つ者としての資質に欠けている。

 

 教育係が居るという立場を最大限利用し、自身の糧に変えようとする姿勢は、単純に強くなる事以上にレイナに必要なものであった。

 

(多分アキラ少年の影響だとは思うんすが――) 

 

 そこまで考えたところで、ふとカナエは思い付く。

 

 メイド仲間でなくアキラと共にシオリを救出しようとした場合、どうなるかを。

 

 ――シオリならまだ生き残るくらいは出来ているだろうと、カナエは確信していた。

 

(正直、どの程度の強さなのかイマイチ判断付かないんっすよねえ……)

 

 装備や態度、雰囲気からある程度相手の強さを見切る能力は、ハンターだけでなく、荒事に関わるほとんどの者にとって必須の能力だ。

 

 その能力の低い者の大半は、そのツケを自らの命で支払う事になる。

 

 逆に言えば、未だ生き続けているカナエはその能力を高い次元で有しており、相手を見れば大体の強さは予測出来るし、大きく外す事は滅多にないのだが――

 

 アキラだけは例外らしく、完全に目測と実際の強さが掛け離れていた。

 

(前に旧世界製の服着てた女、モニカと戦った時よりは、絶対に強くなってるっすよね?)

 

 だから勘ではなく、理屈を元にアキラの戦力値を組み立てていく。

 

 相手が旧世界製の服を着てる強敵だったからか、やけに最初は落ち着きがなかった。

 

 精神的な安定面に欠ける部分があるのかもしれないが――

 

 それでも最後には果敢に接近戦を挑み、相手を打ち倒すだけの度胸と戦闘力を見せた。

 

(最低でも私と互角以上ってトコっすかね?)

 

 突発的なトラブルには脆い部分があるのかもしれない。

 けれど、それを差し引いても侮れないだけの力を持っているのは確かだろう。

 

(それでも戦力が全く足りてないっす……)

 

 本来なら死地にレイナを連れて行く事さえ厭わないカナエが、シオリの救出という建前がありながら動かない。

 

 戦闘狂染みた面があるカナエでも、さすがに逃げ帰る羽目になった場所にレイナを連れ帰る程ではないという事と、今の戦力では行ったところでレイナと共に自殺するのと等しい事だと理解していたからだ。

 

(無防備な背中に一撃入れたのに、倒せなかったっす)

 

 カナエは逃げ帰る事になった遺跡での出来事を思い返す。

 

 レイナを背負っていて全力こそ出し切れなかったものの、それでも戦いを長引かせたがる悪癖なんて関係ない渾身の一撃だった。

 

 それでも倒し切る事は出来なかったし――

 

(それに姐さんへの、あの異常な執着心……)

 

 相当な痛手を与えたにも関わらず、まるで振り向こうともしなかった。

 

 思えば最初にシオリと分断された時から、モンスター達の狙いはシオリだけだったのではないかとカナエは思う。

 

(当たってほしくは、ないっすが……)

 

 もしあの時遭遇した相手だけでなく、遺跡中のモンスター全てがシオリを標的にしているのなら、例えドランカムが救出部隊を出したところでシオリの救出は絶望的。

 確たる証拠の一つもない勘だけの話だが――

 

 この手の勘は経験の積み重ねからくるものであり、恐ろしい程に当たる事を自覚しているカナエは、心の中だけで眉を顰めたのだった。

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