中立から内側へ 健全版 作:シオリスキー
(ったく、キバヤシの奴。予定変わったんなら先に連絡しとけよな)
いつものようにキバヤシからの討伐依頼を請ける為に、ハンターオフィスに赴いたアキラだったが――
緊急の案件が発生しているらしく、暫くキバヤシからの討伐依頼は無しになるという話を別の職員から聞かされた。
(そもそも何で毎回呼び出すんだよ。情報端末に連絡入れるだけでいいだろうが……)
別に嫌がらせという訳ではない。
結局アキラはハンターランク調整依頼を拒否した形になっており、都市側からは既に要注意人物として認識されていてもおかしくない状況だ。
それを自分が監視役を務めるし、上手く調整するからとキバヤシが押し留めており。
毎回呼び付けているのは、ちゃんとこちらの指示にアキラは従っていると周囲に見せ付けるのが理由であった。
――尤も、そこにキバヤシの趣味的な思惑が多少はあったのは事実だが。
(おまけに緊急案件の状況次第では力を借りる事になるかもしれないから、手を空けておいてほしいって……)
その辺の事情の一部くらいは、アキラだって理解している。
だからこそ個人で遺物収集にも行かずキバヤシの依頼に集中していた訳だが、それが突然途絶えた上に待機命令を出されては暇を持て余しそうになるのも仕方ないだろう。
『何もないならシェリルの所に顔を出すのはどうかしら? カツヤが来たから話が途中で終わってたでしょ?』
そこでアキラが何をしようかと悩む前に、間髪入れずにアルファから声が掛かる。
『ああ、そういえばシェリルが大丈夫になったら恋人関係を解消しようって提案したところで話終わってたな……』
『ええ。返事を聞かないまま、どっち付かずになっているのは良くないわよ。確認しておいた方がいいんじゃないかしら?』
契約が宙ぶらりんのまま、どちらとも取れる状態で放置されているのは確かにあまり良い状態ではないが、今回の件はシェリルとの疑似恋人関係だ。
もはやアルファの目から見てシェリルは脅威でも何でもなく、偽りの恋人関係の行方なんてどうでもよかったのだが――
とにかく一秒でも早く、アキラをこの場所から動かしたかった。
(レイナ達に見付かる前に早く移動させないと……)
というのも、隣の部屋でシオリの救助要請の状況をレイナ達が確認している。
もし見付かればシオリの救助を依頼される可能性は決して低くないと感じており、それはアルファとしてはどうしても避けたかったからだ。
「あっ……」
だが、アルファの企みも虚しく。
シオリの救助要請の状況を確認し終え、部屋から出てきたレイナ達とアキラが鉢合わせてしまう。
何を言っていいのか解からないのだろう。
気まずそうにレイナは顔を歪めただけだったが――
「アキラ少年! 温泉ぶりっすね! 今日は何か依頼でも探しに来たんっすか?」
カナエがあまりに普段通りに挨拶してくるものだから、そちらに気を取られアキラはレイナの様子に気付かなかった。
「今日はシオリは居ないんだな?」
とはいえ、いつもレイナの傍に居る筈のシオリが見当たらない事まで見逃さない。
珍しいと感じて、カナエの質問に答える前にシオリを探してしまう。
「そんなに姐さんに会いたかったっすか? アキラ少年も存外可愛いとこあるっすね」
「別にそういうんじゃない。いつも一緒に居る印象あるのに居なかったから気になっただけだ」
照れも気負いもなく、自然な口調で答えるアキラの姿に嘘は見えない。
実際、アキラ自身にシオリの顔を見たいという意識はない。
本当に不思議に思っただけだ。
(もっと姐さんの事を意識している印象だったっすが、私の勘違いだったっすかね?)
カナエもアキラの態度に嘘はなく、シオリへの気持ちも大きくはないと判断した。
それなら、わざわざ窮地を知らせる必要はないだろうと方針を固めていく。
「姐さんは訳あって別行動中っす。遺跡の下見に物資の調達、いつも一緒に居るって訳ではないっすからね」
「ふーん、そうなのか」
その訳を自分から聞き出そうとは、アキラは思わない。
話す必要があるならカナエの方から話すだろうし、何かしら秘匿性のある依頼や契約に関わっているなら無理に聞き出したくはないからだったが――
(うん。これなら無理に伝える必要はないっすね)
それは増々、アキラはシオリにそれほど情を移していないのだろうとカナエに認識させていく。
「依頼を探しに来たのならアキラ少年には、お勧めの依頼があるんっすよ」
「っ……」
そして、シオリの救助を頼もうと意識しそうな言葉を出した瞬間、レイナが息を呑む気配を感じて――
これでカナエは決めた。
「ハンターランクの調整依頼の同行者を求めている男が居るらしいっす。男以外の同行者は認めないと本人が熱望している妖しい依頼っすが、都市のお偉いさんとの伝手が出来るし報酬も良さげなんで、アキラ少年はそういうの気にしなさそうだし向いてると思うっすよ」
向こうから訊ねられたならともかく。
こちらから話して巻き込む相手ではない。
死地と呼んでも差し支えない場所に巻き込んでしまうには、アキラはあまりに遠い関係の人間だと。
「ああ、その依頼なら請けられない。同行者を求めている男が俺だからな」
「なるほど、そういう趣味だったっすか。道理で姐さんと風呂に入っても最初は気にしてなかったんっすね」
適当に話を終わらせ、別れる為にした適当な話に予想外の返事が来て目を丸くしつつ。
それでも普段通りの軽口で返したカナエだったが――
次に告げられた言葉に、普段通りの態度を保ち続ける事は出来なくなった。
「元々の同行相手が知り合いの女で、女との遠征は断るって言ったらそうなってたんだよ! 依頼だからって他の女と二人で過ごすとか、何かシオリに悪いだろうが」
「……そうっすか」
ただアキラは一緒に居る事や顔を見る事に意味を見出していないだけで。
間違いなくシオリを意識し。
向けられた想いを大事にしてくれている。
これで何も知らせないまま、シオリが死んで二度と会えなくなったら、それは違うだろうと思うが――
知らせた結果、アキラが死ぬ可能性も十分ある。
(……いや、少なくともアキラ少年は知っておくべきっす)
迷いは一瞬。
知った上で助けに行くかどうかは、アキラが決めればいい。
何も知らないままで居るのは違うだろうと判断し、アキラにシオリの窮地を伝えようとしたカナエだったが――
「カナエが邪魔したわね。あんまり目立つの好きじゃないんでしょ? 話をするなら、また別の機会に人が少ない場所でしましょ」
一瞬迷った分、出遅れてしまった。
これで話は終わりだとばかりにレイナが口を挟み、カナエはシオリの窮地を告げる機会を失ってしまう。
『目立つ?』
『高級な装備に身を包んだ子どもが、平然とメイドを連れ歩いている見るからに裕福そうな女の子相手と自然に話してるのよ?』
カナエとレイナの思考の動きに気付かず。
アルファに言われるままに自分の姿を省みたアキラは、今更になって気付く。
(そうだよな。温泉の時にメイドたくさん居たせいで少し感覚麻痺し始めてたけど、こんな場所でカナエと話してたら目立ってるよな)
荒くれ者が集うハンターオフィスで、メイド姿のカナエと親しく話しているのだ。
注目されている可能性は高かった。
「そうだな。変なのに目を付けられる前に行くとするよ。シオリにもよろしく伝えといてくれ」
メイドの知り合いが居る金持ちのガキと思われて、絡まれる可能性は十分ある。
揉め事製造機としての自覚があるアキラは、さっさとこの場を離れるのが得策だと判断して、別れの言葉を口にする。
「ええ。必ず伝えるわ」
レイナは努めて冷静に。
けれど、それなりに洞察力がある人間なら、無理していると簡単にバレる態度で別れに応じて。
(アキラが鈍くて助かったわ。それにしてもレイナは助けを求めるかと思ったけど予想が外れたわね。こちらとしては好都合だけど……)
レイナの様子に気付く事もなく、アキラが去っていく姿に。
アルファは一人、胸を撫でおろしていたのであった。
○ ○
アキラと別れて暫くして。
「お嬢、伝えなくてよかったんっすか?」
カナエはレイナの選択を不思議に思い、訊ねていた。
アキラへ救助を頼むか匂わせた時までは、まだ巻き込んでいいか迷っていた筈。
それなのにシオリへの想いがアキラにあると確信出来た瞬間、迷いなく遠ざけた。
それはカナエとは全く逆の判断だったから。
「……ええ。シオリなら、伝えてほしくないって感じると思ったの」
最初はレイナも迷った。
シオリの事が大事で絶対に助けたくて。
だからって死ぬ危険性の方が遥かに高いのに、アキラに助けを求めていいのか答えが出なくて。
けれど――
「シオリってさ。自分なんてどうなってもいいから、大事な人だけは助けたいってタイプじゃない。アキラもシオリの事大事にしてくれてるって思ったらね、巻き込んだら駄目じゃないって思ったの」
ずっと守られてきたレイナだからこそ。
シオリが口だけでなく、本当に大事な相手の為ならば命を捨てられる人間だという事を誰よりも理解している。
そんなシオリが自身の窮地にアキラに助けを求めるかと考えれば。
レイナの答えは決まってしまった。
「確かに、そうかもっすね」
迷いない決断とは裏腹に。
今にも泣き出しそうな表情で語るレイナの姿に。
カナエの方も、それ以上は何も言わず頷くだけで話を終わらせる。
(お嬢も理解してるんっすね……)
アキラ一人加わったところで、救出は絶望的ではあるのだが――
おそらくアキラ以上に適任の協力者も他には居ないのだ。
(ドランカムが早急に部隊を出してくれた上でアキラ少年も協力してくれるなら、僅かに可能性はあったんっすが――)
これでもう、シオリが生還出来る可能性は限りなく零に近いだろう。
「とりあえずここで出来る事は全部やったわ! 他に何か出来る事ある!?」
「そうっすねえ、他には――」
それを理解しながら。
泣くのを必死で堪えて、レイナは次の手を模索しようと足掻いている。
それならカナエには何も言う事などない。
判断を仰がれれば助言はするが――
決断するのは主であり、従者とはそれに従う者なのだから。