中立から内側へ 健全版 作:シオリスキー
無知なる伏兵
「ああ、アキラ。丁度良い時に会えたわね」
シェリルと話をしようと拠点に赴いたアキラだったが、入口でユミナに呼び止められて足を止める。
アキラの中では返事をもらう瞬間にカツヤが来たから返事をもらい損ねただけで、シェリルに不都合はないんだから了承するだろうとしか認識しておらず。
特に優先順位は高くないからだ。
――その証拠に前回と違い、シェリルには事前連絡もしてないし、軽い世間話のつもりでアキラは来ている。
「何かあったのか?」
それに比べれば、ユミナが声を掛けてくる方が緊急性は高い。
というのも、この時間のユミナは警備の最中の筈なのだ。
根が真面目なユミナは基本的には職務に忠実であり、知り合いであるアキラを見掛けたからと言って、無駄話をして仕事をサボろうとするタイプではない。
トラブルの報告かと身構えるのも当然であった。
「ああ、そういう話じゃないの。私個人の話」
「ユミナ個人の話?」
アキラがハンターとしての顔を僅かに覗かせ始めた事に気付いて、ユミナは誤解しないでとばかりに、やんわりと言葉を返す。
「さっき警備の契約終了の手続きをしてきてね。最後に挨拶くらい出来たらなって思ってたら丁度会えたからさ。タイミング良いなって思って」
「あー。そういえば前に倉庫が襲われた時からずっと警備してたもんな。もしかしてハンター稼業の方に差し支えてたか?」
ユミナの言葉に納得したアキラは警戒態勢に切り替わりつつあった思考を、世間話をするものへと移行させ話を続けていく。
「仕事だから気にしないで。それにちょっと一人で考えたい事もあったから、丁度よかったしね」
「ならいいんだけど……」
アキラにはユミナの言葉が自分を気遣った言葉なのか、それとも本心からの言葉なのか判断出来るような対人能力はない。
ただハンター稼業に差し支えていたのか、という問いにそんな事はないと否定されなかった事には気付いてしまい――
迷惑を掛けてしまっていたのか、と不安を隠せない。
「本当はもう少しくらいなら警備の依頼、続けてもよかったんだけど、ちょっとドランカムの方で問題があってね。そっちの手伝いに力を入れる予定なの」
ユミナは自分の失言に気付いて、即座にフォローの言葉を入れる。
警備の依頼自体は本当に迷惑でも何でもなかった。
ただ実力不足と判断されてカツヤの部隊を外されている身としては、安全とも言える警備依頼をしている暇があれば、少しでも力を付ける為にハンター稼業に満身すべきではという思いがあり、それが漏れてしまったのだが――
その葛藤をアキラにぶつけるのは、完全にお門違いでしかない。
「問題か」
トラブルさえなければ、続けていたいくらいには気に入っていた。
そう言われればアキラもそれ以上、気にしようとは思わない。
「ドランカムの隊員が遺跡に取り残されていてね。そういう時、同じ組織の仲間なんだから、助けられるなら極力助けるべきだって方針がドランカムにあるの。それで救助に協力する気があるなら本部の方で待機してくれって連絡が私にも来たのよ」
アキラに余計な心配をさせずに済んだ事に安堵し。
ユミナは、そのまま話を続けていく。
「顔も知らない奴の救助に付き合わされるのか。組織に所属するのも大変なんだな」
「いつもなら私もそう思ってカツヤの付き合い以外では積極的に手伝おうとは思わないんだけど、今回は知らない人じゃないからね。少しでも力になれるなら手伝いたいのよ」
実際、方針であって強制ではない。
救助の話があれば手当たり次第に助けに行こうと駆けずり回る人間なんて、カツヤくらいのものであり。
派閥的な兼ね合いで仕方なく助けるか、知り合いを見殺しにするのは寝覚めが悪いとか、その手の理由で赴く者の概ね二択だ。
「ユミナ、顔広そうだものな」
「アキラも知ってる人よ。目立つ格好の人だから覚えてるんじゃないかって思うけど……」
本当は殺し合ったんだし忘れる訳もないと思っていたが。
その辺の話は、なかった事になっている事をユミナもミズハ経由で聞かされている。
逆に言えば――
「シオリさんって人なんだけど名前言っただけで解るかしら? メイド服着てて印象強いから忘れてないとは思うけど……」
ユミナの中でアキラとシオリの関係は、そこからほとんど更新されてなかった。
というのも、だ。
ユミナが知っているアキラとシオリの接点は、二人が殺し合った事を省けば、ルシアの掏りと義体男の件の二回だけであり。
義体男の件でシオリがカツヤでなく、アキラに味方したという部分は確かに意外性こそあったものの、ユミナからすれば二人の印象を塗り替える程の事ではなかったからだ。
一回目の掏りの件はアキラがブチ切れていたのは誰の目から見ても明らかであり、関わりたくないと逃げるのは妥当な判断だと思うし。
ユミナは独自の調査の元、レイナがアキラに殺され掛かったにも拘らず、シオリが何の報復処置も行わなかった事を知っている。
レイナ至上主義と言っても過言でないシオリがそういう対応を取っている以上、シオリ達の方がアキラに恩や貸しを作ったのだと推測するのは容易く――
激怒していた掏りの時と違い、義体男の時は話が通じそうな状態だったから借りを返そうとしたのだろう。
その程度にしか思っていなかったのだ。
――むしろ、ユミナからすればレイナがカツヤに味方する訳でもなく、会話一つもせず別れた事の方が不思議だったくらいだ。
「どこの遺跡だ」
だからこそ。
アキラが突然、完全戦闘態勢とでも言える雰囲気でシオリの居場所を尋ねてきた事に驚きを隠せない。
(え、すぐ助けに行く気なの! 何で!? そんなに親しかったの!?)
もしアキラが迷わず助けに行こうとするなんて少しでも予測出来ていたなら、ユミナは絶対にこの話をしなかっただろう。
(いくらアキラが強いからって、一人で行くのは危険よ!?)
アキラにはまだ恩の一つも返せてもいないし、何より自分の迂闊な発言のせいでアキラが大怪我でもしたら悔やんでも悔やみきれない。
「頼む、ユミナ。もし秘匿義務とかがあって教えたらドランカムでの立場に関わるとかなら無理に聞かない。けど、そうじゃないなら教えてくれ」
黙り込んだユミナに業を煮やしたのか。
ユミナから情報が手に入らないなら、他でどうにかすると言わんばかりにアキラが詰め寄ってくるものだから――
「アキラ、落ち着いて聞いてね――」
誤魔化すのは諦めて、説得の方向にユミナは舵を切っていく。
本来なら一隊員が遺跡で行方不明になったところで、受付や端末で確認出来るドランカムの掲示板に捜索依頼が置かれるだけであり、直接指示が来る事はない。
それでもわざわざ指示が来た理由は、シオリが置き去りになっている遺跡の場所が都市から遠くないという理由が大部分を占めていて、モンスターが異常発生していれば都市に被害が及ぶ可能性が高いからであり――
都市と大なり小なり関係を持っているドランカムとしては、組織として動かざるを得ない事情がある事をユミナは説明していく。
「周辺の調査や警戒も含めて人手がたくさん居るんでしょうね。だから近い内にドランカムの方から、ハンター達に協力の依頼を出す筈よ」
ユミナとしては、その依頼にアキラも参加しないかと誘うつもりだったのだ。
それというのもシオリの救助に関しては、それほど緊急性が高いとユミナは感じていない。
シオリの強さは相当なものだし、レイナ達だって逃げ帰ってきたものの目立った怪我はないという情報が入ってる。
だからレイナを少しでも安全に逃がす為、シオリが少し過保護な対応をした結果取り残されているくらいにしか思っておらず、シオリより遥かに力が劣る自分でも何か手伝える事があるのではないかと楽観的に考えていたのだが――
(キバヤシが居なかった理由は、これか!)
アキラはユミナの説明で、事態の深刻さと緊急性を理解する。
もはや事はドランカムだけでなく、都市のお偉いさんであるキバヤシが対応に回らねばならない状態にまで危険視されており――
シオリは生存しているかどうかも怪しく、今すぐ助けに向かっても手遅れかもしれない状況なのだと予測出来てしまったのだ。
「もう一度だけ聞く。どこの遺跡だ?」
「……準備だけはしっかりしてから行くのよ。それと、私でも協力出来そうな事があったら絶対に連絡して」
再び訊ねてくるアキラの声に。
ユミナは観念して遺跡のデータを渡してしまう。
友人であり恩人でもあるアキラの懇願を、二度もユミナは断れなかったのだ。
――もし、ユミナが危険性を理解していたなら。
そもそもこの話をしなかっただろうし、即座に自分の情報端末を破壊してでも、アキラに遺跡のデータなんて渡さなかっただろう。
「ああ。恩に着る」
そのデータが半ば地獄への片道切符である事を理解しつつ、それでもアキラは心からの感謝の言葉をユミナに告げると――
シェリルと話に来たなんていう当初の目的なんてすっかり忘れたまま、拠点を後にしたのであった。