中立から内側へ 健全版 作:シオリスキー
「珍しい物欲しがるのね? 遺物収集やモンスターとの戦いに、そんなに役に立つとは思えないけど大丈夫?」
弾薬や装備を中心に戦闘特化とも言える物ばかり購入しているアキラが、普段とは気色が違う商品を欲しがる事に疑問を覚えつつ――
それでもシズカは要望に応え、商品を提示していく。
「ええ、大丈夫です。今回は遺物収集に行く訳じゃないですから」
シズカの言葉に頷きつつ、アキラは並べられていく商品を眺める。
(確かにどれも俺には縁のなさそうな物ばかりだよな……)
アキラが使っている強化服とは違うタイプの予備エネルギーパック。
ある種の毒の治療に効果があるものの、他の回復薬と同時に使うとナノマシンが競合して副作用を引き起こしやすい上に、麻酔効果があり使えば動けなくなる回復薬。
他にも色々あるが――
どれもこれも個人で使うには微妙な品物ばかりで、負傷者が居る場所に行きますと言わんばかりの内容だ。
「間違ってないならいいの。早速用意させてもらうわね」
(また断れない依頼でも請けてきたのかしら?)
アキラは思い出したように、厄介事としか言えない依頼を請けてくる。
用意する商品から推測するに、負傷者の救助依頼辺りだとシズカは推測するのだが――
(その割に今回は支払いが通常通りなのよね……)
都市からの依頼の場合、支払いは大体都市持ち扱いになり支払いコード等をアキラは一緒に提示してくれる。
それが今回はなかった。
「一応、私の店はハンター向けの万屋って事になってるけど、この辺の特殊な回復薬とかは、さすがに置いてないわね。取り寄せる事は出来るけど、そうしたら少し時間掛かるわよ?」
疑問というよりも何か違和感のようなものが拭えない。
シズカの優れた勘が、言いしれない何かを予感し警鐘を鳴らすが――
それが何なのか解からず、一先ず取引を続けていく。
「それじゃあ、そっちは別の場所で用意しようと思います。すぐに行かないと駄目なので」
シズカに疑問を抱かれている事に気付かず。
足りない物は、カツラギの所で調達して来ようなんてアキラは考えていた。
(今すぐは行くなって言ってたな……)
シオリは暫くは無事だろうから、しっかり準備を整えろとアルファに念を押されている。
どうやら遺跡側はシオリの所在を見失っているらしく、シオリは俗にいう安全地帯――
戦闘の影響で道が塞がりモンスターが入り込めなくなった部屋であるとか、モンスターの巡回ルートの隙間になっている場所であるとか。
そのような場所を見付ける事に成功し、そこに隠れ潜んで難を逃れているだろうという話だった。
――既にアルファは、アキラの傍から姿を消している。
(それで確か、対象を暫く見失っているとモンスターの警備の見直しとか再配置する事になって、その時が一番警備が手薄になるらしい)
それまで猶予は十分過ぎる程にあり。
もし時間に余裕がなければ、アキラは準備もそこそこにシオリの救出に向かっていたかもしれない。
(……一人、か)
これから死地に向かおうというのにアルファが傍に居ない。
普通なら焦り混乱するところだが、異様な程にアキラが落ち着いて見えるのは――
自分で裏切っておいて頼れなくなったからって取り乱す資格なんてない。
そんな義務感にも似た何かが、アキラの心を無理やり固めているからだろう。
「これで今、私の店で用意出来る物は全部ね」
けれど、それはあくまで表面を固めて冷静を装っているだけ。
余裕なんて一つもなく。
シオリが声を掛けるまで、商品を並べていた事にさえアキラは気付いていなかった。
「言うまでもないと思うけど、自分から大物狩りに行ったり無茶な事はしない事。大怪我せず生きて帰ってくるのよ」
そして、普段通りに掛けられた気遣いの声を聞いて。
今日、初めて真面にシズカの顔を見る。
「あっ……」
社交辞令の御座なりな言葉じゃない。
本当に心の底から心配してくれている表情に、アキラは短く声を上げる以外に答える事も出来ず、目を逸らして商品を鞄へと詰め込もうとする。
「待ちなさい。無茶をする気なのね?」
だが、シズカが黙って見送る訳もなく。
カウンターから出てアキラに詰め寄ると、真っ直ぐに見詰めた。
「……はい。正直、生きて帰って来れる自信はないです」
無茶しようとしているアキラを責めるでもなく、ただ心配と不安で揺れる瞳に嘘や誤魔化しの言葉を返す事なんて出来ず、アキラは正直にそれだけ答える。
「断れない依頼なの?」
「いえ、依頼とかじゃなくて個人的な話で……」
「それじゃあエレナ達に手伝ってもらう事は?」
「……二人を巻き込んでいいような事じゃないです」
たった二回の問い。
それだけでアキラは一切引く気がなく。
サラとエレナ、二人が協力したとしても全員が死ぬ可能性が高いから一人で行こうとしている事をシズカは理解した。
「それは、どうしてもアキラがしないといけない事? 死んだらそこでお仕舞いなのよ。それでもやらないと駄目なの?」
注文された商品の内容から誰かを救出しようとしている事は解るし、緊急性も相当高いのだろう。
だからってアキラに危険な目になんて遭ってほしくない。
そんな誰かの事よりもアキラの命の方が大事だと、シズカは責めるでもなく言い聞かせるように語り掛けていく。
「……その、俺なんかの事を、好きだと言ってくれた人が居るんです。その人が遺跡に一人、取り残されています」
けれど、自分を真っ直ぐに見詰め返して放たれたアキラの言葉があまりに予想外過ぎて。
思わずアキラの全身を眺め見る。
(そういえば出会った頃に比べて、随分と背、伸びたわね……)
出会った頃は頼りなさ過ぎて、駆け出しのハンターどころかスラムの子どもが拾った銃を売りに来たようにしか見えなかった。
今でもまだ、大人の男というには色々と垢抜けていない部分はあるだろう。
(そっか。アキラも男の子なのね……)
それでも性別以前に心配してしまうような子どもでは、なくなっていた。
顔付きも初めて会った時に比べれば精悍になったし、筋肉だって随分と付いている。
(いつもは何だかんだ言っても、仕方なく無茶な事をしてただけ。そんなアキラが自分の命を賭けてでも救いたい人が居るのに私に何か言う資格なんてないわ)
もしシズカが女としてアキラを愛していたのなら。
他の女の為に死ぬなんて許さないなんて止める言葉も言えたかもしれないし、そんな事の為に私の商品は使わせないなんて我儘も出来たかもしれない。
けれど、あくまでアキラとシズカの関係は店主と大口の客くらいでしかないのだ。
「大事な人なのね?」
それでもアキラに生きていてほしいから。
その領分を踏み越えた言葉である事をシズカ自身、理解しつつ。
思い留まってくれる事を祈って最後の確認の言葉を掛ける。
「……解かりません。ただ死にそうだって知って、放っておく事は出来ないです」
シズカの予想とは違い不明瞭な想いで。
けれど、迷いなくアキラはその相手の為に命を賭けると答えを返した。
「……解ったわ。それなら精一杯頑張ってきなさい」
いつものように抱き締める事もせず、言葉だけでシズカはアキラを送り出す。
これから大事な女性を助けに行こうという男を、他の女が抱き締めるなんて滑稽もいいところだから。
「……はい、ありがとうございます」
曖昧だった自分とシズカの関係が、何かに定まった音をアキラは聞いた気がした。
それに一抹の寂しさのようなものを感じつつ。
シズカの横を通り過ぎ、出口に向かって歩き出す。
「……生き残れたら必ず顔を出して。お願いよ」
「……はい。生き残れたら必ず」
すれ違う瞬間に掛けられた絞り出すようなシズカの願いの声に、アキラは言葉短く呟いて。
振り返る事もせず、シズカの店であるカートリッジフリークを後にしたのだった。