中立から内側へ 健全版 作:シオリスキー
約束とけじめ
(後ろ盾について緊急で伝えたい事って何!?)
シェリルは恐怖で身体を震わせていた。
何せ前回の話し合いでは建前の恋人関係が解消される直前だった上に、アキラから緊急なんて言葉を使って会いに来るのは初めての事である。
どう考えても良い話には思えず、いつもならアキラが来ると解っていれば迎えに行くシェリルだが、身体だけじゃなく足も震えていて部屋から動く事も出来ない。
(まさか、あれがアキラに対する裏切りだと思われた?)
前回アキラに切られてしまうかと怯えたシェリルは、それなら自分がアキラより上の立場になって切られないようにしようと考え――
何とか都市の上層部と繋がり確固たる立場を確保出来ないかと、画策していたのである。
下剋上を狙っていると思われる可能性は十分あった。
「悪い。少し遅くなった」
戦々恐々とするシェリルの思考を止めたのは、謝罪と共にアキラが部屋に入る姿だった。
恐怖は一旦どこかに仕舞い込み、全ての思考を洞察に注ぎ込みつつ――
「いえ、忙しいのに顔を出してくれてありがとうございます。出迎えに行きたかったのですが、ちょっと体調が芳しくなくて……」
努めて普段通りに見えるように装いながら、それでもボロが出た時には誤魔化せるように体調が悪いと口にした。
――実際、精神的なストレスで体調は最悪だった。
「……そうなのか。知ってたらカツラギのところで薬でも買ってから来たんだが」
そんなシェリルの裏など微塵も気付く事なく。
アキラは申し訳なさそうな顔でシェリルの体調を気遣う。
(……見たところ怒ってはない? それに遅れた事以外に何か後ろめたい事があるような感じかしら?)
とりあえず自分に何か問題がある訳ではないらしい。
アキラの態度から察したシェリルは、それで意を決して自分から話を切り出す事にする。
「それで後ろ盾の件で、何かお話があるという事ですけど……」
もし都市と接触しようとしている事がバレて、裏切りと思われているならアキラに損害を与える気はない事を誠心誠意説明し、それでも駄目なら手が届くところまで来ている伝手全てを手放した上で地べたに這い蹲って謝罪する気だったし――
何か気付かない内に機嫌を損ねていたなら、例えば部下が粗相していたのなら、シェリル自ら拷問した末に殺してもいいから許しを請う気でさえあった。
「急で悪いんだけど、もうシェリルの後ろ盾を続ける事は出来なくなった」
だが、そんなシェリルの決意は一瞬で砕かれる。
これは決定事項だと言わんばかりのアキラの態度に、何を言っても無駄だとシェリルには解ってしまったからだ。
「い、一方的に言われても困ります! 悪いところがあれば直します! 見返りが足りないなら頑張ります! せめて続けてもらう為の機会を下さい!」
だからと言って、はいそうですかと頷いて終わりになんて出来ない。
極力アキラの機嫌を損ねないよう物言いには気を付けつつ。
それでもシェリルは必死で食い下がる。
「……本当に悪いとは思う。シェリルには何も問題ないんだ。ただ今から行く遺跡は凄く危険な場所で、多分だけど俺は生きて帰って来れない」
アキラがシェリルの所にわざわざ顔を出したのは、今回は自分から無茶をしに行くからだ。
自分の意志に関係なく事故や事件に巻き込まれて死んでしまったのなら、それはもう仕方のない事だとアキラは思う。
けれど、今回は死ぬと解っていて自分の都合で向かうのだ。
(これは約束破るようなもんだよな……)
助けるだなんて、出来もしない約束なんてするなと軽蔑されるだろう。
それでも、けじめも付けずに黙って消えるのは違うだろうと思い、顔を出しに来たのである。
「俺の都合で辞めるんだ。これで許してくれなんて虫のいい事は言えないけど、信用出来て俺の代わりに後ろ盾をしてもいいって人を手配してる」
これがユミナに頼んだ事。
自分の代わりにシェリルの後ろ盾になって、出来るだけでいいから気に掛けてほしいというアキラの願いに。
自分じゃあアキラの代わりなんて務まらないと最初は渋りつつ。
それでもユミナには断る事が出来なかったのだ。
「他にしてほしい事とか出来る事があるなら今の内に言ってくれ。まだ時間に余裕はあるけど、行かないと駄目なんだ」
アキラは本心から約束を守れない自分が悪いと思っている。
だから運営資金を融通してくれと言われれば渡す気はあったし、遺物販売店で売る遺物を渡してくれと言われれば隠している遺物の場所を全て教えてもいいとさえ思っていた。
「……」
シェリルは何も言わない。
ただ感情を失くしてしまったような無表情で、ふらふらとアキラに近寄ってくる。
(殴りたいなら殴らせてやらないとな……)
それを怒り過ぎて何も言えないのだとアキラは判断して、反射的に反撃しないように意識していたものだから――
しがみつくように抱き着いてきたシェリルを避ける事が出来なかった。
「シェリル? 悪い、こういうのは――」
アキラが訊いたのは、あくまでシェリルを助けられなくなった代わりに出来る事。
徒党の運営に関わる事で出来る事があるなら協力したいとは思ったが、他の相手に告白された状態で不義理ともいえる行動を取れるような人間ではアキラはない。
「行かないで下さい」
引き剥がそうとしたアキラの手を止めたのは、絶対に逃がすもんかという勢いで絡み付いたシェリルの腕。
そして、その腕以上に想いの込められた声だった。
「徒党なんてどうなってもいいです。アキラが行かないでくれるなら、今すぐボスなんて辞めます。だから行かないで下さい」
本当にアキラは死にに行く気であり、望めば大金でも惜しみなく渡してくれるだろう。
それが逆にシェリルに気付かせたのだ。
前みたいに泣きじゃくったからって、変えられるような甘い覚悟でないという事を。
「何言ってるんだ。徒党を辞めたら俺の後ろ盾なんて要らないんだから、俺が居る意味なんてないだろ」
「徒党を維持する為にアキラが必要なんじゃないんです。アキラに見捨てられない為に、私には徒党が必要だっただけです。アキラが居なくなるなら何の意味もありません」
このままではアキラを永遠に失ってしまう。
その恐怖が今まで積み重ねてきたアキラとの会話の中から数少ない成功例を参考にし、無意識の内にシェリルに正解を導かせていく。
「元々私は自分が安全に生きられて、多少は良い暮らしをしていきたいからアキラを頼りました。手土産もなく頼っても断られるから徒党の話をしたら、気付いたら私がボスになってただけで――」
ただ真っ直ぐに言葉を重ね続ける。
気に入られようと媚びてお世辞を並べて、アキラが喜んでくれた事なんて一度もなく。
二大徒党との抗争の後に抱き締めさせてくれた時と同じように打算も計算もせず、心のままぶつかっていく事でしか、アキラの心に言葉を届かせる方法はないと今までの経験が告げていたから。
「だから徒党については、そこまで思い入れはありませんでした。徒党のボスなんて苦労や危険が多いだけ。ただ安心して生きられるならそれでよかったのに、どうしてこんな事になったのかって、むしろ辛かったのを覚えてます」
事実、逃げ出したくなった。
けれど、どこにも逃げる場所なんてなくて泣く事しか出来なかった。
「それなら何で徒党を大きくしていったんだ? 大きくなればなるほど苦労も危険も増えていくようにしか思えないけど」
「そうしないとアキラに見捨てられると思ったからです。どんどんアキラはハンターとして大成して、自分は施してもらうだけで何も返せない。少しでもアキラに釣り合うようにならないと駄目だと思って頑張ってたら大きくなっただけ」
別に成り上がりたかった訳でもないし、今でもそんな欲はない。
ただ見限られないように必死で追い付こうと思っていた結果、いつの間にかスラム最大の徒党になってしまっていた。
「今もそうです。見返りを渡せるようになったのに、変わりさえ見付かれば辞めていいというアキラの態度が怖くて。もっと力を付けようと都市の職員と伝手を持とうとしています」
これがアキラへの反旗と思われる可能性を理解しつつ、シェリルは迷わず口にする。
自分の想いの全てを告げなければ、アキラを止められないと感じていたから。
「俺みたいないつ死ぬか解からないハンターを後ろ盾にするより、確かにそっちの方が安心して暮らせそうだもんな」
いくら徒党が大きくなったって所詮はスラムの住人。
都市と関係を持つ以上は危ない橋を渡っている。
だから実際に都市の関係者が後ろ盾になるまでは、ユミナじゃなくアキラくらいの強さを持つ後ろ盾が居ないと安心出来ないから今辞められるのは困る。
シェリルの話を、アキラはそんな風に解釈した。
(……そうか。俺ってシェリルからしたら結構面倒な存在だったんだな)
今までの話に特に納得出来ない部分なんてなかった。
てっきりシェリルは徒党を大きくしてスラムで成り上がっていきたくて、その為に自分という後ろ盾を必要としていると思っていたから、それを助ける事がシェリルとの約束を守る事であり自分にしては上手くやってきたとアキラは思っていたのだが――
ただ安心して暮らせるだけでよかったのなら、自分は酷くズレた事をしていたんだなと自嘲する。
「違います」
シェリルの役になんて立ててなかったんだなと意気を萎ませたアキラの気配を察し、シェリルは短い言葉で否定する。
「都市と繋がりを持てるくらいに徒党が大きくなって、アキラに援助してもらう側じゃなくて私がアキラを援助する側になれたら、アキラが私から離れられなくなると思ったんです」
対等な関係でもアキラは執着心を持ってくれなかった。
それなら更に上の関係になるしかないとシェリルは考えたのだ。
「いや、それはおかしいだろ」
ここに来てアキラにも解る程、大きな矛盾が生まれた。
自分なんてシェリルの話を元に考えれば――
やりたくもなかった徒党を押し付け、安全とは程遠い厄介事を持ってくる存在でしかない筈だ。
「俺が近くに居たら無駄な危険が増えるだけだぞ? 平和に暮らしていきたいなら俺なんて邪魔なだけだろうが」
「……はい。正直に言わせてもらうと、安全に生きていきたいだけなら他に後ろ盾をしたいって人が見付かって能力的に問題ないなら、そっちに乗り換えた方が利口だとは思います」
ずっと守ってきてもらいながら、随分酷い事を言っているなとシェリルは思う。
けれど間違いなく本心であり。
今だけは機嫌を損ねる事になっても嘘を吐いたり誤魔化した言葉を言うのは駄目だと感じ、怯む事無く言葉を返す。
「……悪い、俺はシェリルみたいに頭が良い訳でも駆け引きが出来る訳でもないんだ。正直、何を言いたいのか解からない」
アキラは厄介事を持ってくる扱い難い存在で、馬鹿でもないならさっさと別の後ろ盾に替えた方がいいとシェリルは認めたようなものだ。
それなのに援助してでも繋ぎ留めておきたい。
そんな理由なんてあるのだろうかとしかアキラには思えない。
「最初に言ったとおりです。アキラが居てくれるなら他に何も要りません。だから行かないで下さい」
「いや、だからもっと解かりやすく俺に何を求めてるか言ってくれ。徒党の運営資金でも、遺物販売店用の遺物でも言ってくれていいし、怒ったりもしない。はっきり言ってくれないと、どうやって力になればいいかも解からないんだ」
既にシェリルは望みを告げているのだが――
仮に何百回シェリルが言ったところで、アキラには伝わる事なんてないだろう。
「アキラが好きで、離れたくありません。死にに行こうとしてるから止めてます」
だからシェリルも目的でなく、その理由を告げた。
断られて全てが終わってしまうのが怖くて。
既成事実でも出来て、なし崩し的にそうなってくれる事を望んで言葉にしてこなかった想いを真っ直ぐに。
「徒党の運営の為なんて誤魔化してましたけど、本当の恋人になれればいいのにって、ずっと思ってました」