中立から内側へ 健全版 作:シオリスキー
「…………」
シェリルの告白に、アキラは何と返していいか解らなかった。
もしシェリルの話が事実なら、自分はずっとシェリルの想いに気付かず踏み躙ってきた男だし、本気で頭を下げた方がいいとは思うが――
死にに行こうとしている自分を引き留め、後ろ盾に置いておきたい為に嘘八百を並べただけの演技なのか判断出来なくて。
「信じられないのも無理ないと思います。私だってアキラを頼った時は怖いだけで好きになるなんて想像すらしてなかったですし、今でもちょっと怖い時あります」
何せシェリルの理性的な部分は、今でもアキラの事を好きになるなんておかしいんじゃないかと思い出したように語り掛けてくる。
好きだと言ってる本人ですらそんな感じなのに、ただ好きだなんて想いを伝えただけで信じてもらえるなんてシェリルも思わない。
「この気持ちは全部、好きだと思い込む事でアキラへの恐怖を隠そうとしてるだけ。ただの防衛本能みたいなもので、本当は好きでもなんでもないんじゃないかなって考えた事もありました」
実際、二大徒党の戦いで完全に切れたアキラの姿を見た時には、返事をする事さえ困難で近付く事も出来なくて。
あの時のアキラを心から好きだと言って抱き締められるのかと言われれば、きっと今でも無理だろう。
「多分それで正解だ。俺が居なくなって恐怖を感じる事もなくなったら、俺の事なんて、すぐに気にならなくなる」
シェリルの言葉に頷いて、自分を好きだなんてのは勘違いだとアキラは告げる。
(俺を好きになる理由なんてないけど、嫌いになる理由なら、いくらでもあるだろうしな)
ただアキラから見捨てられれば終わってしまうと思っていたシェリルが、アキラと傍に居る為に作り上げた防衛本能。
それがアキラ的にも納得出来る内容だったから。
「違いますよ」
シェリルは首を軽く振り、迷いなくアキラの言葉を否定する。
そこには自分の気持ちは間違ってないという強い確信だけがあった。
「二大徒党との戦いの後、アキラが居てくれたら皆安心するって話をしたの覚えてますか?」
「ああ、覚えてる。あの時はシェリルのお陰で大分気持ちが軽くなった。ありがとう」
ここで覚えてないと言った方が、話の流れ的にアキラには都合が良い筈。
それなのに正直に覚えていると告げた上に礼まで言ってくるアキラが何だか嬉しくて、シェリルは微笑んで話を続けていく。
「アレが初めてだったんです。誰かが傷付いているのを見て、放っておけないって思った事も。元気付けられた事に心の底から嬉しいって感じた事も」
スラムという場所で生まれたシェリルは、強い物に媚び上手く立ち回る事で生きてきた。
容姿でも頭でも何でもいい。
利用価値を示し続ける事でしか生きていけず、それが損得勘定で物を考える思考をシェリルの中で育ててきた。
「いつもは誰か傷付いてたって巻き添えにならなくてよかったとか、ここで慰めたら後で私の役に立つかもとか、そんな事しか考えられないんですよ? 元気付けられて嬉しいなんて感じた事なくて、役に立ってくれて初めて狙い通りになって嬉しいなんて思うんです」
「……スラムなんだ。それが普通だろ」
酷い女でしょうと言いたげなシェリルの言葉。
だけど、アキラには痛い程に気持ちがよく解かる。
(そうだよな。俺達には、それが普通だ)
殴られたら相手も痛いだろうとか、殺しに来た相手にだって人生もあるなんて考えていたら、命がいくつあっても足りない。
共感性なんてのは、平和な場所で真っ当に育っていく事で成長していくもの。
(けど、スラムの外じゃ俺達が異常なんだ……)
ユミナもシオリも、自分の命なんて省みず大事な誰かを救おうとした。
エレナ達やレイナは、窮地に陥る事なんて想像もしないまま、当たり前のように他人に手を差し伸べた。
その眩しさに時に惹かれ、時に後ろめたさを感じたりしながら――
恩や義理、契約なんて言葉を使わなければ人を助けようとも思えない自分が、真面なフリをしようとしているだけの、酷く歪な人間もどきだと見せ付けられてきた。
「そんな私でも、アキラだけは特別なんです。アキラの痛みだけが放っておけなくて、アキラが喜んでくれた時だけ、私も嬉しくなるんです」
アキラも自分と同じ感覚を持ってくれてる事が嬉しくて。
だから解ってほしいと必死で告げる。
そんな本質的には他人に何も感じられない筈の人種が、痛みや喜びに共感出来る相手というのがどれだけ特別な相手なのかを。
「今だって頭の冷静な部分は、機嫌を損ねたって得なんてない。貰える物を貰って、さっさと見送るのが自分にとっては一番得だなんて思ってます。殺される前に離れるべきだなんて、そんな事しないと解っていても、想像するのが止められないくらい怖いです」
これからシオリの救出に向かう予定のアキラは強化服を着たままであり、アキラが乱暴に振り払うだけでシェリルは死ぬだろう。
「でも、それ以上にアキラが居なくなる方が嫌なんです。アキラが好きなんです」
それを理解していて尚、シェリルはアキラを抱き締めて離さない。
強くしがみ付くほど、振り解こうとした時の危険は増すなんて解かり切ってるのに。
力の限りアキラに抱き着く事を止められない。
「離れたくありません。死ぬなんてそんな、危険な場所に行かないで下さい……」
殺される恐怖より、アキラが自分の前から居なくなる方が耐えられない。
それが計算も嘘も何もない、シェリルの本音。
アキラが止まってくれるなら本当に徒党なんて捨てるし、アキラが傍に居てくれるならそれ以外何も要らなかった。
「…………」
アキラは何と答えればいいか解らなくて黙り込む。
シェリルの態度は、どう見ても演技には見えなかった。
確かに変に邪魔をして自分の機嫌を損ねたところで、折角くれると言っているお金や遺物が貰えなくなる可能性が高まるだけだし。
物理的にも危険なだけ。
そこまでして止めるなら、本当に自分の事が好きなのかもしれないとアキラだって思いたい。
想いを受け止めた上で、答えを返してやりたかった。
けれど――
(アルファが居れば本音かどうか解ったのかな……)
どうしても、信じ切る事が出来なかった。
アキラには上手い話は全て自分を騙そうとしているものだ、という捻くれた思想がある。
皮肉にも。
シェリルの言葉が強く眩しくて、浸ってしまいたい程に温かったからこそ。
そんな想いが自分なんかに向けられる訳がないだろうと、アキラには受け入れられなかったのだ。
「……悪い、あんまり長居はしてられないんだ。そろそろ行く」
不誠実な事をしている自覚がありつつ、それでもアキラは誤魔化して逃げる事を選んだ。
シェリルの言葉が本気か演技か解からなくて、それでも誠実に対応するのなら。
悪いけど後ろ盾を続けてもらう為の演技なのかどうか解からない、なんて正直に答えるのが何よりも誠実な対応であり。
答えを返そうともせず逃げるなんて卑怯者でしかないと解っていながら、どうしてもそんな無慈悲な言葉をシェリルには告げられなかったのだ。
「あ、あ……」
けど、そんな下手な誤魔化しでは聡いシェリルには全て伝わってしまう。
自分の言葉も想いも信じてもらえず疑われたまま。
拒否されるどころか、受け取ってすらもらえなかったのだと。
「…………」
絶望して腕の力を緩めてしまった瞬間、スルリとアキラが拘束から抜け出す。
一瞬、酷く悲痛な表情をアキラが浮かべたようにシェリルには見えたが、それが錯覚だったとしか思えない程に平然と、散歩でもするような速さでアキラは部屋から出ようと歩き始める。
「――――」
去っていくアキラの背中を引き留めようと声を出そうとするが、もうシェリルには何を言えばいいか解からない。
パクパクと無意味に口を動かして、それでも必死に手を伸ばすが――
「あっ――」
自分が何を言っても無駄だと、どこかで諦めてしまっていたシェリルの腕は寸での所で届かなかった。
虚しく空を掻く手。
何も掴めなかった寂しい感触が、少し遅れてシェリルに実感させていく。
(もう二度とアキラに会えない?)
言葉で認識した瞬間、シェリルの中で何かが壊れて――
そのまま動かなくなった。
「――――」
光を失った目が虚空を眺める。
生気の感じられない姿は今にも壊れてしまいそうな程に儚げで、それが逆に人間離れした幻想的な美しさを放つ中――
ただ静かに目から流れ落ちる涙だけが。
かろうじて、シェリルを生きた人間だと認識させるのであった。
この中で何か言いたい事でもあれば
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さすがにこれはシェリルの扱いが酷い
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確かにここで告白は遅過ぎた
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アレだが納得の内容ではあった
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シェリル嫌いなの?