中立から内側へ 健全版 作:シオリスキー
「他には何かありませんか?」
アキラが喜んでくれるとはいえ、温泉だけで済ませるのはシオリとしては物足りない。
レイナを助けてくれた恩も、今までの無礼も含めて。
それこそ望めるだけ願いを言ってほしかった。
「今回の食事くらい満足出来る風呂なんだろ! それで十分だ!」
けれど、アキラはまだ見ぬ温泉への期待で満足してしまったらしい。
不満どころか喜色満面といった、シオリが想像した事さえない姿を見せていた。
(無理強いや恩の押し付けは却って困らせてしまうだけですが……)
それでもシオリはアキラに何かをして上げたかった。
レイナの価値が温泉と同程度だと言われているようで怒っているとか、そういう事は一切ない。
ただ、本当にアキラに喜んでもらいたかった。
「欲しい物が浮かばないなら逆に、困ってる事とかないっすか?」
そこでカナエの口から、そんな言葉が飛び出す。
「あー……」
すると、何か心当たりがあるのだろう。
アキラが難しい顔で唸り始めた。
「アキラ様。何かあれば仰って下さい。出来得る限り力になると誓います」
内容も聞かずにシオリは、そんな言葉を口にする。
すると、アキラは僅かに迷ったもののその悩みを告げた。
「今回の件。エレナさん達が、どう思っているかってのは気になるかな……」
それは、エレナ達の事だった。
アキラからしてみれば、シオリを取り押さえるのを手伝ってほしいというエレナ達の願いを断り、シオリの願いだけを一方的に叶えてしまった形になってしまったと思っている。
それもあり、エレナから届いた無事かどうかの確認の連絡には返信したものの、顔を合わせるのは怖いと感じてしまっていた。
「申し訳ありません。真っ先にこちらから確認しなければいけない事でしたのに、失念しておりました」
「いや、こっちも指摘されるまで思い付かなかったし……」
「差し支えなければ、アキラ様とエレナ様達の関係をお聞きしてよろしいでしょうか?」
一緒に仕事をする機会が多いハンター。
おそらくその程度の答えが返ってくる。
そして、憧れか恋慕の情を少なからず抱いているのだろう、とシオリは考えていた。
「命の恩人だ」
けれど完全に想定外の答えが返ってきて僅かに固まる。
「……詳細をお聞きしても?」
内心の動揺を必死で抑えて続きを促したシオリに、アキラは説明する。
まだ駆け出しで装備も充実してない頃にモンスターの群れに襲われ、弾薬も尽きて死ぬ以外に道が残されていなかった時に助けてくれた上、見返り一つ要求しなかった人達だと。
「ガチモンの恩人じゃないっすか。そんな恩人より姐さん優先するとか、アキラ少年。実は姐さんラブだったっすか?」
「カナエ」
「うっす。黙るっす」
無駄に話をややこしくされては堪らない。
そもそもそんな訳がないだろう、とシオリはカナエを名前を呼ぶだけで制する。
「アキラ様、続きを」
「続きって言っても他には――」
続きを求められたアキラは、隠す事でもないだろうとエレナ達との出会いを大まかに話した。
「それなら気にする事なんてないじゃないっすか。お互い一回ずつ助け合ってお相子。貸し借りなしの対等じゃないっす?」
今度はシオリもカナエの言葉を止めようとはしない。
何故ならシオリも同意見だからだ。
「対等になんてなる訳ないだろ……」
アキラは苦い顔でカナエの言葉を完全に否定する。
「俺はエレナさん達が助かったって何とも思ってなかったんだぞ。それどころか途中でエレナさん達が殺されてたって、あの時の俺なら気にも留めなかった」
そもそもが連中を皆殺しにするのが目的だった。
エレナ達を助けるという建前上、無事ならそれに越した事はないが、死んだとしても大した問題ではなかったからだ。
「結果的に助かっただけだろう? そんなの、イラついて通りすがりの人間の頭を叩いたら、偶々喉に詰まってた物が取れて命の恩人だなんて言われたようなもんじゃないか……」
それで感謝されたって戸惑いと罪悪感しか残らない。
少なくともアキラはそうだった。
「助かってよかった。助けられてよかった。そう思えて初めて、俺は借りを返せたんだって思ってる」
何の見返りも思惑もなく。
ただエレナ達の無事を喜び合える。
そういう命の救い方が出来ない限り、いつまで経っても自分はエレナ達とは対等になれないのだとアキラは思う。
「はー、意外とアキラ少年はロマンチストっすね。どっちも一回ずつ命を助けたでいいと思うっすけど」
「カナエ」
今度は睨み付けるようにして、カナエの言葉を遮る。
今度は前回と違い、止めこそしたもののシオリも同意見ではあった。
けれど、それ以上にアキラの考えを否定したくなかった。
「シオリ……」
そしてレイナも似たような感情を抱いていたのだろう。
何とかしてあげて、という言葉の代わりに訴えかけるような目でシオリを見ていた。
「アキラ様」
言われるまでもないとばかりにシオリはアキラを見詰める。
レイナへ解っていますと顔を向けるでもなく、半ば無視してしまったように応対する姿は珍しいを通り越す程の異常事態であったのだが――
レイナも、シオリ自身も気付かなかった。
「私が責任をもって、アキラ様とエレナ様達との関係を確認し、悪化しているようならば可能な限り修復してみせます」
「それは有難いけど、頼んでも大丈夫なのか?」
「お任せ下さい。命懸けで全力を尽くして参ります」
恩義には恩義で報いなければならない。
シオリは初めて。
打算以外でアキラの力になろうとしていた。
「……ガチ恋っすかね?」
そんなシオリの様子をカナエが興味深そうに見ていたが、それで面白い戦いが起きそうな訳でもないなと思い至り、すぐに飽きると――
(話聞いている限り、余計な事しない方が丸く収まる気がするっすけどねえ)
一人、そんな事を考えるのだった。