中立から内側へ 健全版 作:シオリスキー
「これ、アキラからアナタへの預り物よ」
何を言われているのか解からないといった態度のシェリルを不思議に思いつつ、ユミナは預り物を丁寧に手渡す。
それはアキラのハンター証と情報端末だった。
「お金を引き出す為のコードと隠している遺物の保管場所の座標が入力されてるそうよ。信じろとは言わないけど、中は見てないし手も一切付けてないとは言っておくわ」
正直、こういう物は直接シェリルに渡してほしいとユミナは思っていたが――
部屋に入った時の壊れてしまったとしか思えないシェリルの姿から考えるに、渡せない事情があったのだろうと今では納得していた。
「恋人でも何でもない相手だっていうなら、ここまですれば十分というか、やり過ぎじゃないかって言ったんだけどね。金や物だけ渡してそれで納得しろなんて、ふざけた事しか今の俺には出来ないからって言って必死で私に頼むのよ」
「……」
「出来る限りでいいからシェリルの事を気に掛けてくれって。自分じゃあ何もしてやれなかったから、私の気が向いた時だけで構わないから、それでも頼むって泣きそうな顔で」
多分、アキラがそこまで必死に頼み込んでなければ。
いくらユミナと言えど、恋敵だと誤解され話も聞こうとしないシェリルをわざわざ相手にするなんて馬鹿らしいと、預り物だけ叩き付けて部屋を後にしていた筈だ。
「どう、して……」
シェリルの口から絞り出すように、短く声が漏れた。
だって訳が解からない。
(信じる価値もない、どうでもいい相手だから捨てられたんじゃないの?)
ユミナの言う通り、やり過ぎどころではない。
恋人でも何でもない筈の自分に、アキラは遺産の全てと言っても過言でない物を託してくれただけでなく。
それでも心配して、信頼出来る相手に頭を下げて頼んでくれていたのだ。
「……守れもしない約束してごめん。全然助けになんてなれてなくて悪かったって、アキラからの伝言よ」
挙句の果てに、この伝言だ。
結局、アキラに取って自分は何だったのかと、シェリルは混乱せずに居られない。
「……凄い人よね。好きでも何でもない相手にこれだけ優しくしておいて、それでもまだ足りないなんて」
感心すら通り越して。
呆れたように呟くユミナの声がシェリルの耳に届いて――
「やさしく――」
何気なく放たれた一つの単語が、まるで天啓のようにシェリルの頭を駆け抜けた。
(そうよ。私がアキラを好きになったのは、あの時――)
思い出すのはシジマとの初交渉の帰り。
限界を感じて泣く事しか出来なかったあの日、抱き締められ助けると言われた時から、アキラはシェリルの中で特別になったのだが――
(こんな簡単な事だったんだ……)
ユミナに言われて初めて理解した。
優しくされたから。
アキラを好きな理由なんて、たったそれだけの事だったのだ。
(他に手を差し伸べてきた人が居なかった訳じゃないけど――)
それは自分の容姿を好んで気に入られようとする下心に塗れたものであったり。
自分を気に入っている相手、例えばシベアに取り入ろうとするものだけ。
(見返りが欲しくて寄ってきた人しか居ない)
そして、シベアが殺され利用価値がなくなった途端、誰もが手の平を返して、シェリルを邪魔者扱いした。
それが悪いとは思わないし、恨みだってない。
スラムはそういう場所だ。
シェリルだって他人を利用し、利用価値が無くなれば容赦なく捨ててきた。
だから他人にどうこう言う気はない。
(見返りも求めず助けてくれた人なんてアキラだけだったじゃない……)
今だって変わらない。
シェリルを助けようとする人間なんて、シェリルの容姿を好んで気に入られようとするか。
シェリルを令嬢と勘違いしたか、アキラとの伝手を欲しがって接触してくる人間――
後は徒党の関係者がボスであるシェリルに何かあったら、自分達が困るからくらいだろう。
(何の見返りも求めずに助けてくれたから、この人だけは頼ってもいいんだって。この人だけは甘えさせてくれるんだって思ってたんだわ……)
自覚してしまえば簡単だ。
そもそも、恐怖から逃れたいと思っている相手に抱き着いたりなんてする訳ない。
優しいと感じていたから。
少しくらい嫌がられていても、それでも突き放しなんてしないと甘える事が出来ていたのだ。
(信じてもらえないなんて当たり前じゃない……)
一つ解かってしまえば、それを皮切りに次々と見逃していた事が見えてくる。
(私だってアキラの事を少しも信じてなかったんだもの……)
そもそもアキラは、裏切ったりしたら荒野に捨ててくるとは言ったけど、見捨てられたくないなら見返りを寄越せなんて事は一度も言ってない。
未発見の遺跡の遺物回収を手伝う話を持ち掛けてきた時ですら、自分の方が遥か上の立場なんだし、何の役にも立ってないんだからやれと言えば済んだ話。
それなのに命令する事無くやるかどうかの選択を預けてくれた上、自分達の安全に出来得る限り気を遣ってくれていた。
その上で当たり前のように報酬すら渡そうとしてくれてたのに。
(どうして見捨てられるなんて勝手に怯えて、一度も信じようとしなかったのよ!)
気付く機会なんていくらでもあったのにと悔やむシェリルだが、こうして誰かに言われない限り気付く事なんて出来なかっただろう。
今まで優しくされた事がなかった者に、それを理解しろと言う方が無理な話だし。
その優しさも狂気に両足突っ込んだ義務感から生まれていて、結果だけを見れば一方的に甘やかしているも同然なのに――
優しくしている当の本人にも全く自覚がないときてる。
それで気付けという方が無茶な話なのだ。
(これで対等な関係とか、笑い話にもならないわ……)
無自覚だろうと守られ続けて手に入れた力で。
見捨てないでほしいなんて擦り寄っていただけの自分が対等だなんて、アキラが認めてもシェリル自身が認められない。
そして――
(それでも、こんな私を信じてくれようとしてたんじゃない……)
去り際にアキラが見せた悲痛で歪んだ表情。
あの意味が今のシェリルになら解る。
頭ではシェリルの言葉を信じたくて、それでもスラムで生き抜いて育った心は、どうしても信じる事を許さなかった。
その事に自己嫌悪して、信じてやれない自分が酷い人間だと落ち込み。
それならせめて罵倒くらいはされてやろうと、あえてゆっくり部屋を出て行ったのだろう。
「…………」
全てを理解した瞬間、シェリルの中に一つの感情が沸き上がる。
何もかも焼き尽くしそうな程に熱いその感情の名は――
怒りだった。
(……ふざけるな)
何が全然助けになんてなれなかった、だ。
私が今生きてるのも地位や権力を持ってるのも全部、アキラが守り続けてくれたお陰だ。
勝手になかった事になんてするな。
(ふざけるな……)
アキラが私を信じられなかったのは、私が甘えてばかりの信じる価値もない人間だっただけ。
一人で傷付いて我慢するくらいなら、私に悩みも不信も全てぶつけろ。
(ふざけるなふざけるなふざけるな!)
こんなに優しくしておいて。
こんなに夢中にさせといて。
今更私を置いてどこかに消えるなんて絶対に許さない。
(第一、まだ私は全部伝えてない!)
アキラは世界一優しくて素敵な人なんだって。
だから私が惚れるのも当然なんだって。
言ったところで絶対に信じないだろうから、認めるまで言い続けてやる。
(それでも振られたら、仕方ないわね……)
そうなったら潔く諦めようとシェリルは思う。
(好きになってもらいたいなんて、まだるっこしい事は言ってられないわ。意地でも振り向かせてやるんだから)
アキラから手を出してもらわないと危険だなんて甘い事は、もう言ってられない。
私がどれだけアキラの事を好きか、言葉でも身体でも解からせてやる。
今度はアキラの方を私に夢中にさせてやると決心した。
(他に好きな女が居たって知った事――)
そこまで考えたシェリルの脳裏に、ある言葉が引っ掛かった。
――ち、違っ! アキラが好きなのは私じゃなくて。
思わず聞き飛ばしてしまっていたが、冷静にあの時の事を想い出してみるとユミナの態度に嘘はなかったように思う。
自分ではないと断言出来るという事は――
ユミナはアキラの想い人を知っているという事だ。
「あの、シェリルさん? 急に黙り込んだけど大丈夫? アキラから体調悪いって聞いてるし、詳しい話は次の機会にしてくれてもいいんだけど……」
心配するように覗き込んでくるユミナを見ても、もう嫉妬で取り乱す事はない。
恋敵は他に居るという事もあるが――
相手が誰であれ蹴散らしてやるという不退転の覚悟が、今のシェリルにはあるからだ。
「ユミナ。勘違いして怒鳴り付けといて虫の良い話だけど、アナタが知っている情報を全て教えて」
そして今更ながらに気付いた。
アキラを助けようにも、恋敵とやり合うにしても。
情報が全く足りてない。
「聞いても今更出来る事なんて――」
「いいから! 速く!」
出来る出来ないなんて関係ない。
とにかくアキラを助けるのだ。
時間は一秒だって無駄になんて出来ないとばかりに、シェリルはユミナを怒鳴り付ける。
「えっとね――」
その勢いに押されるままに、ユミナは知っている情報を伝え――
シェリルからの質問があれば解っている範囲で答えていく。
「これで解ったでしょ? 今更私達に出来る事なんてないのよ」
先程までの態度を見ても、ユミナは今でもシェリルを防壁の内側に本当の家がある令嬢だと思っている。
それはアキラとの出会いがスラムだったと聞かされ、家の者の監視を掻い潜り興味本位でスラムにやってくる程にお転婆な部分があるだろうと思っていたし。
アキラの傍に居る為、親の反対を押し切り自力で徒党を運営しているのだ。
上品なお嬢様として上に居るだけでスラムの住人を統率出来る訳ないし、運営している内に荒っぽい面も持ち合わせる事になったのだろうとしか思ってない。
(けど、これはもう都市の防衛レベルの話。シェリルさんが親に頼み込んだからって、どうにかなる範囲を越えてるわ……)
それならアキラの遺志を無駄にしない為に、これからの事を考えるべきだ。
それしか出来ないんだから、せめてそこからだけは目を逸らさないようにと自分に言い聞かせるようにユミナはシェリルを見る。
けれど――
「このくらいで動けないですって?」
何を馬鹿な事を言ってるのと言わんばかりの態度で呆れたようにシェリルは呟くと――
当然のような態度で告げるのだ。
「私は近い将来、アキラの隣に立ち並ぶ女よ。この程度の事態で動けないなんてある訳ないでしょ」
自分にはアキラを助ける為に出来る事がある。
諦めるのは、まだまだ早過ぎるなんて。
その顔に虚勢の色はなく、成功を感じさせる自信だけがそこにはあった。
この中で十一章に何か言いたい事があれば
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解像度が高い
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展開が上手い
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納得が多かった
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面白かった
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シオリ以外の扱いも結構丁寧だな
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ダブルヒロイン制だったの?
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途中までシェリ虐が酷過ぎると思ってた