中立から内側へ 健全版 作:シオリスキー
シェリルの覚悟
『随分と困った事をしてくれましたね……』
情報端末越しに聞こえてくるミズハの謝罪の嵐を短い威圧で黙らせつつ。
言葉通りシェリルは心底困っていた。
(マズいわね。カツラギともヴィオラとも連絡が取れない……)
都市中にアキラの窮地が知れ渡ってしまった影響か。
突然二人と連絡が取れなくなった上に、部下達からも今の内に他の徒党へ離反しようという動きが出始めている。
もはやアキラを助けに行くどころか、徒党壊滅の危機である。
『申し訳ありません! このような事になるとは――』
『ですから欲しいのは無意味な謝罪ではありません。この落とし前を付ける手はあるのか。私があなたに訊きたいのはそれだけです、ミズハさん』
だが、その程度の事で混乱して優先事項を見誤る程、今のシェリルは弱くない。
冷静に状況を把握し、最善に向けて着実に思考を進めていく。
(今、何よりも優先すべきはこの女の状態の確認……)
カツラギ達と連絡さえ付かない現状、シェリルに残された手札は己自身と瓦解寸前の徒党、アキラから後ろ盾を頼まれ今も隣に居るユミナ。
そして、自分を都市の関係者と勘違いしているミズハくらいしかなく――
シェリルの行く末は、ミズハに現在どれだけの利用価値があり、ハッタリだけでどこまでミズハを動かせるかに掛かっている。
そして、ただミズハを動かすだけならば、難しくないとシェリルは確信していた。
(おそらく今回の不祥事の責任から何とか逃れる為、私の裏にある都市との繋がりを必要としてる筈。だから最後の頼みの綱である私から手を切る事はない)
シェリルの予想は正しい。
今回の不祥事の対応に追われ、正式な懲罰こそまだ下されていないもののミズハはドランカムでの居場所を失っている上に――
完全にウダジマ派閥への背信行為が明らかになった挙句、ウダジマ本人に許しを乞って縋ろうにも本人が都市から逃げ出してしまっている。
もはやミズハに頼れるのはシェリルだけであり、シェリルの願いに全力で応じて、その上に控えている者へ尻拭いを願い出る事でしか生き残れないと感じており。
自分が生き残れるのなら、誰を犠牲にしてもいいと思っていたし、シェリルが望むなら全裸で土下座して靴を舐める事さえ躊躇わない所存であった。
『その、暫定処分として謹慎を命じられましたがその前にドランカムから抜け出して、部隊に指示を出しました。ですから部隊を動かす事は出来そうですが――』
ミズハは虚勢を張る事無く、現状を包み隠さずシェリルへ伝えていく。
おそらく今回の不祥事の対応でドランカムが自分に追手を差し向ける余裕が無くなる事を見越し、事件が発覚したと知るや否や即座に拠点を抜け出したのだろう。
そして、カツヤ辺りを抱き込んだのだとシェリルは推測する。
『ですが、なんです?』
『……シェリルさんの期待に応えられる程の戦力はありません。都市が防衛部隊を出す程の群れと戦うには人員が不足しています』
ミズハはそこで現状の説明を始める。
アキラを援護するだけなら、カツヤの部隊で足りるのかもしれない。
だが、それは多少の手助けが出来る程度であり、モンスターの群れを討伐出来るほどの戦果を上げられるかと言えば難しい。
モンスターの群れと一口に言っても色々あるのだが、今回は遺跡が突然異常な速度でモンスターを生成している類のモノだ。
これは際限ないと思える速度で増え続ける為、一気に壊滅させてしまうか、生成速度を上回る速さで倒し続けるしかないのだが――
今回はカナエやシオリが苦戦する程のモンスターが大量に生み出され続けるのだ。
一気に壊滅させる事はアキラとカツヤの部隊が協力したところで不可能であり、どちらかが朽ち果てるまでの消耗戦を挑むしかない。
そう考えた場合、単純な戦力だけでなく消耗を抑え維持する為の補給部隊等が必要となってくるのだが――
『なるほど。そちらに割く程の人員は足りてない、と……』
戦力自体はあるものの、逆に言えば戦力以外はない。
それを早急に補う為の手段が詐欺紛いの依頼だったのだろう。
『はい。ですが先程も言ったように拠点を出る際に装備は部隊を通して運び出しました。他でも調達可能な消耗品は置く事で、主だった装備自体は全て持ち出せたので出撃自体はすぐに可能になると思います』
ミズハは平然と装備の無断持ち出しという名の集団窃盗を告げてくる。
大人しく謹慎処分を待っていても破滅するだけならば、今更犯罪や越権行為など気にもしないという事だろうが――
(……この女、凄いわね)
ミズハの詐欺依頼が晒されてから、それ程時間は経ってない。
脱出するだけで精一杯になってもおかしくないというのに、シェリルでさえ舌を巻く程の判断力と行動力。
おまけに自身の出世や生き残りの為なら、自身が犯罪行為に手を染めるどころか他人に手を染めさせる事も全く厭わない精神性。
スラムの住人ですら、ここまで生き汚い上に利己的な人間は数少ないだろう。
(敵にも味方にも居てほしくないタイプだけど――)
いつ裏切り何をしでかすか解からないが、現状でシェリルが利用出来そうな中では最大の駒だ。
全てが終わったら変な巻き添えを受ける前に切り捨てるとして、今だけは最大限そのしぶとさを活かさなければならない。
『主だった装備という事は、総合支援システムでしたか? あれを搭載した装備の持ち出しにも成功しているという事でしょうか?』
そして、そのミズハのしぶとさがシェリルに一筋の光明を見出させた。
ユミナから聞いた話によれば何でも大した戦闘能力のない者であっても、それを利用すれば飛躍的に強くなれる可能性があるらしい。
残念ながらユミナとは相性が悪かったそうだが、むしろ相性が悪い者の方が珍しく大体の者は適用されるという話だった。
『勿論です。あれは部隊の要と言える装備です。予備を含め全て持ち出しに成功しています』
予想通りの言葉が情報端末から返ってきてしまった時。
シェリルは多くの感傷を無理やり置き去りにし、一瞬で覚悟を決めた。
『それなら、その装備を少し荒野でモンスターを相手にした事がある程度の人間。私の徒党の者達が扱ったとすれば、足りない戦力をどの程度補えると思いますか?』
自分の命を賭けるだけでは足りない。
アキラの為なら部下達を地獄に送り出す事さえ躊躇わない、と。
それはシェリルが徒党のボスでありながら、今まで無意識に守り続けてきた線を踏み越えると決めた瞬間だった。