中立から内側へ 健全版 作:シオリスキー
カナエの予想は的中した。
それこそ前の殺し合いがお遊びでしかなかったというように、エレナ達がシオリに敵意をむき出しにしていたのだ。
(ど、どうしてこのような事に……)
エレナ達との交渉は、シオリの予想とは裏腹に殺し合ったと思えないくらい穏やかな雰囲気で始まっていたのだ。
エレナとサラはアキラに怪我がないか、しつこいくらいに尋ねてきたし、この様子なら嫌われているという事はないだろうとシオリは安心していた。
それでも念には念を入れて。
自分はどうなってもいいからアキラの事は嫌わないでほしいとシオリが願い出た瞬間――
「アキラを盾にすれば私達が何もしないと思った?」
サラは怒りを隠そうともしなかった。
「そこまでして大好きなご主人様を守りたいの? 呆れるわね」
エレナに至っては嫌悪感以外に感じられない表情をしたかと思うと、心底見損なったと言わんばかりの冷めた目でゴミでも見るようにシオリの事を眺めている。
「誓って。そのような意図はありません」
二人のただならない剣幕に交渉は絶望的だと感じつつ。
それでもシオリは一歩も引く気はないと言わんばかりの態度で、怯む事無く二人の事を見詰め返す。
「信じられる訳ないでしょ! レイナを人質に取られて私達を殺そうとした人が、そのレイナの事を差し置いてでもアキラの事を許してほしいですって!」
「違うって言うなら納得出来る理由を聞かせてもらおうじゃない!」
いつもは交渉をエレナに任せて援護に徹する事が多いサラも、我慢出来ないとばかりに一緒になってシオリを責め立てる。
「アキラ様と二人の関係をお聞きしました。命の恩人だそうですね」
シオリは言葉を選びながら、アキラから聞いた話をエレナ達へと伝えていく。
口止めされた訳ではないものの、知られたくないだろうと感じた出会いの話も含めて全てを。
「アキラがそんな事を……」
話を聞くなり、サラは先程までの怒りもどこへやら。
傷付いた様子で項垂れる。
「絆されたら駄目よ。それはアキラの想いであって、シオリさんとは関係ないわ」
エレナの方は勢いこそ失ったものの、それでも疑うような目でシオリを軽く睨む。
「それで同情なり共感でもしたとでも言うつもり? 悪いけど、そのくらいでアナタがレイナよりもアキラを優先するなんて私には思えないわ」
そして、はっきりと信用出来ないと言葉にして伝えた。
「確かにそれもあります。ですが、一番の理由は負い目です」
「負い目?」
「失礼ながら私は、アキラ様の事を依頼には誠実であるものの、短慮で何かあれば武力行使に訴える、近寄るべきではない危険人物だと思っておりました」
事実、アキラの事をそのように判断する人間は多い。
むしろ依頼には誠実だと褒められる部分があるだけ、世間の評価より大分マシとさえ言えるだろう。
「ですが今回の件で、そこまでして避けなければならない危険人物ではない。むしろ信頼に値する人間だと認識を改めたのです」
最初に殺し合いになりそうだった時は、殺意を向けたから殺意で返してきただけ。
レイナを人質に取られた時は、レイナの命こそ最優先にしていたものの、無駄にアキラを害したくないと思っていたから、アキラもなるべく穏便に済むように戦ってくれた。
そして今回。
過去に仲間を見捨ててでも中立の立場を取ったから、同じように恩人に嫌われる事になろうとも中立の立場で出来得る限りの事をしてくれた。
「アキラ様自身には事件を起こそうとする気はないのだと。ただ駆け引きも出来ない程に純粋で誠実なだけなのだと」
殺意には殺意を。
無関心には無関心を。
そして、恩には恩で報いる。
言ってしまえば、アキラの対応は鏡のようなものなのだ。
「その事を理解せず、余計な駆け引きを持ち込めば確かに問題が起きる事は多いでしょう。ですが誠実に対応していたなら、そもそもアキラ様の方から問題を起こす事は非常に稀なのだろうと思ったのです」
その考えが正しいかどうか調べる為、シオリは藪蛇になるかもしれないと思いつつもアキラの事を調べた。
逆を言えば、その程度の事で怒ったり恨んだりするような人物ではないと信用出来たのだ。
(頭が痛くなるような事件が多かったのは、確かです)
遺物を奪おうとしてきた人間を皆殺しにした。
ある徒党に所属している人間が脅してきたので、殺して支部まで引きずっていた。
裏切り者を皆殺しにしただけでは飽き足らず、黒幕を一派諸共壊滅させた。
など、確かに碌でもない情報ばかり見付かったものの――
(ですがアキラ様から仕掛けた事件は、一つだってありませんでした)
唯一の例外としてエレナ達を助けた件があるものの、それは人助けでしかなく殺された連中が悪いだろうという判断が無意識にシオリの中でなされており、思い付く事すらなかった。
「確かにアキラ様に解り難い部分はありました。けれど、印象に左右されず今までの行動を振り返れば予測出来た筈なのです。一の悪意を向ければ百の悪意で返してきます。ですが一の善意には百の善意で応えて下さる方なのでもあったのだと……」
「……続けて」
「その事に気付けなかった私は、アキラ様の方が悪いのだと思っていました。こちらから接触する事はあっても、アキラ様の方から威嚇行動はおろか意図的に接触してきた事さえ一度もなかったのに、です」
初対面の時から、むしろアキラは自分達と関わり合う事さえ避けようとしていた。
それなのに無理やり関わった挙句の果てに、口先だけで誤魔化す訳でもなく誠実に質問に答えただけなのに喧嘩を売ったのは自分。
(その後レイナ様を人質にされた時の事だってそうです……)
それこそアキラの立場からすれば、自分達は喧嘩を売ってきた相手でしかなく、殺しても何の問題もなかった。
それどころか自分に勝てる見込みがあったなら最初に人質諸共不審者を撃ち殺し、憂いを断った状態で自分を仕留めるのが一番確実で安全な筈だ。
(にも関わらず、アキラ様はギリギリまで全員が無事に済む道を選んで下さり、私もレイナお嬢様も助けて頂いた)
それこそ憎まれ殺す気なら、加速剤が切れ動いてしまった時に撃ち殺されていた。
いくらでも判断出来る材料があったというのに――
それらの事を棚に上げ、第一印象だけで殺意を振り回す狂気の人間として扱い。
その標的にされているかもしれないから、近寄らない方がいい相手として対応し続けた。
「危険人物だなんて見下していた相手に自分も大事な主も救われた。しかも、命の恩人と思っている相手に嫌われる覚悟をしてくれてまで。それが耐えられなかった、という事でいいかしら?」
エレナの言葉にシオリは苦痛を覚えたように顔を歪め、僅かに目を伏せる。
図星であったからこそ、口に出して認めるのは難しい内容であった。
「はい。堪えました。レイナお嬢様の従者やハンターとして以前に、人としてどこまで自分が恥知らずだったのかと思い知らされた気分でした」
けれど、誤魔化す事無く想いを口にする。
自分が危険人物だなんて見下していた人間より、ある意味では自分の方が遥かに下卑た人間だった。
それを自覚してしまった以上、恥知らずで恩知らずなまま過ごす事なんて、シオリには到底許せなかった。
「ですからどうか今回の件で。アキラ様の事を悪く思う事だけは許して頂けないでしょうか? その為なら私が持つ財産も全て差し上げます。その上で命を差し出せと言うなら甚振って頂いても構いません。私如きの為に手を汚すのが嫌でしたらご命令頂ければ自害します」
これで話は全てですと言わんばかりにシオリは頭を下げる。
それは生まれて初めて、レイナに関わらない事でシオリが命を賭けた瞬間だった。
(どうする、サラ?)
並々ならぬ決意を感じさせつつも無防備なその姿は、謝罪というよりも本気で首を差し出しているようにしか見えない。
エレナがサラに確認の視線を向けるが、答えは聞くまでもなく解っていた。
(どうするもこうするも、ねえ……)
長年の付き合いもあるが、そんなものなくてもエレナは迷わなかっただろう。
すっかり毒気を抜かれてしまった、とサラの表情が全てを物語っていたからだ。