中立から内側へ 健全版 作:シオリスキー
『随分大変な事になっているそうだが、俺に連絡してくる余裕があるとは驚きだな』
シジマは内心の動揺を押し殺し。
自分は全ての事情を知っていると言わんばかりの態度で、シェリルからの通信に応じていた。
(このタイミングでの通信。まさかバレている筈はねえと思うが……)
アキラの窮地を知るや否や。
シジマは部下達に抗争の準備を進めさせ、アキラの死亡が確認出来た時点でシェリルの徒党を乗っ取れるように備えていたのだが――
そこにシェリルの徒党からの離反組が情報を手土産に加入を求めてきた事で、襲撃を早めるべきか逡巡していたところであった。
(アキラに比べりゃ大した戦力になりもしない戦闘要員総出で救援に行かなきゃならねえ程、アキラの状況は絶望的。それなら戦闘要員が居なくなって、もぬけの殻になった拠点を奪うのが一番利口だと思ったが――)
遺物販売店を大きく繁盛させ、人員も装備も大幅に改善された今のシェリルの徒党は、今ではアキラ抜きでも中堅級の戦力を保有している。
真面に戦えばシジマの徒党では相応の被害を覚悟しなければならず、かといってアキラが死んだなんて情報を待ってから動けば他の徒党との争奪戦になってしまう。
だからこそシェリルからの離反組が詳しい情報を持ってきた時は、出し抜く最大の好機が来たと確信し笑いを堪えていたくらいだった。
『私の徒党の元構成員が、そちらを頼りに行きましたよね? 確か名前は――』
(……全員、合ってやがる)
だが、そんな企みなんて全てお見通しだという態度のシェリルの言葉に、苦虫を咬み潰したしまったかのように顔を歪めて返答に窮す。
(ちくしょう、ハメられたか?)
この離反組はヴィオラ辺りが、自分が裏切るかどうか探る為に寄越した罠だったのかと思い、シジマは迂闊に動けなくなっていた。
(本当にアキラが確実に死ぬっていうなら動くべきだが……)
先程触れたように、アキラが居ないシェリルの徒党の戦力は中堅級であり、シジマの徒党とほとんど変わらない。
逆に言えば、シジマの徒党より大規模な徒党なら大した被害も出さずに蹂躙出来る程度の戦力しかないのだ。
それでも他の徒党がアキラの窮地を知りながら、手を出す事もせず静観を決め込んでいる訳は、もしアキラが生きて帰ってきた場合の報復があまりに恐ろしいからである。
(下手に手を出して生きて帰って来た日には、完全にお仕舞いだ……)
アキラと黒狼との戦いの動画はハンターだけでなく、スラムの主だった権力者は漏れなく閲覧しており。
二大徒党とアキラの戦いは痛み分けでなく、実質アキラが勝利していたものの都市が横槍を入れたせいで有耶無耶になっただけだったのだと多くの者が把握してしまった。
それは言い換えれば、二大徒党よりもアキラ一人の方が恐ろしい存在で。
スラムの全戦力を集結させたとしても、アキラには叶わないだろう事を意味しており――
窮地に陥っているという情報を掴んだところで、アキラが死んだと確信出来るまで誰も怒りを買うような真似なんて出来る訳がなかった。
――だからこそ先に動ければ出し抜ける可能性があるのだが。
『裏切者達から色々聞いて状況は既に御存知でしょうから、手短にこちらからの要望を伝えます』
シジマの迷いを見透かしたように。
こちらが完全に上の立場だと示す為、命令してるも同然の口調でシェリルの言葉が情報端末越しに響いていく。
『戦闘要員が居なくなった後の私の拠点の警備をお願いします。それで今回の件はアキラには伝えないでおきますし、それだけで不満なようでしたら、遺物販売店での分け前の割合を増やしても構いませんよ?』
アキラは絶対に帰ってくるから、今からでも協力する気があるなら余計な事を考えていた事は見逃してやる。
迷いなく当然のように語られる声が、言葉以上にシェリルの要求を強く伝えてきた。
『ほう。それなら高級商品の売り上げの方も、こちらに回してもらおうか』
(もしアキラが帰ってこないと思っているなら、その時は終わり。どうせ払う必要がないと思って無茶な要求だって受け入れるだろう)
だが、その強い態度こそが窮地を隠す為のハッタリである可能性も否定出来ない。
この要求を受け入れるなら今だけ協力する振りをして、戦闘要員が拠点から離れた瞬間、シェリルの拠点に襲撃を掛けるつもりであった。
『では、交渉決裂という事で』
しかし、シェリルは迷いの一つも見せず、あっさりと交渉を打ち切る。
これにはシジマも内心慌てた。
『おい、待てよ。こっちだって遺物販売店の件でそっちとは協力関係にある立場上、アキラに不穏な噂があれば狙われ兼ねないんだ。こっちの守りを薄くしてまでそっちに協力するんだ。見返りもその分だけ求めて当然だろう?』
このままでは今まで何とか保ってきた協力者の立ち位置を失うどころではない。
アキラが戻ってきた瞬間、裏切り者として物理的に排除されてしまうと必死で交渉を続けようと試みるシジマだったが――
『良からぬ事を企まず、そちらから協力を申し出てくれていたなら、こちらも誠意を示せたかもしれませんね』
シェリルは一切取り合わない。
それどころか、シジマは一度も自分が裏切ろうとしたなんて認めていないのに、終始自分を裏切り者として扱い続けている。
(くそ、ヴィオラめ。お前が協力するのはアキラであってシェリルじゃねえだろうが)
これで確信した。
アキラの生死の行方に関しては未知数だが、自分の動きはヴィオラを通して全てシェリルに筒抜けなのだろうと。
『私は対価を示して助けを求めたのに、シジマさんは協力関係であるにも関わらず、お断りになったとアキラには伝えさせて頂きます。それでは――』
『解った。今回はこちらに非がある。そちらの条件を呑もうじゃないか』
通信を切られる気配を察し、シジマは強引に約束を取り付ける。
ここで約束を取り付けなければ、アキラが生きて帰ってきた時点で終わりだし。
(アキラが死ぬまでは警備するとして、アキラが死んだと報告がくれば、そのまま制圧しちまえばいいだけの事だ)
よく考えれば自分が一番優位な場所に陣取れる。
損な取引ではなかったからだ。
『だが、それならこちらからも一つ頼みがある』
本当は別に頼みなんてなかったのだが、すんなり受け入れてしまえば。
アキラが死んだ時に徒党を狙っている事に気付かれ、遠ざけられてしまうかもしれない。
それを避ける為にシジマは適当な条件を告げた。
『そちらの守りを優先して兵を出す。もしその影響で他の縄張りを奪われた時は、アキラに取り戻す手伝いを頼んでもらいたい』
『……解かりました。ただ頼むだけで了解して頂けるかはアキラ次第です』
『ああ。それで構わねえ。すぐに兵を連れてそちらに向かわせてもらうとしよう』
これでアキラが生きて帰れば恩を売れるし。
死んだと解れば即座に全戦力でシェリルの拠点を奪う事も出来る。
悪くない交渉だった筈だ、とシジマは自分を納得させ、警備の指揮を執るべく急いで動き出そうとしたが――
『その前に、裏切り者達はどう扱えばいい?』
『お好きにどうぞ。もう私の徒党とは関係のない者達ですので』
シェリルの声に妙な冷たさを感じて。
変な事に巻き込まれる前に、加入予定だった離反組全員を先に叩き出す事にしたのだった。
○ ○
(何とか上手くいったわね……)
シェリルは心底、ほっとした様子で息を吐いた。
シジマは勘違いしていたが、ヴィオラとの連絡は今も取れないままであり。
シェリルは持ち前の頭脳と洞察力だけでシジマの元に降った構成員を完璧に予測し、ハッタリだけでシジマを欺き通したのだ。
(正直、今シジマに攻められれば完璧に終わってたわ……)
とはいえ、シジマの認識は間違っていない。
どう転んでも大きな利益を得られる有利な立ち位置を確保しただろう。
けれど、そんな事くらいシェリルだって百も承知。
今シジマの相手をすれば、それだけで手一杯になり、とてもアキラの救援に向かう戦力なんて残らない。
それを避ける事が今回の最優先事項であり、目先の勝利くらい最初からくれてやる所存だった。
(シジマが動けば他の徒党もこぞって動き出してくる……)
このスラムにおいて。
シェリルの徒党と唯一繋がりがある徒党は、遺物販売店を共同経営しているシジマの徒党だけなのだ。
そのシジマの徒党がシェリルの徒党を裏切ったなんて事になれば、もはやアキラは生きて帰って来ないとスラム中に知らせ回るようなもの。
(アリシアやルシア達に非戦闘員を総動員して情報を広めるように指示した。拠点の守りで打てる手は、これが最善……)
逆に言えばシジマの徒党さえ抑えておけば、他の徒党も動くに動けない。
それを理解しているシェリルは、シジマから警備の承諾を得るや否や、その事をスラム中に広めるべく急ぎ手を回した。
アキラの援護に向かう為、シェリルファミリーが戦闘員総出で、ドランカムと共に荒野に向かう。
その間、シジマが総戦力を携えて留守を預かる事になった、と。
(これで心置きなくアキラの救援に向かえるわ……)
ここまでやれば空の拠点であっても心配ないと確信するシェリルだが、その読みは正しい。
シェリルの徒党の情報を一番持っているシジマが、アキラは生きてスラムに戻ってくると確信して動いているようだ。
そんな風に周囲が思ってしまった時点で、もはやどれだけの戦力が拠点に残っているかどうかなんて関係ない。
誰も彼もがアキラの怒りに触れて潰される未来に怯え、手なんて出せる訳ないのだから。
そして、この時を境に――
大規模なモンスターの襲撃という事件に、どこか乱れていたスラムの空気は落ち着きを取り戻し始める。
アキラが生きて戻ってくるという事は、それは逃げ帰ってくる訳でなく、モンスターの群れを蹴散らして帰ってくる想像しかスラムの住人には出来なくて。
アキラに倒されるなら、別に気にするような事件でもないかと他人事に変わってしまったからだ。
未だ街や防壁の内側の住人達でさえモンスターの襲撃に混乱に包まれる中。
たった一人の少年の力がスラムを治めつつある事に、気付いた者は極僅かであった。
この中で十四章に何か言いたい事があれば
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