中立から内側へ 健全版 作:シオリスキー
「……なるほど。そのような事情でしたか」
暫くして落ち着きを取り戻したシオリは、今回の事態の大まかな内容をアキラに聞かされていた。
――その際、レイナ達の無事も伝えられている。
(私の浅慮が引き起こした自業自得だったのですね……)
自分が遺跡を傷付けてしまった事が原因。
それでレイナを命の危機に晒してしまった事に、自責の想いで目を伏せる。
「俺が簡単にここまで来れたのは遺跡の狙いがシオリなのもあるけど、車を指定の場所に駐めたり銃もブレードも持ってきてるけど抜いて構えてないから敵扱いされなかっただけだよ」
この遺跡は元々、商業施設だったらしい。
だから絶対とは言えないので注意する必要はあるが、敵対行動さえ取らずに行儀良くしていれば襲われずに進める可能性が高いとアルファから事前に聞かされていた。
「けど、それもここまで。シオリを連れて行くってなったら俺も狙われるし、シオリを標的から外す方法もないらしいんだ。だから来た時みたいに安全に脱出出来るとかは期待しないでほしいというか、奇跡でも起きないと一緒に死ぬ事になると思ってほしい」
だからこそ会うまでなら協力するとアルファは申し出て。
ここから先はアルファでさえ奇跡が何度も起きない限りは死ぬと断言した死地であり、アキラはその不安に押し潰されないよう意気を上げる為にあえて言葉にする。
「それならばアキラ様はここでお帰り下さい。私が居なければ、無事に帰る事が出来るのでしょう?」
けれど、アキラの言葉を聞いてシオリは逆の覚悟を固めた。
「事情を話に来て下さっただけで本当に嬉しかったです。これで心置きなく死ぬ事が出来ます」
レイナ達が無事である事も解ったし、何より自分の為にアキラを危険に晒す訳にはいかない。
誰も巻き添えにする事無く自害する事こそ最善の道。
「アキラ様、今の私に何かしてあげられる事は――」
だから最後に出来るだけアキラの願いに応え。
潔く死のうとするシオリであったが――
「いや、助けに来たんだから死なれても困るんだが……」
アキラは本当に困った顔をするだけでシオリの決意を受け入れてくれない。
シオリの為に自分が死ぬ事なんて何とも思ってないかのように、あまりに自然に言葉を紡いでいく。
「ですが私の自業自得にアキラ様を巻き込む訳には……」
「見殺しにする気なら最初から来てない」
「私を助けようとすればアキラ様も死んでしまう可能性が高いのでしょう?」
「ああ、確実に死ぬ。奇跡が起きてようやく俺一人生き残れるかもしれなくて、奇跡が何度も起きれば何とか二人とも助かるかもしれないとか、そんな感じだ」
これにはシオリも戸惑いに似た呆れを隠せない。
何故なら――
「アキラ様は私の事を愛している訳ではないでしょう? どうしてただの知り合いでしかない私に、そこまでして下さるのです?」
アキラの態度から何となく解ってしまうのだ。
自分に対して何も思ってない訳ではないだろうが、それでも好きな相手を見る目ではない。
少なくとも命を賭けてでも助けたいと思う程、大事に思われているかと言えば絶対に違うと言えるくらいに。
「ただの知り合いって事は――」
「似たようなものです。私の為なら全てを捧げてもいい、そんな気持ちを抱いている訳ではないでしょう?」
自分で言っていてシオリ自身悲しくなるが、それでも言わずには居られない。
(……あの時、私は間違えてしまいました)
だってシオリにはアキラが自分を助けに来た理由の見当が付いている。
それが正解ならば――
そんな事でアキラを死なせてしまうなんて意地でも認められないから。
「そりゃそこまでではないけど、だからって死にそうになってるの知ってて放ってなんておけないだろ」
はたして。
アキラの口から飛び出したのは、大体シオリが想像していた事に近い言葉だった。
(少しくらいは悩んでほしかったですが――)
全てを捧げていい程に大事ではないという言葉を、あっさり肯定されてしまった事を嘆きつつつ。
挫けそうになる心を奮い立たせ、シオリは思考を働かせる。
(この方は自分の命こそが何よりも大事だと言いつつ、自分自身の事を少しも大事だなんて思ってません……)
変だとはシオリも思っていたのだ。
レイナを人質に取られて助けてくれた時も。
エレナ達を殺そうとして中立の立場を取ってくれた時も。
優しさや契約というものが、当たり前のように自分の命や感情よりも上に存在してしまっている。
それが好ましくて、温泉で聞かれた時はおかしくないと答えてしまったが、本当は否定すべきだったのだ。
(それが悩み抜いた果てに何よりも守らないといけないものであり、本人の生き方というならどうこう言うべきではありませんが――)
アキラの場合、それが命より何よりも大事な信念だからではなく。
単に自分自身の命の価値があまりに低いだけ。
だから口では自分の命が何よりも大事だなんて言う癖に。
無意識に自分の命より優先してしまう事が、たくさん出てきてしまうのだ。
(ほんの少し気を許した相手より自分の命の方が軽いとか、そんなの悲しいにも程があるでしょう……)
そもそも少し前まで敵かそれ以外でしか他人を判断出来なかった人間だ。
ようやく味方のようなものを考えられるようになったところで、それがどれだけ大事かの順番も決められなければ。
その為にどれだけの力を注いでいいのかさえ本人も解かってないのである。
敵なら殺せばいい。
約束は守らないといけない。
そして、踏み躙る者を決して許さない。
アキラの中にあったルールなんてその程度でしかないのに。
アルファと出会って急速に変わっていく環境に心の成長は追い付かず、対応なんて全く出来る訳がないのだ。
(どうして全てを掛けてでも助けたい相手でもない事は解って、それを命懸けで助けに来てる事がおかしい事に気付かないのですか……)
普通は、そこは
だからこそシェリルもユミナも、アルファだって勘違いした。
別にアキラはシオリが他の誰よりも大切だったから、助けに来た訳でない。
単に他の誰よりもシオリの緊急性が高かっただけの話。
もしシェリルやユミナが同じように死にそうな目に遭ってたら助けに行っただろうし、アルファから今すぐ遺跡を攻略しないと自分が消滅すると言われれば、絶対に死ぬと聞かされても向かっていただろう。
今まで一度も選ぶ側に立った事のないアキラに、誰かを切り捨て一人だけ選ぶなんて出来なかったという話でしかなく――
シオリを助けに行くと決めてすぐアルファの依頼を再開出来ないかと訊ねたり、シェリルに色々な物を遺したのも。
そうやってシオリだけを優先しなければ、誰も切り捨てずに済むと無意識に感じていたからだろう。
――誰か一人しか助けられない状態だったなら、その時初めてアキラは自分の意志で一番を選ぶ事になるのかもしれない。
「アキラ様。もしアナタが他の何よりも私の事が大事で、だから助けに来て下さったのなら、私も共に脱出したいと願ったかもしれません」
シオリが他の人間と違い気付く事が出来たのは、単に対象が自分だったから。
もし自分と同じような状況に陥ったシェリルを助けに行くとでも聞かされていれば、アキラに取って何よりも大事なのはシェリルだったんだと、疑う事さえしなかっただろう。
「ですが、今のアナタに助けてもらう訳にはいきません」
だが、気付いてしまった以上、アキラの手を取る事はシオリには出来ない。
その命はアキラ自身の為か。
あるいは本当に命を捨ててでも守りたい何かが出来た時に使うべきだ。
知り合いよりは大事に思ってくれているようでそこは嬉しくはあったが、それでも好きでも何でもない自分の為に使い潰させる訳にはいかない。
「今の俺には、か……」
どこか納得したように呟くアキラの姿に。
自分の言葉が通じてくれたのかと思うシオリであったが――
「やっぱりシオリみたいに凄い人間だと、今の俺には何の価値もないって解ってしまうんだな……」
諦めたような顔で静かに答えるアキラの姿に。
自分の言葉が何かアキラの触れてはいけない部分を抉ってしまった事に気付かされ、シオリは顔を歪める。