中立から内側へ 健全版   作:シオリスキー

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それぞれの勘違い

「俺は旧領域接続者って呼ばれる人間だ」

 

 アキラは自分が旧領域接続者である事やアルファの姿が見えている事を、シオリには伝えてもいいと言われていた。

 

 これはシオリの事を何よりも大事だと思っていたからアキラが助けに行ったと勘違いしたアルファが、その上で秘密を打ち明けたなら。

 

 シオリの性格上、自分が死ねばアキラが助かると解っているなら自ら死を選んでくれる可能性が最も高いと計算していたからだ。

 

 ――実際、もしアキラがシオリの為に何もかも捨てる覚悟で助けに来てくれていたなら。

 

 シオリは最後に自分を抱いてほしいと無理やり迫り、そして事が済んで疲れたアキラの隙を突いて自害していただろう。

 

「アキラ様!? それは他人に伝えていい事ではありません!」

 

 だが、シオリからすればいきなり過ぎて寝耳に水どころの話ではない。

 

 旧領域接続者というだけで大きな価値があり、バレて研究所に売り飛ばされたり拉致された話は噂でも何でもなく事実であり、それは隠し通さなければならない事だ。

 

 自分が助からないから冥土の土産代わりに教えてくれたという考えも出来なくないが、そう考えてもいきなり過ぎて意図が解からない。

 

「いいんだ。シオリには伝えてもいいって言われてるから」

 

 シオリの言葉に首を振り、アキラは今までの事を話し始める。

 

 自分は本来ならスラムで野垂れ死ぬ程度のガキでしかなかった事。

 それがアルファと出会った事で、ハンターとして生きられるようになった事。

 

 今回シオリの状態を知っていた事も、安全な道を通ってシオリの元に来れたのも全部アルファのお陰であり――

 

 今の自分の傍にアルファは居らず、ただの何も出来ない子どもでしかない、と。

 

(なるほど……)

 

 シオリはアキラの独白に、ただ耳を傾ける。

 

 口を挟みたい部分は一つもなく、むしろ今までの疑問や違和感の全てが氷解していくような気分だ。

 

 今回の遺跡の件で言えば、どうしてそんな事まで知っているのかという事ばかりだったし。

 

 アキラ自身がそこまで強い訳でなくアルファの力が大きかったというのも、アキラの力を読み違えていた原因はこれだったのだと納得感しかない。

 

「確かに今の俺じゃ足手纏いにしかならないってシオリが感じるのも仕方ないと思うし、何もかもアルファの力でしかないのに、それを自分の力みたいに振る舞って騙してた奴なんかに助けられたくなんてないとは思う」

 

 シオリの様子に目を向ける余裕もなく、卑屈な言葉を紡ぐアキラだが無理もないだろう。

 

 ただでさえアルファが居なくて不安に襲われる中。

 

 自分では上手くやってたと思ってたシェリルの後ろ盾は空回りでしかなかった上に、告白の言葉からは逃げ出した挙句、後始末をユミナに押し付けてしまった。

 

 精神は大きく削られ、今にも砕け散りそうだったのに。

 

 極め付けとばかりに今のアキラには助けられたくないと、シオリに言われてしまったのだ。

 

 やはりアルファの居ない俺には何の価値もないのかなんて、自尊心は完全に砕け散り、自分なんて無価値な存在どころか。

 

 人を騙す事しか出来ない害悪な詐欺師くらいにしか思えていない。

 

「けど、シオリ一人じゃどう頑張っても助からないみたいなんだ。だから気は進まないと思うけど、俺に脱出の協力をさせてほしい」

 

 それでもアキラは自分の手を取ってほしいとシオリに願う。

 

 ここで何もせずに帰ったなら、それこそ何の為にアルファを裏切ったのか解からなくなるから。

 

(どうして、そこまで……)

 

 卑屈になってる理由まではシオリにも何となく解った。

 

 アルファの力に頼っているのに、それを明かせず自分の力のように見せてしまっていた事をアキラ自身が一番卑怯でみっともないと思っているからだろう。

 

(自分の事を労わろうとしないのですか!)

 

 だからって辛いなら泣いてもいい筈だ。

 

 折角助けに来てやったのに帰れなんてと怒ったっていいのに。

 

 まるで周りを騙して良い思いをしてた自分に、そんな資格なんてないとばかりに振る舞うアキラの姿にシオリの方が泣きたくなる。

 

 けれど、解る訳もない。

 

 アキラがそんな風に振る舞えない原因こそシオリなのだ。

 

「騙し続けてた俺の言葉なんて信じられないだろうけど、今だけは頼む」

 

 アキラの優しさや誠実さが好きだとシオリは伝えた。

 

 アルファの力に頼った戦闘力じゃなく、アキラ自身の人柄が好きだと言ったのだ。

 

 それこそがアルファに出会う前から、ずっとアキラが求めていたモノ。

 

 誰にも踏み躙られない強さを手に入れる事こそ目的だとアキラは思っているが、それは手段であって目的ではない。

 

 その強さがなければ、誰にも認めてもらえないと思っていただけ。

 

 本当に欲しかったのは自分の存在がこの世界に居てもいいと認められることであり。

 

 アキラに取ってシオリは少し気を許したなんて、そんな軽い相手ではなく。

 

 ずっと欲していたモノをくれた相手であり――

 敵対しない限りは、見捨てる事なんて出来ないくらい大事な人だったのだ。

 

「もしお互い生き残れたら、もう二度と俺と関わらなくていい。だから今だけ我慢して俺と来てくれないか?」

 

 それなのに。

 

 今の自分に助けられたくない、とまで言わせてしまった自分をアキラ自身が許せない。

 

 ようやく叶ったかもしれない願いを手放す原因が自分自身だったなんて、耐えられないからこそ自罰的とも言える態度でシオリを助けようとするのだろう。

 

「…………」

 

 アキラが自分に向けている想いの強さに、シオリが気付く事はない。

 

 何故ならアキラが自分の命を軽視し過ぎているというシオリの推論自体は概ね正しく、きっとこれだけ強い想いを抱いてなくてもアキラは助けに来ていた筈だ。

 

 だから、シオリは自分がアキラにとって大事でも何でもない、ちょっと気を許された程度の有象無象の存在でしかないと今でも思っている。

 

 それなら、ここでもう一度アキラを突き放して。

 

 いつか自分自身の為に生きられるようになってほしいと願う事こそ、誠実な対応というものだろう。

 

 けれど――

 

「……一緒に行ってもいいですが提案があります」

 

 シオリはアキラと違って真っ直ぐでもなければ、純粋な子どもでもない。

 

 自覚していてもズルい事が出来てしまうくらいには卑怯な大人の女だ。

 

 誠実に対応するとは限らない。

 

「提案?」

 

 突然のシオリの言葉にアキラは戸惑いを隠せない。

 

 というのも、ずっと無言で自分の話に耳を傾けていたシオリが突然、口を開いた事はそれ程驚く事でもないのだが。

 

 まるで能面でも付けてしまったかのように、感情というものが抜け落ちた顔を向けていたから。

 

「アキラは、ずっと私を騙していたという事で間違いありませんね」

 

 その表情に見合った平坦な声で放たれたシオリの言葉に。

 

 ビクリとアキラは身体を震わせる。

 

「……ああ、そうだ。騙してた。言い訳のしようもない」

 

 レイナを侮辱したも同然の言葉を言って怒らせた時ですら、様という呼称が取れる事はなかったのに。

 

 今回は様を外しただけでなく、あえて呼び捨てを強調するような言い方をしてきた。

 

(まあ、そうなるよな……)

 

 アキラ目線で見たシオリは、結婚詐欺師に遭った被害者のような状態だ。

 

 そりゃあ恨むだろうし。

 そんな相手に様なんて付けたくもないだろうとしか思えない。

 

「では騙していた分の贖罪として、私の命令を一つ聞いて頂けますか?」

「それは今ここで、か?」

 

 万全の状態でさえ生きて帰れる可能性は、アルファの計算外の奇跡が立て続けに起きれば何とかなるという話なのだ。

 

 だから負傷させられるなら、困ると思うアキラだが――

 

「はい、ここで。怪我をさせる気はありません」

「ああ、解った。どうすればいい?」

 

 それを見透かしたようなシオリの言葉を聞いて、頷かない訳にはいかない。

 

 だって悪いのは全部、騙していた自分なのだから。

 

「目を瞑って頂けますか?」

 

 告げられたのは、かつて温泉で聞いた言葉。

 

 けれど、温泉の時と同じ結末になるなんて甘い事をアキラは考えない。

 

 ――事実、これから起きるのは前回と違う事だ。

 

「解った」

 

 それでもアキラは瞬時に覚悟を決めると――

 

 すっと目を閉じる。

 

(……何の音だ?)

 

 暗闇の中、ごそごそと何かが擦れるような音がする。

 

 かと思えば自分の目の前に誰か、見えないから絶対とは言えないがシオリが立つのを感じた。

 

(騙してた事を罵倒されるのか、それとも怪我しない程度に殴られるのか……)

 

 今出来る事なんて、それくらいしかないだろう。

 

 仕方ないと思いつつ、それでもシオリに嫌われたと実感する事に抵抗のようなものを覚えずに居られないアキラだったが――

 

(え!?)

 

 一瞬、自分の口に覚えのある柔らかい感触が触れた気がして。

 

 驚きに目を見開く。

 

「目を開けていいとは言ってませんよ?」

 

 シオリが困ったような顔をしている光景がアキラの目に映るが理解出来ない。

 

 それが一瞬だけ自分に口付けて、抱き締めようとしていると解っている筈なのに脳が認識を拒む。

 

 そんな事は絶対にあり得ないとばかりに。

 

「愛してます、アキラ」

 

 そんなアキラの戸惑いも全て包み込むように。

 

 シオリは優しく、アキラを抱き締めたのだった。

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