中立から内側へ 健全版 作:シオリスキー
生存の専門家
「もっと全力で動かしてくれて大丈夫だ! 俺の事より最適な位置取りを意識してくれ!」
揺れる車の上。
正確無比な射撃でモンスターを撃退しつつ、銃声に負けないように張り上げたアキラの叫び声が響く。
予想外に容易く遺跡から外に出る事に成功した二人だが、さすがに順調なのはそこまでだった。
遺跡に来る時にアキラが使った車に何とか乗り込む事は出来たものの、見渡す限りモンスターの群れ。
しかも倒しても倒しても数が減っているように思えない上に執拗に迫ってくるのだから、囲まれないようにするだけで精一杯。
取り囲まれでもしたら一巻の終わりだろう。
「……あの、アキラ様。現在は何のサポートもなく自力なのですよね?」
「ああ、期待外れで申し訳ないけど、そこは我慢してくれ!」
シオリの問いに返事をする暇もないとばかりに声を張り上げるアキラだが、実際に余裕など微塵もない。
シオリに運転を任せた車は時に縦横無尽に、時に急発進や急停止を繰り返してモンスターの群れの隙間を縫うように走り回っているのだ。
この近辺に居る並のハンターなら、それだけで車から振り落とされるものだが――
アキラは椅子に直立した上で強化服に取り付けた複腕すら利用して三丁の銃を同時に操りモンスターを撃退し続けている。
それら全てをアルファの補助なく、アキラ自身の力で制御しているのだから。
(十分にお強いではないですか!?)
シオリが驚くのも仕方ない事だろう。
というのも、旧世界製の服を着ていたモニカとの戦いがシオリが最後に見たアキラの真面な戦いであり。
その時の強さこそアルファ込みのアキラの強さと判断し、そこからの成長分を加えれば、現在のアキラ本人の強さはモニカと戦ってた時と同等か、それ以下だと思っていたからだ。
だが、あの戦いは数少ないアルファのサポートの無しでアキラだけの力で戦ったものであり――
その後、アキラはスラムの二大徒党との戦いやキバヤシが持ってきた無理無茶難題とも言える討伐依頼等をこなし続けた事で、飛躍的に成長していた。
特に装備の充実性は凄まじく、これはアキラが名声よりも現金を手に入れる方がやる気を出すと知っていたキバヤシが、ハンターランクの調整代わりに討伐依頼を与えているにも関わらず、アキラが面白おかしい事をする度に、ハンターランクの上昇よりも現金での報酬を優先して支払い続けたからだ。
お陰でアキラのハンターランクはそれ程上がらなかったものの、もはや装備と実力はランク詐欺どころではない次元にまで上昇している。
――代わりという訳ではないが、アキラは一度病院送りになっていた。
(俺が死んだらシオリも死ぬ……)
おまけに今のアキラには、自分だけの力でシオリを守らねばという覚悟がある。
それがいざとなればアルファが何とかしてくれるという甘えによって閉ざされていた、アキラ本来の才能――
スラムを一人で生き抜いてきた事で手に入れた超能力染みた危機に対する嗅覚。
そして死地に近付けば近付く程、冴え渡っていく閃きに似た生き汚いまでの生存本能を呼び覚ましていた。
(そんなの絶対に認めるかよ!)
確かに身体能力や反射係数という観点で見れば、アキラは素質のある方ではなかっただろう。
その分野の天才と称していいカツヤどころか、運動能力の素養だけならエリオの方が上なくらいだ。
だが、モンスターに襲われ絶望する事なく命が尽きる直前まで足掻ける精神性は、それらに匹敵するどころか、あるいはそれ以上に優れたハンターの素養であり――
アルファと出会う前のモンスター撃退経験がそれを証明している。
当時のアキラが持っていたのは、子どもの手にも収まりそうな程の小型拳銃だった。
その銃だけでモンスターを倒すのは不可能に近い。
だが、アキラはモンスターに腕を食い千切られようとしてる中、腕を引くどころか口内に腕を突っ込んで銃を撃つ事でモンスターを絶命させている。
似たような状況に陥ったエリオの方が卓越した運動能力を見せ付け、アキラよりも長く戦い続けたが、モンスターに深手を負わせる事すら出来ず死に掛けていたにも関わらずだ。
そこにアルファの訓練で手に入れた確かな戦闘能力を兼ね備えたアキラは、間違いなく凄腕のハンターと称していい程の風格を兼ね備えていた。
その強さは既に、この近辺で活躍しているハンター達とは一線を画しており――
(これではアキラ様を守るどころではっ!)
何もかも捨てて助けに来てもらった上に、援護に徹するしかないシオリに歯痒さが走る。
これはアキラとシオリの間に実力差があるというよりも――
単純に状況との相性の悪さであった。
シオリの専門分野は護衛であり得意兵装だって刀だ。
そもそも大多数のモンスターの群れを相手にするには、最初から向いておらず。
だからこそアキラは、モンスターの撃退を自分の担当に。
自動運転では限界があるから、シオリに運転を任せているのだ。
「暫し自動運転に切り替えます!」
とはいえ、それなら足手纏いかと言えば、そんな事は一切ない。
アキラの弾倉が空になる予兆を感じた途端、即座に車から飛び降りたかと思うと刀を振るい退路を塞ぐモンスターを最低限の数だけ切り裂いては――
アキラの装填が終わるや否や、他のモンスターには目もくれず自動運転で走り回っている車に飛び乗る。
そうしてアキラが気兼ねなく力を振るえるようにシオリが献身的な援護に徹していなければ、やはり二人の命は既に尽きていたに違いない。
「悪い、説明したけど逃げてもどこまでも追ってくるらしいんだ。だから――」
「解っています。倒す事よりも生き残りを優先でしょう?」
何よりも二人が生存している最大の理由は、群れの殲滅よりも逃げ回って生き残る事だけを意識しており。
どちらもその事に全く異存がない事だろう。
(私は実力以前に、アキラ様というハンターの本質を見誤っていたようですね)
ヤラタサソリの群れを一方的に虐殺し、自分を打ち倒す程の格闘能力。
そしてモニカを殴り殺した印象から、アルファの力を借りていようとアキラの本質とは敵を倒す事に向いているものだとシオリは思っていた。
だが、戦いにおける本質とは単純な能力だけを指すのではない。
むしろ表面的な能力以上に性格や拘り、本人自身が持つ資質が大きく影響してしまうものであり――
どれだけ守衛に向いた技能を取得しても、本質的に好戦的な者はその技能を攻撃に使い応用していく傾向が高いし、どうしても守りを任せようとぎこちなくなり力を十分に発揮出来ないものなのだ。
(アキラ様の戦いの本質は生存。敵を倒すのは、その手段の一つでしかないのでしょうね)
しかしアキラはこの死地で生き残る為に足掻く事こそが、慣れ親しんだ自分の居場所だと言わんばかりに力を十全に発揮している。
倒し切れないモンスターが居ても深追いする事もせず。
だが、安全地帯を確保する為ならば無駄弾を使う事になっても敵を倒す事を躊躇しない。
(……どれだけ無茶な生き方をしてきたら、こんな戦い方が身に付くのですか)
自分より弱い相手を倒し続け、危なげなく倒し癖を付けていった者の戦い方とは明らかに違う。
一歩間違えば死ぬような死地を潜り抜け、負けるのが当たり前の格上相手に諦めず隙を窺い何とか命を拾い生き残った。
そういう者だけが持つ臆病にさえ見える慎重さに――
これまでのアキラの人生における苦難を垣間見つつ、今はその感傷を押し殺してシオリは車を操作し続ける。
(凄いな。モンスターの数が少ない場所を把握して車を運転しながら機銃の操作もして、その上で俺の銃の残弾数にまで気を配ってるのか)
対するアキラは、シオリの補助能力の高さに驚かされていた。
これはアキラの中でシオリは直接戦っている印象が強いというか、自分と殺し合いになったりモニカと戦ったりと基本的にシオリ本人が戦っている場面ばかり見ている影響であり――
シオリが本来、護衛の専門家であるという認識がないからだろう。
何より――
(アルファ居ないからもっと戦い難くなるかと思ってたけど、予想より大分戦えてるな)
生き残る術に長けたアキラを活かすのに護衛としての能力は非情に相性が良く、シオリの援護の恩恵をアキラが存分に受けられている事も、シオリの力を強く実感出来ている理由だろう。
これが窮地であっても攻め気を失わない者ならば、おそらく消極的に見えるシオリの立ち回りに苛立ちを覚えずに居られない筈だ。
(とはいえ、このままじゃジリ貧。体力なり弾薬が尽きれば終わりだ……)
生き残りと護衛の専門家。
予想外の相乗効果により戦う事は出来ているが、結局のところ、ただ死ぬのを先延ばしにして耐えているだけ。
それでも少しでも生き延びる時間を増やそうと節約を僅かに意識するアキラだが――
「新手です! アキラ様、早めの補給を!」
「解った!」
機銃を操作して自分達を取り囲もうとするモンスターの群れを牽制しつつ、必死で叫ぶシオリの声に。
体力や弾薬を惜しんでいれば、すぐにでも自分達の命が尽きる事を思い知らされる。
(くそ! やっぱりアルファの言う通り、ここで俺達は死ぬのか!?)
既に相当数のモンスターを倒している筈なのに。
取り囲むモンスターの群れは厚みを増し、どんどん逃げ回れるような退路が消えていく。
その退路が全て消えた時。
真後ろにまで迫っている死神が、アキラ達にその鎌を振り降ろす事になるだろう。