中立から内側へ 健全版 作:シオリスキー
『カツヤ! 何馬鹿な事やろうとしてるの!』
カツヤの突撃命令が下されるよりも一瞬だけ早く。
後方からカツヤ達の動きの変化に気付いたユミナの怒声が情報端末から響き渡る。
『ユミナ!? いや、モンスターの群れに抜けられそうな場所があったから、そこを突き破ろうと思って――』
端末越しですら脳を揺らしそうな大声に驚きつつ。
自分の行動に全く問題を感じてないカツヤは当然のようにユミナに言葉を返したが――
『それが馬鹿な事だって解らないの!? いいから陣形を維持しなさい!』
それはユミナの怒りに油を注いだだけだった。
当然と言えば当然だ。
カツヤの部隊がモンスター達の大部分を押し留めるようにして戦っているから、何とか持久戦の形を保てているに過ぎない。
もしカツヤ達が突撃すればカツヤの部隊に被害が出るだけでなく、カツヤの部隊を突き抜けたモンスター達が補給部隊にも襲い掛かるだろう。
補給がままならなくなれば、倒しても倒しても減ってないと思える程に増え続けるモンスターの群れに対抗出来る筈もない。
このままカツヤに任せれば、全軍撤退か全滅の二択だけ。
止めるユミナの判断の方に全面的に理がある。
『いや、聞いてくれ。このままじゃあ戦線は維持出来ない』
けれども、カツヤもそこまで馬鹿ではない。
その辺は承知の上で、それでも突撃するべきだと思っていた。
何故なら――
『アキラ達を助けに来たのか遺物収集狙いなのかは解らないが、遺跡に向かっているハンターが居るよな?』
『……ええ』
アキラ達らしき反応を捉えるよりも前に、別のハンターの反応があったのだ。
強敵だらけのモンスターの中を突き進んでいる辺り、中々の腕ではあるものの倒されているモンスターの数から見て少数、おそらく一から五名くらいの人数だろう。
(部隊で迎え撃っている俺達ですらギリギリ。それを遺跡に向かって突っ込んでるんだ。そう長くは保たない)
この遺跡に突っ込んでいるハンターというのが、エレナ達であり。
カツヤ達と共に来ればアキラの救出よりも、モンスターとの群れの討伐を優先される可能性を考慮し――
カツヤ達がモンスターの群れを引き付けている隙にアキラ達を救出しようと、無謀と理解しながら突撃を掛けていたのだ。
『そっちのハンターが別方向から仕掛けてくれてるお陰で、何とか膠着状態を保ててるんだ。そっちのハンターが潰れた瞬間、この戦線は瓦解する』
カツヤの推測は正しい。
正面から大軍を引き受けるカツヤの部隊。
横から突撃を仕掛けたエレナ達。
そして、内側で逃げ回っているアキラ達という三方向にモンスターが分裂しているから、どの陣営もギリギリのところで崩壊する事無く持ちこたえているのだ。
どれか一つでも欠けた瞬間、一気に状況はモンスターの方に傾き始めるだろう。
『今、無理をしてでも行けば被害は出るだろうけどアキラと合流出来る筈だ。それなら勝ち目は残ってる』
アキラ達は取り囲まれ逃げ回る事で精一杯になっている。
言い換えれば、力のほとんどを攻撃に使えていないという事だ。
――敵寄せ機を使っている現状、逃げ回っているアキラ達が攪乱や囮役として戦術的な価値があるかと言えばそれ程でもなく、合流した方がモンスターの群れに効率的に被害を与えられるだろう。
(アキラが部隊に協力して新しい迎撃体勢を整える事さえ出来れば――)
おそらく本当に持久戦に持ち込める。
こちらの体力と弾薬が尽きるか。
それともモンスターの群れを倒し切るかという生死の天秤を傾け合う互角の戦いに。
――逆に言えば、このまま行けば全滅するか撤退しなければならなくなる可能性が一番高いだろう。
『……カツヤ、アナタ自分が何を言ってるか解ってる?』
手柄を焦っただけの蛮勇と一笑するには出来ない言葉に。
けれど、ユミナは信じたくないとばかりの冷たい声でカツヤに確認を取る。
『ああ、解ってる。今回はドランカムから無断で装備借りてる上に依頼内容も援護であって無理して救出しろって話じゃない。こんな勝手な事したら責任問題になるだろうな』
無断で装備を使っている件に関しては、都市から密命を受けているミズハがカツヤ達を無理やり動かしたという事になっていた。
それが事実なら、その件に関しては最終的に都市側が何とかしてくれるだろう。
だが、都市からの命令を無視するような独断専行は結果が良ければそれでいいという話ではないし、ミズハではなくカツヤ個人の責任問題になる。
その辺を理解した上で、それでもモンスターの群れを倒してアキラ達を生き残らせるにはこれしか方法がないとカツヤは告げたのだが――
『その為にアイリ達を殺すって事も理解してる?』
『え?』
まるで感情という色を失くしてしまったようなユミナの声。
その内容を本当に理解する事が出来ず、カツヤは混乱していく。
ローカルネットワークでアイリや仲間達と繋がっているカツヤにはアイリ達が他人であるという認識がない。
カツヤの中では自分が多少の痛手を負うくらいの認識しかないからだ。
『無理をした結果の被害。それが仲間が怪我する程度では済まない話だって理解した上で言ってるのかって聞いてるの』
静かに、それでいて突き放すような声がカツヤの耳を叩いた。
それは怒鳴り付けられるよりも鋭く脳を突き刺し、今ここで多少の被害を受けてでもアキラを助けに行く事こそが最善にしか思えなかったカツヤの思考を乱していく。
『でも、今行かないとアキラを助ける機会はもう――』
余計な言葉に耳を傾けるな。
ここで行かなければ確実に撤退するか全滅するしかない。
何を迷う事があると乱された思考が戻り、アイリを犠牲にするというユミナの言葉を認識する前に掻き消していく。
『そのアキラがアナタが無理してでも助けないとどうにもならない相手? アナタが仲間を犠牲にしてまで助けないといけないような人に負けたの?』
けれど、それを許さないとばかりにユミナが更に言葉を重ねていく。
アキラなら何とかすると信じろ、と。
カツヤは確かに凄い。
そのカツヤより凄いアキラを必要以上に心配しなくてもいい、と。
(俺は――)
誰かを助けられる力が欲しかったのだろうとカツヤの気付かない場所で声がする。
その為の力は既にある筈だと語り掛けてくる。
確かにこうして見捨てる事しか出来ない筈の相手を助けられる程の力を求めていた。
そして、今その力は確かにある。
ここで恐れずに前に向かえば、このままでは確実に死ぬだろうアキラを助けられるという確信があり――
この先に進んでこそ自分が目指していた何かになれる予感があった。
『ああ、もう! そんなに戦力が足りないって言うなら私が行くわ! だから大人しくしてて!』
何も答えず黙り込んだカツヤに焦れたようにユミナの声が響く。
それは先程の色のなく突き刺すような声に比べて。
わざとらしい程に感情豊かで――
(駄目だ! ユミナ!)
さすがに何度も同じ事があったから今回は解った。
前にアキラの人質になってまで場を収めようとした時と同じだ。
自分が犠牲になる事で事態を終わらせようとしている。
――事実、今のユミナの実力じゃあアイリの代わりなんて到底不可能。
戦力の足しどころか自殺にしかならないのは、ユミナ自身が誰よりも理解していた。
『悪い! どうかしてた! 確かにアイツなら俺達が無理やり助けなくても何とかするよな!』
隣からユミナが居なくなるくらいなら。
目指していた何かになんてなれなくていい。
その気持ちだけで、カツヤは全ての声無き言葉に抗えた。
『アイリ、突撃は止めだ! 体勢を立て直すぞ!』
『ん、解った』
ユミナと話しながらも迎撃だけは続けていたが、さすがに隊列に乱れが出始めていた。
それに気付いて素早くカツヤは陣形を立て直すと、今度こそ陣形を乱したりしないと心に誓う。
もし撤退する事になっても、後ろに居るユミナの元までは行かせないと決意して。
(というか本当にどうかし過ぎだろ! 何でアキラなんかを助ける為にアイリを犠牲にしようとしてるんだよ!)
突撃への意識が消えた途端。
どうして自分がそこまでアキラを助けようとしていたのか、不思議に思うカツヤだが考えても答えが出ない。
(悪い、アキラ。俺は俺の事で手一杯だ。そっちはそっちで何とかしてくれ!)
とりあえず助けに行けない事に謝罪の言葉を心の中で唱えつつ。
カツヤは目の前のモンスターだけに集中していく。
それはカツヤが生まれて初めて。
助けられなかった訳でなく、自分の意志で誰かを助けない事を選んだ瞬間だったのだが――
カツヤはそれに気付かなかった。