中立から内側へ 健全版 作:シオリスキー
『なあ、アルファ……』
モンスターを群れ諸共消し飛ばしたアキラだが、その表情は暗く勝利への高揚感など一つもなかった。
その理由の一つに、シオリに頼んで譲り受けた刀の結末がある。
性能を遥かに超えた力を無理やり引き出して使ったのだ。
壊れない訳がないというか、自ら放った光刃に巻き込まれ車ごと跡形もなく消し飛んでしまい柄の欠片すら残っていない。
『シオリの刀の事なら先に断ったでしょう? 惜しんでたら生き残れなかったわ』
似たような性能の物はあるが非売品であり、何かしらの特殊な品であったとは聞いていた。
事前にシオリには断っていたとはいえ、やはり返せなかったのはアキラとしては申し訳なかったが――
『俺の腕、両方とも肘から先がなくなってるんだけど……』
それ以上にアキラの表情を曇らせているのは己の惨状であった。
先に回復薬を飲んでいたお陰で痛みこそないものの肘から先は強化服諸共、完全に消滅してしまっている。
『刀との間に車を挟んでおいて正解ね。そうしてなかったら腕どころか、身体も巻き込まれて消し飛んでたわよ』
『これ、大丈夫か?』
傷口が完全に焼け焦げているからか。
それとも回復薬の治癒効果が出ているのか。
それ程の惨状にも関わらず血の一滴すら出て来ない腕が作り物みたいに見えて、不安を感じずに居られなかった。
『なくなった肘から先どころか、なんか腕そのものが一切動かないんだけど……』
『大丈夫。怪我が酷過ぎて回復薬の鎮痛効果が通常より高く出て、麻痺してるだけよ。腕以外も動かないでしょ?』
おまけにアルファに言われて初めて気付いたが――
腕どころか全身に全く感覚がない。
どうして立って居られるのかが不思議なくらいである。
『それは大丈夫なのか?』
『この怪我が原因で死ぬ心配はないのか、という意味でなら大丈夫よ』
『腕は?』
『治療が可能かという意味なら大丈夫よ、多分』
『多分、なのか……』
『治療手段はあるけど、治療費があるかと医療事故が起きる可能性が絶対ないとは言い切れないから多分よ』
『治療費……』
『忘れてないわよね? これはどこかから依頼を請けた訳じゃなくて、アキラが勝手にシオリを助けようと首を突っ込んだだけよ? モンスター討伐の基本報酬自体は申請すれば出るでしょうけど、それ以上はどうなるか解からないし、その基本報酬だけじゃ多分治療費にもならないわ』
言われるまでアキラは本当に忘れていた。
今回はどこかの依頼で戦った訳ではなく完全に個人での活動だ。
しかも遺物の一つでも手に入れたかといえばそんな事もなく、身体はボロボロ。
装備は強化服を含め全部駄目になってるし、車なんて跡形もなく消し飛んだ。
おまけに貯金は装備や消耗品を買うのに使い、僅かに残った金も隠しておいた遺物と共にシェリルに渡してしまっている。
「や、やったのか?」
「モンスター達も消えてるし多分?」
アキラが不安に駆られ表情を曇らせる中、周囲から戸惑い混じりの勝利の声が響く。
それはユミナ率いるシェリルファミリーの子ども達であった。
最後に巨大モンスターを吹き飛ばす為に刀と車を繋げる改造を施したが、無論、作業中は完全に無防備になってしまう。
その間、アキラ達を守っていたのがシェリルファミリーの子ども達を中心とした面々である。
無論、いくら総合支援システムの力を借りているとはいえ、子ども達に今回のモンスターの群れを押し退けられる力などある訳ない。
モンスターの主力がカツヤや人型兵器に引き寄せられていて小物しか居なかった事と、カツラギと共に来たハンター達の協力がなければ僅かな間とはいえ耐える事さえ出来なかっただろう。
――僅かでも巨大モンスターが倒れるのが遅れ、モンスター達がそちらの救援に行くのが遅かったのなら耐えきれなかった筈だ。
(本当、どうしよう……)
それでも子ども達が必死で自分を助けに来てくれたのは事実だ。
それに対して勝手に助けに来たんだから知るかなんていう事はアキラには出来ないし、そういう意味ではサラ達や他の人達にだって何かしら報いるべきだろうが――
お金の当てが全くなく本心から困り果てていた。
――シオリから報酬を取ろうという考えは一切浮かんでなかった。
『ちょっといいか? あの毒を除去出来る回復薬、もう余ってないか? 一応、全員の応急処置分くらいはあったんだが、まだ症状が残っている仲間が居るんだ』
その時、カツヤから通信が入る。
肘から先を失くしたアキラでは機器を操作して通信を繋ぐ事は難しいが、気を利かせたのかアルファが機器を操作していた。
――繋ぐだけなら足で操作するなり方法自体はある。
「あれで全部だ」
いくらカツヤに気に入らない部分があるとはいえ、最も危険な囮役を押し付けたのだ。
その辺で出し惜しみする気はアキラにはない。
『アキラ!』
カツヤに返答した瞬間、アルファの切羽詰まった声が響いてアキラも気付く。
地中から現れたモンスターがアキラに攻撃を仕掛けてきていた。
おそらく光刃を受ける直前に地面に潜り込んだのだろう。
それでも難を逃れる事は出来ずボロボロで、確実に後数秒もしない内に息絶える。
それなら自分の命が尽きる前に、せめて自分をこんな目に遭わせたアキラだけでも道連れにしようと地中を進んできたのだ。
(ああ、くそ。どうにもならねえ……)
死の危険に体感時間が圧縮される。
引き延ばされた世界がモンスターの攻撃を緩やかに認識させるが、あくまでそれは遅く感じているだけ。
弾丸さながらの速さで飛来する攻撃を避けるには、ボロボロの身体を無理やり動かすだけでは、あまりにも遅過ぎる。
そして、強化服は先程の無茶で完全に駄目になっており一切機能していない。
(こんなところで死んで堪るか……)
のろのろとしか動けない世界で、ゆっくりと死が近付いてくる。
そんな中、アキラは本気で死にたくないと思った。
自分の命というのは大切なものの筈だから。
どこか義務的なもので己の命を守り、力が及ばなかった時は精一杯頑張ったんだから仕方ないとどこか受け入れる事が出来てた。
ただ死ぬ事そのものを心の底から嫌だと思えたのは初めてかもしれない。
その心の変化の理由にアキラが思考を割く暇もなく。
激しい衝撃が全身を襲う。
「え?」
けれど、それはモンスターの攻撃がアキラに直撃した痛みではなく――
勢いよく飛び込んできたシオリが、しがみ付くようにしてアキラを庇った事による衝撃であった。
〇 〇
シオリが奇襲に気付けたのは偶然であった。
もはや死に掛けだった上に地中を進んでいたモンスターに気配はなく、気付けたのは単に無茶をしたアキラが心配で駆け寄っている最中だっただけ。
それでも本来は間に合う筈がないタイミング。
それ程までに地中から飛び出したモンスターは至近距離であり、加速剤を適用していない今の状態では気付いた時にはアキラは死んでいただろう。
けれど二つの幸運と一つの不幸があった。
幸運の一つ目はシオリ自身が優れたハンターであり、アキラの危機に体感時間の圧縮の力に目覚めた事。
だが、この力は目覚めたからといって自在に扱える訳ではない。
緩やかに感じる世界では普段無意識に行っている事さえ意識的に行わなければならず、何の訓練もしていない者では真面に動く事さえ難しいのだが――
もう一つの幸運は、シオリが加速剤を使用した戦い方を心得ており、その緩やかに感じる世界での動き方を熟知していた事だ。
それがなければ、突然力に目覚めたからと言って決して間に合わなかっただろう。
そして不幸は――
「シオリ? おい、シオリ!」
アキラを庇うだけで精一杯で、シオリ自身に逃げるまでの余裕はなかった事。
本当に最後の最後の悪足掻きだったらしく、その一撃だけで追撃も出来ないままモンスターが死に絶えてくれた以上、本当にその一点だけが不幸であった。
「……ご無事、ですか、アキラ様?」
傷自体は、それ程深いものではない。
けれど、モンスターの攻撃には強い毒が込められていた。
早くもシオリの身体は毒に蝕まれ、視界は霞みアキラが無事だったのか己の目で確認する事さえ出来ない。
「ああ、無事だ! シオリが守ってくれたから!」
もはや自力で立つ事も出来ないのだろう。
もたれかかるようにして立っていたシオリが滑り落ちるように倒れていくが、それを抱き留める体力どころか腕自体が今のアキラにはなく、ただ必死で己の無事を伝える事しか出来ない。
「……よかった」
そんなアキラの言葉に返ってきたのは、短く。
それでも本心から安堵したような小さな呟きだけ。
何も良い訳なんてないだろ、なんて叫び出したい気持ちを必死で抑え、シオリを助けるべく動き出そうとするアキラであったが――
『……無理よ。その身体で何が出来るの』
アキラの機微を察したアルファから無情な。
けれど確かな現実が突き付けられる。
『猶予自体はあるわ。後一時間以内に毒を除去出来る特殊な回復薬を投与出来れば助ける事が出来るでしょうね。けど逆に言えば物がなければどうしようもないのよ』
それはアキラがカツヤの部隊に渡した物。
あまりに限定的な効能な為に需要が薄く市場にあまり出回らず、カツラギに特別に取り寄せてもらって何とか手に入れた品物であり。
仮にアキラが万全の状態であったとしても、今から一時間以内に手に入れられる可能性は極めて薄いだろう。
「……アキラ様。最後に頼みたい事があります」
絶望に押し潰されそうになったアキラの耳にシオリの声が響く。
「なんだ、シオリ。何でも言ってくれ」
シオリの救助を諦めた訳ではない。
それでも本当に最期の言葉になる可能性は高く、一文字たりとも聞き逃してはならないと倒れたシオリに耳を近付け言葉を待つ。
「お嬢様に、申し訳ありませんでした、と伝えて頂けませんか?」
はたして。
アキラの耳に届いてきたのはレイナへの言伝であった。
(ああ、そうだよな。シオリの誰よりも大事な相手なんて、レイナ以外に居る訳ないよな……)
死を確信してシオリが言葉を遺したのは自分ではなく、レイナであった。
その事にショックがないと言えば噓になる。
けれど、それ以上に納得の方が強くて。
「解った。必ず伝える」
「…………」
色々な感情が一瞬で込み上げる中、それらを全て押し殺しアキラは短く了承の言葉だけを返すと――
安心したようにシオリは目を閉じた。
まだ生きてはいるが、時間はない。
『アキラ、何する気?』
『遺跡に行く。遺物を漁れば回復薬が出てくるかもしれない』
シオリは命を捨ててでも、自分を守ってくれた。
自分なんかより大事な人が居るのに。
それでも自分の為に命を投げ出してくれたのだ。
それなら自分だって命を捨てる事になっても、それに応えなければならない。
『やめなさい! 回復薬が効いているだけでアキラだって安静にしてなければ命に関わる状態なのよ! それにモンスターに襲われたら、どうやって――』
アルファの静止の声が続いているが、そんな言葉だけではアキラを止める事は出来なかった。
もはや真面に動かす事さえ出来ない足を引き摺り進んでいくが――
疲労の限界を超えている上に、両腕を失いバランスが狂った身体では真面に歩ける筈もない。
(ちくしょう。結局、俺はスラムの時から変わらない何も出来ないガキのままかよ……)
アルファの力でここまで成り上がり。
助けたかった筈の相手を犠牲にする事しか出来ない。
自分一人じゃあ何も出来ない無力な子どものままだったと心が折れそうになった瞬間――
「何が必要ですか?」
誰かがアキラを抱き留め、そんな言葉を囁いてくる。
視界は霞み意識だって朧気。
その誰かを確認する余裕さえなくて。
「回復薬……」
もしそれが自分を止めようとする声だったならば、アキラは邪魔をするなと気力を振り絞り更に無茶をしていたかもしれない。
けれど自分を邪魔するでもなければ、敵意も感じない声に身体は反応せず。
ただ疲れ果て朦朧とした頭が無造作に質問に返答していく。
「特殊な物なんですね? 型番等は解かりますか?」
「カツラギに取り寄せてもらったから――」
「解かりました。後は私達に任せて休んで下さい」
聞き慣れない言葉を耳にした気がした。
その言葉の意味を考える余力も、理解する気力も今のアキラにはなかったが――
――私はアキラがいてくれれば物凄く安心します。
二大徒党との戦いの後にシェリルに慰められた時の事が一瞬頭を過った途端、そこでアキラは意識を失った。