中立から内側へ 健全版 作:シオリスキー
慌て者は損をする
「アキラ! 目が覚めたのね!」
病院のベッドで目を覚ましたアキラが最初に目をしたのは、驚きと安堵を入り混ぜた表情をしたレイナであった。
感情のままに勢いよく詰め寄ってくるが――
「お嬢、まだ目覚めたばかりっすよ」
それをカナエが静かに窘めた。
先走りしがちな主を従者が止める。
それは当たり前の光景のように見えて、この二人に関しては違和感が強い。
「……シオリは?」
レイナを止める役目は、もう一人の従者の筈。
アキラは辺りを見渡す事もせず、それでもある種の覚悟を持ってレイナからの返答を待つ。
「残念だけど――」
「そうか……」
短く告げられた言葉を遮るように声が漏れる。
驚きはない。
ある程度の予想はしていたし、そうだろうなとは思っていた。
「お嬢、その言い方は……」
「あ、ええ、そうね。まずシオリだけど――」
「それよりどうしてレイナが? 大体こういう状況だと都市の職員が最初に来る事が多いんだけど……」
だからこそ、自分の前にレイナが居る事が気になる。
こういう状況の場合、一番最初にやってくるのはアキラを無理無茶無謀の体現者だなんて決め付けている、あの男の筈だから。
「えーとね。本当は都市側としては今回の件は、都市の指示を受けてアキラがモンスターを討伐したって話にしたかったそうなの。けど都市の職員のえっと……」
「キバヤシっす」
「そのキバヤシって人がね。勝手にそんな事をしたらアキラは間違いなく激怒する。交渉を円滑に進めたいなら、まずはアイツが助けようとした女の身内に話を通すのが筋だって言って私達に話を持ってきてくれたの」
そこからレイナはカナエに補助されながら、状況を説明していく。
都市側としてはシオリの身内であるレイナ達とアキラ本人が了承するのであれば、今回の戦いは全て、都市からの指示を受けてアキラが行ったという事にしてほしいという打診があり――
この提案を受け入れてくれるなら、アキラの治療費は全て都市が出す上に、膨大な報酬をアキラに払うし、レイナ達にも便宜を図ると言われている事。
だが、レイナとしてはアキラに問題がないのであれば治療費は全部レイナが負担するし、報酬もレイナの方で支払いたいと思っていると告げられた。
「都市と揉める事になったりしないのか?」
「その辺は色々あるらしいわ。今回の件は本当に色々大変な状況になっているらしくて、もう個人を口止めすれば終わりとかそういう次元じゃないらしいの。だからとにかくアキラの意志が最優先だそうよ」
アキラは知らなかったが、今回の騒動は既に都市中に知れ渡っている。
おまけにヴィオラがアキラと黒狼との戦いの動画を流した影響で、アキラが誰よりも早く、それも単独で事態の解決に動いていた事さえ有力者やハンター達には周知の事実となってしまっており――
下手に都市がアキラは今回の騒動に関わってなかったなんて今更揉み消そうものなら、自分達は何もしなかった癖に死に物狂いで戦ったハンターから功績だけ奪い取ったと誰もが思うだろう。
それは都市側としても絶対に避けなければならない事態であった。
「わざわざレイナが金を払いたいってのは、どういう理由だ? 知ってると思うけど、治療費だけでも凄く高い筈だぞ? 都市に任せておけば、そんな金払わなくて済むんだろう?」
そこまでの話はアキラにだって納得出来た。
そして、これが凄く良い話である事くらい解かる。
だからこそ、逆にアキラの捻くれた思想は自分が何か騙されているのではないかと、疑いの念を走らせた。
「シオリは私の大切な従者よ。それを助けてくれた大恩人に少しでも報いたいとは思うのは、そんなに変な話?」
「まあ額が額だろうしな……」
「確かに都市に任せれば私は一オーラムも払わなくて済むだけじゃなくて、モンスター討伐の功績さえ多めに認めてくれるんでしょうね。けど私にだって意地があるの」
「意地?」
「シオリには迷惑を掛けてばかりだし、とても主としての役目を果たせているとは言えない立場だって解ってる。それでも私はシオリの主なの。自分の従者を命懸けで助けに行ってくれた恩人を得するからって都市に売り渡すような事なんてしたくない。いいえ、それこそ都市と敵対する事になったって、それだけは譲れないの」
「なるほど」
損得ではなく、レイナの誇りの問題であり――
それならばアキラにだって納得出来た。
「……その、別に報酬目当てでシオリを助けてくれたなんて思ってる訳じゃないからね? 命懸けで頑張ってくれたのに金で全部済まそうと思ってる訳じゃなくて、治療費と報酬は義理と筋の問題で。私じゃ大した力になんてなれないでしょうけど、今後困る事があったら何でも気にせず連絡してほしいというか――」
「お嬢、余計何か企んでるみたいっす」
自分の言葉だけで本当にアキラに納得してもらえているか自信がないのだろう。
並べれば並べるだけ胡散臭さが増していく言葉をカナエが止める。
「……そうだ。シオリから伝言を預かってる」
その見慣れない光景に、もうシオリは居ないのだという実感が湧くと同時に。
伝言の事を思い出したアキラであったが――
「聞いたわ。別に謝られるような事じゃないっていうのに、シオリらしいというか……」
続きを言葉にするよりも早く。
レイナの口から伝言を確認している旨が告げられる。
「そうか。それでも伝えておく。申し訳ありません、だそうだ」
あの場に居たのはアキラだけではない。
きっと聞いていたハンターがレイナに伝えたのだろうとは思うが、それでも約束は約束だ。
そのけじめを着けたともいえる言葉に、ある種の別れのようなものを感じるアキラであったが――
「あのね、アキ――」
その態度に何かを感じて、レイナがある事を告げようとした瞬間だった。
そこでコンコンと扉を叩く音がする。
「時間みたいっすね」
あくまでシオリの身内であるレイナ達に話を通すのが筋ではあるが、それでも都市としては早急に色々な処理を進めなければならない。
だから手短に話を済ませないといけなかったらしい。
「えっと、その――」
「決められた時間内に必要な事を伝えられなかったのは、お嬢の落ち度っすよ。これを教訓に、次回以降、似たような事があった時は失敗しないようにするっす」
急かされているのに無理に部屋に留まると、さすがに問題があるのだろう。
何か言いたげにするレイナの背中を押し、無理やりレイナを扉の外へと押し出していく。
「アキラ少年」
レイナを扉の向こうへと追いやったカナエはそこで足を止めて、アキラの方に身体を向けたかと思うと――
「この度は同僚を助けに向かって頂き、心からの感謝を申し上げます。あなたの勇気と献身に心からの敬意を」
普段のカナエからは掛け離れた丁寧な言葉遣いで礼の言葉を述べたかと思うと、瀟洒な仕草で優雅に一礼してみせる。
そこにはメイド服を着ているだけの戦闘狂な女の姿はなく、服装に負けない品位を備えた従者の姿だけがあった。
「主が伝えきれなかった以上、従者という立場の私から言えるのはここまでっす。ま、変に気落ちしない事っすよ」
あまりに普段と違い過ぎるカナエの態度に、驚き何も言えないアキラを尻目に。
いつものように軽い態度で、けれども心底楽しそうにカナエは笑う。
「ま、本当に感謝してるっすよ。礼儀なんて私の担当じゃないなんて思っている私が、慣れない言葉や作法を練習してまで御礼を伝えようと思うくらいには」
そうして頼りない主の補助をするのは大変だとでも言いたげに、今度は冗談と揶揄い混じりの笑みを浮かべ、カナエも部屋を出て行く。
『アキラ、一つ言わせてもらうわ』
そこで今になってアルファから声が掛かる。
おそらく普段と違い起きた瞬間すぐ傍にレイナ達が居たから、自分が話し掛けてアキラが余計な反応をしないように黙っていたのだろう。
アキラもその辺を察し、ただアルファの次の言葉を待つ。
『昔、シジマって男にも注意されてたけど、話は最後まで聞いた方がいいわよ。要らない誤解や早とちりをする可能性が増えるわ』
『ああ、解かった』
わざわざアルファが注意してくる以上、これから始まる都市側との交渉は落ち着いて話を聞かないと逆に面倒になる類の話なのだろう。
アキラは長話でも遮らずに全て聞いてから話を進めていこうと、覚悟を決めるが――
『……ちゃんと私は忠告したわよ』
そんなアキラの姿に。
アルファは何も解っていないとばかりに溜息を吐いたのであった。