9月末
屋久島鎮守府
軽やかな木漏れ日が差し掛かる朝。屋久島鎮守府の屋外運動場で白の練習着を着た一人の男性が走っている。
彼は太平洋戦争時で活躍した第三○一航空隊の隊長、”菅野直”だ。どうやら朝から体力づくりのために走り込みをしているようだ。
「はぁ、はぁ…」
走り込みが終わり、息を切らしながら菅野は運動場のベンチに座り込む。早朝から走り込みをしていたため、かなり疲れが出てきた。
「そろそろ2時間経つな…。朝飯食いに食堂にでもいくか。」
菅野はベンチから立ち上がると、そのまま屋久島鎮守府本庁舎へと入っていった。
庁舎に入ってからしばらくすると、廊下で笠井に会った。
「おお、笠井か。おはよう。」
「菅野隊長、おはようございます!」
笠井が挨拶をし、頭を下げる。
「今日も頑張るぞ。最近は深海棲艦の奴らもそう簡単に出てこねぇけどよ、油断するわけにはいかねぇからな。」
菅野が提督として屋久島鎮守府に着任してから深海棲艦は自ら前線に出て戦う菅野(しかもめちゃくちゃ強い)に恐れをなし、屋久島鎮守府近海では戦艦級ですらなかなか顔を出さなくなっていた。
「そうですね。いくら敵が攻めてこなくても、油断はできませんからね。」
「そうだ。ミッドウェーの時みてぇにはなりたくねぇからな。」
二人はそう会話をしながら廊下を歩いている。
「そういえば笠井も朝飯はまだなのか?」
「はい。先程まで部屋で懸垂をしていたので。隊長もこれからですか?」
「ああ。それじゃあ一緒に食うか。」
「はい。」
話しながら歩き、二人は食堂に到着した。早速菅野はトースターに食パンを放り込み、笠井は炊きたてのご飯を茶碗へよそう。そして菅野はトーストを焼いている間に卵を割り、フライパンで炒める。笠井はお湯を沸かし、海苔を細く切る。
トーストが焼き上がると、菅野はトーストに焼き上がったばかりの目玉焼きをのせる。笠井はお湯が沸くと、ご飯に海苔と鮭をのせてお湯を注ぐ。そして笠井は二つのカップにインスタントコーヒーを入れ、お湯を注ぐ。
これで二人の朝食は完成した。二人は隣り合って手を合わせる。「いただきます」と言い、二人は朝食を口に放り込んでいく。
「隊長、そういえば海外艦の皆さんとはうまくやってるんですか?」
「ヴフォ!?」
笠井がそう問いかけた途端、菅野はすすっていたコーヒーを派手に吹き出した。そして咳き込む。
「たっ、隊長!?大丈夫ですか!?」
「ゲホゲホっ!!…ああ、大丈夫だ。き、急にどうしたんだ?」
菅野がハンカチで口元を拭くと笠井に問い返す。それに笠井は答える。
「あれから上手くいってるのかなぁ、と思いまして…。余計でしたか…?」
「いや、まぁ上手くはいってる、のか?」
菅野がここ最近のことを振り返る。ジャベリンとサラトガ。ここのところ二人を交互に秘書艦にして仕事をしているが、仕事程度の会話ぐらいしかできていない。廊下で出会っても会釈をする程度だ。
「壊滅的ですね…。」
「しょうがねぇだろ!年頃の少女なんかとの付き合い方なんかわかんねぇよ!」
菅野がテーブルを叩いて抗議する。それに笠井は苦笑いしながら口を開く。
「でしたら僕に任せてください。」
笠井をそう言いながら、コーヒーをすすった。
「紫電改で僕と模擬空戦をしませんか?」
笠井の突然の提案に菅野は少々呆気にとられる。確かにここに来る前は何度も笠井と模擬空戦をしてきたが、菅野が提督として着任してからはまだ一度もしていない。
「模擬空戦、か?」
「はい。僕たちの訓練風景を艦娘の皆さんにみてもらうのはどうですか?僕の久しぶりに隊長と訓練をしてみたいんです。」
それには菅野も納得する。確かに模擬空戦を行うことで士気の向上にもつながる。もしかしたらあの二人と何かを話せるきっかけになるかもしれない。
「そうだな。腕鳴らし程度にやってみるか。じゃあ今日のヒトマルマルマルに飛行場に集合だ。」
「わかりました。艦娘の皆さんにも伝えときますね。」
数時間後
菅野と笠井は飛行服に着替え、飛行場へと向かった。飛行場には二機の紫電改が駐められていた。綺麗に整備されており準備万端だ。菅野と笠井は見事な仕事っぷりにいつも感激している。そこへ話を聞きつけた整備兵たちが近寄ってきた。
「模擬空戦をするとお聞きしました。実は我々、空戦をみたことが無いんです。楽しみです!」
「ああ、そうか。じゃあじっくり目に焼き付けてくれよな。」
菅野がそう返すと、紫電改へと乗り込んでいった。笠井も同じように紫電改に乗り込んでいく。そして紫電改のエンジンをかける。プロペラが軽快に回りだす。
「エンジンの回転数は正常。燃料も一杯。模擬機銃弾搭載確認。これでよし。」
菅野は紫電改を少しずつ動かし飛行場の滑走路へと向かう。飛行場の滑走路へと到着すると、フラップを確認した。しっかり上下に動いている。
これで飛行前点検は終了した。あとは離陸するだけだ。
「こちら菅野。A15号、発進する!!」
そう言うと菅野はスロットルレバーを上げる。紫電改は少しずつ動き出し、やがて高速で滑走路を駆け出した。菅野はスロットルレバーをある程度まで上げ、操縦桿を引く。すると紫電改はスピードに乗りながら空へと飛び立った。笠井も同じように滑走路へ出た後、離陸して大空へと飛び立った。
屋久島鎮守府の埠頭では、艦娘たちが全員集合していた。これから一体何が始まるのか口々に話している。
「笠井さんに埠頭に集合してほしいと言われたのですが、一体何が始まるのです?」
電が疑問を口にする。暁と響も同じようだ。瑞鶴も顎に手を当てて考えている。
「あの提督さんのことだからきっとすごいことをするんでしょうね。もしかしたら爆撃とか。」
瑞鶴がそう言う。そこへ大淀が口を開く。
「でも標的のようなものは確認できませんね。私にも言ってくれなかったので分かりませんね。」
大淀たちの会話を聞いてサラトガとジャベリンも一体菅野が何をするのかわからないようだ。その時、艦娘たちの上空を轟音を轟かせて二機の紫電改が通過した。
「紫電改!?」
全員が空を見上げる。すると二機の紫電改はまるでひとつの円を描くように二機で旋回を始めた。それをみてサラトガがつぶやいた。
「ドックファイト…。」
その言葉にサラトガと同じ空母である瑞鶴が反応した。
「模擬空戦。ですか?」
「へぇ〜。司令官もすごいことするもんだね。」
響が感心したようにつぶやいた。
上空では二機の紫電改がお互いの背後を取ろうと旋回を続けていた。旋回を続けるたびに凄まじい重力が体にかかってくる。二人は凄まじい加速度Gに耐えながら旋回を続ける。
すると突然、菅野の紫電改が旋回をやめた。笠井はそれをみると「今だ!!」とばかりに機銃を掃射する。機銃弾は模擬弾なので撃墜することはできない為、安全性が高い。そのため今回の模擬空戦では制限時間以内で相手にできるだけ多くの弾痕を付けたほうが勝者となる。
菅野の紫電改は笠井が放った機銃弾を左に急旋回することで難なくかわす。笠井はこのまま逃がすものかと追いかけ機銃を放つ。
「腕を上げたな、笠井。」
菅野は操縦席で満足そうな笑みを浮かべた。そして菅野も反撃を開始する。スロットを下げやや失速状態にすると、機首を上に上げ笠井機をわざと追い越させた。
「!?何っ!!」
笠井は驚愕して後ろを振り向く。そこには菅野の紫電改が迫っていた。先ほどとは形勢が逆転している。今度は笠井が逃げる番となった。
「おお〜。すごい…」
埠頭では大淀たちがその見事な菅野の空戦技術に見とれていた。サラトガとジャベリンも食い入るように見つめている。
追いかけられる番となった笠井は菅野機から逃れるべく、急降下を開始した。菅野もそれを見て追跡する。笠井機を照準器に捉えて機銃を放つ。だが機銃弾は笠井機の上方に流れていき、一発も当たらない。
「さすが笠井。しっかり射線をずらしているな。」
機銃は敵を射線に捉えて射撃しなければいくら撃とうが当たらない。笠井はそれを利用して回避を行っていたのだ。そしてそのまま急旋回をし、再び旋回戦に持ち込む。
はずだったが、なんと菅野機が突然前に飛び出てきたのだ。
「なっ!?」
この奇怪な行動には埠頭で見学していた大淀たちも驚く。
「なんで前出ちゃったの?これじゃあ撃墜してって言ってるようなものじゃん!」
瑞鶴が思わずそう口にする。すると同じことを思ったのかサラトガも口を開いた。
「そうよ!なんでそんな自殺行為を…。」
空母艦娘からしてみれば敵機の眼の前に出ることはまさしく撃ち落としてくれと言っているようなものだ。
笠井は驚きながらも菅野機を照準器内に捉えた。このまま斉射すれば撃墜判定となる。笠井が機銃のレバーを引いた瞬間。
菅野機が左に捻りこむように旋回し、そのまま笠井の眼の前から姿を消した。笠井は驚きのあまり目を見開いた。
「っ!?隊長が消えた!?右にも左にもいない!!下にもいない!!どこに…」
笠井は焦りながらあらゆる方向を確認する。しかし菅野機はどこにも見当たらない。すると笠井はとある飛行技術を思い出した。
「まさか…。”左捻り込み”!!」
左捻り込み。それは名前の通り左に捻るように旋回し、敵機の前方から後方に付く技だ。しかし日本海軍最高の秘術と言われており、それなりの実戦経験を持つ笠井ですらこの技は真似できない。なぜならこの技をできるのは日本海軍でも一握りだけだからだ。
笠井が恐る恐る後ろを振り向く。そこには…、
黄色の指揮官識別帯が描かれた菅野機が笠井機の後ろにぴったりと張り付いていた…。
「あ、ああ…」
完全に勝負ありだった。笠井が負けを認めて翼を上下に振ると、菅野も翼を上下に降って応じた。そして二機は綺麗に編隊を組み直すと、埠頭に沿って低空飛行をする。そして風防を開くと、菅野と笠井が艦娘たちに手を降った。そしてそのまま飛行場に向かって飛び去っていった。
二機の紫電改が過ぎ去った後に、大淀たちは素晴らしい空戦技術を目にして興奮していた。
「すごい!!さっきの見ました!?」
「見た見た!!どうやったんですかアレ!?」
大淀とサラトガが興奮冷めやらぬ様子で声を上げている。瑞鶴も興奮した様子で答える。
「左捻り込み!!提督さんそんな難しい技を簡単に…!!すごすぎるわよ!!」
大淀たちの興奮はしばらく冷めなかった。
飛行場に着いた菅野は紫電改から降りると、笠井が駆け寄ってきた。
「参りました。さすが隊長ですね。」
「いや笠井、お前も以前に比べて無駄な動きが少なくなったな。いいと思うぞ。だがな、くれぐれも油断はするなよ。敵機はいつも予測不能な動きをすることが多いからな。」
「はい。わかりました。今日はありがとうございました!!」
笠井は菅野に向かって大きく一礼する。それに菅野も「俺も方からもありがとな」と返して鎮守府に向かって歩き出した。
翌日。屋久島鎮守府の食堂は少し騒がしくなっていた。基本的に屋久島鎮守府は静かなのだが、今日に限っては違った。
「なんだぁバカヤロウ!!頭痛ぇんだよコノヤロウ!!」
いつもは温厚なはずの菅野が怒号を上げて笠井に掴みかかっているからだ。それを大淀が発見し必死に引き止める。
「か、菅野さん!!落ち着いてください!!どっ、どうしたんですか!?」
「あっ、大淀さん…。僕は大丈夫です。気にしないでください。」
「全然大丈夫そうにみえませんよ!?」
菅野に掴まれている笠井は苦笑いを浮かべながら大淀に説明を始める。
「実は昨日、隊長お酒を飲んでいたみたいで…。それに空戦をした次の日は決まってこうなるんですよ…。」
どうやら菅野は酒を飲んで今だに悪酔いしているようだ。まだ笠井から手を離さないで怒号を上げている。
「そ、そうなんですか…。」
「しばらくすれば治るので大したことではないんです…」
「笠井ッ!!ぺちゃくちゃ喋ってんじゃねぇバカヤロウ!!とっとと仕事するぞコノヤロウ!!」
菅野は怒号を上げたまま笠井を引きずって執務室へと向かっていった。それを大淀は呆れ気味で眺めていた。
しばらくしても菅野の酔いは覚めることはなく、罵倒され、掴まれ、蹴られ、あっという間に正午を回ってしまった。
「終わったぞコノヤロウ!!俺は外で愛機の整備状況をみてくるぞバカヤロウ!!」
そう言い残し菅野は執務室を後にした。大淀と笠井はため息をつく。まさかこんなに菅野が荒れるとは思わなかったのだ。
「笠井さん、あれ本当に治るんですか…?」
「どうでしょうかね…」
どうやら笠井も同じように思ったようだ。やはり”デストロイヤー菅野”の扱いは笠井でも難しいようだ。
屋久島鎮守府 裏庭
「はぁ〜。隊長は本当に悪酔いすると厄介ですよ…。」
笠井は気分転換に裏庭を散歩していた。デストロイヤーと化した菅野を止めるのは一筋縄でいかない為、かなり疲れが溜まる。
すると何やら話し声が聞こえてきた。なにやら言い合っているようだ。笠井が身を潜めながら声のする方に近づく。
「それはどういうことよ!?」
「どういうことって、そのまんまだよ。」
笠井が壁から少し身を乗り出し、顔をだすとそこにはジャベリンと右肩に「憲兵」と書かれた腕章をしている男性が三人いた。
「(あの腕章、陸軍の憲兵か…。)」
笠井は憲兵だと思うな否や、嫌そうな表情を浮かべた。転生前、元いた飛行隊で陸軍の憲兵といざこざを起こしたことがあるのだ。
「(様子を見ていたほうがいいかな…。)」
笠井がそう思った時、中央にいる憲兵の上官らしき男が口を開いた。
「あの男は提督にふさわしくねぇって言ってんだよ。」
「(!?)」
その言葉に笠井は聞き耳を立てた。あの提督とは、間違いなく菅野のことだ。
「Admiralがあなた達になにかしたわけ!?」
「そういうことじゃねぇ。俺達は日々国のために戦ってんだよ。なのにあの提督はなんだよ?お前たち艦娘をロクに出撃させずに執務ばっか。おかげでここ周辺の深海棲艦の増殖が確認されてるんだよ。」
「だからってAdmiralのせいにするわけ!?」
ジャベリンが上官に反論する。すると今度は脇の部下の憲兵が口を開く。
「うるせぇえな。”兵器”の分際で口出しするんじゃねぇ!」
兵器。この言葉に笠井は思わず憲兵たちの前に飛び出した。突然自分たちの前に出てきた笠井に憲兵たちは少しばかり驚いたものの笠井を睨みつけた。
「何だてめぇは。」
「今の言葉、取り消してください。」
笠井がはっきりとした眼差しを憲兵の上官に向ける。それに憲兵が呆れた表情で言い放つ。
「取り消せ?なんでそんなことしなきゃならねぇんだよ。お前もわかってるだろ。こいつら艦娘はな、国を守るために造られたただの兵器だ。俺達に口出しなんかできる分際じゃねぇんだよ。」
冷酷な言葉を上官は次々と投げかけてくる。そしてジャベリンの方を向いてその一言を投げかけた。
「ただの使い捨ての道具何だからよぉ…」
その一言で笠井の視界は真っ暗になった。
「艦娘は兵器じゃない。道具でもない。同じ人間だ。」
気づいた時には地面に仰向けで鼻から血を流して昏倒している上官と、慌てふためく部下たち、そして拳を握りしめて立っている自分がいた。
何が起きたか笠井はすぐに理解した。自分が上官の顔面を殴ってしまったのだ。部下が怒りと驚愕が入り混じった表情で笠井を責め立てる。
「おっ、お前ッ!!こんなことしてどうなるか分かってるのかッ!?これは大問題だぞッ!!」
「陸軍省に報告だぞ!!」
部下たちが気絶した上官を抱え込むと、いそいそとその場を後にした。笠井はその場に突っ立っていた。
「(やってしまった…。しかもまた…)」
我に返った笠井は焦った。憲兵の上官を殴ってしまった。それもまた。報告するとまで言われた。
「これじゃあまた隊長に迷惑がかかってしまう…!!どうすれば…」
頭を抱えて悲観している笠井にジャベリンが近づき、声をかけた。
「あの、えっと…」
そう言いジャベリンは少し考えた後に、はっきりと言った。
「Thank you。助けてくれて。…ああ言ってくれて嬉しかったわ…。」
そう言い残すと、呆気にとられた笠井を残して鎮守府の中に入っていった。ジャベリンが去ると、笠井は閉じたままの拳をじっと凝視していた。
それから屋久島陸軍憲兵隊本部から憲兵隊長が来るのにそう時間はかからなかった。執務室に部下を連れてズカズカ入り込んできた憲兵隊長に菅野が笠井をかばうように立っていた。
「一体憲兵がなんの用だ?」
菅野は憲兵隊長を睨みつけながら言った。隊長も菅野の顔を睨みつけながら口を開いた。
「貴様の部下がうちの部下に危害を加えたと陸軍省から連絡があった。我々の要求は一つだ。その部下を我々に差し出せ。」
その恐ろしい圧力に大淀と笠井は怯んで丸くなっている。しかし菅野は変わらず笠井を守るように立っており、一歩も動かない。しびれを切らした憲兵が怒鳴り声を上げる。
「早くしろッ!!我々にその不届き者を」
「うるせぇ。」
「ッ!?」
怒鳴り声を上げた憲兵に菅野が吐き捨てるようにつぶやく。
「貴様、命令に背くのか!!これは上層部の判断だぞッ!!」
「黙ってろ腰抜けがバカヤロウ。俺の部下は誰も渡さねぇ。」
菅野はギラつけせた目で憲兵たちを睨みながら吐き捨てる。その迫力に憲兵たちは一斉に怯む。隊長も負けじと言葉を返す。
「ならば貴様も同じ処分を受けることになるぞ。それに下手をしたらここにいる艦娘たちも解体処分は免れんぞ。」
それに大淀たちが過剰に反応する。それには菅野も気づいた。
「まぁ、我々陸軍からしたら艦娘がどうなろうと知ったことではないが。国を守るためだけに造られた兵器だからな。」
この一言が、菅野の逆鱗に触れた。
次の瞬間、菅野は隊長の腹に突然強烈な蹴りを決めた。蹴り飛ばされた隊長は執務室のドアに叩きつけられる。この光景を目撃し、憲兵のみならず大淀も笠井も驚愕した。
さらに菅野はドアに叩きつけられむせこんでいる隊長の襟首を掴むと、恐ろしい形相で怒鳴り始めた。
「テメェ…。こちとら死にたくなくても死ぬことしかできなかった奴を何人もみてきてんだよォ!!!ふざけんじゃねぇよ馬鹿野郎!!!…なんで若くて希望もあったあいつらが死んで、お前ら見てぇなクソが生きてるんだよォ!!!」
今にも泣きそうな表情の隊長に菅野が吐き捨てるように言った。
「命を大事にしねぇ奴は、全員ブッ殺す!!!!」
そのまま菅野は隊長を突き放し、隊長は再びドアに叩きつけられた。憲兵たちはその様子を見て、恐怖を感じる。
そして菅野は憲兵たちの方を向くと言い放った。
「おめぇらも同じようにされてぇか?」
鬼のような形相に憲兵たちは叫びながら我先にと執務室から飛び出ていった。隊長も這々の体で執務室から逃げるように出ていった。
「…結局同じなのかよ。昔も、今も。」
菅野はそうつぶやくと、自身も執務室から出ていった。
屋久島飛行場
菅野は寝そべり、夜空を見上げていた。一つの流れ星が流れた。それと同時に菅野の目に涙が流れた。
菅野も守りたくても守れないものがあった。特攻に行く若い少年たちは死ぬ間際も泣き言一つ言わなかった。
「菅野隊長が護衛してくださるなら安心です。」
彼らはそう言って皆、菅野の目の前で死んでいった。
平和になった世界でも、裏ではこのような自体が起きていたことに菅野は苛立った。
「なんで国や俺達を守ってくれてる艦娘にそんなことが言えるんだ…!」
菅野は拳を握りしめた。きっと他にも同じようなことをしている人間がいると思うと非常に腹がたった。
すると誰かが菅野の顔を覗き込んだ。
「提督?大丈夫ですか?」
「…確か、サラトガだったか。」
菅野はそう言いながら起き上がった。サラトガが嬉しそうに口を開いた。
「提督、名前覚えててくださってたんですね。」
「当たり前だ。提督なんだから艦娘の名前ぐらい覚えられる。」
星を眺めながら二人は横に並んで座る。さざ波の音が静かな夜にこだましていた。
「あの、先程はありがとうございました。」
「?なんのことだ。」
「いえ、私達艦娘のためにあそこまで怒ってくれたことです。大淀さんから聞きました。」
「別に。俺は命を大事にしないやつが嫌いなだけだ。」
菅野はそう言って立ち上がった。するとなにかを思い出したように、つぶやいた。
「あとは、艦娘のお前たちが大事だからだよ。」
その時サラトガは初めて見た。菅野の笑顔を。それはとても明るく、温かいものだった。
屋久島のどこか
一人の中年の男性が草をかき分けていた。海軍の第一種軍装を身にまとっている。その後ろを一人の少女が歩いていた。少女は体の至る所が傷ついており、手にした弓もボロボロになっている。
「多聞丸ぅ〜。ここどこなのぉ〜。」
「大丈夫だ飛龍。明かりが見えたから無人島ではない。誰か人がいるはずだ。それで助けを呼ぼう。」
彼、大日本帝国海軍少将、”山口多聞”は艦娘の飛龍とともに、屋久島鎮守府に近づきつつあった。
〜模擬空戦・絆編 完〜
屋久島鎮守府に二航戦司令官が…!!
菅野さんといったらやっぱり「バカヤロウコノヤロウ」が口癖なので採用してみました!