屋久島鎮守府 飛行場
元三四三空所属、三○一空隊長「菅野直」は、飛行場近くの小高い丘でアメリカ空母艦娘サラトガと夜空を見上げていた。
憲兵とのいざこざの後、菅野はすっかりサラトガと打ち解けあったようだ。お互いに笑い合っていた。
「ふふふ、提督はとてもお優しいんですね。」
「そんなことねぇよ。命を大事にしないやつが嫌いなだけだ。」
菅野は夜空を見上げながら、そう言った。空には満点の星が輝いていた。
その頃、屋久島鎮守府の庁舎では大淀が頭を抱えていた。菅野が陸軍の憲兵を蹴り飛ばし、暴行を加えたからだ。それも自分たちのためにだ。
「どっ、どうしましょう!菅野さんがあんなことをするなんて…!このままじゃ海軍省に報告されてしまいますぅ…!」
「大淀さん、おっ、落ち着いてください!とにかく海軍省から何かが来たらその時は僕と隊長で対応しますので…」
そう言っている笠井もかなり動揺している。菅野の性格は一番分かっているはずだったが、ここまでの騒ぎになるとは思わなかったのだ。
実際、菅野は仲間のためには誰だろうと容赦しない。なので以前もこのようなことがよくあった。それにこの時代、暴力は当然犯罪行為として取り扱われる。菅野が裁かれるのも時間の問題だろう。
しかしこれには相手の憲兵にも非はある。何とかして誤解を解かなけらばならない。
「とりあえず僕が海軍省に連絡してみます!!」
笠井はそう言うと執務室から出ていった。電信室なら正面玄関の近くだ。笠井は早足で階段を下り、電信室まであと少し。と言うところでインターホンがなった。
「!?」
思わず笠井は立ち止った。流石に憲兵なわけではないはずだ。それなのに冷や汗が体から滴った。
「笠井さん?どうしたんの?」
「うおっ!?」
いきなり話しかけられて笠井は飛び上がる。それに声の主の瑞鶴が驚く。
「びっくりした…。どうしたのそんなに慌てて。」
「なっ、なんだ…。瑞鶴さんか…。いや、誰かが来たから出ようと思って…」
そう言いながら笠井はドアに手をかけた。ガチャ、と音がし扉が開く。するとそこには中年の男性が立っていた。
「夜分遅くにすまない。ここがどこだか知っていますか?」
笠井は男性の姿を軽く見てみた。海軍の第一種軍装を身にまとっている。どうやら海軍の人間のようだ。しかし、肩の階級章を見て笠井はまた飛び上がりそうになった。その階級章が「少将」を示す階級章だったからだ。
「ま、まぁ立ち話もなんですし中へどうぞ。」
「いや、大丈夫だよ。道がわかれば私たちでどうにかでききるよ。」
「いや、今日はもう暗いので中へどうぞ!お疲れでしょうし。隊長もまもなく帰ってくるので。」
そう言いつつ笠井は男性を中へ招き入れた。すると男性は振り返り、外に向かって声をかけた。
「飛龍!早くおいで!」
するとボロボロの姿で弓を手にした少女が現れた。それに笠井と後ろいにた瑞鶴は驚く。
「艦娘…!?」
笠井がそう言うと、少女は敬礼をしながら言った。
「はい、航空母艦飛龍です!」
笠井たちが声を失っていると、男性が答える。
「不思議なことに彼女は私が乗っていた航空母艦飛龍だと言うのだ。だが妙なことに私もそんな気がするんだ。」
「飛龍に乗っていた?では、あなたは…」
笠井がそう言うと、男性は「申し遅れたね」と帽子を被り直し、敬礼をしながら口を開いた。
「日本海軍第二航空戦隊司令、山口多聞だ。」
「なぁサラトガ。笠井たちが心配してそうだからそろそろ戻るか」
「そうですね提督。そろそろ戻りましょう。」
菅野とサラトガはようやく立ち上がると、鎮守府に向けて歩き始めた。歩いている途中も夜空には星が輝いていた。やがて鎮守府が見え、菅野とサラトガは中に入る。すると、「提督さん!」と息を切らして瑞鶴が走ってきた。
「どうしたんだ瑞鶴。そんなに慌てて。」
「たっ、大変なのよ!」
「もしかして、憲兵がまた来たんですか?」
「そ、そうじゃなくて!とりあえず来て!」
そう言われ菅野は瑞鶴に手を引かれて走る。サラトガもわけがわからずついていく。執務室の前で停まると、瑞鶴は「瑞鶴です」と名乗りを上げる。すると笠井が飛び出し、菅野に飛びつく。
「たっ、隊長!!大変です!」
「だからどうしたんだよ!?大変なのは瑞鶴からも聞いてるわ。」
呆れ気味で菅野は答えるが、笠井は真っ青な顔を続けたまま続ける。
「信じがたいですが、第二航空戦隊の司令官を名乗る男性が来たんですよ。階級は少将ですし一人の艦娘を連れてました間違いありません!」
それに菅野は驚き、扉を開けて中に入った。するとそこには一人の男性が座っていた。男性は菅野の方を振り返ると、静かに言った。
「君がこの鎮守府の提督か?…はじめましてだね、菅野直大尉。」
男性は立ち上がり、菅野に向き合う。
「私は第二航空戦隊司令官、山口多聞だ。」
男性、「山口多聞」はそう話した。菅野はしばらく立ち尽くしていたが、やがて声を上げて言った。
「第三四三海軍航空隊、戦闘三◯一飛行隊隊長、菅野直であります。」
いい終わり敬礼をすると、山口も敬礼を返した。この様子に隅で様子を見ていた大淀がおどおどと声をかけた。
「あの、菅野さん…。この方は本当に山口少将なんですね?」
それに菅野は静かに答えた。
「ああ、間違いねぇ。紛れもなく山口司令だ。悪いが瑞鶴と一緒にしばらく部屋から出ていってくれるか?」
「あっ、はい。わかりました。」
大淀はそう言うと、瑞鶴とともに執務室をあとにした。執務室には菅野と笠井、そして山口のみが残った。
「それではまず状況をまとめよう。まず私だが、気づいたときには一人の少女『飛龍』といた。この島がどこなのかを知るために島内を散策していたらここを見つけた。するとその笠井君が私を招き入れた、ってことだ」
山口はそう言い、タバコに火をつけた。そして煙を吹くと、話を続ける。
「大淀と名乗る少女から一通りの話は聞いた。この日本、2023年では深海棲艦と呼ばれる未知の敵が出現し、人類に対して戦争を開始。日本はこれに対抗するために在りし日の軍艦の魂を宿した少女たち『艦娘』を開発し深海棲艦に対抗している。大淀も私と一緒に来た飛龍も自分も艦娘だと話していた。私からはそれだけだ。」
山口はタバコを灰皿に押し付け、火を消した。
「今度は菅野君、君から話を聞きたい。私がいなくなったあと、どうなったのかね?」
その問いかけに菅野は静かに話し始めた。
「非常に聞き苦しいと思いますが、ミッドウェー海戦は敗北。ガ島の戦いも負けて多数の艦艇を失いました。更にサイパン、グアムも陥落。民間人も犠牲になり、連合艦隊は壊滅!不沈艦の大和と武蔵も海の藻屑となりましたよ…」
そこまで言うと、山口はうつむき加減に「そうか」と答える。
「自分ががこっちに来たときにすべてを知りました。長きにわたるアメリカによる占領。そして独立から戦争の反省から世界でも類を見ない平和主義国へと姿を変えていたこと…」
そこまで菅野は話し、口を閉じた。笠井も何も言えずに静かな時間が過ぎていった。沈黙を破ったのは菅野だった。
「ですが未来に来ても自分たちがやることは一つだけです!」
それに山口と笠井が顔を上げる。菅野は立ち上がり、更に続ける。
「戦後、多くの犠牲の上でやっと掴み取った平和がよくわからねぇ奴らに脅かされている。自分たちは軍人として、人としてそれを見過ごすことはできない!」
それに笠井も声を上げた。
「…そうですね。多くの犠牲を払って手に入れた平和です!もう誰にも奪わせはしません!」
菅野と笠井の意気込みに、山口は口元を緩めふっ、と笑う。そして笑顔で言った。
「そうだな。これが私達の新しい戦いだ。」
翌日。幸い海軍省から連絡が来ることはなかった。山口が屋久島駐屯陸軍の報告書を確認すると、どうやら憲兵たちは菅野の気迫に恐怖し報告することすらできなかったようだ。
「菅野君、艦娘を大切にする考えは私と同じだ。それは認めよう。だが暴力はほどほどにしたほうがいい。この日本の場合、少しの暴力でも大事になりかねないからね。」
菅野は昨晩、そう山口に諭された。あの憲兵のことを考えると今でも反吐が出るが、これ以上騒ぎを起こすわけにはいかないため、渋々首を縦に振った。
「戦争中なのにふざけた考えを持つやつはどんな時代でもいるんだな…」
菅野は愛機である紫電改の操縦室を掃除しながら、笠井に話しかける。笠井は航空用燃料を運びながら答えた。
「ええ、ですがそんな人でも同じ日本人です。今の敵はアメリカでのイギリスでもなくて深海棲艦です。奴らは世界共通の敵なんですから、海外艦の皆さんとも仲良くしないとですね。」
「ああ、わかってるよ。」
菅野は照準器を磨きながら答えた。ここに来てから早二ヶ月近く立っているが、現状の航空戦力は菅野と笠井の紫電改2機と空母艦娘である瑞鶴とサラトガの2人だけだ。おまけにサラトガは未だに実戦を経験していないため、いきなり戦線に出すわけにもいかない。
「そう考えると航空戦力が足りねぇな…。現状、屋久島には駆逐艦が3人、軽巡が1人、空母が3人しかいないから火力の面も心配だな。」
「そうですね…。ですが山口司令が来てくれたおかげで飛龍さんも艦隊に加わることになりましたし、飛龍さんに至っては直前までミッドウェーで戦っていた記憶があるそうです。戦闘には問題ないでしょう。」
笠井はそう言いながら翼内タンクに燃料を詰め始める。菅野の燃料メーターがぐんぐん上がっていく。その間、菅野は手帳を取り出して海図を見ていた。海図には深海棲艦に占領されており、奪還が必要な海域が赤ペンで示されていた。屋久島近海は九州防衛において重要な海域であると大淀から知らされていた。
「南西諸島、か…」
菅野は呟くと、かつての情景を思い出した。
爆弾を腹に抱えた零戦が整然と並べられる中、若い飛行兵たちが自分に向かって敬礼をする。これから死に行くというのに泣き言一つ言わず、最後まで爽やかな笑顔を浮かべて彼らは二度と帰らぬ故郷を離れて飛び立って行った。
菅野は頭を振り、意識を戻す。今は後悔している時間はない。一日でも早くこの無益な戦争を終わらせる必要があるのだ。
「笠井。今大淀たちはどうしてるんだ?」
笠井は満タンになった翼内タンクから給油機を取り出しながら答える。
「ええ、大淀さんたちは今演習中だと思います。山口司令が『私が指揮をしよう。任せてくれ』と言ってましたけど。」
「そうか。…ちょっと待て、司令が自ら指揮してるのか?」
飛行場から演習場に向かうと案の定だった。瑞鶴、サラトガが背中合わせで荒く呼吸を繰り返し、大淀も大の字になって倒れている。響と電も倒れてこそいないが荒い呼吸を繰り返していた。ジャヴェリンに至ってはほぼ仮死状態となっている。
「どうしたんだ皆?もう限界かい?」
「や、山口司令…。流石に厳しすぎます…」
瑞鶴が声を絞って言う。大淀も起き上がり、ゼェゼェと息を切らしながら言う。
「さ、流石にあの急降下爆撃を避けるのは無理がありますよ…」
「まだミッドウェーの時の半分くらいだよ。これぐらい避けられるようにならないとね。」
その様子を見て菅野と笠井は苦笑いせざるを得なかった。
「流石『人殺し多聞丸』と言われただけありますね…」
「ああ、まさに『気狂い多聞丸』だな…」
2人はそう呟いた。
その時だった。
空襲警報が鳴り響き、報告が入る。
「深海棲艦艦載機確認!!深海地獄艦爆40機を主力とした爆撃隊60機を確認!!対空戦闘用意!!」
この報告に瑞鶴たちが動こうとする。だが菅野と笠井のほうが早かった。駆け足で飛行場に戻ると、紫電改へと突っ走る。
「出せますか!?」
菅野は整備員に聞くと「出せます!」と返事が返る。菅野と笠井は紫電改に飛び乗ると、エンジンを始動させる。紫電改の発動機が力強く動き出し、プロペラが回転する。整備員により車輪止めが外され、菅野機が先頭に出て滑走路へと移動する。航空管制官が手信号で「離陸準備よしか?」を送ると、菅野も手信号で「問題なし」と返す。
整備員が旗を振り落とすと、菅野の紫電改は力強く進み始めた。続いて笠井の紫電改もそれに続く。菅野の紫電改はそのままふわりと飛び立ち、離陸する。笠井の紫電改も後を追い離陸する。
「笠井、敵は爆撃機40、戦闘機20の編隊だ。小さくて機動力はあるが装甲は無きに等しい。できる限り墜とせ!」
「了解です隊長!任せてください。」
2機の紫電改は編隊を組みながら、深海棲艦の爆撃隊へと向かっていった。
「訓練は中止。皆直ちに艤装装着後出撃。ほら、急ぐよ」
山口も訓練を中止させ、出撃命令を出す。しかし地獄の訓練を終えたばかりの瑞鶴たちはまともに動ける気配がない。すると元気な飛龍が言う。
「じゃあ私が行ってきます!」
「飛龍、大丈夫かい?」
山口が心配そうにそう言うと、飛龍は力強く答える。
「はい!第二航空戦隊の名にかけて!」
それに山口は笑みを浮かべた。
「わかった。気をつけていってくれ。」
そう言うと山口は飛龍の頭を軽く撫でた。
その頃、菅野たちは早くも爆撃隊と接敵しようとしていた。遠方の空に点々とした白い物体が見えてくる。菅野は知っていた。あの白い球体に口や目がついている異形の物体を。それは深海棲艦の爆撃機「深海地獄艦爆」だ。
「笠井!お前が爆撃機を墜とせ!戦闘機は俺が引き受ける!」
「了解!!」
そのまま2機の紫電改は散開し、菅野の紫電改は深海棲艦の戦闘機「深海猫艦戦」に向かっていく。深海猫艦戦は紫電改の存在に気がつくと、一斉に口内の30mm機関砲を出現させる。
しかし菅野はそれよりも早く、発射レバーを引いた。20mm機銃が発射され、早速1機の深海猫艦戦が炎上した。そのまま下方に離脱していき、反転上昇していく。深海猫艦戦たちは紫電改の高機動についていけず、菅野は再び高度優位の状態から銃撃。またしても深海猫艦戦は撃墜された。
一撃離脱戦法…。それは目標となる敵機を見つけたら上空から一気に襲いかかって射撃を浴びせ、敵の前に出るより先に急降下のまま逃げていく戦法である。強度のある紫電改だからこそできる戦法でもある。
笠井も一撃離脱戦法を用いて深海地獄艦爆を撃墜していた。笠井は今まで爆撃機の防護機銃に苦戦していたが、深海地獄艦爆には斜銃が搭載されていない。そのため背後から回り込めば撃墜は容易であった。
「喰らえっ!!」
20mm機銃を撃ちまくり、深海地獄艦爆は次々と火を吹いていく。戦闘機は菅野が引き付けているため、笠井は思うがままに撃ちまくれた。
しかし、笠井の背後に1機の深海猫艦戦が接近していた。菅野が取りこぼしたのだ。深海猫艦戦は口を開き、口内の30mm機関砲を構える。笠井は気づかず深海地獄艦爆に夢中になっている。深海猫艦戦がの30mm機関砲が火を吹いた。
その時、菅野の紫電改が間に入り込んだ。30mm機関砲は菅野の紫電改に直射する形になり、操縦席の菅野を襲った。機銃弾が撃ち込まれていき、風防が破壊される。
「ぐっ…」
そのうち一発が菅野の頭部に命中した。気がついた笠井が慌てて旋回する。
「隊長!!!!」
深海猫艦戦は菅野の紫電改を追撃すべく背後につく。そして再び30mm機関砲を放った。
瞬間、菅野の紫電改が突然、深海猫艦戦の背後についた。そのまま紫電改の20mm機銃が放たれ、深海猫艦戦は炎に包まれた。
「ハハハ、ハハハハハハ!!」
操縦席では頭から血を流した菅野が目をギラつかせ、笑っていた。
「やってくれるじゃねぇか馬鹿野郎…。面白くなってきたなぁ!!」
笠井は息を呑む。かつて連合国軍戦闘機パイロットたちを恐怖のどん底に陥れたエースパイロット菅野直。その本性である「デストロイヤー菅野」が再び目覚めた瞬間だった…
〜猛将着任編 完〜
進路活動などにより半年以上も遅れてしまいました。誠に申し訳ございませんでした!