「ははっ、凄いわ!なんだか身体が軽い!ハガネガニなんか敵じゃないわ!!」
「はあっ…はあっ…なんでそんなに機敏に動けるんですか…?」
「あなたが貧弱すぎるのよ、もっと運動しなさい?」
「いっ…!はぁっ…*龍門スラング*!!」
ループスの職員は豪快に笑いながらフェリーンの職員の背中を引っぱたいた。
そしてフェリーンの職員の顔を見た後、話し始める。
「あなたが貧弱ってのは確かなんだけどさ。なんか顔色悪いわよ?一旦帰って検査でも受けてみなさい。てか帰りましょ?私早くあの子に会いたくてたまらないわ!」
「…先輩。確かにさっきはあんな幼い子が倒れてるって言うのに慌てて、直ぐにロドス本艦に運びましたけど…。俺の気分が悪くなってきたのって、あの子を運んだ後からなんです。単なる偶然ならいいんですが…。やっぱりあの巨大な黒い腕とか、あんな所で倒れていた理由とか。不穏でたまらないんです。俺は何かとんでもない物をもたらしてしまったんじゃないかって怖くて…。」
その場にひと時の沈黙が訪れる。ループスの職員はしばらく頭を抱えた。確かにフェリーンの職員の危惧する理由も分かるが、本当に単なる偶然の重なりかもしれない。ループスは考え抜いた挙句、言葉を絞り出した。
「でも…さ、助けられる人は必ず助ける。ロドスってそういう場所でしょ?それに…あの子はまだ子供だから。」
「…先輩、その言い方はずるいっすよ。そんなこと言われちゃ、さっきまであんなこと考えてた俺がバカに思えてきますから。」
フェリーンは顔色を悪くさせながらも笑顔でそう応えた。
「それじゃ、運転変わるから。早く行きましょう!…って、さらに顔色悪くなってるじゃない!急ぎましょ!!」
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「着いたわ!とりあえず適当な医療オペレーター連れてくるから待ってなさい!!」
「ありがとうございます…。」
〜〜〜
「医療オペレーターさん!ヘルプ!こっちに病人がいるの!」
「ごめんなさい!こちらは手一杯で…!」
そう答えると医療オペレーターはカルテを持って忙しなく走り去ってしまった。
「*ロドススラング*!、おかしいわね…、なんでこんなにざわついているの…!?」
いつもなら誰もが賑やかに談笑しているはずのロドス。しかし今は多数のストレッチャーが行き交い、医療オペレーターの声が振り立てる。まるで地獄のような現状だった。
その中でループスの職員は壁にもたれ掛かる1人のザラックを見つけた。
「ススーロ先生!?一体どうしたのこんな所で!踏まれちゃうわよ!?」
「貴方は…こほ、あの子、ゴアちゃんを連れてきた…。」
「ゴアちゃん…?あの子ゴアちゃんって言うのね!あの子に会うってのもひとつなんだけど、私の後輩がヤバいの!」
「分かった…今行くね…。」
「ちょっと、無理しないで!私おぶっていくから、ススーロ先生は他の医療オペレーターを呼んで!」
「わっ、ちょっ…。ありがとう、今応援を呼ぶね。」
〜〜〜
「連れてきたわよ!…って嘘でしょ!?」
「気を失ってる…!?運ぶよ、みんな手伝って!」
ススーロに呼ばれた医療オペレーターはてきぱきと準備を進めていく。フェリーンの職員は苦しそうに息をしている。顔色はついに黒くなり始めた。
「私も手伝うわ!」
その惨状に耐えきれず、ループスの職員も何かしようとフェリーンの職員に手を伸ばそうとした。しかしそれは小さな手によって止められてしまった。
「貴方はダメ…!体調も良さそうだし…。402号室、ゴアちゃんの所に行ってあげて…!はい、これカルテ…!」
「…っ、分かった。後輩は任せたわよ!」
ススーロとその他医療オペレーターはグッドサインを挙げてループスの職員を見送った。
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「402号室…ここね。」
ループスの職員は息を整えながらドアノブに手をかける。
この部屋に向かうまでに何度もストレッチャーとすれ違い、苦しそうな患者たちを見てきたループスの職員は、直感的にこの部屋の空気の重さを感じ取った。
ループスの職員はドアノブから手を離し、一歩後ずさったが、再びドアノブに手をかけた。
(覚悟決めなきゃ…行くしかないよね。)
ガチャッ。
ドアを開けると突風が襲いかかる。そして突風が止んだ後、弱々しい声が聞こえてきた。
「あなた…だれ?」
肩から生えた一対の腕を大きく広げているその姿は、本能的な恐怖と禍々しさを感じさせる。
しかし黒い髪を伸ばした少女の弱々しい様子はその腕とはあまりにも不釣り合いで、それを見たループスの職員が少女に対して不気味さを感じたのは無理もないだろう。
「こんにちは、ゴアちゃん。ススーロ先生から貴女のことは聞いてるわ。少しでも体調が良くなったみたいでほんっと…良かったわ。」
「うん…。この声…もしかして、私を助けてくれた人?」
「あら!覚えててくれたのね?嬉しいわ〜!…貴女を助けたのは私一人じゃないんだけど…。今ちょっとダウンしちゃっててね。」
「あなた…名前は?」
「あぁ!ごめんなさいね。忘れちゃってたわ…。…私は『シナト』、オペレーターシナトよ。よろしくね!」
ゴアは肩から生えた腕でシナトの体を一通りなぞった後、手を差し出してにこりと微笑んだ。同様にシナトもその手を取って微笑んだ。
「シナト、よろしく。」
「ええ、よろしくね。」
シナトは空いた手でカルテを取り出すと、優しい声でゴアに問いかける。
「ゴアちゃん、これからすこーしだけ質問をさせてもらうわね?面倒だと思うけど、決まりだから…ごめんね?」
「うん、いいよ。シナトなら…。」
「ありがとう。それじゃあまず…、ススーロ先生から聞いたんだけど、貴女目が見えないって本当?」
「うん、見えない…見たい。」
ゴアは目の部分を押さえて悲しげにそう言った。
「…。」
(やっぱ…嫌いだわ。幼い子達のこういう表情は…。なんでこの子達がこんな目に会わなくちゃ行けないのかしら…。)
「シナト…大丈夫?すこし怖いよ。」
シナトの表情が険しくなる。ゴアは何かを読み取ったのか心配そうに話した。
「…ごめんなさいね。あまりにもこの世界がクソだわって思っちゃって。」
「…この世界が良くなくても。それを知ってるのが、私は羨ましい。」
「…っ。そうね、貴方はまだ世界を見ることすら出来ていないのよね…。」
シナトは先程の自分の発言を酷く恥じた。ゴアの言葉はシナトの心に深く響いた。
「それじゃあ次…ゴアちゃん。貴方は鉱石病?」
「オリパ…シー?」
(知らないみたいね…。確かに体表に石の形跡はないし…なにより、目が見えないなら自分の状況も分からないものね。)
「知らなくても大丈夫だからね、それを確かめる為にススーロ先生が検査をしてくれたから。」
「ススーロ…また会いたいな。」
「もちろん会えるわ!…さて、これで話す事は終わりよ。…ゴアちゃん、どこか悪かったりとか…ある?」
「悪いところ…?」
「そう、痛かったり…苦しかったりだとか。」
ゴアは少しの沈黙の後、ゆっくりと話し始める。
「痛いこと…なら、そろそろ…。」
「えっ?そろそろ…何?」
「そろそろ……ッ!グッ…!アアッ…!」
「えっ!?ちょっと待ってなになにゴアちゃん!?!?」
ゴアは突如として頭を抱えて呻き、苦しみ始めた。しかしその表情は、何故か恍惚としていた。
「はっ…はぁっ…ふぅ…。」
「ごッ…ゴアちゃん!?大丈夫!?!」
「大丈夫…シナト。痛いけど…苦しくはないよ…。」
「…どういう事?痛いと苦しいんじゃないの…?」
「ううん、痛いけど…何か、感じるの。なんと言うか…ゾクゾク来る感じ…?」
「…。」
シナトは訳が分からないと言った表情で今起こったことをカルテに書き連ねていく。
(ちょっとばかり…ヘンタイなのかしら…。…いや、そんな趣向がまだこんな幼い子に定着することなんてあるのかしら…。)
「ゴアちゃん、貴方は強いのね…。」
「ううん、シナトも強いよ。だって…、いや、何でもない。」
「ええっ、何?気になっちゃうな〜?」
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同時刻。ススーロ達の手によって病室へ移されたフェリーンの職員。
フェリーンの職員の結膜は、紫色に染まっていた。