「天を廻りて戻り来よ 時を廻りて戻り来よ…」
「へえ、そんな詩があるんだ。難しそうなのによく覚えたね…。」
「……きかないの?」
「聞かない…?聞いたことないかなぁ、こんな詩は。」
「…そう。」
しゅんとしてしまったゴアを宥めるようにシナトはゴアの頭を撫でる。
「…ふふ。」
(あんなに難しい詩を知ってたりするけど、やっぱり幼い女の子なんだな…。)
撫でられてにこやかな表情になるゴアを見てシナトはそう感じた。
するとゴアはシナトの手を取り、顔をこちらに向けた。目は見えていないはずなのに、こちらをじっと見据えているように感じる。
「ゴアちゃん…?」
「…シナト、私。行きたいところがあるの。」
「行きたいところ…。どこかな?」
「…高い所。…カランド山っていう高い山があるって聞いたの。」
「…カランド!?カランドってイェラグにあるんだよ!?」
「イェラグ…?」
「…あぁ、えっと。とっても遠いところだよ。…はっ。」
その言葉によって考えられる、1つの可能性。シナトは有り得ないと思いつつその問いをゴアに投げかけた。
「まさか、あんな荒野で倒れてたのって…。」
「…うん、探してたらお腹すいちゃって。…倒れちゃった。」
「マジ…?」
目も見えない少女が1人でカランドまで?場所すらわかっていなさそうなのに?ていうか、そもそもどうして?このような疑問が波のようにシナトの脳内を埋めつくした。
「ゴアちゃん…?どうしてカランドに…」
「シナトさん!急いでこちらへ来てください!貴女の相棒の…バルバレさんの容態が!」
ようやく絞り出した質問は、突如して入ってきた医療オペレーターの声にかき消されてしまった。
「バルバレ…!?すぐ行く!場所は何処ッ!?」
「特別治療室H-04で…キャアッ!?」
医療オペレーターからそう聞くなりシナトは風のように走り去った。
〜〜〜
「どいてッ…どいて!バルバレッ!あんた大丈夫!?」
駆けつけたシナトの眼に映ったのはベッドの上で苦しそうに呻き声を上げるフェリーンの職員、『バルバレ』の姿だった。
「先…輩、やっぱり僕…あの子は…。ヴヴッ…アアッ…!」
「バルバレッ…!落ち着いて、深呼吸するのよ!」
バルバレを安心させようとシナトは暴れ、悶えているバルバレの手を両手で握った。しかし、
「やめろッッ!!」
「…ッ!?」
握った両手はいとも簡単に振り払われてしまった。バルバレは何かを押さえつけるように頭を抱えている。
「先輩方…俺から離れ、ろ…!俺を縛り付けてくれッ!頭が…ッ!!」
「バルバレ!?」
突如としてバルバレは、何も無かったのかのように静かになった。悶えも、苦しさも欠片もないように静かに寝息を立てている。
医療オペレーター達が安堵する中、シナトは極度の違和感と不気味さを感じ取った。冷や汗が粒となってその額を流れる。
ドクン、ドクンと鼓動の音が聞こえ始める。その主は紛れも無く、バルバレであった。
鼓動の音が医療オペレーター達にも聞こえ始めたその時、閉じていたバルバレの目が開いた。
「ッ!?不味い!!」
シナトは一早く危険を感じ取ったのか、バルバレの上に飛び乗り、体重を掛けて体を押さえつける。
その時シナトが見たバルバレの目。結膜、白目が鮮やかな紫色に染まっていた。
「ガアアァッ!!」
「ちょっ…!力つよ…ッ!?」
暴れ回るバルバレを抑えようとしたシナトだったが、力を増したバルバレに適わず、逆に組み伏せられてしまった。バルバレは歯をガチガチ鳴らすと、そのままシナトの二の腕に噛み付いた。
「いっ…たいわね!正気に戻りな…さい!」
シナトはバルバレの頭をかなりの力で殴るが、バルバレは噛み付いたまま離れようとしない。シナトの腕からは血が滲み始めていた。
「くぅ…!乙女の柔肌に何してくれてんの…よっ!」
「ガアッ…!?」
シナトは何とかバルバレを押しのけると部屋から出ようと立ち上がろうとした。
しかしバルバレはそれを許さなかった。がっちりと足をつかみ、その拍子でシナトは地面に伏した。
「医療オペレーター達!誰かしらの重装オペレーターを呼んできて!早く!」
「わっ…分かりました!今から…「じゃま。」」
医療オペレーターの落ち着きのない声に紛れて、冷たい声が現れた。
あまりにも冷徹で落ち着いている。シナトは声の主を確かめるべく入口に目を向けた。
「ゴア…ちゃん?どうやってここに…?」
「…シナトから、離れて。」
「…ッ!?」
シナトは思わず固唾を飲んだ。場の空気が張り詰めるのを感じる。
ゴアから発せられる雰囲気は、その幼い華奢な体格からは想像もできないほど重く、桁違いであった。
医療オペレーターたちは腰を抜かして部屋の隅で震えている。その時だった。
「……ガアアアッ!!!」
「ゴアちゃッ…!!」
突如バルバレが標的を変えてゴアに飛びかかった。わずか一瞬の出来事、バルバレの手がゴアの首を捉えたその瞬間。
「やめて。」
「がッ…!?」
ゴアの肩から生えた一対の腕が、バルバレをいとも容易く掴み上げた。そしてそのまま腕を引き絞ったかと思うと。
「死んで。」
「ギャッ…!」
バルバレはボールのように壁に打ち付けられ、そのまま地面に伏した。
「…。」
シナトはあまりの驚きに声を出すことすら出来なかった。ゴアにその様な力があったという驚きもだが、シナトはゴアがまるで虫を払うかのように行ったその行動が怖くて仕方がなかった。
「…シナト。」
ゴアはシナトの目の前まで歩くと、膝を着いてもう一対の腕でシナトを抱きしめた。
「大丈夫…?」
「…えっ、ええ!大丈夫よ!ありがとう、ゴアちゃん。」
シナトは医療オペレーター達に目で合図をすると、立ち上がってバルバレに目を向けた。胸が上下している所から、まだ生きているらしくシナトはほっと胸を撫で下ろした。
「おいで、ゴアちゃん。」
「…うん。」
シナトはバルバレが医療オペレーター達によって拘束されるのを見届けるとゴアと共に部屋を後にした。
手を繋いで歩きながら、シナトはゴアに質問を投げかけた。
「…ゴアちゃん、どうやってここまで来たの?」
「シナトの痕跡を辿ってきた…。」
「痕跡…?」
「…ゴアちゃん。貴女には一体…何が見えてるの?」
ゴアは少しの間沈黙すると、口角を上げてぼそりと言った。
「…ふふ、ナイショ。」
「…そう。」
またしばしの沈黙。その時、シナトの携帯端末が音を立てる。
「ドクター…から?」