「ん?野外演習?なんだそりゃ?」
食堂にて、豚の生姜焼き定食を食べながら不思議そうな顔をする七輝に結城と伏見はため息をついた。
「やっぱり今朝の教官の話を聞いてなかったんだ……1年生で最初に行われる実戦訓練のことだよ」
「玄水町にあるすべての池や沼地、井戸や水飲み場などの水源は神有地に繋がっています。そのため神有地に棲息する幻妖が出たり、神有地から湧き出る微かな瘴気に外部の幻妖が誘き寄せられたりするんです」
人のない場所ならまだしも、生活圏に幻妖が現れては住民に被害が被るおそれがある他、外部の幻妖が水脈を通って神有地に侵入するおそれもある。
そこで幻妖が群れて凶暴化して被害が出る前に、または神有地に侵入させないように実戦訓練という名目で幻妖の討伐を行うということであった。
「ふーん、要は湧き潰しか」
「ま、まあそういうことかな……」
「神有地と水脈で繋がる場所はかなり多いため各エリアに区分されています。それにエリアによっては人目に立つ場所もあるので訓練は夜間に行うことになっています。ですから七輝くん、勝手に家に帰ろうとしないでくださいね?」
「ちぇっ、時間があるからゲーセン行こうと思ったのに……そうだ!夜食用に握り飯でも作ってやるか!」
七輝は生姜焼き定食を平らげるとすっと立ち上がり走り去っていった。パッと唐突に閃いた七輝の提案に彼にも気が利くところがあるなと結城は感心した。だがすぐに結城は嫌な予感が過ぎる。
「……七輝くん、どこでおにぎりを作るつもりなんだろう」
「………」
伏見が無言で立ち上がり、すぐに七輝を追いかけていった。伏見の死んだ魚のような目と胃が痛くなったような顔にやはり七輝は握り飯作りに家に帰ったと結城は確信した。
「七輝くん……自由すぎるなぁ……」
______
「ったく、フシミンのヤローめ。全部持ってくのはだめとかケチすぎんだろ」
時は過ぎて夕刻。七輝はおにぎりを詰めた弁当を包んだ風呂敷を提げて文句を垂らしながら集合場所へと向かっていた。
結城の予感通り七輝は握り飯作りに家に帰ろうとし、具材を買いに近所のスーパーで買い物をしていた。
猛ダッシュで追いかけてきた伏見に見つかり、具材の買いすぎと作り過ぎはだめだと叱られつつも、結局は家で伏見と共に握り飯を作った。
集合時間ギリギリになるまで握り飯を大量に作ってしまい全部を持っていこうとしたが食べ過ぎはダメだと伏見に叱られ、必要な分だけ持っていくこととなったのであった。
「こんな時間に訓練だもんなぁ。あいつら腹減ってるだろうな……ん?」
集合場所の校舎前に向かう最中、校門の前に生徒会の服部が立って待っているのが見えた。服部は七輝が向かって来てるのを見るやいなやムスッとした顔で出迎えた。
「集合時間に遅刻か。相変わらず舐めた態度だな」
「服部パイセン、おっいす。主役は遅れてくるもんです」
「ちっ、ああ言えばこう言う…まあいい、各班に担当するエリアが割り振れているのは知っているな?」
「勿論す。ま、俺達にかかればチョチョイのチョイですけどね!」
ウキウキしながらシャドウボクシングをする七輝に服部は眉毛をピクピクしながら引きつった笑みを見せると懐から1枚の紙切れを渡した。七輝は受け取り紙を広げると紙には数字が書かれていた。
「……28?」
「28番エリア、お前達が担当する場所だ。あとこれも渡しておく」
続けて服部は七輝にピンク色のピンポン玉サイズの球体を渡す。
「救難信号に使う信号弾だ。もしもの事態になったら令力を込めて上空に向けて投げろ……まあ突出しているお前には必要なさそうだかな」
「服部パイセンあざっす!この演習も俺らがちゃちゃっと片付けてやりますぜ!」
七輝は無邪気に笑って服部に頭を下げて集合場所へと向かっていった。ウキウキ気分で走り去る七輝の背中を見て服部は嘲笑うかのように鼻で笑った。
「……ふん、お前の余裕もここまでだ。せいぜい泣きべそかいて調子に乗ったことを後悔するんだな」
_____
「おいーっす!みんな待ったかー?」
七輝は意気揚々と集合場所の校舎前に辿り着いたが、そこにいたのは結城と愛蓮、彩葉の自分達の班だけだった。
「な、七輝くん!どこ行ってたの!?」
「遅い。他の班はもう現場に行ったってのに何してたのよ」
「うんうん、わかるでござるよ。この時間帯だと拙者も眠くなっちゃうんだよねー」
「まあまあ皆まで言うなって。ほれ、元気づけに握り飯作って来たんだぜ?」
ドヤ顔で風呂敷を広げて弁当に詰めた握り飯を見せると愛蓮と彩葉の目の色が変わった。
「気が利くじゃん。あたしツナマヨだけでいいや」
「ありがとうでござるー!拙者、ちょっとお腹空いてたんだ!」
「たんと食え食え。エビマヨもあるぞ」
「ナイス。上出来だし」
「あ、梅おかかもあるんだ。真田殿は料理が得意でござるか?」
「ちょいっとな。あでも梅おかかはフシミンが作ったやつ」
「あたし梅おかかきらい」
「ちょっとぉ!?おにぎり食べてる場合じゃないよ!?早く行かないと!!」
のほほんとおにぎりを食べ始めた七輝達に結城はツッコミを入れる。
「そう焦るなっつユッキー、腹が減っては戦はナントカっていうだろ?それに担当するエリアはさっき服部パイセンが教えてくれたし問題ねぇ」
七輝が先程服部に教えてもらった担当エリアの番語が書かれた紙を見せると結城達は不思議そうな顔をした。
「え?僕達が担当するエリアと違うみたいなんだけど…?」
野外演習では担当するエリアは怪異観測捜査本部の隊員と学校の教官が調査し、生徒会経由で各班に割り振られる。七輝が来る前に既に結城達が生徒会長の月詠から担当するエリアを指示されていた。結城は番号を見比べながら地図で確認する。
「僕達が担当するのは5番エリア。七輝がもらったという28番エリアは……5番エリアから北西へ離れてるね」
「けっこう距離あるでござるな……何かの間違いでは?」
「どっかのバカがやんちゃするから2箇所ぐらい押し付けらたんじゃないの?」
愛蓮はジト目で七輝を見るが当の本人はやる気満々で張り切っていた。
「ま結構な数やれるから任されたんじゃねぇの?」
「……もしかしたら急な変更があったのかも。七輝くん、僕達が28番エリアに向かうから七輝くんは5番エリアに行って確かめてみて」
「いいのかユッキー?」
「僕達なら大丈夫。それに七輝くんならすぐに片付けて合流できるだろうしね」
「わかる、あんたなら出しゃばって1人で全部済ましそうだし」
皮肉る愛蓮だったが褒められたと七輝はにかっと笑う。
「わかってるじゃんかーエレン!よし、ちょっくら綺麗に片付けてやるぜ!あ、そうだ。ユッキー、信号弾渡しとくぜ」
七輝は結城に信号弾を渡して早速と担当する5番エリアへと向かっていった。
「真田殿、かなり張り切ってるでござるね。拙者達も負けられないでござる!」
「まったく……こんな状況で張り切れるのは彩葉だけね」
「七輝くんらしいや。じゃ、僕達も行こう」
________
「……あれ?誰もいねぇ?」
5番エリアに指定されている湧き水が湧く小さな池のある公園に七輝は辿り着いたのだが、人の気配どころか他の生徒の姿さえもなく只々静寂が広がっていた。
「うん?本当に2箇所押しつけられたのか?」
七輝は辺りを見回しながら公園の中へと進んでいく。誰も入らないよう池を囲うようにフェンスが設置されているがその周辺を小さい幻妖の群れがふよふよと浮き漂っているのが見えた。
「うーわ、すんげぇ飛んでる。どれもレベル1ぐらいばっかだけどカゲロウの群れみたいに飛んでてキモいな」
レベル1の幻妖といえどもこうも群れていては合体してレベル2の幻妖に変貌する場合もある。
「仕方ねぇ、とりあえずさっさと退治すっかな!」
七輝は近くに漂っていた幻妖を殴って消滅させた。これを皮切りに七輝の存在に気付いた幻妖の群れが一斉に七輝に襲い掛かった。
幻妖の群れは取り憑こうとしたり爪で引っ掻こうとしたりとするが七輝は悉く躱してカウンターで殴り蹴りで次々と退治していく。
「単調すぎんのもよくねぇな……」
向こうからやってくるのはいいがただ殴る蹴るだけでは単調すぎる。より速く、より正確に、より効率よく、より強力に、七輝は思考を張り巡らせる。
「おし…コンボ、繋げてみるか!」
足に令力を込めて黒雲と黒雷を纏わせ、低く力強く踏み込むと加速して駆けた。目の前の幻妖を片足で踏みつけその勢いで次の幻妖へ迫り蹴り貫く。そこで止まらず速度を上げて次へ次へと瞬く間に一撃を与え、着地した時にはすべての幻妖を消滅させていた。
「25コンボ……楽勝だな!」
再び静寂が戻った公園で七輝はフンスと胸を張る。他の幻妖の気配がないためひとまずこの辺りの湧き潰しは完了したのだろう。
「真田、しっかり訓練に励んでいるな」
そこへ月詠と伏見がやってきた。伏見に至っては七輝がちゃんと訓練をしていることに安堵の表情をしていた。
「ああよかった……退屈してサボってるんじゃないかと思っていましたが、頑張っているようで安心しました」
「野外演習に指定さている各エリアはレベル1の幻妖が多い。君の実力なら大丈夫だと思っていたが、慢心せず実力を伸ばそうとしていて感心したよ」
「へへーん、俺は頂点を目指してますから!」
さらにドヤる七輝に月詠はくすりと笑い、伏見は苦笑いをする。
「ところで、君の班の生徒が見当たらないようだが……?」
「ああ、それならユッキー達は―――」
「―――なんで……なんでお前がここにいる!?」
結城達は他の指定さたエリアに向かったと話す前に服部が驚愕と焦りの声をあげた。
「あれ?服部パイセン、ちっすー!これからもう1箇所行くとこっすよー」
「……もう1箇所?この訓練は各班1箇所だけ受け持つことになっているはずだ」
「へ?服部パイセンが俺達が担当するエリアを教えてくれたんすよ?ユッキー達はそこに行ってるから後で合流するところだったんすよ」
予定にない事態に月詠の笑みは失せ、真剣な眼差しへと変わる。
「………真田、結城達はどこのエリアに向かった?」
「28番エリアっす」
結城達が向かったエリアを聞いて伏見4はギョッとして焦りだした。
「なんてことだ…!あの周辺は神有地の入り口に近く、最近複数のレベル2の幻妖が多く目撃されている場所です…!」
「そこは危険だから捜査官と相談して私達が調査する予定だった場所だ……」
七輝の話を聞いた月詠は鋭い眼差しで服部の方へ視線を向ける。焦る服部はしどろもどろになるが月詠はお構いなしに尋ねた。
「服部……どういうつもりだ?」
「……!」
静かに怒る月詠に服部は折れた。
彼の計画では、七輝は出しゃばって1人でそのエリアへと向かい、レベル2の幻妖の群れに出くわし圧倒的な力の差に恐れ慄き、泣きべそをかいて助けを求める。そこへ月詠達生徒会が助けに入り月詠や結城達にこっぴどく叱られ七輝は赤っ恥をかき、二度と調子に乗らず誰にも頭が上がらないようにさせる、という計画のはずだった。
全てを聞いた月詠は首を横に振る。
「なんて幼稚な……各班に救難用の信号弾を渡している。勿論、渡しているんだろうな?」
「…………で、デコイです」
七輝に渡した信号弾は偽物。彼に焦りと恐怖を与えるつもりだった。しかし、その偽物は今結城達が持っている。
月詠は拳を強く握りしめたが思いとどまる。今はこんなことをしている場合じゃない。
「服部、話は後だ。急ぎ救助に向か―――」
振り返ると既に七輝の姿は無かった。月詠はまさかと伏見の方へ目を向けると伏見は静かに頷いた。
________
「ちょっと、幻妖の数多くない?」
鬱蒼とした森を背後に小川がせせらぐ28番エリアにいた結城達は既に幻妖と戦闘していた。
愛蓮が疑問を抱くように、レベル1はおろかレベル2ほどの幻妖も複数体確認されている。
「きっと群れていたレベル1の幻妖が合体したんだと思う!また合体される前に対処しないと!」
「了解っ!いくでござるよっ!」
気迫と共に彩葉が刀を振り下ろしレベル2の幻妖を一刀両断させる。
「先陣は拙者に!結城殿は支援をお願いするでござる!」
「あんたよく周りを見てるからね。指示よろしく!」
「わ、わかった!」
彩葉と愛蓮が先陣を駆けてレベル2の幻妖と戦う。周りを飛んでいるレベル1の幻妖なら自分でも汎具を使えば対処できるはず。
しかし実戦経験は自分達は七輝と比べて少なく特に自分自身が遥かに無いに等しいことに結城は一抹の不安が過ぎる。
(七輝くんが来るまで持ちこたえるんだ!)
決意を固めた瞬間、何やら視線を感じた。気配がする方へ目を向けると茂みから白い毛並みのギョロリと目が大きい猫がこちらを見ているのが見えた。
(猫?なんでこんな所に猫が……?)
ふと不思議に思ったが今はそんなことを気にしている場合ではない。戦いに集中しなくてはと一瞬視線をずらしたが視線を戻すと猫の姿は無かった。
「結城!!後ろっ!!」
愛蓮が叫んだ。後ろを振り向くと体長が2メートルほどの体と腕が長い猫が二足歩行で立っており、鋭い鉤爪を振り下ろそうとしていた。
「―――『
結城は恐怖で声すらも上げれず動けなかった。振り下ろされた瞬間、愛蓮がタックルする勢いで結城を抱えて躱そうとした。
「ぐっ…!」
凶刃から結城は逃れたが愛蓮の横腹に刻まれた。横腹から血がにじみだし愛蓮は苦痛の表情を浮かべる。
「鮫島さん!?しっかり!」
「うっさい……これぐらい、あたしは平気……それよりも、まずい輩がいるわね…」
目の前にいる長身の猫の姿をした幻妖は鉤爪についた血をペロペロと舐めていた。普段目撃される幻妖とは異様な姿だった。
「レベル3……かもしれない。猫又っぽい姿だけど厄介な幻妖よ……」
愛蓮の言葉を聞いた幻妖はムスッとして表情をし、ギョロリとした目で睨んだ。
「猫又……?ニャーをそんな底辺と一緒にするでにゃい…」
突然流暢に喋りだした幻妖に結城達は驚く。よく見ると猫の姿をした幻妖の尻尾は3つに分かれている。
「ニャーは
猫魈(ねこしょう)
20年生きて変化した猫又が続けて30年生きると変化すると言われる妖怪。化け猫達のボスであり猫又の上位互換。
よくゲゲゲの鬼太郎のアニメで登場する
あと魈って漢字が出ないのでいちいち検索してコピーしないといけないから面倒なので次からは「趙」に変換します。