「いいですか、七輝くん。まずは『神有地』についてお話します」
緑色のMINIクーパーを運転している伏見は助手席で延々と続く田園風景を退屈そうに眺めている七輝に話しかけた。
「神有地は幻妖が出現する地域または場所を指しますが同じく幻妖が出現する篝弥町とは成り立ちが異なります」
話を聞いているのだろうか、七輝は返事をするかのように大きく欠伸をする。
「神有地の種類は主に4つ。1つ、強力な幻妖が縄張りとして作った固有空間が張り巡らされた場所。2つ、強力な幻妖によって周囲の環境が変化或いは影響が出ている地域や場所。3つ、強力な幻妖が消滅しその残穢を喰らいに幻妖が大量発生または棲息している危険地区。そして、ニジカガチのように幻妖とは違う存在または危険な幻妖が封印され管理されている地を指します。このような神有地が日本全国に点在しているのです」
次第に田園風景から市街地の景色に変わっていき微睡みかけていた七輝の瞼がゆっくりと開いていく。
「神有地に出現する幻妖はその環境に影響され変異することがあり、その幻妖による被害、怪現象を総じて『怪異』と呼んでいます。その『怪異』を調査し対象の幻妖を討伐、或いは幻妖が変異しないよう観測、捜査するのが私達が所属する怪異観測捜査本部の任務なのです」
伏見の話は未だ続くが七輝は片耳を立てたまま外の景色を眺め続ける。
「また怪異観測捜査本部は陰陽寮と連携を取り、互いに支援や援護を行っています……七輝くん、理解していただきましたか?」
「あー……はいはい。で、神有地って何?」
一応話は聞いてくれただろう。伏見はそう願いつつ胃が痛くなってきたのを堪えながら目的の場所へと運転に集中する。
「ところでフシミン、今は何処に向かってんだ?」
「……謹慎中に話したはずですけど?」
陰陽寮に七輝の件は報告し、『ニジカガチ』を宿した少年が味方になるのならば『鏖』に対抗できる最大戦力として七輝を陰陽師に任命することは許可された。
これには伏見はほっとしたのだが、流石に学校を半壊した責任は見逃してくれなかったようで、すぐに別の学校で修行とはいかず1ヶ月の謹慎が下されたのだった。
「明日から行ってもらう学校は3月から一学期が始まりますので丁度いい。七輝くんは北高の入学式が始まるまでの間、そこで学んでもらいます」
「あーそうだったな。それまでマジで退屈だったぜ」
七輝の愚痴に伏見はくたびれたようにため息をこぼした。自宅で七輝を預かるわけになったため、いつ抜け出そうとするか見守り続けてハラハラする毎日だった。
衛星放送やネットで見られる海外ドラマを全シーズン一気見させたり、カードゲームに付き合ってあげたりと彼を飽きさせないよう色々やって留めさせた。
(何よりも周防さんのおかげで七輝くんのモチベーションが下がることはありませんでした……)
じゃじゃ馬の七輝を一ヶ月も留めさせることができたのは七咲の存在が大きかった。ラインという連絡手段のおかげで七輝は毎日を楽しく過ごせたので抜け出そうとはしなかった。
(周防さんにはお礼をしなければなりませんね)
目的地に着いたのでクーパーを止め、車から降りた。そこは白い雪が残る山脈が見える閑静な住宅街で、至る所に用水路や水汲み場があり、流れる水は清く澄んでいた。
「ここは
駐車場から少し歩き、3階建てのマンションへと歩みを進める。門には『玄水市立西高等学校学生寮』と書かれていることから明日入学する学校の名を把握できた。
「この町と神有地は千年以上前から関わりが深く、神有地の広さ、影響度の低さ、周辺環境において比較的危険度がかなり低いことから怪異観測捜査本部と陰陽寮は合同して陰陽師の育成を行なう場所を設置しました」
3階の奥、伏見は部屋の鍵を開けて部屋へと入る。玄関を抜けるとそこは広いリビングとキッチン、個室が2つ、トイレと脱衣場及び風呂は別部屋、寮の部屋とは思えない広さであった。
「明日入学してもらう玄水市立西高等学校は表向きは一般的な学校ですが、本当の姿は陰陽師の育成機関の1つ。七輝くん、明日から頑張ってくださいね」
「おう、やるからにはやってやるか」
「……」
「………」
「……………」
「……………………フシミン、おまえ帰らねぇの?」
微動だにせずにじっと見てくる伏見に七輝は面倒くさそうに尋ねる。すると伏見は大きくため息をこぼして頭を抱える。
「当たり前じゃないですか……このまま私が帰ったらすぐに脱走するつもりですよね?」
「アッハッハ、そんなことシナイヨー」
「じゃあなんでベランダ側でスタンバイしているのですか……」
すぐに抜け出そうとしている七輝に伏見はため息をこぼして話を続ける。
「いいですか、七輝くん。君は学校に通い陰陽師に任命される許可を陰陽寮から貰っています。今ここで脱走でもしたら討伐隊から討伐対象とされてしまいます」
ニジカガチというとんでもない化け物を宿している。鏖という厄介事に頭を悩ます陰陽寮にとっては目の上のたんこぶ、泣きっ面にスズメバチであり、暴走する前に始末しておきたい存在であった。味方になるのなら心強いのだが七輝の性格と行動のせいで終始目を離せない状況である。
「最悪の事態にならないよう、私は君を監視しなければなりません。君がやらかしたら鶤狩隊長がすぐに君の首を取りに来ますよ?」
「へー……」
「今鶤狩隊長と一戦交えるのは面白そうだなって思ってませんか?お願いですからやめてくださいね。本当にやめてくださいね」
「アッハッハ、そんなことオモッテナイヨー」
やりかねない。やりそうで怖いと過ぎり、伏見は胃が痛くなってきた気がした。
「まあ少なくともそんな事はしねぇよ。俺は強くならないと。強くなるために色々学ばねぇといけないからな」
先ほどまで退屈そうにしていた七輝の様子が一変。ワクワクと期待に溢れ楽しそうにニッと笑う。
「学校生活ってのはどんなもんか、楽しみだ」
楽しみでたまらない、そんな七輝に伏見はほっと胸を撫でおろす。しばらくは脱走するような問題は起こさないだろうと安堵した。
「そして何より!!七咲先輩が応援してくれからな!!」
(………周防さんには本当にお礼しなければなりませんね)
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「なあフシミン、入学式で配属されるって聞いたけどよぉ……」
引っ越ししたその翌日。その日は七輝が晴れて『玄水市立西高等学校』に一時的ではあるが入学することになっていた。しかし七輝はやや不満気に愚痴をこぼしている。
場所は学校の体育館、ステージの端にて伏見と共に待機していた。七輝はチラリとカーテンから様子を覗く。体育館には新入生や在校生を含めた全生徒がズラリと並んでいる。
「なんで俺は転校生枠で、全生徒に自己紹介しなきゃならねぇんだよ!」
新入生としてあちら側にいるはずだと思っていたらまさかの転校生扱いでしかも全生徒の前で自己紹介しなければならない事態になってしまった。
猛反発する七輝に伏見は申し訳なさそうに苦笑いをする。
「武藤二郎校長のアイデアだそうで……『正雄さんのお子さんで陰陽寮のお墨付きならば』と勝手に決まったようです」
「んだよチクショウ、特別扱いされるのは苦手なんだがなぁ」
ステージで全生徒の前で長々と話をするやや小太りな校長に七輝はじっと睨むが面倒くさそうにため息をつく。
「まあ、周りがどう言おうが勝手にしろって話だけどな」
校長の長いお話が終わりこの学校に一時入ることになった転校生の紹介が始まった。
「そんじゃフシミン、学生デビューしてくるぜ」
無理のないように。ニシシと笑って全生徒の前へと向かう七輝に伏見は軽く笑って頷く。
これから何が起こるか、何に巻き込まれるのか、陰陽師の道は険しいものであるが彼がどう立ち向かって成長していくのか、少し楽しみにしている自分がいた。
(七輝くん、ここから先は君の頑張り次第ですよ……)
校長の紹介が終わると七輝がステージの前へ立つ。全生徒の視線が七輝へと集中する。数多の視線の中、七輝はスッと息を吸ってマイクに口を近づける。
「えーテステス……一時的だがこの学校に入ることになった真田七輝だ。一陰陽師になるよう励むつもりだ。てなわけでよろしくな―――――雑魚共!!」
その瞬間、伏見は胃が痛くなってきた。
古賀「七咲、伏見って人から沢山の菓子折が送られてきたんだけど……おまえ何したん?」お菓子の箱ドッサリ
七咲「いや、ちょ、ナニコレ。怖っ……」